4話
「えー、それでは体育祭の出場競技を決めたいと思います。」
担任のやる気のない声。
それを聞く私達のやる気もなかった。
理由は簡単だ。
私の所属するこのクラスが経営科だから。
主に所属しているのは将来領地を治める貴族子息や、進路を王宮の財務省に志望している者、商家出身の者ばかり。
商売や運営などを得意とする私達の本命は、体育祭よりも秋に開催される文化祭と言える。
体育祭で花形になるのは騎士科の生徒達だ。
きっと今頃は競技を決めるのに盛り上がっていることだろう。
ちなみにこの学園には経営科と騎士科の他にも侯爵家以上の上位貴族のみが所属している貴族科や侍女や執事を選出する侍従科、平民などが通う一般科などがある。
「リレーやる人ー?」
黒板にズラリと書かれた種目リストの一番右。
体育祭のメインとも言える種目のリレーだが、誰も手を挙げることはなかった。
「…おい、やる気出せよ。若いだろお前達。」
「そうは言われても。」と周りの生徒達は顔を見合わせるばかり。
このままでは一向に決まらないかもしれない。
そんな私達の様子に担任は大きくため息をついた。
「…仕方ない。競技優勝をするごとに文化祭予算の増額をしよう。」
担任の言葉に皆の目つきがガラリと変わった。
総合優勝は無理でも競技優勝なら可能性は大いにあるし、予算が増えればできることも増える。
己の領地や商家の取り扱っているものの宣伝ができるようになるし、文化祭で実績を作ると、この学園の卒業生が大半を占める財務省への就職が有利になる事もあるらしい。
その上、デメリットもないなら、挑戦する価値は十分にあった。
まず、このクラスを取りまとめている学級委員長のルーカス・ヴァレンティ伯爵子息が立ち上がると、黒板の空いた隙間に春に行われた体力テストのデータを淡々と書き始めた。
「委員長それ全部覚えてるの?」
「勿論だ。」
「ちょっと気持ち悪いかも。」
「んなっ…ゴホン…まぁ、いい。
このデータに基づき、競技ごとに最適なメンバーを配置したい。何か意見は?」
委員長の言葉に商家生まれの生徒が応える。
「リレーは騎士科が例年本気を出していますから捨てましょう。
勝てる見込みはかなり薄いです。
なので違うところに戦力を配置した方が可能性は高いと思いますよ。」
「そうだな。問題はどの競技で狙うかだが…」
騎馬戦や綱引き、リレーなど身体のポテンシャルが関わってくるものの優先度は低く。
逆に玉入れや借り物競争など状況次第では勝てるかもしれない種目は優先度が高くなった。
私は正直どれでも楽しむ事ができれば勝ちだと思うけれど、皆はそうじゃないようだ。
まるで競りの現場みたいだった。
効率的にどんどん役割が決められていく。
そこに本人のやりたい、やりたくないの意思は関係なく、あるのはいかに戦略的に勝つかだけだった。
「日頃からベタベタしてるお前達なら意思疎通も余裕だろう。」
「ありがとう!楽しみー!」
「褒めてないんだけど。」
そんな理由で私とユリウスのペアで二人三脚への出場が決められた。
もう一つ集団競技の綱引きにも頭数として参加をすることになってはいるけれど、そちらは本命ではないらしい。
男女混合参加の種目は少ない。
二人三脚と借り物競走くらいだろうか。
まさかその数少ない種目の一つにユリウスと共に参加できるとは思っていなかったので、すごく嬉しかった。
ユリウスは頭脳派の経営科の中では珍しく運動神経もいい。
そのため借り物競走やリレー、障害物競争と引っ張りだこになっていた。
「本番はいっぱい応援するからね!」
「ん。」
全ては文化祭予算のため。
体育の授業では先生をあの手この手で説得し、球技だったカリキュラムをフォームの確認やバトンの受け渡しに変更。
さらに放課後には自主練も行われていた。
そうして過ごすうちに体育祭までの時間はあっという間に過ぎていった。
_________
「これより体育祭を開催する!」
学園の生徒会長を務めているアーノルド殿下の開催宣言で始まった体育祭。
皆で準備体操をして、プログラムの通りに徒競走や玉入れの種目が執り行われていく。
隣で暑苦しく応援する騎士科の生徒達の勢いに若干気圧されつつも、私達経営科も勝てるところを確実に抑えていった。
次はユリウスの参加する借り物競走だ。
「ユリウスー!頑張ってー!」
走者のレーンまで私の声が届いたのか、ユリウスがこちらに視線を向けてヒラヒラと手を振って返してくれた。
不思議と嫌味じゃない仕草に黄色い声が自然と出た。
「位置について、ようい…」
パンと合図の空砲が鳴ると一斉に生徒達が走り出した。
応援する生徒達の声もまた白熱していた。
借り物競走はリレーに続き、体育祭の人気種目の一つだ。
簡単なお題もあれば、『教頭先生のヅラ』や『隣国の王太子』などという非常に難しいお題も入っているらしい。
そしてもう一つ、乙女として無視できないお題がある。
それは『好きな人』というお題だ。
この学園にはそのお題を引き当て、思い人と共にゴールできれば恋が叶うなんていうジンクスがあるのだとか。
正直、期待はあった。
ユリウスが引き当てて私を連れてゴールしてくれるんじゃないかって。
少し走った先でユリウスがお題を確認すると、一瞬視線が合った。
そして私の方へ一直線に走ってくる。
え?まさか、本当に?
『好きな人』を引き当てて、私を連れてゴールしてくれるの?
そう期待したのも束の間。
連れて行かれたのはまさかの隣に座っていた委員長だった。
そして無事一位でゴールし、発表されたお題はなんの面白みもない『メガネをかけている人』だった。
物事はそんなにうまくはいかない。
ちなみに『好きな人』を借り物として引き当てたのはアーノルド殿下で、リリア男爵令嬢をお姫様抱っこしてゴールをしていた。
「私がユリウスに抱っこしてもらう予定だったのに。」
「いや、そこじゃないでしょう。」
「あぁ、婚約者でもないのにって?」
「そうよ、ロザリー公爵令嬢ったら怒って顔真っ赤じゃない。」
「婚約者としてのメンツは潰れただろうね」
婚約者のいる身でありながら、公の場で婚約者以外の女性を連れてゴールをするアーノルド殿下の行動には正直とても驚かされた。
例年、『好きな人』のお題を引き当てた人達は少しの揶揄いと大歓声で迎えられるはずなのに、嫌などよめきとして広がっていた。
その雰囲気に気がついていないのは当人達だけだろう。
サンドラとそんな話をしていたところで競技を終えたユリウスと委員長が戻ってきた。
「私もお姫様抱っこして欲しかった。」
「フィオナ、メガネかけてないだろ。」
「違うけど、そうじゃない。」
文句を言いながらもタオルと冷えた飲み物を渡すとユリウスは素直にそれを受け取りグビグビと勢いよく飲み干した。
あれだけ走れば喉が渇くのも無理はない。
最初はその様子を観察していたけれど、汗の伝う喉仏が上下するのがやけに色っぽく見えて、意識した途端に目のやりどころに困ってしまった。
「暑い…」
初夏の晴天。
運動をすれば確かに暑くはなるだろうけれど、ユリウスは現在の状況を正しく把握できていなかった。
パタパタとシャツを動かす度に腹筋がチラチラと露わになって、周りの女子の視線が向けられているというのに。
咄嗟にユリウスのシャツを引っ張ってお腹を隠した。
シャツインのスタイルはとてもダサいけれど、他の誰かに腹筋を見られるよりはいい。
「なにこれ?暑いんだけど。」
「仰いであげるからじっとしてて。」
「…まぁいいけど。」
体育祭のプログラム表でパタパタ空気を送る。
そよ風程度にしかならないが、ないよりマシだろう。
そう思ったのに、やっぱり暑いとユリウスはお腹を出して仰ぎ始めた。
こちらの気も知らないで。
「…お腹冷えるよ。」
「冷やしてんだよ。」
ムッとして剥き出しにしているお腹をペチンと叩いた。
硬い腹筋だった。
なんでこの男は経営科のくせに体鍛えてるんだろうか。
かっこいいけれど、今は少しだけ複雑だった。
「次、綱引きだろ?」
「ふん」
「あまり無茶しなくていいんだからな?」
「ふーん」
「フィオナ。」
「ふんっ」
「怪我するなよ。」
ユリウスは聞き分けの悪い子供を説得するように私の頭を撫でた。
それだけで私の機嫌は簡単に戻ってしまう。
でも腹筋を見せるのはダメだ。
もう一度ユリウスをシャツインスタイルに直してから私は入場ゲートの方へと向かった。
綱引きはクラス別トーナメント制。
初戦の相手はいきなり騎士科で、正直勝てるとは思っていない。
綱の横に立って先生の空砲の音を合図に綱を引っ張る。
勝てる見込みがないとはいえ、皆全力で頑張っているのに騎士科の生徒達はびくともしない。
せーの!で全力で引っ張られた瞬間、その勢いに転ばされてしまって簡単に負けてしまった。
「ご、ごりら…」
「筋肉こそ正義よ!」
「かっこいい」
騎士道精神に溢れた騎士科の生徒達はさわやかに負けた私たちにも手を差し伸べてくれた。
将来の国の防衛は安泰そうだ。
結局綱引きは騎士科が圧勝し、その後も競技はプログラム通りに進んでいった。
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「じゃーん!お弁当作ってきました。」
「おおー!」
プログラムもちょうど半分を終えて迎えた昼休憩。
学食に行く人もいれば、お弁当を作ってくる人もいる。
寮の部屋にあるキッチンスペースは限られているから量を作るのには苦労したけれど、せっかくの体育祭だし、思い出の一つとして頑張りたかった。
前日から仕込み、早起きして作った自信作だ。
いただきますをした瞬間、すごい勢いでユリウスが食べ始めるものだから呆気に取られた。
そんなにお腹が空いてたのかな。
「これ、うまい。おにぎり。」
「それ握っただけなんですけど。
もっと他にないの?唐揚げとか卵焼きとか。」
「…んぐ…全部うまいよ?」
「…まぁいいや、はいお茶。」
「さんきゅ」
もぐもぐガツガツとあっという間におかずが消えていく。
見ていて気持ちがいいほどに。
放っておくと唐揚げやウインナーばかり食べようとするから野菜も食べろと取り皿にトマトやブロッコリーを乗せた。
「…たまに忘れるけど、フィオナって伯爵家のご令嬢よね?」
「そうよ?」
「料理、できるのね?」
「ユリウスとピクニックがしたくて実家のシェフに教えてもらったからね。
サンドイッチとかお弁当は作れるけど、本格的なコースとかは作れないよ。」
「お前が羨ましいよ、ユリウス」
「だろ?」
「俺にも一口くれない?」
「いい…「やらん。」…だって」
「いいじゃんか!ケチ!」
「うるせぇ!やらん!」
クラスメイト達と賑やかなお昼を過ごしていると遠くの方で何やら叫び声が上がった。
「なんだろう?」と一瞬皆で首を傾げ、お喋りをやめる。
しかし、静かに数分待っても特に放送はない。
もし何かトラブルがあれば全校生徒向けに先生が放送を流すだろう。
それがないということは、それに値しないものか、個人的なトラブル。
だんだんと周囲にいる生徒達もまたお昼に集中し始めた。
体育祭の後半はリレーや騎馬戦、二人三脚もある。
しっかり食べてそれらに備えなければ。
ユリウスにめぼしいおかずを食べ尽くされる前に私もお弁当を急いで食べ始めた。




