6話
学園には一年を通して様々な行事がある。
体育祭の次の行事は自然に囲まれた環境で過ごす林間合宿だ。
貴族が野宿を?と中には嫌がる生徒もいるけれど、貴族にとっても野営術は必要な教養だった。
遠征や万一の戦に備えなければならない騎士や品物の仕入れなどで遠出する機会の多い商人にとってはもちろん、貴族は領地視察や災害時には必要となる場合が多いからだ。
しかしそれは建前で、実際にテントを張る体験などはあれど、眠るのは貴族用に整えられたロッジだし、風呂や食事もある程度は用意されているらしい。
なので、実際は学校ではない場所で皆で食事をして自然の中で楽しく過ごしましょう。というイベントだった。
_________
「買い忘れあるか?」
「歯ブラシと、タオルと…
うん、このお店は多分大丈夫だと思う。
確か備え付けもあるって言ってたよね?」
「そんなんで野営スキルが身につくとは思えないけどな」
「いいじゃん、楽しみだね」
週末、私とユリウスは林間合宿に備えた買い出しのために街まで買い物に来ていた。
私達と同じように買い出しに来た生徒達も多いようで、街中ではよくすれ違った。
「あ、そうだ」
「ん?なんかあった?」
「下着、新しいの買いに行ってもいい?」
「外で待ってる。」
「えー?
見たくない?私が普段何を着てるのか」
「………外で待ってる。」
「あれ?一瞬迷った?」
「迷ってない。」
女性の下着コーナーには流石に着いて来てくれなかったけれど、力持ちのユリウスに荷物持ちを任せ、雑貨屋や薬屋なんかでタオルや救急セット、虫除けなどの必要な道具をどんどん買い揃えていった。
「ふぅ…やっと買い物終わったね。」
「これからどうする?」
「荷物は重くないの?」
「これくらいなら平気。」
「ならどこかでランチでもする?」
買い物もひと段落し、お腹も空いてきたから手頃なお店を探そうと街を散策していたら、ふと向かい側に行列を見つけた。
「あ、あれ今流行りのオレモードじゃない?」
「オレモード?」
「オレンジで作ったレモネードよ」
「…オレンジジュースと何が違うんだ?」
「わかんない。買ってくる!」
「っバカ待て!」
「わっ…」
オレモードの店に走って行こうとしたら馬車がすぐ目の前を通過して行った。
間一髪ユリウスが私の首根っこを掴んで引き留めてくれたから良かったものの、下手に飛び出せば馬を驚かせてしまったかもしれない。
そうすれば無事では済まなかっただろう。
「フィオナ。」
「ごめんなさい…。」
「急に飛び出すなっていつも言ってるよな?」
「…はい。」
「………怪我をするな、頼むから。」
ギュッと私の手を握るユリウスの手が小さく震えていた。
それが余計に私の中の罪悪感を煽った。
「ユリウス…ごめんね…」
こんな時はいつも思い出す。
彼が初めて流したあの日の涙を。
私はショックのせいか当時の詳しい状況をあまり覚えてはいない。
でも、幼い頃に避暑地へ出掛けて二人で川遊びをしている途中にどうやら私は溺れてしまったらしい。
水もかなり呑んでしまっていて一時は本当に危ない状況だったのだとか。
幸いにも共にいた使用人達が助けてくれて、死なずに今があるけれど、幼いユリウスには私を助けることができなかった。
ベッドで目を覚ました時、何度も泣きながら謝られた記憶だけは強く残っている。
それだけ彼を傷つけてしまったんだって。
以来トラウマになってしまったのか、ユリウスは私が危ない事をすると極端に怖がる節があった。
木から落ちそうになったり、今のように馬車に轢かれそうになったり。
昔から危なっかしい私が悪いのだけれど。
「…今日はもう帰ろ。」
「…オレモードはいいのか?」
「それより部屋でゆっくり過ごそうよ。
荷物も重いし。」
「ん。」
ユリウスに不安な思いをさせてまで欲しいものなんて何もない。
この様子では今日はもう何をしても心配をかけてしまうだろうし、部屋で大人しくボードゲームでもする方がいいだろう。
お昼は学園の購買か、あるいは作るか。
「購買に何か美味しいものあるかな」
「フィオナがなんか作って。」
「…パスタでも良い?」
「いいよ」
「じゃあユリウスも用意手伝ってね」
「わかった。」
そんな話をしながら学園の方へ歩いていくと、向かいの雑貨屋にぶつかりそうになった馬車が止まっているのが見えた。
先ほどはわからなかったが豪華な作りのそれには公爵家の家紋が刻まれていた。
もし馬車を止めるようなことになっていたらどうなっていたか。
問題にならずに良かったと心の底から安堵の息を漏らした。
_________
「それ取ってくれる?」
「ん。あれは?」
「それはあっち。」
寮の自室に戻り、幼馴染だからこそわかる意思疎通で、ユリウスはサラダを、私は適当なパスタを作って食べた。
レストランのようにとはいかなくとも2人で作った食事ならなんでも美味しいと思う。
食事も終わり、片付けも済ませたから合宿の荷物を詰めようと思ったのに先ほどの馬車のせいかユリウスがくっつき虫になっていた。
「ユリウス、離してよ」
「断る。」
「買ってきたものの整理ができないってば」
「後でやればいい。」
男の人ってどうして体温が高いのだろう。
冬はいいけど今の季節はちょっと暑い。
それに鬱陶しいし重い。
不安にさせた私が悪いから甘んじて受け入れこそするけれど何も作業が捗らなかった。
「はぁ…昼寝しよ」
めんどくさくなった私はそのままユリウスに寄りかかるようにして昼寝することに決めた。
準備がギリギリになったらユリウスに手伝って貰えばいい。文句は言わせない。
チクタクと時計の針の音とユリウスの心臓の音が心地よくて静かに目を閉じた。
たまにはこんな休日があってもいい。
_________
数日後。
私達は荷物を抱えて学園の門の前にいた。
これからグループごとに分かれて馬車で合宿先へと移動をするらしい。
現地についてからはレクリエーションや野営食づくり、山登りが企画されていて、例年通りなら最後には一般科の生徒が主催する肝試しまであるのだとか。
「ちょっと怖そうだよね肝試し。」
「なかなか凝っているらしいわよ。
毎年構成が変わるって一般科のお友達が言っていたもの。」
「ゆ、ゆゆゆゆ幽霊なんているわけがない!」
「委員長震えすぎよ。
椅子が揺れてるからやめて」
「委員長揺らすな。フィオナが酔うだろうが。
フィオナ、大丈夫か?気分悪くないか?
窓際、変わるか?」
「ありがとうユリウス。大丈夫だよ。
委員長も落ち着いて、おやつ持ってきたからみんなで食べようよ。」
「ノースヴェイル嬢だけだ、僕の味方は。」
サンドラが持ってきたトランプをしたり、委員長がクイズを出したりと賑やかに過ごしていたら馬車はあっという間に目的地に到着してしまった。
今回合宿先になっているのは王宮が管理する王都から西に抜けた先にある山岳地帯。
大きな湖もあり、涼しいため避暑地として別荘を構える貴族も多い。
馬車が通り抜けることができる道もあるが、山道になると道が狭くなるため、全員分の馬車が通り抜けるのは少し難しくなる。
そのため湖より先の山道は徒歩での移動だ。
少し行ったところに王家の所有する別荘があり、本日宿泊する予定のロッジが建てられているらしい。
「んー!空気が美味しい!!」
「馬車も楽しかったけど、やっぱり座りっぱなしは肩が凝るわね。」
「大丈夫?」
「大丈夫よ」
開放感にグーッと大きく伸びをする。
サンドラもまた肩をぐるぐる回してほぐしていた。
「私達のロッジって3号塔の2人部屋だよね?」
「えっと…そう、1番南側の部屋よ。」
「男子達は逆側にある塔だからまた後でな。」
「ユリウスも委員長もまた後でねー!」
ユリウス達と一時解散をしてから向かった女子専用ロッジはかなり大きく、私達の部屋の他にもいくつか部屋があった。
小さめの貴族の屋敷と言っても大袈裟じゃないかもしれない。
木の香りがする部屋は居心地が良く、このままのんびりしてしまいたくなる。
「あまりレクリエーションまで時間ないんだから早く行くわよ。」
「はーい…」
一度指定の部屋に荷物を運び込んだあとは、サンドラの言葉通り、合同レクリエーションが企画されている。
隠密行動を模した的当てゲームのようなものをするらしい。
チームで分かれてペイントボールを投げ合うのだとか。
「上位チームには野営食の中に肉が追加されるらしいぞ。」
「肉。」
「無ければ自分達で魚を取るんだっけ?」
「え!?嫌よそんなの!!」
「そうだ!だからまずは作戦会議だ!」
このゲームのルールは敵を倒せば勝ちなのではなく、生き残れば勝ち。
他のチームにペイントボールを当てられなければいいのだ。
「とは言っても…どうするの?」
「騎士科と鉢合わせたら終わりよね?」
「隠れるにしても限界があるしな。」
一番警戒すべき騎士科の生徒達が自分たちで潰しあってくれればいいけれど、そんなに事がうまく運ぶとも思えない。
いかにうまく隠れるか、地形理解や索敵能力などが鍵を握るとはいえ、確実性は薄い。
考えた末、私たちは開始早々自分たちのペイントボールをぶつけることにした。
服が派手に汚れていくのが楽しくて、私はインクのついた手でユリウスの顔に落書きもした。
「やめろって」
「猫のひげー」
「お前も赤っ鼻にしてやろうか」
「きゃー」
「真面目にやれ!肉がかかってるんだぞ!?」
「怒られちゃった。」
「フィオナが悪い。」
「ユリウスも…」
「2人ともイチャつくのは後にして?」
「「はい」」
サンドラに怒られて作戦会議に戻った。
私達の考えはこうだ。
他者は私たちが何色のペイントボールを使っているかなんて覚えているわけがない。
そしてルール上自分たちの色がついても判定外になる。
なら最初から派手にやられたふりをしてしまおうという、簡単だが裏をついた作戦だった。
「…お前らもう負けたのか?」
「そう、残念だけどね。
今から先生のところに戻るんだよ。」
「そうか。
この先、木が倒れてたから気をつけていけよ。」
「ありがとう!騎士さん達も頑張ってねー!」
騎士科の生徒達とすれ違っても堂々と歩く。
一瞬驚かれるも、私たちの服がペイントだらけとなればむしろ哀れみの視線をもらった。
すれ違った生徒達と再び会うことになれば誤魔化せるかはわからないので、そこは地図を見ながらルートを記載していった。
上位を騎士科が占める中、私達も制限時間いっぱいまで生き残った。
私達がハイタッチで喜ぶ中、レクリエーション中にすれ違った生徒や騙されてしまった騎士科の生徒達からはブーイングもあったがこれも立派な作戦である。
騙された方が悪いのだ。
「わーいお肉だー!」
「これなかなか高級なんじゃない?」
「だね、ステーキにする?」
「賛成」
お肉がない生徒達は湖で魚を取るか、用意されている保存食を食べるかの二択が用意されている。
サンドラも嫌がっていたしお肉が取れて本当によかった。
こうしてレクリエーションは大勝利で幕を閉じたのだった。




