第九十六話
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その一行は、俺達の前まで来ると鼻を鳴らし、あからさまに見下したような顔で口を開いた。
「おいおいおい、まだ王都にいたのか?さっさと辺境に引っ込んで、飾られておけば良かろうものを」
「っ!貴方こそ、分不相応な野望は捨てたら?欲望が肥大化し過ぎて、ぶくぶくぶくぶく醜いわよ」
両者に、その護衛達に緊張が走る。
「ちっ」
「ふんっ」
一触即発、まさにそういう雰囲気だったが、ぶつかる事も無く両者は視線を逸らす。そのまま、肥満体は俺達の隣を通り過ぎようとするが、突如足を止めて俺を見てきた。
「貴様が噂の迷い人か……」
「お初にお目に掛かります、ディエゴ殿下。グレン・ヨザクラと申します」
「キャメロンを捕らえたというから、どんな男かと思ったが……案外ひょろいな」
跪く俺を、評価するこの男。そう、この男はカーネラ王国第二皇子、ディエゴ・フォン・カーネラ。姫様のもう一人の兄であった。
「私が得意なのは、頭を働かせる事ですから」
「ほう。なら、キャメロンもその知略を持って、捕らえたと?」
「はっ」
「……顔を上げてみろ」
「はっ」
言われた通り顔を上げると、ディエゴの脂ぎった手が俺の顎にそえられる。
「……噂通り美しいな」
「……」
吐かなかった俺を褒めて欲しい。見てくれ、鳥肌が立っている。姫様達の表情も引き攣っているぞ。
この男の隣に立つのは嫌だ。大抵の男は、俺と並べば引き立て役と化すが、この男の隣に立つと、俺自身が汚く汚染されていくような感じがするのだ。
「グレン、だったか?俺に仕えぬか?」
「ちょっと……!」
「……は?」
何?どういう事だ?
キャメロンは、第二王子の派閥だったはずだ。そのキャメロンを捕らえ、『宴』をぶっ潰した俺を誘うだと?一体何を考えている?罠か?
いや、この男は態々罠など用意しない。気に入らない人間は切り捨てる。許されるかどうかは別として、そうする事が出来る人間だ。実際、そう言った理由で切り捨てられた人の話を、俺は何度か耳にしている。
『宴』にこの男も関わっている可能性がある以上、仕えるなど論外だ。
……だけど、この展開はラッキーかもしれない。計画を早められる。このまま乗るのも良いかもしれない。
「申し訳ありません」
その言葉に、ホッとした雰囲気が姫様達から流れる。だが、俺の言葉は続く。
「流石に、この状況で答えられる程、私の神経は図太くありません。日を改めて頂ければ、さらに踏み込んだ話が可能かと」
「ほう……!」
「「なっ!?」」
俺の言葉に、ディエゴの顔が喜色に染まり、姫様とヴィクトリアが驚きの声を上げる。クロエは俺の計画を知るため、無表情だ。
彼らにはまるで、俺がディエゴに仕える事を望んでいるかのように聞こえた事だろう。
前半の言葉で『姫様の前では「はい」、と言い難いので』というように勘違いさせ、後半の言葉で『後日改めて雇用条件などの話をしましょう』といったように勘違いさせる。
勿論本心は、『流石に、この状況でお前を殺す程、俺は短慮じゃない。日を改めて、お前を絶望の淵に叩き込んでやる』といった感じだ。
「くははははっ、やはりな!そんな小娘の下では不満も多かろう。近い内、使いをやるとしよう!」
「はっ、いつでもお待ちしております」
上機嫌に去って行く、ディエゴ。上手く取り入れたと言っても良いかもしれない。後は、上手く立ち回らねば。
ただ、最後まで俺の事から目を離さなかった、ダンディなおじ様の事が気になる。何を考えているのか、全く読めない目をしていた。あの男には、気を付けるべきだろう。
「ディエゴに仕えるつもり……?」
「さぁ、どうでしょう?」
何かを堪える様な表情に姫様に、俺は笑顔を向ける。
「……おい、グレン。あの男が、どんな男か知っているのか?」
溢れ出す感情を、抑えようとしているようにも見えるヴィクトリアの問い。
「噂程度なら」
「!それを知っていながら……!」
「でも、噂しか知らないんですよね」
「!」
「噂で人を判断するのは、愚か者の所業ですよ」
「くっ……!」
その問いにも笑顔で答えてやる。
「それに、まだ話をしましょう、って段階ですからね。皆さん先走り過ぎです」
「……私の下を離れるのは許さないわ」
「ふふふ、ジョセフィーヌ様も言ってましたよね。器を見せろ、と」
「っ!?」
計画を早められるなら、色々と前倒しに出来る。
これまで小さくばら撒いて来た不和の種を、ここで一気に成長させる。俺と姫様達の間に生まれる不和、これが計画の要となる。
これが上手くいけば、計画で立ち回り易くなり、早期決着が望める。少々心苦しいが、姫様達を傷付けるとしよう。
「失望させるなよ、アリシア・フォン・カーネラ。俺の忠誠は風見鶏のように、彼方此方と向くぞ」
俺は小さな声で、そう言った。
小さな小さな、聞こえるか聞こえないか、ギリギリの本当に小さな声で。
計画を実行するにあたり、色々と密かな覚悟を決めた俺は、今日も日課のトレーニングをしていた。
そしてそれは、トレーニングが終わり眠ろうと、目を瞑った頃の事だった。
『のう、何故さっさと殺してしまわぬのじゃ?』
「うっひゃぁ#&%$♪くぁwせdrftgyふじこlp!!!!???」
突如聞こえてきた声に、情けない悲鳴が俺の口から漏れる。聞こえてきたのはヘレンの声。当然、その姿も気配も感じない。となると考えられるのは一つ。
仄かな光を放つ電灯の魔道具によって生まれた、影から人がヌルッと出てくる。
「んんっぬふぁっ!!?」
「本当に、怖がりなのじゃな」
「……うるせーよ。気配を感じないとか、怖くて当然だろ。てか、何で俺の影から」
お化け屋敷の、人が脅かす系は大丈夫なのだが、それが巧妙な機械系になったりすると、もう駄目だ。気配が無いので、怖くてしょうがない。何の気配も感じない所から、音が鳴ったり何かが飛び出してきたりするんだ。普通に考えて怖いだろ。
「あれから、常に妾はお主と一緒じゃ。お主の影に住む事にしたからのう」
「…‥それで、何だって?」
何を言ったのか、完全にトんでしまった。ヘレンの言葉は、放置だ。ツッコむ気力も湧かない。
「つまらぬのう……。何故さっさと殺さぬのか、と聞いたのじゃ」
「ああ、そんな事ね」
簡単な事だ。
「より面倒になるからだよ」
「面倒に?」
「仮に奴を殺したとしよう。そうすると、下手人は誰かと言う話になる。立場が立場だ。必ず騒ぎになる」
「そうなっても、お主ならばれる事は無いと思うがのう」
それは当然だ。ばれないように、確実に殺せる。魔法という不安要素はあるが、それでも確実に、迅速に、その命を刈り取れるだろう。
「だけどそれじゃあ、ダメなんだよ。騒ぎになれば、必ず王様達の立場が不安定な物になる。奴は一応王子だからな。奴の不審死は、王家に対する不信感を、そして王の治世に対する疑問を抱かせ、魑魅魍魎たる貴族達に付け入る隙を与える事になる」
そうなれば、国が傾く可能性すらある。そんなの御免だ。平和な今のカーネラ王国が、俺は良い。
「人の世は難しいのう」
「王族ってのはそれだけ、価値のある人間なんだよ。例え、その人格がゴミより価値が無くともな。そして、人の欲には際限が無い」
カーネラ王家の人間は優秀な方だが、それでも欠点がそれぞれある。
姫様は言うに及ばず、まだまだ青い。賢いから頭は回るが、切り捨てたり非情な判断を下す事が出来ない。中身はまだまだ子供だ。
王子様の事は、まだ会ったばかりなので分からないというのが正直な所だ。
王様は、王様であるが故に、それが欠点となる。王様はまず、国を一番に考えなくてはいけないから。
「まぁ、そんな訳で簡単には殺せないんだよ。それに簡単には終わらせん。必ず、絶望を味わわせる」
「怖いのう……じゃが、そう言う所も妾は好きじゃぞ?」
「……言ってろ」
その言葉を最後に、俺はヘレンに背中を向け眠りにつく。影の中にヘレンが消えていくのを気配で感じながら、俺は睡魔に身を任せた。




