7話
「フィオナ、これは?」
「あ、炊くから鍋の横に置いておいて
火おこしお願いしていい?」
「了解」
レクリエーションが終わった後は昼食になる野営食作り。
私達に学園側から配布されたのは乾燥した野菜やキノコ、乾燥したライスだった。
実際長期の野営をする場合はさらに干し肉や魚の乾物なども用意するらしい。
軽くて持ち運びに優れているため野営にはうってつけの食材なのだとか。
レクリエーションで肉を、湖で魚を取れなかった生徒達には干し肉が配布されるらしい。
それらをうまく調理する。
と言っても食材が限られている今、できるのは野菜スープくらいだ。
調味料も塩と砂糖程度しか無いためお世辞にも美味しいと言えるものではなかった。
「遠征するって大変だね。」
「多くは次の街まで歩を進めるらしい。
こんな不味いもの進んで食いたくはないよな。」
ノースヴェイルは山に囲まれている土地のため野草などには自然と詳しくなる。
そのためレクリエーションの会場にあった山椒の木にもすぐに気がついた。
昼食を自分達で作ることは事前に知っていたし、何かに使えるかもと少しだけ摘んでおいたのだがどうやら正解だったようだ。
これで多少は味に深みが出るかもしれない。
「本当にフィオナがいてよかったわ。
侍従科の子とか一般科の子達はまだいいけど、大抵の貴族は料理なんてしないもの。
お皿並べることくらいしかできなくて、ごめんなさいね…」
「大丈夫だよサンドラ。
手伝ってくれてありがとう」
「ユリウスも手慣れてるな、火おこしとか。」
「ノースヴェイルが北の大地だから冬場は薪を炊いたりするしな」
シンプルな野菜のスープと、山椒を少し散らしたステーキがあっという間に出来上がった。
他のグループはまだ魚取りや火おこしで苦戦しているところも多い。
時折私達の方を妬ましそうに眺めていた。
そう見られていては少し食べにくいと思うのは私だけみたいで、三人はもぐもぐと食べ始めていた。
「うまい。山椒なんてよく見つけたな。」
「たまたまね」
「棘、刺さらなかったか?」
「大丈夫だったよ。」
「こういうのも悪くないわね」
「そうだな、スープはしっかり野菜の出汁が効いているし、味付けが塩だけとは到底思えない。
ステーキの焼き加減も絶妙だ。
そしてなにより…」
「次は山登りだからしっかり食べないと持たないぞ。口より手を動かせよ、委員長。」
「なっ…僕は感謝の気持ちをだな!?」
「ふふっ喜んでもらえてよかったよ。」
皆が必死に料理をしたり魚を取る中、一角からキャッキャとはしゃぐ声が聞こえてきた。
私達も楽しく食事をしているがその声は私達のものではない。
それは少し異様とも言える空間だった。
リリア男爵令嬢を囲むこの国の重鎮の子息達。
アーノルド殿下や宰相や騎士団長のご子息、最近勢いがあると噂の商会の子息までいる。
その全員が一人の女性に対し「流石リリアだ。」「うまい。」「もっと食べたい。」と囃し立てていて、それを殿下の婚約者である公爵令嬢が鬼のような形相で睨みつけていた。
「どうして男爵令嬢なのに貴族科の生徒達と一緒にいるんだろうね?」
「え?今更?」
「いや、ふと疑問に思って…」
「確か、リリア男爵令嬢は妾の子で、母親が亡くなったことで男爵に保護されたのよ。
貴族である以上学園への入学は必須でしょう?
でも途中で編入しようにも貴族科以外はカリキュラムが進み過ぎて難しかったって聞いたわ」
「一般科は?」
「定員が埋まっていたみたいよ。」
「へー。そんなことあるんだね。」
疑問が解消されたところで再びリリア男爵令嬢達の方へ視線を向けたら、能面のような顔をして隣のコンロを使う生徒の顔が見えた。
極力音を立てず淡々と作業をこなしている。
私もあの場にいたらそうなっていただろう。
「隣のグループ可哀想に…」
「流石にね。お肉、分けてあげる?」
「あそこに行く勇気ある?」
「無理。」
あの場に行って声をあげる勇気なんて持ち合わせていない私達は静かに手を合わせて一生徒のご冥福をお祈りしておいた。
死んではいないけれど。
全員がなんとか食事と片付けを終えると、先生から地形図を渡された。
標高は800メートル。
場所によっては岩場や急な坂道なんかもあるようだった。
通行止めのポイントには先生が待機しているらしいが、それ以外は自分達でルートを確保しなければならない。
開始早々ユリウスが当然のように私の荷物を持とうとするものだから咄嗟に阻止した。
「フィオナ?荷物…」
「…ユリウス、気持ちは嬉しいけどダメ。
全員同じ状況なのに私だけユリウスに甘えられないよ。」
「けど…」
「ユリウス。」
「……わかった。疲れたら言えよ。」
「大丈夫。」
ユリウスにばかり甘えたくない。
都合よく利用なんてしたくない。
男女の差はどうしてもあるし、力のある男性側に荷物を任せる方が効率的なのもわかる。
他のグループでも女子の荷物を男子生徒が持つ姿はよく見えたし、別に悪いことなんかじゃないはずだけど、私が嫌だった。
整備が行き届いていないぬかるんだ道。
落ち葉は滑るし、石には躓きそうになる。
山を登るのは普通の道を歩くよりもずっとしんどかった。
「……はぁ…」
「フィオナ、無理は…」
「…大丈夫よ。」
息一つ上がっていないユリウス。
きっと甘えてしまうのは簡単なんだろう。
「…しりとりでもしよ!」
「りんご」
「ごりら」
「………。」
から元気で気を紛らわそうとして始めたのに、委員長とサンドラは無言で歩いていた。
そんな余裕もないのだろう。
私とユリウスだけのしりとりも長くは続かなかった。
まさかこんな本気の登山だとは誰も想像していなかっただろう。
時間にして三時間。
それでもまだ頂上まで半分にも満たない。
疲労が溜まると空気も悪くなる。
少し前まではまだ周りにちらほらと生徒達がいたけれど今はもういない。
騎士科は先に進み、それ以外は脱落したグループも多そうだった。
「っ!」
「あぶねっ」
落ち葉に足を取られて滑り落ちそうになったところを、咄嗟にユリウスが支えてくれた。
「…ごめん」
「…もうここまでにしよう。」
「っなんで!まだ私は…」
「…別にフィオナだけじゃない。
委員長達も限界だ。」
そちらに視線を向けると丸太に座り込んで脱力する二人がいた。
「少し休んだら下山するぞ。」
「……わかった」
悔しかった。
サンドラ達の様子に気を配れなかったことも、私自身がやり遂げられなかったことも。
ユリウスだけが私たちをしっかり見てくれていた。
「……敵わないなぁ、ホント…」
将来を共にするのに、私が当主になるのに、ユリウスは私よりずっとすごい。
甘えてばかりじゃなくてちゃんと自分でもしっかり隣に立ちたいと思うのに。
彼ならもっと他にも…
そう思ったところでデコピンをされた。
「痛っ」
「今、余計なことを考えてる顔してた。」
「…ごめんね」
「俺はフィオナの負けず嫌いなところも含めてちゃんと好きだから。」
「へへ…ユリウスにはバレバレだ」
ユリウスは私の荷物も、サンドラ達の荷物もまとめて背負って、地形図を確認して負担の少ない緩やかな道を選んで私達の一歩前を歩く。
ペース配分も完璧。
その背中が大きくて眩しかった。
そうして私達はゆっくりと下山していった。
やっとの思いでロッジに辿り着くころには足の裏がジンジンと暑くなっていた。
ふくらはぎもパンパンだ。
「経営科にしては頑張ったな」と先生からお墨付きをもらい、ユリウス達とも一時解散。
それぞれの割り当てられた部屋へ向かった。
夕食は中央にあるホールでちゃんとしたものが出されるらしい。
「お風呂!お風呂!早く行きましょ!!」
先ほどまで無言だったサンドラは部屋に着いた途端に元気を取り戻した。
それに安堵の息を溢し、着替えを持つと、近くの温泉から湯を引いているという自慢の大浴場へと向かった。
ベタベタドロドロになってしまった体を私も早く流したかった。
「あ゛ぁ…生き返る…」
「気持ちいいねぇ…」
「私達貴族のはずよね?
あの山は私たちが登る山じゃないわ。絶対。」
「騎士科の皆は山頂まで到達したんだって、流石だね」
「それ以外は?」
「全員脱落だってさっき先生達が言ってたよー」
「ほら!やっぱり難易度がおかしいのよ!」
キーッとか言いながら頭をわしゃわしゃ泡立てているサンドラをぼーっと眺めていたら疲労もあってかすごく眠たくなってきた。
「あれ?フィオナもう出るの?」
「…このままだと寝ちゃいそうだもの。」
「私はもう少しゆっくりしてから行くわ」
「ごゆっくりー」
着替えてから浴室を出ると何やら先生達が忙しなく走り回っていた。
「どうしたんだろ…?」
不思議に思いつつも、ユリウス達と待ち合わせをしているホールの方へと移動する。
廊下にある窓には雨が打ちつけ始めていた。
山の天気は変わりやすいとはいうけれど、さっきまであんなに良い天気だったのに。
これがもし山登りの最中で、あの疲労に加えて雨まで降ってきたら野営に慣れていない私達は遭難待ったなしだっただろう。
「フィオナ。」
「あ、ユリウス」
食堂にひと足先に着いていただろうユリウスにちょいちょいと手招きをされて隣に腰掛けた。
すぐさま肩にかけていたタオルが私の視界を覆った。
ワシワシと少し痛い力加減。
頭を拭いてくれているのは嬉しいけど、少しは加減してくれないと…
「うわ、ボサボサ。」
「もう、ユリウスのせいでしょ。」
手櫛で整えると今度は優しく拭いてくれた。
もうなにをするのもめんどくさかった。
「ユリウスはあったかいね」
「眠い?」
「すごく眠い。」
「食事まで寝てれば。」
「そうする…」
ユリウスの硬い膝を枕にして目を閉じた。
食事の時間になったら起こしてくれるだろう。
もう一瞬だった。気づいたら寝ていた。
「…フィオナ」
「ん…ユリウス、うるさい」
「起きろって」
「やだ」
「ちょっとまずい状況なんだよ。」
ユリウスの焦った声に渋々体を起こすとホールは何やら緊張感に包まれていた。
状況が何一つ理解できない。
そもそも私はどのくらい寝ていたんだろう。
「殿下とリリア男爵令嬢が山から戻ってきてないらしい。
側近達の報告によると傾斜で足を滑らせて崖下に落ちたみたいだ。」
「え、大変じゃない。」
「教師と騎士科、それから一部の余力のある生徒で捜索に行くらしい。」
「…外、雨降ってたよ?」
「尚更だ。このまま朝方まで待てば殿下を死なせることになるからな」
そう言ったユリウスは私を見ていなかった。
遠くで話をしている先生に視線を向けていた。
だから、いやでもわかってしまった。
「……だめ。」
「フィオナ」
「ユリウス、やだ。だめ。」
「フィオナも言ってただろ。
俺だけ特別扱いはできないよ。」
そうは言っても昼間ですら険しい山道だった。
その上、今は夜で雨まで降っている。
雨は体温を奪うだろうし、岩場や落ち葉はより滑りやすくなるだろう。
それだけじゃない。
街灯一つない日の落ちた山は一寸先も見えないほどに暗闇が広がっていた。
「さっきの登山とはわけが違うのよ!?」
「別に1人で行く訳じゃない。
騎士科の生徒と一緒だから心配すんな。」
きっと私が何を言っても彼は行くのだろう。
そういう顔だった。
ポンポンと私を宥める手を取って祈るようにそれにキスをする。
ユリウスの息を呑む音が聞こえた。
これで、もし万が一、何かあっても未練がましく思ってくれるだろうか。
「気をつけてね…」
「すぐ戻るよ。」
額に返されたキスは優しくて辛かった。




