11話
アーノルド殿下とリリア男爵令嬢の乱入でサンドラの婚約発表パーティを台無しにされた日から数日。
ノースヴェイルだけではなく、あのパーティに参加していた多くの関係者から王家への抗議があったらしい。
事態を重く見た陛下より直々に謝罪があり、王家からかなりの賠償金を受け取ることができたとサンドラと委員長は喜んでいた。
王家から支払われたお金は結婚式の資金に回して、より豪華な式を計画するのだと。
過去を変えることはできないけれど、でも未来を変えることはできる。
サンドラ達が納得できているのなら結果的にはこれで良かったのかもしれない。
少し不思議なのは、王家が素直に謝罪と賠償金を払ったことだ。
アーノルド殿下がこれだけ王家の恥をさらしているのに王家はなぜそれを野放しにしたままにしているのだろうか。
私個人としても、ノースヴェイルとしても、派閥争いなどに興味はない。
そのため中立を保っているが、派閥以前に、アーノルド殿下に王太子としての素質があるとは到底思えなかった。
罰したり、廃嫡にしないのは、なにかの理由があってなのだろうか。
それとも機を待っているだけなのか。
考えても私にはわかるはずもなかった。
不安は少なからず残っているけれど、とりあえずパーティの顛末は見届けたので私達も王都を出て帰省することにした。
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「リュシー、最近の街はどう?」
「変わりませんよ
相変わらず肉屋のジャスはダイエットに失敗して太っていますし、八百屋のサラはおまけをたくさんくれます。」
「薬屋のミトさんは?」
「腰痛が辛いようですが、まだまだ現役です。」
「そう…ミトさんもお歳だもんね…」
「えぇ…」
幼い頃から私はユリウスと一緒に屋敷を抜け出しては近くの街に遊びに行っていた。
迷子になったり、転んで怪我をしたり、お腹が空いて動けなくなったりと、いつもユリウスを困らせてばかりだったけれど、そんな時、いつも誰かが助けてくれていた。
暖かくて、優しくて、領地にいる皆は私の大好きで、かけがえのない人達だ。
そんな人達の元気そうな近況を聞くと私もまた嬉しかった。
だからこれから帰るとわかっていても、ついリュシーにもっと教えてと強請ってしまうのだ。
「今頃はちょうど夏祭りの準備をしているかと」
「夏祭り!ユリウス、今年も一緒に行こうね」
「…逸れるなよ、今年こそは」
「自信はない!」
「威張ることじゃねぇよ」
大きなため息をつかれたけど私は知っている。
ユリウスは私が逸れたって、どこにいたって絶対に探しに来てくれるってことを。
そんな話をしていると、あっという間に王都を抜け、森を抜け、ユリウスの実家があるヴァーガス子爵領の領土に入っていた。
ヴァーガスは一年を通して涼しい地域のため、葡萄がよく育つ。
そのためワインを特産としていて、馬車道をゆっくり走っていると、遠くにはワイン製造を行うワイナリーが連なって見えた。
あちらこちらに葡萄畑もあって畑の横を通れば葡萄の少し甘い匂いが香ってくる。
慣れ親しんだ香りの一つだった。
「…今年は豊作そうだな。」
「美味しいワインになるかな?」
「どうだろうな、熟成次第だし」
「味見は任せて。」
「フィオナは酔うからダメ。
干し葡萄で我慢しろ」
「えーいいじゃない、ちょっとくらい。」
「母さんがフィオナのために葡萄のパウンドケーキを焼いてると思うけど?」
「ワインよりもそっちにするわ。」
ユリウスは飽きたと言うけれど、ヴァーガスの葡萄を使ったパンやお菓子はどれも絶品だ。
隣の領地でありユリウスの実家でもあるヴァーガスには幼い頃から何度も足を運んでいたけれど、パンもお菓子もその時だけ食べられる特別なご馳走のようなものだった。
「おや、ユリウス坊ちゃん、フィオナ様もおかえりなさい。
今年もそんな時期ですか。
またご立派になられましたね。」
「ただいま!
トーマスさんも元気そうで良かった。」
「フィオナ様も元気そうで何よりです。
ちょうど家内が作っておりましたので、後ほどヴァーガス家に葡萄パンを持っていきますね」
「わーい!ありがとう!楽しみ!」
ヴァーガスで遊ぶ時は、屋敷近くの葡萄畑で追いかけっこや隠れん坊をしたりすることが多かったからノースヴェイルの街同様に顔見知りが多い。
すれ違う人たちにおかえりと言われる度に私もヴァーガスの人達に受け入れてもらえている気がした。
「おかえり、ユリウス。
フィオナちゃんもいらっしゃい」
「ただいま」
「お世話になります。」
「フィオナちゃんはいつもの部屋を用意してあるから先に荷物置いてらっしゃいな。
お茶とお菓子を用意しておくから後で二人の学園の話聞かせてちょうだいね」
「はい!」
「ユリウスは手洗いしてさっさと着替えてこいよ」
「言われなくてもわかってる。
何歳だと思ってるんだよ俺を」
「ユリウス坊やはいくつだっけ?」
「18だよ!!坊やって歳じゃねぇよ!!」
早速兄に揶揄われている末っ子のユリウスを横目に見ながら私はリュシーと共に用意された部屋へ向かった。
「ふぁー…疲れた」
「お嬢様、だらしないです。」
ドサっと荷物を置きベッドに飛び込んで大きく伸びをするとコキコキと関節が音を立てる。
馬車旅も嫌いではないけれど、どうしても同じ姿勢で座っていると肩が凝ってしまうのだ。
「後でマッサージでもしましょうか。」
「大丈夫よ、ありがとうリュシー。」
寝転んだふわふわのお布団は少し甘い花の香りがした。
ここにいると実家にある自分の部屋と同じようにどうしても気が抜けてしまう。
この部屋に来るのも何度目になるだろう。
婿入りをする立場のユリウスがノースヴェイルへ来ることの方が多かったけれど、私もユリウスの大切にしている領地を見てみたくて遊びに来るようになった。
本来ならば来客用だったこの部屋は、私が何度も来るうちにいつしか私専用になって、私の好きなものがたくさん置かれるようになっていった。
誰かのお土産だろうか、また知らぬ間に可愛らしい人形が増えていた。
そんな小さな気遣いに、いつも心が温まる。
ここもまた私の帰る場所だって思えるから。
「荷物整理の方は私がやっておきますからお嬢様はユリウス様達と…」
「あまり荷物はないし、これくらいなら一緒にやっちゃったほうが早いよ。
リュシーも長旅で疲れてるだろうから今日は早めに休んでね。」
「ありがとうございます」
リュシーと協力してさっさと片付けを済ませ、シンプルなワンピースに着替えてからお義母様がいるだろう中庭へと向かった。
晴れてる日はいつもゆっくりと中庭のガゼボでお茶を飲むのが好きなんだとまだ幼い頃に教えてもらって以来、定期的にお義母様とはお茶をしていた。
季節ごとに花は違えど、私を優しく迎え入れてくれる景色は昔と一緒だった。
「さっきトーマスさんがフィオナちゃんにって葡萄パン持ってきてくれたからそれをお茶菓子にしましょうか」
「ありがとうございます!」
切り分けてくれたそれを口いっぱいに頬張るとふんわりとした食感と葡萄の甘さが口いっぱいに広がって思わず口元が緩んでしまう。
それをはしたないなどと叱る人はこの場には誰もいない。
「…幸せぇ…私、毎日これがいいわ。」
「良かったわね、トーマスさんも喜ぶわよ。」
「後で王都のお土産渡しに行ってきます。」
「それがいいわ
さて、最近の話聞かせてくれる?」
「勿論。今年はちょっと色々とありました…」
子爵夫人であるユリウスのお義母様は基本的に社交シーズン以外は領地にいることが多い。
この穏やかな領地の空気に慣れてしまうと、華やかで腹の探り合いをする社交界は疲れるだけだと愚痴っていたこともあったかな。
だから最近の王都での流行り物やアーノルド殿下達のおこす傍迷惑な事件などは必要最低限しか仕入れていないのだとか。
人の話に左右されることなく己を貫くお義母様は私にとって憧れる存在でもあった。
「最近王都ではオレモードが流行ってるんですよ。」
「オレモード?」
「レモネードをオレンジで作ったものです。」
「オレンジジュースと何が違うの?」
「!ユリウスも同じこと言ってましたよ。」
「あら、嫌だわ。」
そんな流行の話から始まり、体育祭や林間合宿でのユリウスの活躍、友人達の婚約発表が素敵だったこと。
お義母様にはなんでも話すことができる。
楽しい話の中でどうしてもチラついてしまうのはアーノルド殿下とリリア男爵令嬢のことだった。
「…そう、そんなことが」
「私もユリウスも中立を保ってはいますが、学園はあまりいい雰囲気ではないですね。」
「でしょうね。
もしそれが本当ならとんでもないことだわ。
確かにご婦人達の間でも噂は流れていたけれど…でもまさか本当に?
婚約者がいるならそもそもいけないことだけど、仮に目移りをしても筋は通すわよね?」
「そうですね。普通なら。
でも学園自体が今は少し異質な感じというか…」
「…何かあったら相談してちょうだいね」
「頼りにしてます!」
今はまだ外側にいることができている。
これから先も関わるつもりはないけれど、もしあの騒動の中心に巻き込まれでもしたら王都が嫌になって帰ってくることになるだろう。
お義母様とお茶を楽しんでいるとユリウスが不機嫌そうにこちらに歩いてきた。
「フィオナ、散歩いこう。」
「ちょっとユリウス!
せっかくお茶を楽しんでいるのにフィオナちゃんを連れて行かないでちょうだい!」
「しょうがないだろ。
兄貴達が鬱陶しいんだから…」
「なら一人で散歩してくればいいじゃないの!」
「まぁまぁ…」
私を取り合う様に喧嘩しないで欲しい。
本音を言えば大好きな2人に挟まれるのはとても嬉しいけど、口先だけは仲裁を言葉にした。
「ユリウスとは学園でずっと一緒にいるんだし、お義母様と一緒に過ごしたいよ私」
「ほら!フィオナちゃんもこう言ってるわ!?」
「…じゃあ俺もお茶飲む。」
「邪魔だって言ってんのよ!!」
お義母様がそう言ってもお構いなし。
ユリウスは私の隣に腰掛けると、ティーポットのお茶を勝手に注いで飲み始め、残っていた葡萄パンも食べてしまった。
普段のユリウスはこんなに行儀悪くないはずなのだけれど、実家だと気が抜けるのか、こうして雑な一面も見る事ができる。
お義母様は諦めたようにやれやれとため息をこぼすとユリウスにも話しかけた。
「ユリウス、貴方ちゃんとフィオナちゃんを守ってるんでしょうね?」
「んぐ……あ?何が?」
「さっき聞いたのよ、殿下がクズって。」
「お義母様、私そこまでは言ってないです。」
「んー…確かにたまに見かけるし、めんどくせぇけどフィオナはそもそも相手にしてない」
「殿下がクズなの否定しようよ。」
「「それは無理」」
お義母様は同じ言葉を言ってしまった事に、顔を歪めていたけれど、私はその姿に親子を感じてつい笑ってしまった。
ユリウスはお義母様にそっくりだから。
ユリウスのこんな等身大の姿を知ってるのは私とヴァーガスの人たち、あとは私の実家くらいだろうか。
それがとても心地よいのだけれど。
「もう話したいことは話しただろ?
はやく散歩行こう。
トーマスの爺ちゃんに土産渡すんだろ?」
チラリとお義母様を見ると行ってらっしゃいと手を振ったのでユリウスに手を引かれる様にして中庭を後にした。
「あ、お化けの話聞くの忘れてた。」
「…聞くな。兄貴達に笑われる。」
「えー?どうしようかな?」
「それやったらまた3日口聞かない。」
「それは嫌。」




