10話
「招待状の提示をお願いいたします。」
「はい。」
「……はい。確認いたしました。
ご友人のフィオナ・ノースヴェイル伯爵令嬢と、ユリウス・ヴァーガス子爵子息ですね。
ようこそお越しくださいました。
ゆっくりとお楽しみください。」
門番の人に通され足を踏み入れた会場には友人やクラスメイトの見知った顔が何人もいた。
あとはサンドラや委員長の家と関わりの深い貴族達だろう。
和やかな雰囲気で団欒としているところを見ると、この場の皆がこの婚約を心からお祝いしてるのだと感じられた。
「フィオナ、ユリウスも来てくれてありがとう」
会場を見渡していると早速私に気づいたサンドラと委員長が共に挨拶に来てくれた。
想像していたよりもずっと素敵なドレスが、サンドラを引き立てていて今日の彼女は一段と綺麗だった。
幸せそうな二人を見ていると、貴族の顔なんて忘れてつい抱きついてしまいそうだ。
「こちらこそ招待ありがとう!
サンドラそのドレスとっても素敵よ!」
「…ルーカスが用意してくれたのよ
私が、その向日葵みたいだっていうから…」
「キャー!やるじゃない!委員長!」
「お褒めに預かり光栄だよ。
二人ともお祝いの品もありがとう。」
気に入ってくれたようで私も嬉しい。
本音を言えばずっとこうして話していたいけれど、他の招待客の方々も話をしたそうにしているし、本日の主役たちを独占するわけにもいかない。
「改めて、二人とも婚約おめでとう。」
「えぇ、ありがとう、また後でゆっくり話しましょう」
「また後でね!」
委員長にエスコートされながら別の方の元へ挨拶に行くサンドラの後ろ姿も綺麗で思わず感嘆のため息が漏れた。
「何か食べるか?」
「…そうだね、お腹すいちゃった。」
ビュッフェスタイルのテーブルには美味しそうな食べ物がたくさん用意されていた。
サンドイッチにパスタ、サラダはもちろん
ローストビーフやカルパッチョ、小さく切られたフルーツやケーキもあって目移りしてしまいそうだ。
「どうしよう…全部美味しそう
ユリウスは?何食べるの?」
「俺?俺は…
ミートボールと、フライドチキンと、ステーキと、ローストビーフと、生ハムと…」
「肉しかないじゃないの!
野菜もちゃんと食べなさいよ!」
適当にサラダを取ると肉盛りになってるユリウスのお皿にそっと乗せた。
……そんなに嫌な顔をしなくてもいいのに。
「…こう言う時くらい好きなもの食わせろよ」
「信じられない…」
「フィオナだってケーキ全種類取ろうとしてるだろ?」
「ぎくっ」
「フィオナもお野菜食べような」
「野菜を食べたらお腹が膨れちゃうじゃない」
そう言ってるのにユリウスはお返しとばかりにまだ何も乗ってない私のお皿にこんもりとサラダを盛った。
一瞬でお皿の上は草でいっぱいになった。ひどい。
盛られた以上は食べるし、サラダも美味しいけれど、流石にこれは乗せすぎだと思う。
ウサギでもあるまいし。
このままサラダだけでお腹いっぱいになってケーキを食べられなかったらどうしよう。
サンドラに頼めばお土産に持たせてもらえるだろうか?
そんなことを考えながらもしゃもしゃと野菜を食べていると、突然会場が暗くなって中央にある舞台がライトで明るく照らされた。
オーケストラも音楽を一時中断し、皆も各々手を止めてライトの方へと注目する。
そこにはサンドラのお父様とお母様、サンドラや委員長、委員長の家族がそろっていて、私達の視線を受け取ると揃って一礼をした。
「皆様、今宵のパーティは楽しんでいらっしゃるでしょうか?
本日は、我が娘アレクサンドラ・レイラーと、ヴァレンティ伯爵家ご令息、ルーカス・ヴァレンティの婚約披露の席へお越しいただき、誠にありがとうございます。」
「ただいま父より紹介に預かりましたアレクサンドラ・レイラーです。
この度はパーティへの参加とたくさんのお祝いのお言葉をありがとうございました。」
「ルーカス・ヴァレンティです。
アレクサンドラ嬢と共に、互いに支え合いながら歩んでいけるよう努めてまいります。
皆様にはこれからも温かく見守っていただければ幸いです。」
顔を見合わせ、サンドラと委員長が二人で改めて一礼をする。
サンドラの顔が少し緊張して見えて、背中を押すような気持ちで一番に拍手をした。
私に続くように周囲からも次々と拍手が湧き起こり、祝福ムードが会場を包み込んでいく。
その様子にほっとしたような、照れくさそうな表情を浮かべたサンドラを見ていたらそれだけで胸がいっぱいになった。
お腹はケーキじゃなくてサラダでいっぱいになってしまったけれど。
本当に素敵な婚約発表のパーティだと思った。
改めてサンドラのお父様がパーティを楽しんでくれと言って挨拶を締めるとオーケストラが再び音楽を再開した。
「…踊るか。」
食事も終えて、ユリウスの手を取ろうとしたまさにその時だった。
入口の方がやけに騒がしくなったのは。
どこかその光景に既視感があった。
幸せな空間に入り込む異物、せっかくのパーティを台無しにする存在。
いつかのカフェの時と同じ、その場にいたのはアーノルド殿下とリリア男爵令嬢だった。
「困ります、招待状がないと…」
「なんだと?私達が祝いに来てやったのに」
「皆さんがお祝いのパーティを開くと言うから私達もお祝いしたくて来たんです。」
皆が本日の主人公であるサンドラ達を引き立てるために華美な装飾のない礼服を身につけている中、ヒラヒラとレースや宝石がふんだんに使われているドレスを着たリリア男爵令嬢。
そして、それをエスコートするアーノルド殿下の姿はこの会場で何よりも異色な存在だった。
しかも、よりにもよって黄色の同じカラーのドレスだなんて信じられない。
あんなに幸せで和やかな雰囲気だったのに、嫌なざわめきが会場に広がっていくのがわかる。
ズカズカと上がり込む彼らは本当に同じ貴族なのだろうか。
「これはこれはアーノルド殿下、わざわざご足労いただきありがとうございます。」
「おめでとう、今日は誰かの誕生日か?」
「…いえ、娘の婚約発表です。」
「そうなんですね、おめでとうございます!」
サンドラのお父様が咄嗟に事を荒立てないようにと対応するも傲慢な彼らはその意図に気づきもしない。
そのまま居座り、提供されている食事やシャンパンを当たり前に飲み、音楽を流せと言って中央で踊り始める始末だ。
「やっぱり誰よりもお前が美しいなリリア」
「嬉しいです殿下」
そんなことを平気で言っているものだから私の中で何かが切れてしまいそうだった。
この国の王太子だからって何をしてもいいのか。
私の大切な友人のパーティを台無しにしても許されるのか。
この場で一番輝くべきはサンドラなのに。
「…フィオナ」
「っ…くやしい…」
でも、この場で私が彼らに言えることなんて何もなかった。
突撃して文句を言ったところで迷惑がかかってしまうのは主催であるレイラー家やヴァレンティ家の方々だとわかるから。
本当に泣きたいのは、晴れの舞台を台無しにされたサンドラのはずなのに、私はどうしても涙が止まらなかった。
ユリウスの支えがなければ立っていることもままならないほどに。
「…フィオナ、ありがとう」
「サンドラ…っ私…」
「もう、泣きすぎよ。
メイクがボロボロじゃない。」
様子を見に来たサンドラは困った様子で私の頬を撫でた。
それはまるでいつものサンドラだった。
「っそんなのどうでもいいわ!
あんなの、最低よ…一番はサンドラなのに」
フロアの中心で自分達が主人公だとでも言いたげに上手くもない踊りを披露するリリア男爵令嬢たちはまるで道化のようだった。
アーノルド殿下は王族でそれ相応の教育を受けているはずなのに、サンドラのお父様がこの場の目的が婚約発表だと伝えても主役の婚約者達に挨拶すらもしないなんて。
皆が2人を非常識だと言う目で見ているのに気がつきもしない。
恋は盲目というが、あれがこの国の王太子だなんて信じたくもなかった。
「親友がそう言ってくれてるだけで私は嬉しいからいいのよ。
幸い挨拶は済んだ後だったから、お父様達もとりあえず放置することにしたみたい。
もちろん後で王家にクレーム入れると息巻いていたけれどね。」
「…私からも抗議するわ。許せないもの。」
「ありがとう。
それにね、招待していた方々も友人や親戚ばかりだから事情はわかってくださるわ。
だからフィオナもあの方々のことは無視してメイクを直したらまたパーティを楽しんでほしいの。」
「うぅ…うん…」
「パウダールームに案内するわね
私が最近気に入ってる化粧品も置いてるからせっかくだし試してみましょう」
こんな時でもサンドラは私を気遣ってくれる。
ありがたいと同時に申し訳なくて、私も切り替えなければと思うのになかなかできなくて…。
まるで私一人が子供みたいで…。
「フィオナ」
「…ユリウス」
「大丈夫。お前がレイラー嬢を大切に思う気持ちは皆わかってる。
可笑しいのも最低なのも殿下達だ。
ああいう馬鹿はいつか絶対痛い目に遭う。」
いつものユリウスらしくない言葉遣いだった。
本来の彼なら公の場でここまではっきりと誰かに文句を言うことはないのに。
「…不敬罪で捕まるよ」
「捕まらねぇよ。
だから俺とレイラー嬢を信じろ、な?」
「………うん」
「今度俺達でまた別の形でお祝いしよう。」
「うん、する。」
「楽しみにしているわ。
ほら、フィオナ行くわよ。」
「ユリウスありがとう。サンドラもごめんね」
「あら?何に謝ってるの?
フィオナは何も悪いことしてないじゃない。
むしろお礼を言うのは私のほうよ。」
「サンドラ大好き」
「私もフィオナが大好きよ」
私は本当に素敵な友人と婚約者を持った。
これはあそこで周りの視線に気づかないままピエロのように踊っている殿下にもリリア男爵令嬢にもない尊いものだ。
そのまま足を踏んづけて怪我でもしてしまえと小さく呪いをかけておいた。




