門番の忘れたい記憶…。
この世界ではどの街も外壁が高々と聳えている。それは魔獣へと変化したモノから街を守るためのモノ。
そして、門扉は門番が守りを固めている。
この街とて同じだ。
私はこの仕事に誇りを持っている。
冒険者となり、各地を巡った。一時は雇われて私兵としてあの戦いに加わった事もある。
その時に負った傷が元で、最前線には立てぬ身となった。だが、それでも門番ならば充分に通用するはずと。かなり王都からは離れていたが、この街の領主はかなりの切れ者で私の名前まで知っていた。そのおかげで現職を得られたのだ。
説明が長くなってしまった。
と、言うのも今見ている風景があまりにも現実離れしていてとても正気ではいられないからだ。私が数々の試練をくぐり抜けて来たと理解した上で聞いて欲しい。
門から子供が…いや,アレは小さな大人とガタイの良い目つきの悪い男が現れたのだ。
あ、これは説明が足りなかったな。
門の扉の真ん中から現れたのだ。
そうだ、木で出来た門に穴が空いてないにも関わらずその真ん中から人が出てきたのだ。
夕刻になると閉めるこの扉は魔獣を防ぐ為に作られたモノだ。だから厚みもかなりのモノだ。しかも金属の加工まで施して防御力を上げている。
。。。要するに人が簡単に穴など開けられない…はずだ。
「あ、門番さんかな?僕らは怪しい者ではありませんから。あ、そうだ。領主様とも友達ですから身分照会ならばそちらにお願いします!!」
元気な声が響いたが、頭の中には何も響かなかった。彼が睨んでいるからではない(ガタイの良い男の方が殺気に人を殺めそうな程の眼力で睨んでいるがな…)
彼が半透明だからだ。あの少年のような彼だ。
人間なのか?
まさか、魔のモノなのか?
殺気の込め方を見れば実力差ははっきりしているが、職務を投げ出す訳にはいかない。汗まみれの手を刀に掛けたその時…。
「あ、居たーー!!カズキぃーーー!!!」
こちらへ駆け出してくる少年二人の叫び声がして思わず振り向いて、またもや驚いた。
「クザン、ルーナス。探しに来てくれたのか。ありがとう」
そう言って彼らに抱きついたのは、またもや姿を変えた彼だ。
半透明は?
あの怪しい光は?胸元から漏れていた光は僅かだが、これでも長い間危険と隣り合わせだったのだ。見逃せない…。
「やめよ。其方の魂は濁っていない。このまま平穏に生きる為には忘れると良い…」
いつの間に、目の前に迫っていたのか?あの殺気の男が首元にナイフを当ててそう呟いた。
「了解した。このまま去るが良い」
汗まみれになりつつも、その一言だけは言えた。
鼻で笑った気がしたが、そんな事どうでも良かった。
遠ざかる彼らの背中に先程のナイフを思い出していた。
秘剣。
そう言われる至宝があると。
それを扱っていたのは、黒髪の救世主だと。
半透明の時の、黒髪の彼。
その側にいた気配のない殺気の男が持っていた至宝のナイフ。
姿が見えなくなって振り返れば、いつも通りの門がそこにあった。
人が通った痕跡など、カケラもない。
いつも通りの扉を撫でていたら…。
「おい、交代だ。」
と声がかかった。
その夜は、浴びるほど酒を飲んで眠った。
記憶を,無くす事を初めて望みながら…。