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第九十七話

ブクマ・評価ありがとうございます。

「クロエさん、マフション商会へ一緒に行きませんか?」


 数日後、呼ばれて出向いた姫様の部屋で、開口一番俺はこう口にした。


「……は?」


 驚いた表情のクロエ。俺は笑顔を浮かべ続ける。


「まず一つ。グレン、用があって貴方を呼んだの。二つ、何でクロエを連れて行くの?三つ、貴方最近本当に生意気よ?」

「一つ、用とはサブリナの事でしょう?以前のように手伝え、と。帰って来てからやるので、お構いなく。二つ、クロエさんの方が安心できるからです。『宴』の事で、恨む奴も出てきますからね、護衛です。ヴィクトリアさんだと、逆に後ろから刺されそうですので。殿下は連れてっても役に立ちませんしね」


 ちなみにヴィクトリアは、修練場で槍を振るっている。自らを鍛え直すと宣言してから、以前より修練に身が入っているように見える。


「だから、そう言う所が生意気と……!」

「三つ、この程度の事を生意気と感じるのは、殿下の器がその程度という事の表れかと」

「っ!ま、また、器。器。器……!んなもん、分かる訳無いじゃない!」


 あれから、姫様は『器』という言葉が大嫌いになったらしい。そう指摘されるたびに、表情を歪めている。おかげで、苛立ちをぶつける様に俺に厳しく当たってくるので、狙い以上に不和が出来上がっていると言っても過言では無い。

 少なくとも、以前のような気安いやり取りや冗談などが、俺達の間では一切飛ばなくなった。いい傾向だ。


「ジョセフィーヌ様の言葉を忘れたんですか?」

「!?あ、貴方だって、忠誠なんて分からないとか言ってたじゃない!ていうか、お母様の事を名前で呼ばないで!」


 確かに以前、忠誠が分からないみたいな話をした覚えがある。だけど、今は違う。これが忠誠かどうかは分からないが、俺なりの忠誠を見つけた。いや、決めた。ま、今はそれを明かすつもりは無いがな。


「あっはっはっはっはっ。それじゃあ、私は用事があるので。クロエさん先に行ってますね」

「ちょ……!」


 姫様の言葉を聞かず、俺は足早に部屋を後にした。




 この頃の王都は、以前にも増して活気がある。主に商業通りの、人の往来が凄い。リナ達を連れて歩くと、これまで以上に疲れる。


「いやー、良い天気ですね。それに、活気も良い」

「……」


 隣を歩くクロエは、答えてくれない。

 門を出ようとした所で現れたクロエは、その時からずっと仏頂面だ。


「キャメロンを捕らえた効果ですかね!」

「……あそこまでする必要があるんですか?」

「はい?」


 口を開いたと思ったら、何を。姫様の事か?


「姫様の事です。あれから、毎日頭を悩ませておられます。勿論、グレン様に関してです」

「はぁ~……そうですか~」

「それだけ、手放したくないと思っておられるのです。計画の為とは言え、やり過ぎでは?」

「良いんですよ、これで。殿下には成長もしてもらわないと」


 俺も器とか、良く分かんないけどな。分かるのは、今の姫様はまだ青いという事。聡明だし、人を惹き付ける魅力もある。何より、目的に向かって邁進する姿は、美しい。だが、それだけじゃダメだ。

 キャメロンの事も、あれだけ証拠を揃えてあげたにも拘らず、直前まで、いや最後までしっかり切り捨てる事をしなかった。人の上に立つなら、その辺の覚悟も覚えるべきだ。寛容すぎるのは、ただ目を瞑って、やり過ごしているだけに過ぎないのだから。

 切り捨てるタイミングと、切り捨て方、切り捨てた後の対応。これらについても、学んでもらわなければ。


「それでも、もう少しご自身の事を話すとかは、出来ないのですか?余りにも、姫様が不憫でなりません」

「恐らく今それをしたら、殿下は私に甘える事になるでしょう。ただでさえ、異世界の知識を頼り過ぎている状況です。サブリナの農産業に関しては既に、自身で考えている事を止めている」

「っ!」


 この辺は、俺の匙加減のミスもあるのかもしれない。一気に見せ過ぎた。農業に関しては、もう少しゆっくりと、一つずつやっていけば良かったかもしれない。農法やら腐葉土やら、色々と一度にやり過ぎた。それに、料理もだ。

 ルフィーナ達にレシピを渡している為、殆ど俺の手から離れてはいるが、それでも劇的に食が変わったのだ。俺の成果である事は、火を見るより明らかだ。


「17歳という年齢を考慮しても、もう少し子供っぽさを捨て、『大人』になるべきかと」

「そうかもしれませんが……」

『くくく、厳しい男じゃのう』

『うるさいぞ』


 突然、頭の中に聞こえてきた声に、そう返す。当然、ヘレンだ。

 ヘレンに影魔法について詳しく聞いた所によると、人の影の中に潜んでいれば、潜んだ影の持ち主である人と、頭の中で会話が可能になるらしい。当初は慣れない感覚と、当然の声に驚き戸惑っていたが、今ではすっかり慣れた。

 本当に便利な能力である。


『甘やかして堕落させ、囲ってしまえば良いものを』

『それで、ついでに自分もってか?』


 そもそも、アリシア・フォン・カーネラという女は、もしそうなってしまえば魅力は欠けてしまうだろう。あの娘は、自らの意思を持って進むから、美しいのだ。


『うむ。妾はいつでも歓迎じゃぞ!』

『そうかよ。……考えとく』


 事有る毎に、アピールしてくるヘレン。それを毎度いなし断る俺。懲りずに、アタックしてくるヘレンは、見事としか言いようがない。そんな彼女に甘えている、今の状況が腹立たしい。

 もう少し、もう少ししたら、時間が出来る。その時に決着を付けよう。自分の心の過去と未来に、しっかりけじめを付けよう。それまでは、皆の優しさに甘えるとしよう。


「グレン様……?」


 訝し気な表情のクロエ。ヘレンとの会話の時も、密かな決意を固めている時も、一切表情に出しているつもりは無かったが、彼女は何かに気付いたらしい。

 クロエも、俺の事を良く見るようになったからな。キャメロンを切った直ぐ位から、積極的では無いものの、視線を向けられる回数が増えた様な気がするのだ。俺が何かしたつもりは無いので、他に原因があるのかもしれない。ああ、自分の与り知らぬ所で何かが変わると言うのは、気持ちが悪いな。どんな反応をしたら良いのか、分からなくなるから。


「何でもありませんよ。それより着きました。いやー、凄い人だかりですね」


 クロエの意識を俺から逸らす。

 商会は、貴賤に関係無く多くの人でごった返していた。


『此の度、キャメロン・コナー及びダリル・コナーが第二王女殿下の手により捕縛されました。年齢を問わない婦女暴行。これを見抜けず、コナー家をお得意様として来た私共は、王家御用達の看板に泥を塗ってしまいました。また、お客様方にも大変ご心配をおかけしました。つきましては、暫くの間当商会では、無差別に奴隷以外のあらゆる品を、半額提供したいと思います。今後はより審査が厳しくなるかと思われますが、変わらぬ御愛顧・御贔屓を賜りますようお願い申し上げます』


「いや~、おかげ様で大繁盛です」


 そう嬉しそうに言うのは、マフション商会会長エーミル・マフション。反省として、上記のセールを行ったら、客が増えたようだ。それは、この繁盛具合を見れば分かる。

 元々、客を選ぶこの商会は、一見さんなどは滅多に来ない。商会に認められた人物でないと、買える物が無いからだ。だから、決まった人の出入りしかこの商会は無い。しかし、今回のセールによって来客が増え、半額にしているものの売り上げは僅かに伸びているらしい。


「良かったな。信頼を失っていなくて」

「ええ、私はダメかと思いましたがね。全く見抜けませんでしたから。完全に私達の落ち度です。コナー家に売った奴隷達には、申し訳無い事をしてしまいました」


 先程までとは一転して、エーミルの雰囲気が一段と重くなる。


「だから、反省として今回のセールだろ?それに、騙されていたのはお前だけじゃない」

「はい。ですが、今後はより気を付けますよ。私の商会では、『良い人』にしか物を売らない。今後は、より調査に力を入れますよ」


 商魂逞しく、そして向上思考がある。なるべくして、商会会長になった男であった。


「頑張れよ。それと、いつでも力になるから。お前は、お前達は恩人だからな」

「トランプなどの新しい商品で、随分力になって貰っているような気がするのですがね」


 今度は困ったように笑うエーミル。今日は良く、コロコロと表情の変わるな。


「命に比べると、な。まあ、押し付けるつもりは無いさ。俺の、意思表示だと思えばいい。……それで、部屋の方は?」

「以前の部屋を開けていますよ。商会の各部屋は防音ですから、内緒話も出来ます」

「ありがとよ」


 忙しそうなエーミルと一度別れ、クロエを連れて、以前俺が世話になった部屋へと向かった。

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