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フィオナ・ノースヴェイル伯爵令嬢の好きなもの  作者: 椿


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12/22

12話




ヴァーガス滞在中はユリウスと葡萄畑をのんびりお散歩したり、ワイナリーを見学したり…

お義母様とは毎日ガゼボでお茶をしたし、お義父様とは食後にチェスをして遊んだりした。

お義父様はチェスが好きなのに、あまりにも弱すぎて家族の誰も相手にしてもらえないんだって。

だから私が来るととても嬉しそうにしてくれる。私にも勝てないのだけれど。

お義兄様たちとユリウスをからかって怒られるのもいつものことだ。


それから、今度1番上のお義兄様のお嫁さんに赤ちゃんが産まれるらしい。

将来私の義姉となるその人はとても穏やかで私にも優しく接してくれる素敵な人だ。

膨らんだお腹も触らせてくれて、それに返すように元気にポコポコ動くものだから、それはもう可愛くて可愛くて次に来る時は絶対にベビー用品をたくさん持ち帰ろうと思った。


「ノースヴェイルまで気をつけてね」

「はい!お世話になりました!」

「ユリウス、フィオナちゃんも体に気をつけて。

特にユリウスは野菜も食べるんだぞ?

夜はしっかり寝て勉強もして

それからフィオナちゃんをしっかり支えて」

「親父、うるさい。」


そんなふうに最後まで賑やかに見送られながらヴァーガスを後にした。


ヴァーガスの屋敷から来た道を少し戻り、王都へ続く道の反対側に進んだ先にノースヴェイル領はある。

葡萄畑が少しずつ牧草地に変わっていく。

緩やかな坂道を登り、高原に牛の姿が転々と見え始めてくるとノースヴェイル領だ。


私の生まれ育ったノースヴェイルは王国の最北端に位置しており、冬は雪一色に染まる土地だ。

領民は全体で四万人ほど。

厳しい環境だからこそ、人々は互いに助け合いながら生活をしていた。


「あ、子牛がいる!かわいい!」

「あっちに仔馬もいるぞ」

「かわいい!!」


山々に囲まれているおかげで夏でも涼しく、自然豊かで空気が美味しい。水もきれいだ。

良質な石英が取れるため、それを加工したガラス細工やアクセサリー、先ほどから草をもぐもぐ元気に食べている姿が見える牛達から取れるチーズが代表的な特産品で、他にもハーブや、針葉樹を使った家具、鹿皮を使った服飾なんかもお土産にとても喜ばれる。


この時期は避暑地を求めて訪れる観光客も増えるから、まさに稼ぎ時。

街が近づくにつれて人が増え、夏祭りの準備で活気のある雰囲気が馬車の中まで伝わってきていた。


「今年も張り切ってるね」

「年に一度の大仕事ですからね」


領民達の笑顔が輝いて見える。

私にとってのノースヴェイルはキラキラした大好きなものがたくさん詰まった宝箱のような場所だった。





_________



「おかえり、フィオナ」

「ただいま帰りました!お父様お母様!」

「…おっと…いきなり飛びついたら危ないぞ?

フィオナは幾つになっても甘えん坊だなぁ。」


屋敷の前で両親に出迎えられるといつものようにその胸に飛びついた。

言葉ではそう言っても、お父様は私が飛び込んで来るのを実はいつも楽しみにしてることを知っている。

お母様が前にこっそり教えてくれたから。


「ユリウスもいらっしゃい。

ゆっくりしていって頂戴ね。」

「お世話になります。」


屋敷の皆に挨拶を返しながら自室に向かう。

私の部屋は二階の南側の一番端っこ。

ユリウスの部屋はその隣だ。


「さて、お嬢様。

帰ってきて早々ですが当主補佐としての仕事が山積みになっております。」 

「え…」


部屋に着いて荷物を下ろした途端、執事長のパドリックから渡されたのは書類の山。


え?帰ってきて?すぐ?休む間もなく?

ユリウスと遊ぼうと思っていたのに?

街に出て領民の皆にお土産配りに行こうと思っていたのに?


助けを求めるように隣のリュシーを見たけど…


「三日後の夏祭りまでに終わらせましょう。

リュシーもお手伝いいたしますから。」


グッと拳を握ってやる気だった。


「…こんなことならヴァーガスにずっといたかったわ。ユリウスはどうするの?」

「本日はゆっくりお休みいただき、明日からは当主様に付き、学んでいただく予定です。」


お互いあまりゆっくりする暇はなさそうだ。

学生最後の夏休みくらい羽を伸ばさせてあげたかったんだけど。

結婚したら仕事は嫌でもするようになるのだし。


「よし!やるわよリュシー!

全ては夏祭りのため!!」

「はいお嬢様!!」


気合を入れて一枚目の書類に手を伸ばす。

内容を見るに、東側にある橋の修繕に関する内容のようだ。

老朽化によって損傷している部分があり、崩落の危険があるらしい。

その橋は東側にある林業をする村へ行くためには必ず通らなければならない場所でもある。

至急修繕しなければ困る人も多くなるだろう。

損傷の度合いや、あとどの程度持つのかは実際に確認をしなければならない。

不確定要素があるなら夏祭りの時は完全通行止めにし、万が一に備えて見張りも設置するのがいいだろう。

もし大幅改修で時間がかかるようなら仮設の橋を作ったりして迂回ルートも考えなければならない。

どうやら見積もりまではお父様が終わらせてくれているようだから、あとは正式な依頼書の作成と各所への通達だろうか。


「…一枚目でこれ?」

「今晩のデザートはお嬢様の大好きなチーズケーキですよ」

「うぅ…頑張る。」


二枚目の書類に手を伸ばす。

大きなクマの姿絵が描かれていてそれだけで嫌な予感がした。


「クマの目撃情報!?この時期に!?」

「狩人の方が対策してくださってるようですが、今年は山を降りてくる個体が多いそうです。」

「どんぐりとか山の食べ物が不作なのかも。

その辺は詳しくないから狩人の方に聞いてみないと…」


熊は人間よりも遥かに大きな体を持ち、爪は鋭く、力も強い。

熊側からしたら自身のテリトリーに入り込んだ人間に驚いて襲っているのだろうけど。

どんなに気をつけていても、毎年のように登山をする者や林業を行う者達に数人の犠牲者が出てしまう。

いつもなら冬眠に備えて餌を求める秋口ごろに活発になるはずなのだが。

熊だけでなく猪なんかも出るかもしれない。

狩人の人達への討伐報酬を引き上げて生態系に影響が出ない程度に駆除してもらわないと。

余計な犠牲者を出さないためにも夏祭り中は山に入らない様に観光客への注意喚起。

宿に協力してもらってポスターを貼るなりするのがいいかもしれない。


「これでよし。

お父様に持って行ってちょうだい」

「かしこまりました。」


三枚目からしばらくは夏祭りの出店書類で楽しく書類を捌けた。

毎年恒例の串焼き店に、子供達が遊べる縁日。

お面屋にフルーツ菓子、フライ屋もある。

王都の人気店がわざわざ出店してくれるらしくきっと今年も賑わうだろう。

催しのプログラムに参加する大道芸やオペラ歌手、ダンサーの身元証明書を見ているとかなり有名人も来るみたいだった。

こうしていると私もノースヴェイルの一員としてお祭りに参加できているみたいでとても嬉しいし、やり甲斐もある。


「王都でお土産をたくさん買ってきたからお祭りで子供達に配ろうかな」

「いい考えですね、きっと喜びますよ」


こうして一枚ずつ確実に書類を片付けているといつの間にか日が暮れ始めていた。

たくさんあった書類の山も残すところあと数枚といったところだ。


祭りの書類がひと段落したところで固まった体をほぐそうと背伸びをしているとトントンとドアをノックする音がきこえた。


「フィオナ、お疲れ様。」

「あ、ユリウス少しは休めた?」

「フィオナは仕事してるのに俺だけ休んでるのは落ち着かない。

でも仕事したいと言ってもさせてもらえない。」

「だって明日から大変よ?

お父様について色々回るんでしょ?」

「それはそうだけど…」


申し訳なさそうにしょんぼりした姿を見てクスリと笑みが溢れた。

真面目なユリウスらしい。

でも気持ちはわからなくもない。

きっと私がヴァーガスで同じ立場だったら何かしていないと落ち着かなくなるから。


「リュシー、仕事ひと段落ついたわよね?」

「えぇ、この程度なら食後でも問題ないかと」

「じゃあユリウス、散歩に行こ!

夕食まであまり時間ないから屋敷内にはなってしまうけど、ずっと座っていたから体がもうガタガタよ」

「ん」

「行ってらっしゃいませ」


外に一歩出ると夕暮れ時の涼しい風が頬を撫でた。

ひぐらしの鳴き声が遠く聞こえる。


「夏祭りまでに絶対書類を捌き切るんだー!」

「そうだな、俺も明日から頑張るよ。」

「明日はどこ回る予定なの?」

「牛の調子が悪いらしい。

もし病気ならそれ相応の処置が必要になる。

あとは、採掘場の安全確認とか」

「…そっか、気をつけて行ってきてね。」


ノースヴェイルを継ぐのは一人娘の私だ。

ユリウスは婿に入る立場になる。


たまに王都で噂を聞くけど婿に入ってそのまま仕事をしない旦那さんもいるらしい。

結婚時点で貴族同士の繋がりは作れているので意味はあるのだろうけど。


それに比べユリウスは婚約者であるうちから、こうしてノースヴェイルの仕事に興味を持ち、私やお父様の補助をしてくれる。


婿という立場を正しく理解し、ノースヴェイルの権力を我が物顔にすることもない。


正直聞いた噂のように、婿は仕事をしなくても領地は回るけど、彼はとても勤勉で私には届かない部分もしっかり拾ってくれる。


まさに理想的な婚約者だった。

けれどそれは決して当たり前なことなんかじゃない。


「そういえば、さっきお店の出店情報見てたけど今回はかなり豪華だったよ、楽しみ!」

「去年美味かったあのチキン屋はあった?」

「あった」

「ならそれ食べよう。」


昔からユリウスは変わらない。

時にいい加減な私を諌めることもあるけれど、我儘を許し甘えさせてくれる。

自分にとってどんなに大変でも、難しいことでも泣き言一つ言わずに真摯に向き合う。そんな人。

彼の努力を知っているからこそ、尊敬もあり、この関係が何より尊かった。


「ありがとうね、ユリウス」

「何が?」

「婚約者で居てくれて。私幸せ者だなって」

「それをいうなら俺の方だよ」


彼の力強い腕の中にいると、この先の未来もきっと大丈夫だって思えた。







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