13話
「…よし、できた。
パドリック確認を!!」
「………ふむ、よろしいでしょう。
おつかれさまでした。」
「お祭りに行っていいのね!?」
「勿論ですよ」
「やったー!」
普段私やユリウスは学園にいる。
そのため領地運営の仕事はお父様やパドリックが中心となって執り行っているのだが、夏休み中はここぞとばかりに仕事を回してくるのだ。
せっかくのお祭りなんだから少しくらい手加減してくれればいいのに。
結局当日のギリギリまで書類に追われる羽目になってしまった。
「ユリウス!早く!早く!」
「待てって…」
ユリウスも、先日の牛の体調の調査報告書に追われていたらしい。
私に急かされ頭を抱えながらもなんとか書類を捌き切って、ようやく二人揃ってお祭りに行く許可が下りた。
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屋敷を出た瞬間、道に落ちた紙吹雪が目に入る。
開催宣言の時に打ち上げられた紙吹雪が街から離れた屋敷まで飛んできたのだろう。
街が近づくにつれて紙吹雪でカラフルになる道に自然と胸が高鳴っていった。
街はたくさんの観光客で溢れ、子供達の楽しそうな声やお客さんを呼び込む声が響いていて、とても賑やかな雰囲気だ。
会場の入り口から炭火で焼かれる肉の匂いがしたから、そちらに視線を向けると早速知った顔を見つけた。
「らっしゃい!らっしゃい!串焼きだよー!」
「ジャスさん!」
「ん?おや!フィオナ様じゃないか、王都から帰ってきていたんだね」
「ただいま、ジャスさん!」
「おかえり!
ほら焼きたての串焼きユリウス様の分と一緒に持ってきな」
「いいの?ありがとう!」
タオルを頭に巻き付けて、うちわを仰ぐ姿は去年とあまり変わっていない…いや少し太ったかもしれない。
彼はいつもダイエットの話をしているはずなんだけど、未だに成功はしていないようだ。
「おーいみんなー!
フィオナ様とユリウス様が来てるぞー!」
屋台の前で早速もらった串焼きを頬張っていると、ジャスさんが声をあげて私達の存在を知らせるものだから、あっという間に囲まれてしまった。
「おや、ユリウス様はまた大きくなったんじゃないかい?」
「成長期なんですよ。
ミトさんは腰やったって聞いたけど?」
「この歳になるとねぇ…」
「たまに街を巡回するからその時に困ってる事があればやりますよ。」
「フィオナ様!
お土産もらったよー!ありがとう!」
「どういたしまして、見ないうちにまた大きくなったね」
「そうよ!私もうお客さんの会計できるもの!」
「さすが看板娘だ!」
「フィオナ様、いつもありがとうね
娘もお土産をすごく気に入ったみたいなの。
今度お屋敷の方へ好きな果物を届けに行くよ。」
「サラさんのところの果物は全部美味しいから楽しみにしているね」
昔から屋敷を抜け出してはユリウスと共にノースヴェイルの街に降りて走り回っていた。
転んで怪我した時はミトさんが薬を塗ってくれたし、お腹が空いて困ってた時はジャスさんが串焼きをくれた。
リュシー達が迎えにくるまでサラさんのお家で休ませてもらったこともあるし、革職人のリドリーさんには屋敷まで送ってもらったこともある。
他にもたくさんの町の人たちが幼かった私達のことを見守り優しく導いてくれていた。
だからこそ、私はこの場所をしっかり守れる当主になりたいと思うんだ。
きっと、それはユリウスも同じ。
当たり前にミトさんに手を差し伸べているユリウスが眩しく見えて目を細めた。
いつまでもこうして話をしていたい気持ちもあるけれど、本題はお祭りだ。
このままじゃ挨拶だけでお祭りが終わってしまうんじゃないか。
そんな私のソワソワした気持ちは皆にお見通しだったようで挨拶もそこそこにお祭りを楽しんでおいでと笑顔で送り出してくれた。
「いこ!ユリウス!見るところはたくさんよ!」
「そんなに焦るなって」
口ではそう言うユリウスだって楽しそうだ。
お祭りというのはどうしてこう人をワクワクさせるのだろうか。
「あ、ユリウスあれ欲しい。」
「ん?」
この地の神様を模したお面や、動物のお面。
ユリウスにはきっと犬のお面がいい。
「これ屋敷の番犬でよく見る…」
「ユリウスに似合うと思う」
「じゃあフィオナはこれ。
キャンキャンしてるちっさいやつ。」
「えー?私、猫がいい。」
「猫より絶対こっちだって、な?」
結局二人とも犬のお面を買って、ユリウスは肉を私は果物菓子なんかを食べながら屋台が立ち並ぶ道を歩いていく。
広場の方では大道芸人がパフォーマンスをしているらしく、盛り上がっている声が離れた場所でも聞こえてきていた。
「あ、チキン買ってくるから待ってて」
「また肉なの!?」
「祭りに野菜は無いからな」
ニヤリと笑ってチキンの屋台に行くユリウスの背中を呆れながら見送って、適当なところに腰掛けて待っていると行き交う人混みの中に小さな影を見つけた。
「母ちゃん…」
ぬいぐるみを持って、トボトボと歩く男の子。
その呟きが雑音の中でやたらと大きく聞こえた気がした。
周囲を見渡しても両親や友人の姿はなく、その表情は今にも泣き出しそうだ。
ユリウスにはここで待つように言われていたけど、これは仕方ないと思う。
「君、迷子?」
「うわ!?な、なんだよアンタ。」
まるで子猫が威嚇するようだった。
ぬいぐるみが歪むほど力強く握りしめながら私のことを悪い人か、そうでないかをしっかり見ようとしている。
震えるだけだった昔の私と違って、とても勇敢な子だった。
「ほらほら、怖くないよー」
「っ怖くはねぇ!でも!母ちゃんが知らない人に話しかけられても無視しろって言ってた!」
「そっかそっか、それはいいことだね。
お母さんの言いつけが守れてとっても偉い。」
「…それに、俺は迷子なんかじゃ…」
「そうなの?私はフィオナだよ。
はい、これでもう知らない人じゃないね?」
「えぇ?」
名前を知ってるなら、もう知らない人じゃない?
いやでも…と本気で悩む単純な男の子が微笑ましくて頬が勝手に緩んでしまう。
間違いなく迷子なのに迷子じゃないと言い張るところも子供らしくてすごく可愛い。
「うーん?君は迷子じゃないけどお母さんが迷子になっちゃったのかな?」
「そ、そうだ!
母ちゃんが勝手にどっか行った!」
「じゃあ、お母さん探しに行ってあげないと。
お母さん寂しくて泣いちゃってるかもよ?」
「…母ちゃんが…でも…」
「お姉ちゃんも一緒に探してあげるよ。
案内所があるからそこまで行ってみよう。」
「…うん」
小さな手をしっかり握って人に流されないようにまっすぐ歩いていく。
この先の中央部に案内所があるはずだ。
迷子や落とし物、道案内などを一手に引き受けてくれるからきっと少年のお母さんもそこに辿り着くに違いない。
こうしてすぐさまそれを判断できるのも、三日間お祭りの書類に追われていたおかげだった。
「ウェイド!」
「母ちゃん!!」
「もうどこに行っていたの!?
離れないでってあれほど言ったのに…」
「ごめんなさい…」
案内所に着いた時、ちょうど兵士に向かって必死に息子を探して欲しいと訴えている女性がいた。
隣にいた少年は私の手をするりと抜け出しその女性に向かって駆け出し、それに気づいた女性もまた少年を力強く抱きしめた。
再会を喜ぶ親子に、ほっと胸を撫で下ろす。
ここにいなかったら人混みの中探すのは大変だっただろうから。
「あのお姉さんがここまで案内してくれた。」
「それはありがとうござ…ってフィオナ様!?」
「母ちゃんフィオナ姉ちゃんのこと知ってるの?」
「バカ息子!この土地の当主様の娘様よ!」
「んーと…え!?屋敷のお嬢様ってこと!?」
こっちが申し訳なくなるほどペコペコと頭を下げる親子をなんとか止める。
私は当然のことをしただけだ。
迷子の子供が泣いていたから助けただけ。
それに当主の娘も何も関係なんてない。
「お母さんと会えてよかったね。」
「ありがとうフィオナ姉ちゃ…フィオナ様!」
「もう逸れちゃダメだよ」
最後までペコペコする親子にそう言って案内所を後にした。
そして思い出した。
チキン屋に行ったユリウスのことを。
逸れているのは私もだってことを。
「怒ってるかなぁ…」
きっと今頃ユリウスは私を探して走り回ってくれている頃だろう。
どうしてこうなってしまうのか。
私達は不思議と毎年のように逸れてしまう。
そんなつもりはないんだけど本当に不思議。
きっとユリウスが悪いのだ。私は悪くない。
…嘘、大抵は私のせい。
適当なところに腰掛けて待っていると、ユリウスがいつものように見つけてくれるはずだ。
「おや、フィオナ様また迷子か?」
「そうなの」
「毎年懲りないねぇ」
「ユリウスが来るまでここで待っててもいい?」
「売り子やっててくれよ」
「任せて」
革職人のリドリーさんの屋台の横に座っていたら一言目に迷子か?だって。
皆、私のことをなんだと思ってるのかしら。
革細工は領民よりも観光客のお土産として人気がある。
北の人間じゃないっていうのは雰囲気でわかるからそういう人を捕まえてはあの手この手で売りつけていった。
「っフィオナ!!居た!!」
「あ、ユリウスいらっしゃいませ」
「違うだろ、バカ。」
「買わないの?
キーケース壊れたって言ってなかった?」
「買うけど」
しばらくリドリーさんのお店の売り子を続けていたら、息を切らせたユリウスが思ったよりも早く見つけてくれて、私の姿を見ると安堵と呆れのため息を漏らした。
そして、革製品がまた一つ売れた。
「毎度あり。フィオナ様売り子、ありがとうよ」
「リドリーさんもありがとう!」
「フィオナが迷惑かけました…。」
必死に探してくれていたんだろう。
離れないようにガッチリ掴まれた手にも、額にも滲んだ汗を見て思い出す。
昔もこうだったなって。




