9話
林間合宿を終えてから学園はギスギスとした空気に包まれていた。
貴族としてのルールを守っているロザリー公爵令嬢を擁護する上位の貴族とリリア男爵令嬢を応援するそれ以外。
リリア男爵令嬢を応援する人達にも様々な理由があった。
シンデレラストーリーに憧れる人。
単に面白そうだからというだけの人。
友人が応援してるから。
上位貴族の人達が気に食わないからなど。
この国の身分の内訳は、下に広く、上に行けば行くほど狭いピラミッド構造をしている。
本来であれば、権力、金銭、名誉において上位の貴族が圧倒的に強いはずなのだが、主にリリア男爵令嬢を応援している子爵家以下の身分の人たちが多すぎて収まりがついていない状況だった。
「ロザリー公爵令嬢って性格悪そうよね。」
「リリア様に酷いことを仰ったって聞いたわ。」
「権力を盾にやりたい放題ね」
「あんな方に王妃が務まるわけないわよ。」
そんな噂を廊下で堂々とする始末だ。
不敬罪で訴えられてもおかしくないのに、それを指摘しまえば更に噂は尾鰭背鰭をつけて拡散されていくだろう。
今まで権力の差で取れていた均衡が崩れ始めているようだった。
アーノルド殿下達はそんな雰囲気の中、リリア男爵令嬢を今まで以上に側に置くようになった。
それがさらに周囲の空気を悪化させた。
本来なら公爵令嬢が一人でいるなんて有り得ない光景だ。
彼らは自分達が周りにどんな影響を与えるのかを本当に考えているのだろうか?
この空気が夏休みに入って少しは落ち着けばいいのだけれど。
「フィオナはいつ頃実家に戻る予定なの?」
「家族に王都のお土産とかも買いたいし、1週間はこっちにいるつもり。
ユリウスは先に帰ってる?」
「いや、フィオナと一緒でいい。」
「貴方たち領地が隣なんだっけ?」
「そうそう、ヴァーガス家を経由してからノースヴェイルに行くのよ。」
ヴァーガスに一週間ほど滞在をして、ユリウスの家族に挨拶をしてから、一緒にノースヴェイルに帰る。
学園に入学した年から毎年のことだった。
真面目なユリウスは、私の夫として、将来はノースヴェイルの当主の補佐となるために父から色々と学ぶことがあるらしい。
結婚したらそれこそ頻回に帰るのは難しくなるのだから最後の夏休みくらい実家でゆっくりすればいいのにと思うけど、嫌なんだって。
そんなことを考えてるといつもハッキリしているサンドラが珍しく言葉に詰まっていた。
「…その…一週間こっちに残るならうちで開かれる夜会に出ない?」
「夜会?」
「私の、婚約が決まったのよ。
その発表の場としてパーティを開くの。」
一瞬何を言われたのかわからなかった。
でもサンドラの照れくさそうで、それでいて幸せそうな表情を見て、その言葉の意味をゆっくりと噛み締めた。
自分のことみたいに嬉しくて、感動が後から後から込み上げてくるみたいだった。
おめでとうって言葉じゃ足りないくらいに。
「おめでとう!!お相手は?」
「…貴方達もよく知ってるでしょう?
そこにいる委員長よ」
「嘘!?どうして教えてくれなかったの!?」
「…うまくいかなかったら気まずいじゃない。」
「キャー!とにかくおめでとう!!」
恋する女の子の顔をしているサンドラが可愛くて堪らず抱きついた。
こんな時、もっと色々なお祝いの言葉があればいいのに。
おめでとうしか出てこなくて、ユリウスが止めるまで私は何度も何度もおめでとうを言い続けていた。
「委員長もおめでとう!!」
「あぁ、ありがとう、ノースヴェイル嬢。」
「二人ともいつから?」
「学園生活の中で共に過ごす時間が多かったから、それで自然とね。」
「素敵!!」
「落ち着けフィオナ。
二人ともおめでとう。」
「ヴァーガスもありがとう。
それで夜会の方は」
「もちろん参加するわ!ね、ユリウス!!」
「あぁ、是非お祝いさせてほしい。」
改めて後日招待状を貰う約束をして、こうしてはいられないと準備を始めた。
寮へ外泊申請を出して、ユリウスを連れてノースヴェイルのタウンハウスに戻った。
ドレスと礼服は主役の二人より華美にならないものがいい。
サンドラはイエローのドレスと言っていた。
きっと明るいサンドラにピッタリの向日葵のように素敵なドレスアップになるのだろう。
「ユリウスサイズ大丈夫そう?」
「身長伸びたからちょっと裾が短いな」
「本当だ…え?また大きくなったの?」
「成長期なんだよ。
フィオナは小さいままだな?」
「悪かったわね!とにかく裾を伸ばせないなら新調しなきゃダメでしょ!脱いで!」
「いいの?今脱いで?」
「っやっぱりダメ!」
ニヤリと笑うからムッとして嫌味なほど長い足をペシッと叩いてやった。
実際サイズを測ってみたところ侍女が言うには成長を見越して元より大きめに作られていたらしいので裾は問題ないようだ。
手直しの方も任せていいみたい。
「あとは、お祝いの品ね。」
「無難にティーセットとかは?」
「そんなのつまらないわ。」
お祝いの品は正直悩んだ。
大好きな親友の婚約祝いなのにただ高価なものや王都で簡単に手に入ってしまうものではつまらない。
どうせなら思い出に残るようなものにしたい。
「どうしよう…
せっかくならいいものを贈りたいけど…。」
「あの二人なら何をもらっても喜ぶと思うぞ?」
「それはそうだけど…」
「…あれは?牡鹿と雌鹿の装飾」
「いいかも!」
ノースヴェイルでは昔からお祝い事に鹿の装飾を贈ることが多い。
成人には牡鹿の初めての角を使った首飾りを。
出産の時は安産を祈って雌鹿のモチーフを。
夫婦になる二人には牡鹿と雌鹿を意匠にした毛皮の装飾を親しい者から贈る風習があった。
手袋や革靴、襟飾りなど用途は様々だが、厳しい冬を共に越え、春を迎える鹿の姿になぞらえ、どんな困難も乗り越えられる夫婦になれるよう願いを込めたお守りのようなものだ。
「今から取り寄せればなんとか間に合うかな。」
「リドリーさんなら大丈夫だろ」
「とびっきりのものを作ってもらわないとね」
領地で革細工屋を営むリドリーさんへは直接依頼する形がいいかもしれない。
ユリウスも委員長の友人として個人的にヴァーガス特産のワインを贈るみたいだ。
「ワイン送るならグラスも付ける?」
「でもノースヴェイルのガラス工房は三ヶ月待ちじゃなかったか?」
「大丈夫。ノースヴェイルのガラス細工は皆に喜ばれるから、来客用や贈答用としていくつか常に用意してあるの。
確かワイングラスもあったはずよ。
二人からということにして渡そう。」
実家にワイングラスを送って欲しい旨の手紙を書き、革細工工房のリドリーさんへの依頼と共に執事に託した。
これでギリギリ夜会までには到着するはずだ。
「喜んでくれるといいなぁ」
「大丈夫だって。」
「あー!もう!楽しみ!
結婚式は卒業後だろうけど、きっと素敵だわ」
「………俺たちも」
「ん?」
「卒業したら結婚するんだろ?」
「そうだよ?
ユリウスのタキシードもきっと素敵だね」
「フィオナのドレスもきっと綺麗だよ」
軽いキスを落とすと二人の未来へと思いを馳せた。
_________
終業式をつつがなく終えて、迎えた夏休み。
山のように出た宿題を除けば楽しみも多い。
まずその楽しみの一つ、今夜行われるサンドラと委員長の婚約発表のパーティだ。
「どう?似合う?」
「似合う。」
「…やっぱりこっちの方がいい?」
「どっちも似合う。」
「もう!真面目にやってよ!」
「お嬢様、今着てらっしゃるドレスだとユリウス様のタイとカラーが合いますよ。」
「じゃあこのままにする。
ありがとうリュシー!」
幼い頃から姉のように慕う侍女のリュシーが帰省に合わせて領地から迎えに来てくれたので夜会の準備も手伝ってもらっていた。
私の好みを全部わかっているから髪型もメイクもあっという間に決まっていく。
向日葵を引き立てるだろうピーコックグリーンのドレスに、小花の花飾りを編み込んだ髪型。
化粧も完璧に仕上げてもらった。
こうやってドレスアップをして変身していく時間は昔から不思議とドキドキしてしまう。
女の子からお姫様になるみたいで。
「さすがお嬢様、お綺麗ですよ。
ユリウス様もそう思いますよね?」
「………あぁ、そうだな」
「二人ともありがとう」
「…もうすぐ馬車が来る時間だから忘れ物しないように気をつけろよ」
「贈り物は先に届けてもらったから…えっと…」
「招待状は?」
「あ、忘れてた。」
「おいおい…」
ユリウスは呆れているし、リュシーは苦笑い。
仕方ないじゃない、楽しみでそれどころじゃなかったんだから。
その後も忘れ物が次々と出てくるものだから支度をするのに思ったより時間がかかってしまって気づけば時間ギリギリ。
リュシーに見送られながら、慌ただしく用意していた馬車へと乗り込んだ。
「…気をつけろよ」
「ん?何が?」
「…ドレス、似合ってるから、変な男共に絡まれるかもしれない。」
「ふふっ」
そんな居るかもわからない男の人たちに対して馬車の中からすでに威嚇しているユリウスがまるで大型犬のようで思わず笑ってしまった。
そんなに心配しなくても私はユリウスしか見ていないと言うのに。
「お嬢様、ユリウス様、もうすぐレイラー家の屋敷に到着いたします。」
「はーい。」
「フィオナ、俺は本気で…っ」
ユリウスのタイを引き寄せて頬にキスをした。
「大丈夫よ。
私にはユリウスだけだから。」
そう言って乱れてしまったタイを整えていると顎を持ち上げられてお返しだとばかりに唇にキスを落とされた。
いつもとは違う礼服を身に纏っている彼に心臓がドキドキと高鳴っていく。
「……ゴホン、着きましたお嬢様」
「は、はい!」
「…ははっ…真っ赤。リンゴみてぇ」
「誰のせいよ!!」
パタパタと火照る顔を仰いで冷ましている私とは対照的にエスコートする手をそっと出すユリウスは余裕そうで。
会場を前に吠えることができない今、睨みつけるのが精一杯だった。
そんな私を見てさらに楽しそうにするものだから、そっぽを向いた。
「そんなに怒るなって」
「怒ってない。」
「レイラー嬢をお祝いするんだろ?
そんなに不貞腐れてていいのか?」
「…よくない。」
ムカつくけれどユリウスの言う通りだから顔を引き締めて会場へと足を踏み入れた。
もちろん、あとでユリウスには絶対仕返しをすると心に決めて。




