15話
夏休みも残すところ一週間となりノースヴェイルから王都に戻る日がやってきた。
当主補佐の仕事も多かったけれど、やっぱり私はノースヴェイルが好きだから離れるのは少しだけ名残惜しかった。
「ユリウス…フィオナがまた迷惑をかけると思うけれど、よろしくね」
「はい。」
「…お母様!私はもう子供じゃないのよ?」
「夏祭りで今年も迷子になったのは誰かしら?」
「うっ…」
「全く、ユリウスに迷惑ばかりかけて…」
「うぅ…」
「ははっ…気をつけて行ってくるんだよ。
二人とも、しっかり学んでくるようにね。」
「はーい!行ってきまーす。」
「行ってきます。お世話になりました。」
こうして両親に見送られながら、ノースヴェイルの屋敷を出た。
サンドラへのお土産をたくさん持って。
「…うぅ…行きたくない」
「仕事中はレイラー嬢と会いたいって言ってなかったか?」
「それはそれ、これはこれなの。」
王都に戻り、後期の準備をしたらあっという間に始業式になってしまう。
実はまだ宿題が残っているのだけれど、ユリウスには言えていない。
だって絶対にユリウスは怒るもの。
行きと違いヴァーガスに立ち寄ることなく、王都に直結している道を行く。
高原が平坦な道になり、やがて木々が茂り始め森の中へ入る。
馬車道用に切り開かれただけの森の道は木々の根っこのせいでところどころ凸凹しており、とても揺れる。
この道は王都への近道だとわかっていてもお尻も痛くなるし好きじゃない。
何か楽しい話でもしていないと酔ってしまいそうだった。
「夏休み明けたらすぐに文化祭だね?」
「そうだな。」
「今年は何をするのかな、楽しみだね」
「…そうだな。」
「もしかしてユリウス眠い?」
「んー…」
「寝てていいよ」
膝をポンポンと叩くとユリウスは素直に私の膝を枕にして目を閉じた。
揺れていてもお構いなし、安心しきったその表情は少し幼く見える。
ギリギリまでお父様から領地経営について学んでいたみたいだから疲れていたんだろう。
労るようにサラリとした髪を撫でた。
秋の訪れを感じさせる少し涼しい風が馬車の窓から吹き込んでくる。
確かにいいお昼寝日和かもしれない。
気がついたら森を抜け揺れも落ち着き始めていて私も目を閉じていた。
「…フィオナ、もうすぐ着く。」
「…あれ…」
「おはよ」
「おはよう…」
ユリウスはいつから起きていたんだろう。
その手には読みかけだろう本が握られている。
私が枕だったはずなのに、いつのまにか私がユリウスの肩を枕にしていた。
馬車の窓から外を見ると先程とは違い、行き交う人々や建物が立ち並ぶ城下町の景色に変わっていた。
「肩痛くない?ごめんね」
「大丈夫。」
寄りかかっていたユリウスの肩から顔を上げて適切な距離に離れた。
でも離れた途端に、触れていた部分がヒヤッとして私は再び彼の温もりを求めるように彼の肩に頭を預けた。
ユリウスは体温が高くてあったかい。
「…何読んでるの?」
「商人ジャックの必勝法」
「…なにそれ?」
読んでいたところに栞を挟んでからそれ以外のページをペラペラと見せてくれるけど頭には何も入ってこなかった。
「知らない?豆の木商会の商会長」
「豆の木商会って最近王都でかなり有名になってる商会よね?」
「そうそう。その商会長は元平民でここまでの地位に上り詰めた時の話とか、商売をする上で大事にしてることとか、商売のコツみたいなのが書いてある話。」
この話を読む人たちへ
これから私が話すのは私が平民の時から大切にしていることで、今も豆の木商会の商品開発をする上で根底にあるものである___
なんて冒頭を読むだけでも小難しいことがツラツラ書かれていて思わず眉間に皺が寄った。
「……つまらなそう。
もっと御伽話みたいなのは読まないの?」
「…俺がお姫様と王子様の恋愛小説をキュンキュンするとか言いながら読んでたらどう思う?」
「…ちょっと気持ち悪いかも」
「だろ?」
真面目なユリウスらしい。
ユリウスの部屋の本棚にあるのは経営本や医学書、歴史書ばかりだ。
記憶力もいいし、雑学知識も多い。
それが読めるだけでも頭が良くてかっこいいと思うけれど、一緒に読書をしようにも私にはそれの何がいいのかも、内容もわからなかった。
私はどちらかと言えばゴシップ誌や恋愛小説が好きだから。
「聞いていい?」
「ん?なぁに?」
「フィオナは頭は悪いが丁寧な店員と、頭はいいがこだわりの強い店員どっちがいい?」
唐突な質問だった。
極端な選択肢はユリウスが読んでいるその本に答えが書いてあったのだろうか?
それで身近にいる私の考え方も実際に聞いてみたいと思ったのかもしれない。
「うーん…
対応するなら丁寧な店員さんの方がいいかな。
頭が悪いって言い方はよくないけれど、そういう人には対応マニュアルを作ればいいのよ。
ルールを決めてしまえばいいの。」
「頭のいいほうは?」
「そういう人は逆に裏方の方がいいわ。
帳簿とか任せるのに適してると思う。」
人間皆、同じではない。
かと言って完璧にできる人ばかり集めるなんて不可能に近い。
もちろん何をやらせてもできない人というのは一定数いるとは思うけれど。
お父様の仕事を昔から見ていると思う。
自分でできることは実際はほんの僅かで、得意不得意もあるのだと。
当主や商会長、上に立つ人間に求められるのはそれを見極める人事配置スキルなんじゃないかなって思う。
「…なるほどな」
「でも正解なんてないのでしょうね、きっと」
「俺はフィオナのそういう考え方が好きだよ。」
「な、何よ急に…」
「前から思ってたこと。」
ユリウスはそう言うとパタンと静かにその本を閉じてしまった。
「もういいの?本」
「…この本に俺の求める答えはなかったから」
「そうなんだ?」
そんな話をしていると学園の門が見えてきた。
王都にはノースヴェイルのタウンハウスもあるけれど、入学するときにユリウスが寮に住むと言うから私も無理言って学園の寮に入ることにしたんだ。
だからここが今の私達の家と言える。
多少の不便はあるけれど、自分で起きて支度をするというのは貴族の生活をしていると味わえないものだからいい経験になっていた。
ノースヴェイルではリュシーに起こしてもらう生活をしていたから、明日からまた一人で起きられるか少し不安だけど。
「…あ、そうだ」
「ん?」
「もちろん宿題は終わってるんだよな?」
「ぎくっ」
「フィオナ?」
どことなく黒い雰囲気を放つユリウスからそっと視線を逸らしたけど狭い馬車の中に逃げ道なんてどこにもなかった。
「逃げるなよ。」
「ひっ…ゆ、ユリウス?目が怖いよ?」
「そうか?俺は大好きなフィオナに付きっきりで勉強できることが嬉しいけどな?」
「絶対嘘だ!!」
やっぱり寮よりタウンハウスの方が良かったかもしれない。
___________
「久しぶりね、フィオナ」
「…サンドラ、委員長も久しぶり」
「なんか貴女やつれてない?」
「…昨日徹夜で宿題をしていたの。」
「バカね…」
こちらに戻ってから数日。
鬼のようなユリウスにガミガミ言われ、泣きながらも宿題をなんとか終わらせて迎えた今日の始業式。
久しぶりに会うクラスメイトの中にはこんがり焼けていた生徒や、隣国に行ったからとお土産を配る生徒もいた。
各々素敵な夏休みを過ごせたみたいだ。
「そういえばフィオナ達は王都にいなかったから知らないのよね?」
「何が?」
「殿下達がまたやらかしたみたいのよ。
リリア男爵令嬢に舞踏会のドレスをって言ってシルヴィブランドに乗り込んだみたい。」
「嘘!シルヴィって一年待ちとかよね!?」
「そうなの!信じられる!?
私達だって並んで予約してるのに!!」
王都でも有名なデザイナーが着る令嬢に合わせてデザインをし、それを職人が一つ一つ手作りするためシルヴィブランドのドレスは多くの令嬢達の憧れだった。
私もユリウスとの結婚式のウエディングドレスは絶対にそれがいいとかなり前から予約をしてるのに。
順番を無視するという方法がないわけではない。
でもそれにはかなりの金額を積まなければならないと噂で聞いた気がする。
そもそもドレスの値段だって決して安いものではない。
「それを婚約者でもない男爵令嬢に…?」
「夏休みに入れば落ち着くかと思ったのにね」
サンドラと一緒にため息をついた。
かなりの暴挙を行なっているようだが、これから先どうなってしまうのだろう。
現実から目を背けるように窓の外を見たのに、見えた中庭には夏休み前よりも近い距離になったアーノルド殿下とリリア男爵令嬢がいた。
「卒業まで何も起こらないといいけど…。」
「本当にね。」
そんな不穏な空気を感じさせながら新学期は幕を開けた。




