14話
ちょうど今から十年前。
私とユリウスの婚約が決まって、少しずつ仲良くなってきた頃の話だ。
その日もいつものようにユリウスが来るのを今か今かと待ちながら窓の外を見ていたら、街の方でヒラヒラと舞う紙吹雪が見えた。
「リュシー、あれは何?」
「あぁ、今日はノースヴェイルの感謝祭です。」
「感謝祭?」
「観光に来てくださる人達に楽しんでもらえるようにと先代の代から行われている催しだそうですよ。」
「この前王都でやっていたお祭りみたいな?」
「そうですね」
少し前、この国の第一王子であるアーノルド殿下とロザリー公爵令嬢の婚約が決まった。
そして私はお祝いのために王都で開かれるパーティに両親と共に貴族として参列をした。
その時に初めて行った城下町は大いに賑わっており、あまりの人の多さに目を白黒させていたのを覚えている。
『王都はいつもこうなの?人がいっぱい!!』
『今日は特別なんだよ。
この国の第一王子であるアーノルド殿下達の婚約を祝うためのお祭りさ。』
そうお父様に教えてもらった。
たくさんの屋台が立ち並び、何もかもが新鮮ですごく楽しかった思い出だ。
ユリウスも一緒だったら良かったのにとずっと思っていたからこれはチャンスだと思った。
「フィオナ様、まもなくユリウス様がご到着されますよ。」
「今行くわ!ありがとう!」
「ユリウス様のご準備が出来次第、図書室へいらしてくださいね」
「はーい!」
「?やけにご機嫌ですが…」
「ぎくっ」
「やっとお勉強に熱心に取り組む気になられたのですね!」
「そう!そうなの!勉強とっても楽しみ!」
ニコニコと聞き分けのいい子を装うとパドリックは感極まったようにハンカチーフで涙をわざとらしく拭っていた。
パドリックはそのまま私の部屋から出て行った。
おそらく山のような課題を出すために準備をしに行ったのだろう。
勉強が楽しみになる日が来るわけもないのに。
「ユリウス!いらっしゃい!」
「あぁ、フィオナは今日も元気だな」
「それよりちょっと来て!」
「…なんだよ?」
「耳貸して!」
「はぁ?」
到着したユリウスをいつものように出迎えて、侍女達が怪訝な目を向ける中、階段の横のスペースにユリウスを引き込み小さくなった。
「今日は街でお祭りだって、知ってた?」
「…あぁ、来る途中で見えたな。」
「一緒に行こうよ!」
「わかった。じゃあリュシーやパドリックさんに伝えないと…」
「…皆には秘密で行くのよ。」
「はぁ?」
「パドリックったら今日はすごくやる気なの。
このままでは勉強だけで一日が終わってしまうわ。」
コソコソ小さく話しているとなんだかいけないことをしているみたいでワクワクした。
まるでスパイの秘密の会議みたいで。
この時の私は後も先も考えず、ただユリウスと楽しい遊びをすることしか考えていなかった。
「いや、でも流石に二人じゃ危ないだろ…」
「大丈夫、街にはいつもお出かけしてるもの。」
「うーん…でも…」
「何よ、ユリウスの意気地なし。
いいわ。私一人で行ってくるから!」
「フィオナ!っあぁ…もう!」
ユリウスは私と違って最後まで悩んでいたようだけど、結局着いてきてくれた。
私達はお小遣いを握りしめて、門番に見つからないようにこっそりと子供しか通れないような隠し通路から街へと出かけた。
「すごーい!」
お祭り一色に染まった街は普段の街とは何もかもが違っていた。
立ち並ぶ屋台に、美味しそうな食べ物の匂い。
楽器の音が聞こえて、どこからか歓声と拍手も聞こえてくる。
皆が楽しそうで私もその場の雰囲気だけで胸の高鳴りが抑えきれなかった。
ユリウスもソワソワしていたからきっと同じだったんだろう。
「行こうユリウス!」
ユリウスの手を引いて、射的や輪投げ、串焼きを食べながらたくさん遊んだ。
気づけば日が暮れて、ドン、と大きな音と共に空に大輪の花が夜空に咲いた。
屋敷から見たことはあったけれど、こんなに近くで花火を見たのは初めてで…。
その美しさに思わず足が止まってしまった。
「っフィオナ!」
それがいけなかった。
人混みに押されるようにしてユリウスと繋いでいた手が離れてしまった。
もっと近くで花火を見ようと観光客が会場への移動を一斉に始めたから。
人の波に飲まれて、声だけは聞こえるのにユリウスの姿が見えなくなってしまって、流れに逆らおうとしても幼い私ではそんな力もなくて。
やがてその声も聞こえなくなった。
「痛っ…」
足を踏まれて、転んで、そんな私に気がついた大人が人混みから出して端に避けてくれた。
でも、それだけ。
道を教えてくれるわけでも、ケガの手当てをしてくれるわけでもない。
恋人と思われる人の手を取って人混みにまた紛れて行ってしまった。
いつもと違う街の様子、まるで別世界にでも迷い込んでしまったみたいだった。
助けを呼ぼうにも皆花火に夢中だし、案内所のようなものも当時はなかったと思う。
踏まれた足は痛い。ユリウスもいない。
どこにいるのかもわからない。
すごく心細くて、子供だった私はこのまま誰にも見つけてもらえないで一人ぼっちで、死んでしまうんじゃないかとすら思っていた。
「っユリウス…あ…」
背丈が同じくらいの男の子を見つけても、その隣にはその子のお母さんがいた。
一人ぼっちなのは私だけだった。
さっきまであんなに楽しかったのに今はただただ怖かった。
「リュシー…パドリック…お父様お母様…」
意味なんてないのに言いつけを守らなかったことを謝った。
ユリウスは大丈夫かな。怪我をしてないかな。
私のせいで、私がお祭りに行こうなんて言わなければこんなことにならなかったのに。
「お嬢ちゃん、迷子かい?
おじさんが助けてあげようか。」
そんな声が聞こえて俯いた顔をあげた。
知らない人。街の人じゃない。
優しそうに微笑んでいるのに、何処か不気味で私はそれが善意なのか悪意なのかわからなかった。
「フィオナ!!」
「ッチ…」
手を取るべきか、そう思ったら聞こえたユリウスの切羽詰まった声。
おじさんは舌打ちを一つすると人混みに紛れて何処かへ行ってしまった。
「…あ…っユリウス…ユリウス…ひっく…」
私を強く抱きしめてくれたユリウスは息を切らせて汗もかいていた。
どれだけ探してくれたんだろう。
もう会えないかもしれないとすら思っていたから、ユリウスとまた会えたことに安堵で涙が止まらなかった。
泣きじゃくる私の頭を宥めるように撫でるユリウスの手が冷たくて震えていたのを今でもハッキリと覚えている。
「…っごめんなさい、ごめん…なさ…ごめ…」
「…もういいよ」
「…ユリウス…っ…」
「きっと屋敷の皆も探してる。帰るぞ。
それで、ちゃんと怒られろ。」
「…はい……痛っ…」
「!…怪我…したのか?」
「…ちょっとだけ」
足を見ると踏まれたところが赤く腫れていた。
折れてはいないが、足をつくたびにズキズキと足の甲が痛む。
それが余計に自分の情けなさを突きつけるみたいだった。
こんなはずじゃなかったのに。
楽しく遊んで、ユリウスにだって「すごいなフィオナ」って言われたかったのに。
結局勝手にやって失敗して、ユリウスに助けてもらってばかり。
こんなのユリウスに嫌われたって仕方ない。
「…先に帰っていいよ。」
「は?」
「…私ゆっくり帰る。」
「…バカじゃねぇの。」
自分で言ったくせに、呆れたようなユリウスにズキッと心が痛かった。
当然だ。こんな私に呆れただろうし、せっかく仲良くなれたけど婚約者をやめようって言われるかもしれない。
そんな不安とは裏腹にユリウスは私に背を向けてしゃがみ込んだ。
「…乗れよ」
「…でも…」
「うるせぇ。
お前を置いて帰れるわけないだろ。」
「…なんで?」
「…俺はお前の婚約者なんだから」
「でも、私のこと嫌になったでしょ」
「ならない。」
「え?」
「ならないし、なるわけない。」
「…どうして?」
「…大人になったら教えてやるよ。」
ユリウスの背中は今よりもずっと小さかった。
何度も私を背負い直しながら、それでも足を止めることなく私の家まで歩き続けてくれた。
やっとの思いで家に着くと、門前では屋敷の皆が大騒ぎしてて、私達を見るや否やたくさんの心配をされて、そしてすごく怒られた。
ユリウスは何も悪くないのに「俺も悪いから」って長い説教も一緒に受けてくれたんだっけ。
__________
夏の夜空に大輪の花が咲く。
あの時と違って手が離れることはないけど。
「…花火、綺麗だね。」
「そうだな。」
「ねぇ、ユリウス」
「ん?」
「初めてお祭りに来た帰りに言ってたこと聞いてもいい?
大人になったら教えてくれるって…」
「…あぁ、それは 」
ユリウスの口は動いているのにドンという大きな花火の音に声が消されてしまった。
「なんて言ったの?」
「……秘密」
「えぇ!?」
「…何度も言ったら格好がつかないから。」
そう言ってそっぽを向いたユリウスの耳が赤く染まっていた。
「…ほら、そろそろ帰るぞ。」
「ユリウス、疲れたからおんぶして。」
「はぁ!?嫌だよ!!」
「ケチ。」
「…ちょっとだけな。」
「やった!」
あの頃と違って思いっきり飛び乗ってもよろけることすらもない。
昔よりずっと大きく力強くなった背中。
だけど変わらず私を守ってくれる大好きな背中だった。
「来年こそは絶対に迷子になるなよ。」
「来年も一緒に行ってくれるんだ?」
「はぁ?何を当たり前のことを…」
「へへっ…ユリウス大好きだよ。」
「……あっそ。」
結局屋敷まで背負ってもらって帰った。
きっと来年も再来年もこうして夏祭りがある。
学園を卒業して、結婚して、夫婦になっても、そして子供が生まれても、いつまでもこうして二人の楽しい時間を過ごしたい。
ユリウスも同じ気持ちでいてくれたら嬉しい。




