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フィオナ・ノースヴェイル伯爵令嬢の好きなもの  作者: 椿


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8/22

8話




私と同じようにホールでは親しい友人や婚約者の帰りを待つ生徒達が眠れぬ夜を過ごしていた。


雨足はどんどん酷くなっているようで、最初はポツポツとした音だったのに次第にザーザーとした大きな音へと変わっていった。


ホールにいても何もわからないまま。


そんな状況で落ち着けるわけもなく、居ても立っても居られなくなった私は玄関の方へ様子を見に行くことにした。


玄関ではカッパを着た一部の生徒達が報告と水分を補給するために戻ってきていたけれど、その中にユリウスの姿はどこにもなかった。


怖かった。もしユリウスに何かあったらどうしようって。

暗闇の中、道に迷ってしまったら?

足を滑らせてしまったら?

熊や猪がいない保証もない。

不安は増すばかりで、時計の秒針の音、一分一秒がとても長く感じられた。


「ノースヴェイル嬢、酷い顔色だぞ。

少し部屋で休んできたらどうだ?」

「…いえ、ここで待ちます。」


先生が心配して声をかけてくれたけれど、私は意地でもその場を動くつもりはなかった。


どのくらいの時間が経っただろう。

夏の空は日の入りが早い。

空も次第に明るくなり始めていた。


ちらほらと生徒や先生達が戻ってくる姿が見え始めて、その中にユリウスの姿を見つけると、私はたまらず彼に飛びついた。


「ユリウス!!」

「え!?フィオナ!?

まさか夜通しここにいたのか!?」

「よかった。無事で、本当によかった…っ」

「……心配、かけてごめんな。」

「帰ってきてくれたから、いいよ、もう。」


私と同じように友人や婚約者の帰りを待っていた生徒達もホールから続々と玄関に集まってきて各々無事を喜び合った。

そしてタオルに包まれたアーノルド殿下とリリア男爵令嬢も無事に戻ってきたようだ。


先生の話によると殿下達は崖下の洞窟で寄り添いあっているところを騎士科の生徒によって発見されたらしい。

たくさんの人達に迷惑をかけたというのに謝罪もなければ感謝もない。

本当に失礼で人騒がせな人達だと思った。


「フィオナ、部屋まで送る」

「え!?何言ってるの!?

私よりユリウスの方が疲れてるんだから、早くお風呂に入って休んで!」

「いや、でも…」

「私はまだまだ元気だから大丈夫!」

「…わかった。」

「おやすみ、ユリウス」

「おやすみ」


ユリウスと別れ、姿が見えなくなったところで一気に脱力した。

なんだかどっと疲れてしまって。

こんな姿を見たらユリウスはどんなに疲れていても私を担いで自室に運ぼうとするだろう。

取り繕ったのは、もはや意地だった。

本音を言えば山登りのせいで足は棒みたいだし、ずっと緊張していたせいで頭も重い。

ヘロヘロの身体を引きずるように自室に戻ってからは泥のように眠りについた。


…気がしたけど、あっという間に朝になった。

全然、寝足りなかった。


「フィオナ起きなさいって!」

「…うぅ…まだ寝るってばぁ…」

「もう!食事の時間だって言ってるでしょ!」

「いやぁ…!」

「…はぁ…まさか、フィオナがこんなに寝汚いとは思わなかったわ」


サンドラに起こされ、半ば引きずられるようにして向かったホールでは、すでに皆が食事を開始している時間だった。


「ヴァーガス!

フィオナが全然起きないんだけど!!」

「あー…やっぱり起きれなかったか」

「やっぱり!?」

「かなり、疲れてそうだったからな…」


ちょいちょいと手招きをされ、考えるのもめんどくさかった私はユリウスの隣に座ってその肩にもたれかかって再び目を閉じた。


「ヴァーガスは朝方まで捜索してたんだろう?」

「あぁ、フィオナはそれをずっと寝ずに玄関で待ってたみたいなんだ。

…寝ていればいいのに、バカだよな。」

「そうだったのね…そうとも知らずに私…」

「ふぁ…気にしないでサンドラ

夜更かししたのは私の自己責任だから。

むしろ起こしてくれてありがとう。」


ユリウスが寝かしつけるようにポンポンと優しく頭を撫でてくれるのがすごく心地よかった。

言葉ではバカって言っていたけど、私が待っていて、実は嬉しかったのかな?

だったらいいな。

私も嬉しかった。

一番に無事を確認できたから。


「食事の最中だが、話を聞いてくれー」


食事なんかそっちのけでユリウスに身体を委ねてウトウトしていると、先生が突然声をあげた。

喋っている生徒達も一旦喋るのをやめて先生の話を聞く姿勢を取りはじめたようだ。


「今後の予定について話をする。

プリントを配るからそれを見て欲しい。」


机ごとにまとめられたプリントを生徒達が一枚取っては回していく。

やがてプリントが全体の生徒達に行き渡ったのを確認すると、先生は改めて話し始めた。


まず、アーノルド殿下とリリア男爵令嬢が無事に見つかったことと、捜索に協力した生徒達への感謝の言葉が述べられた。

そして、捜索に協力した生徒達は健康チェックを行うことになるらしい。

大きな怪我をした生徒や、第二の遭難者などは出なかったけれど、長い間雨に打たれ続け風邪をひいてしまった生徒がいるかもしれないからと。

そのためにわざわざ医師も隣町から呼んだらしい。


捜索に参加していないそれ以外の生徒達の予定も大幅に変更されることになった。

昨晩が豪雨だったため、川の増水や土砂災害の危険を考え、当初予定されていたカリキュラムのほとんどを中止。

医療機関との混乱を避けるためにも、生徒達は基本自室での待機になるようだ。


「…残念だけど仕方ないね」

「私は嬉しいわ。

もう昨日の登山のせいで身体ギシギシなんだもの。

部屋でゆっくりできるならそれに越したことはないわよ。」


現在食事をしているホールで聞き取りや健康チェックを行うみたいで、昨日捜索に出た生徒達を残してそれ以外の生徒達はあと十分ほどで自室に戻るように指示が出た。


「めんどくせぇ…」

「ユリウス、ちゃんと診てもらってね。」

「…はいはい」

「フィオナ、戻るわよ」

「はーい。じゃあまたあとでね」

「ん。」


部屋に戻ってきたところで、特別やることもなく、持ってきていたお菓子を片手に女子会を始めることにした。


「あ、それ流行りって言ってた塗り香水?」

「そうそう、買ってみたの。

結構いい匂いだと思わない?」

「バニラの美味しそうな匂いがするね。」

「フィオナの好きなホワイトティーの香りもあったわよ。」

「じゃあ今度の休みにでもユリウスと買いに行ってみようかな。お揃いで付けるのもいいかも」


サンドラは私やユリウスと違って王都貴族で、独自の調査ルートを持っているらしく、流行や情報にかなり敏感だ。

最近は特に貴族たちの派閥の動きについての話題がよく上がるらしい。


「それにしても殿下達にも困ったものよね。」

「…聞かれたら怒られるよ。」

「事実じゃない。」

「…たしかに、リリア男爵令嬢を庇って一緒に落ちたって話だけど…。

彼女を助けようとした結果、色んな人に迷惑かけた上で謝罪もしないのは王族としてどうかと思うわ。」

「フィオナこそ怒られるわよ」

「事実だし。」


気が付けば紅茶は三杯目、たくさんあったはずのお菓子も無くなっていた。

トランプもやったし、しりとりもやった。

せめて何か部屋でできる遊びや体験があればいいのにそれもない。


「暇ね、どうする?」

「あとどのくらいかかるか先生に聞いてみる?」


「貴女のせいで殿下は危険な目に遭ったのよ!?

あれほど忠告をしていたのに!!」


会話の途中で、私たちの声を掻き消すほどヒステリックな声が廊下から部屋まで響いてきた。

なんとなく想像はできるけれど、私とサンドラは顔を見合わせた。


「…一応、確認しておく?」

「そうしよっか…」


気づかれないようにそっと部屋のドアを小さく開けて、片目だけで廊下を見渡すと私達と同じように様子を伺う向かいの部屋の女子達と目があった。

きっと彼女達も私達と同じく暇を持て余したところに廊下から言い争う声が聞こえて気になって覗こうとしたんだろう。

少し気まずかったからお互い曖昧な笑みを浮かべて会釈を一つすると状況把握に集中することにした。


「貴女のせいで皆様にも迷惑がかかったというのに謝罪もしなかったんですって!?」

「…ごめんなさい」


この部屋から直接言い争う姿は確認できないけれど、想像した通り、昨晩の出来事でロザリー公爵令嬢がリリア男爵令嬢に物申しているようだった。

公爵令嬢の言葉は何も間違っていない。

確かに失礼だと私も思ったし。

それに事故とは言え婚約者が女性と夜を明かしたとあれば気が立つこともあるだろう。

アーノルド殿下はこの国の王太子であり、重要人物なのだから怪我させるような状況に巻き込むな。というのも当然の主張だと思う。


リリア男爵令嬢はそれに対し、小さく震えながら何度も何度も謝っていた。

挙句、啜り泣く声も聞こえ始めた。


「わざとじゃないんだし、あれだけ謝ってるんだから許してあげればいいのに」

「嫉妬もあるんじゃない?」


コソコソと女子達の話し声が耳に届く。

私達や向かいの部屋以外もこうして様子を伺う生徒は多いのだろう。

ロザリー公爵令嬢の主張は何も間違ってなんかいないはずなのに、リリア男爵令嬢を擁護するような空気が広がっていって、それがどこか不気味で私は思わず眉を顰めた。

サンドラも苦い顔をしているから似たような印象を受けたみたいだ。

私達は再び顔を見合わせると音を立てないようにそっとドアを閉めた。


「…大丈夫なのかしら、あれ」

「ちょっと状況が良くないよね」

「また殿下達が騒ぎ立てるんじゃない?」

「今回は目撃者も多そうだし、リリア男爵令嬢の味方につく人達もいるかもしれない。」

「あー…やだやだ。

荒れるわよ、色んな意味で。」


サンドラは大袈裟に肩をすくめた。

彼女のいうようにこれからは派閥の動きにしっかり目を光らせていかなければいけないのかもしれない。


正直リリア男爵令嬢のことを甘く見ていた。

男爵令嬢ごとき公爵家なら簡単に潰せてしまうだろうと。

学生時代の気の迷いだろうと。


でも今回アーノルド殿下は彼女を命懸けで守った。

そして周囲も公爵家のご令嬢を非難するような空気ができ始めている。

最悪の場合、公爵令嬢が男爵令嬢に負けるなんて場合もあり得てしまう状況だった。


「…私達昼寝をしていました。」

「そうね、何も見てません。聞いてません。」

「こんなマヌケな理由でいけるかな?」

「そんなこと言ったって行くしかないわよ。

本当にいい迷惑だわ。

誰かこの空気どうにか出来ないかしら。」

「先生呼ぶ?」

「この部屋を出て、あの廊下を抜けて?」

「いや、そこのフロント電話で」


ベッドの横に置かれた電話を指差すとサンドラはハッとしたような表情をしてすぐさま私の手を強く握った。


「流石!フィオナってば冴えてる!」

「へへっもっと褒めてくれても宜しくてよ?」

「調子に乗るんじゃないの。」


ペシッと軽く私を叩くとすぐさま受付に電話をかけ始めた。

「廊下で喧嘩をしてる生徒がいて…」

電話をかける表情は笑っているのに声だけはか細く震えていて、そのあまりのギャップに私は笑いそうになるのを必死に堪えた。

サンドラはとても演技派なのだ。

電話をしてしばらくすると先生方が廊下に現れた気配があったからとりあえずこれ以上の大事になることは避けられただろう。

それがわかると私たちは冷めてしまった紅茶を淹れ直して再び女子会に戻るのだった。




__________



夜。

結局林間合宿の2日目はほとんど何もできずに終わってしまった。

明日の朝には予定通り馬車が迎えにきて、学園に帰ることになる。

流石にこれだけでは味気ないと先生達の許しを経て最後に一般科の生徒達が主催する肝試しだけはできることになった。


希望者は男女ペアとなって湖の周りのしっかり整備された安全な山道を一周回って帰ってくるだけ。

先生達も各所に待機しており遭難対策はバッチリだそうだ。


「………本当に行くのか?」


今日一日医者の診察を待つのがなかなか大変だったようで山登りした時よりずっと疲れていそうなユリウスの気分転換になればと思い誘ってみたのだけれど。

心なしか先ほどより顔色が悪い。


「さっき案内の生徒さんから教えて貰ったんだけど、この湖には出るんだって。」

「…どうせなんの根拠もないんだろ?」

「そうでもないみたい。

今は土砂に埋もれちゃったらしいんだけど、この近くに村があったのは本当らしいよ?」

「…村?」

「昔、1人の男性がその村を飲み込む土砂崩れに巻き込まれて亡くなったんだって。

で、将来を約束していた女性が失意のあまりこの湖に身を投げて、それ以来この湖には花嫁衣装に身を包んだ幽霊が出るとか…」

「……ゴミか何かを誰かが見間違えたんだろう」

「…ユリウス、もしかして怖いの?」

「怖くない。」

「…ふーん?」


顔がにやけそうだった。

繋いでいる手はいつも以上に力がこもってるし言葉は早口だ。


なんて、わかりやすい。


昔から一緒にいて知らないことなんて無いと思っていたのに、まさか今までお化けが怖いことを隠し通していたなんて。


「あ、私たちの番みたい。」

「……はぁ」

「レッツゴー!」


真っ暗な道を照らすのは一つのランタンのみ。

少し前に出た別の男女の悲鳴が聞こえるたびにユリウスの体がぴくりと跳ねた。

雨の中勇ましく殿下達を探していた癖に、お化けが出るかもしれないというだけでこんなにも可愛い。すごく可愛い。


「っ…」

「わー!すごい!生首!」


土砂に埋もれ、苦悶の表情の生首や腕が草むらの陰に点々と置かれていた。

時折変な音や動物達の鳴き声、生ぬるい風が頬を撫でていく。

サンドラと行きの馬車で話していたように、かなりこだわって作られているのがわかった。

私は驚きよりも関心が勝ってしまうけれど、ユリウスはそうじゃないらしい。


「あ」

「っ!?な、なんだ?」

「明日帰るの何時だっけ?」

「……11時」

「ふふっ」


我慢できなくてつい声が漏れてしまった。

わざとだと気づいたユリウスから無言の圧をかけられ、軽く謝る。

意地悪するのはこれくらいにしようかな。


「大丈夫だよユリウス

私が貴方を守ってあげるから」


ギュッと繋いだ手を握り直して一歩前に出る。

いつも困った時はユリウスが手を引いてくれるから新鮮で少しだけ嬉しかった。

私は前を向いて仕掛けを見つけるたびにそっとそれを避けて進む。

気づくとただの静かな夜の散歩だった。

湖が風で波打つ音と虫の鳴き声が夏の訪れを感じさせてくれる。


「もうすぐ夏休みだね」

「…そうだな」

「今年は何をして遊ぼうか?」


そう問いかけたのに返事はなく、ユリウスは無言で足を止めてしまった。


「どうしたの?」

「あれって…」


ユリウスが指差す方を見るとどういう仕掛けなのか白い布が湖の真ん中に揺らめいていた。

それこそ花嫁衣装のように。

意地悪はやめようって思ったんだけど悪戯心を抑えられなかった私はなんてことのないように返す。

まるでそこに何も見えていないかのように。


「ん?何かあるの?」

「…見えないのか?」

「え?何が?」


ユリウスは今まで見たことない絶望的な表情をすると私の手をとって、ものすごい速さで歩き出した。

脅かし役の生徒達はあまりの圧に飛び出るのを忘れてしまうほどに。


息も切れ切れになってゴールに辿り着き、初めてネタバラシをしたらそれから三日間、口を利いてもらえなくなった。

帰りの馬車では何を話しかけても無視されてしまい、とても寂しかったので、これからは揶揄いすぎるのはやめようと思った。






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