5話
昼休憩も終わり、体育祭が再開された。
午後のプログラムは騎馬戦からのスタートだ。
しかし、食事を取って元気になった騎士科の生徒達のやる気は凄まじく、そのあまりの迫力に経営科だけでなく、他のクラスの生徒達も思わず後退りをしていた。
先生の合図で開始されたが、決着がつくまでは一瞬だったように思う。
騎士科の生徒達がすごい速度で駆け抜け、すれ違った騎馬がどんどん倒されていく。
まるで嵐のようで、騎士科が過ぎた後に残されたのは死屍累々だけだった。
「あとは…たのんだ…ぞ」
「委員長おおおおおおお!!!」
騎馬戦でやられた男子生徒達の茶番を横目に見ながら私とユリウスは入場ゲートへ向かった。
次の種目は二人三脚だ。
「フィオナー!しっかりねー!」
「ヴァーガス頼むぞー!」
レーンに並んだところでクラスメイト達の声援が聞こえて手を振り返す。
その期待に応えられるように頑張ろう。
「委員長の仇、取るよユリウス!」
「おー」
「私が右足、ユリウスは左足からね!」
「わかってるって。コケるなよ。」
足首をしっかり固定して私はユリウスの背に、ユリウスは私の肩に手を置く。
慣れた距離なのに不思議と緊張でドキドキと心臓の鼓動が早くなっていた。
「私、足が遅くて…すみません…」
「私が合わせるからリリアはリリアのペースで頑張ったらいい。
勝てるさ、私達なら。」
深呼吸をしながら、なんとか落ち着かせようとしていると隣のレーンからそんな声が聞こえて、思わず視線を向けた。
そして見えたアーノルド殿下とリリア男爵令嬢の仲睦まじい様子に、「げ。」と声が出そうになったのを間一髪のところで堪えた。
これは、もしかして空気を読んで負けないといけないのだろうか。
勝った時に殿下に恥をかかせたなどと後から文句を言われたりしないといいんだけど。
でも、クラスメイトの応援には応えたいし、委員長の仇も取りたいし、文化祭の予算もある。
二つを天秤にかけ、私は、アーノルド殿下達の話を聞かなかったことにした。
「ようい…」
パンッと空砲の音と共に走り出そうと一歩を踏み出した瞬間、ベタンと音を立ててリリア男爵令嬢が私のすぐ隣で転んでしまった。
一瞬、辺りの空気が完全に凍りついた。
「リ、リリア!大丈夫か!?」
「ご、ごめんなさい…痛っ」
「足を挫いてるじゃないか!
今すぐに保健室に!」
アーノルド殿下はリリア男爵令嬢をあっという間に横抱きすると、周囲に何も言わないまま勝手にコースから外れ保健室の方へと駆けて行ってしまった。
まるで私達なんて視界に入ってないみたいに。
「…仕切り直しましょう。
皆さん、スタート地点に一度戻って。」
微妙な空気の中、仕切り直してもう一度スタートからやり直し。
殿下達を除いた残った人たちで二人三脚をしたけれど、変な気遣いも不要になって全力で走る事ができたからとても楽しかった。
「トラブルがありましたが、二人三脚1位は経営科、フィオナ・ノースヴェイル伯爵令嬢と、ユリウス・ヴァーガス子爵子息!」
「続いて2位はー」
放送を担当する体育祭運営委員のアナウンスで会場は大盛り上がり。
その歓声に応えるようにユリウスとハイタッチをした。
退場ゲートからクラスの待機テントの方へ戻るとクラスメイトからも、もみくちゃにされた。
「さすが!毎日ベタベタしてないね」
「褒めてる?貶してる?」
「今回は褒めてる!よくやった!」
「予算増額だー!」と大喜びのクラスメイト達に私も嬉しくなった。
頑張って走った甲斐があった。
といっても、殆どユリウスが合わせてくれていたので私はただ走っただけなんだけれど。
結局アーノルド殿下達は怪我で保健室に行ってそのまま戻ってくることはなかった。
以降は特に問題もなく、体育祭はそのままプログラム通りに進み、最後のリレーは案の定本気の騎士科に勝てるはずもなく、私達は三位という結果に終わった。
総合すると、玉入れや借り物競走、二人三脚と思いの外競技優勝は取れていたので予算増額と言っていた担任一人だけ青ざめる結果に。
反対にクラスの皆はホクホク顔で終わった。
_________
「………。」
「フィオナ…?」
「…………。」
「…怒ってるわね。」
「ふんっ」
体育祭から早一か月。
最近の私はずっと不機嫌だった。
それもこれも、体育祭自体は平和だったのに終わった途端、ユリウスへ告白する女子生徒が一気に増えたからである。
今までは子爵家の三男という立場に隠されていたけれど、やっぱり婚約者の贔屓目無しに見てもユリウスという男は素敵なのだ。
文武両道で上位貴族のような煌びやかさはないものの落ち着いた雰囲気で顔立ちもいい。
それが体育祭の活躍をきっかけに浮き彫りになってしまった。
学生の間だけの恋愛を求める女子や、どこかのご令嬢で本気で婚約者の立場を狙う人まで。
一般科の生徒、男爵家や子爵家の令嬢が、わざわざ差し入れを持ってきたり、デートの申し込みをしたり、いきなり告白をしてくる生徒までいた。
私という婚約者がいると知りながら。
「ユリウス君、ちょっといいかな?」
「…俺?」
「…うん。2人きりで話したいことがあるの。」
「あー…フィオナ、少し行ってくるな?」
「ふんっ」
ほらまた呼び出しだ。
わざとらしく耳に髪をかける仕草があざとい。
確か男爵家の侍従科の子で可愛いと噂で聞いた事があった気がする。
ユリウスは私の方をチラチラと確認するけれど、これで止めたら私が悪者みたいじゃないか。
結局、指名までされている状況で、彼女を無視するというわけにもいかず、素直に廊下の方へ出ていってしまった。
わかっている。
最低限のマナーとして対応していること。
誘いや告白に、私がいるからとちゃんと断ってくれていることも。
「…………お茶会、しようかしら」
「え?唐突ね?」
「やるならちゃんと貴族らしく筋を通さないと。
ちょっと招待状を書いてくるわ。」
私は怖い顔をしているのだろうか。
そんなつもりはないけれどサンドラは私の顔を見るとヒッと小さく悲鳴をあげた。
日程は次の週末。
場所はノースヴェイルの所有する王都のタウンハウスで。
招待をするのは勿論ユリウスに思いを寄せる令嬢達だ。
恋をしている女子の顔は見ればわかる。
まして私の婚約者のことなのだから。
廊下でユリウスの話をしていたり、実際にアプローチをしていた令嬢達。
それに加えて友人のサンドラや、両親が法務省にいらっしゃる令嬢などをお茶会に招待した。
万が一の時はきっと助け舟を出してくれるだろう。
婚約者である私からの招待というだけで拒否するような令嬢は敵ではない。
「貴女達の気持ちは把握してますよ。」と言うだけでも十分な圧力になるし、もし私を無視した上で行動を起こそうものなら、令嬢の実家の方に一言苦情を入れてそれでおしまいだ。
問題なのは変に自信に満ちた令嬢達。
「ずっと一緒にいる幼馴染なんかより私の方がいいわよ。」みたいな身の程知らずのタイプが一番タチが悪い。
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迎えた週末。
ノースヴェイルの所有するタウンハウスには招待した内の半数ほどが集まっていた。
先日ユリウスに告白をしにきた男爵令嬢も誘っていたのだが、丁寧な断りの連絡を貰った。
他も大体は同じようなものだ。
「皆様、本日はお茶会に参加してくださってありがとうございます。」
「…前置きは結構ですわ。
ノースヴェイル伯爵令嬢、私達を呼び出してどうするおつもりですか?」
挨拶すらまともにさせず、ゆっくりお茶を楽しむつもりもないらしい。
こんな建前のお茶会とはいえ、お茶もお菓子も流行りのものを用意したというのに。
いきなり噛みついてきた失礼な令嬢はどこかの子爵家のご令嬢だったか。
そもそも身分からして私よりも下なのに随分と舐めた態度をしていた。
「あら、なんのことでしょう…?」
「…わかってるくせに」
「ふふっ…貴女が仰りたいのは、ユリウスへの気持ちのことですか?」
「それ以外に何が?
ここに来ていない方々は貴女から脅されたと、とても怖がっていたのよ!?」
「脅し…?」
「ユリウス様の幼馴染で婚約者だからって彼を縛る理由には…」
「何か勘違いをしていらっしゃるようですが、私は皆様をお茶会にご招待しただけです。
だってユリウスが私を本妻にして、貴女達の誰かを妾にお迎えするかもしれませんでしょう?
彼が望めば、の話ではありますけれど。
そんな皆様の顔を見てみたかったんですの。
それから、婚約をしているのですから私が彼を縛る理由は充分です。
むしろ婚約者のいる男性に淫らに近づく方が問題があるように思いますが?」
ねぇ?とサンドラ達に目配せをすると当たり前だと静かに頷いた。
別に口裏を合わせたわけでもなんでもない。
貴族としての常識を確認しただけだ。
グッと押し黙るご令嬢に私は静かに続けた。
顎に手を添えて困ったような仕草も忘れずに。
「別に止めるつもりはありませんわ。
全てはユリウスの気持ちですもの。
ただ一応、伝えておこうと思って。
彼はノースヴェイル次期当主となる私に婿入りをする立場ですわ。
この縁談が破談になった際には今行われている共同事業などが白紙になるわけですからそれ相応の賠償を請求させていただきます。
また、もし妾にというのであれば、ノースヴェイルは私と彼の子が継ぐのです。
正式な血統を受け継がないものには何もお渡しできませんのでお子は望めないと思ってくださいましね。」
一人一人と顔を合わせていく。
皆、紅茶を飲む手が止まっている。
誰かがティーセットを置く音がやけに大きく聞こえた気がした。
動揺が隠せていない様子だが、まさかこの程度のことすら考えていなかったのだろうか?
確かに最近のアーノルド殿下とリリア男爵令嬢の様子を見ていて勘違いをする人はいるのかもしれないが、本来貴族の婚約というのは家同士の約束であり、それを反故にすればそれ相応のリスクがあるのは当然のことだ。
私に噛みついてきた子爵家のご令嬢もすっかり小さくなって震えてしまっていた。
「フィオナ。」
「あら、ユリウス」
女子同士のお茶会だからと呼んでいなかったのに、わざわざ学園の寮からタウンハウスまで様子を見に来てしまったらしい。
婚約者以前に恋人なんだと仲睦まじく過ごす様子を周囲に見せつければいいのでは?と考えなかったわけではない。
でもそれではあまりにも大人気ないというか。
令嬢達は思いを寄せているユリウスの登場に少しだけ浮ついた表情になった。
それもすぐに凍りついてしまったけれど。
「どうし…んぅ!?」
なぜなら白昼堂々とキスをされたからだ。私が。
皆が息を呑んでこちらを見ているのがわかるのにユリウスの力が強すぎて振り払えない。
触れるだけじゃなくて、深くなっていくそれに頭の中が真っ白になっていく。
耳たぶを撫でるように遊ばれたら力がフッと抜けてしまった。
どのくらいそうしていただろう。
呼吸が苦しくなり、トントンと彼の胸元を叩くとやっと解放されて、私と彼を繋ぐ銀の糸が途切れた。
「俺は妾を取るつもりないから。」
「は、はい…」
ユリウスは令嬢達ではなく、私に怒っていた。
今、彼の目には私しか映っていない。
誰も口を開ける状況ではなく、令嬢達は皆、顔を真っ赤にさせて固まってしまっていた。
しかしこのお茶会の空気を壊したユリウスはどこ吹く風。
この空気、いったいどうしたらいいの?
「…はっ!
お、お茶会はこれでお開きにしましょうか!」
「そ、そうですわね!ごきげんよう!」
「美味しかったですわ、ご馳走様!!」
一番最初に意識を取り戻したサンドラが、なんとかお茶会の解散の挨拶をして、その場はお開きになった。
やっぱり持つべきものは親友である。
その日を堺に、ユリウスに告白する令嬢は一人も現れなくなった。




