3話
どうして週末は時間が経つのを早く感じるのだろう。
授業の時間はとても長いと感じるのに。
今日もまた退屈な授業を受け、やっと迎えた休み時間。
私の前に座っているサンドラが内緒話をするみたいに切り出した。
「ねぇ、フィオナ知ってる?」
「何?」
「殿下達が街で騒ぎを起こしたらしいわよ。
ほら男爵家に引き取られたリリア・アッシュ男爵令嬢の…」
「…………?」
「忘れたのか?カフェに来てただろ?」
「あー!…来てたっけ?」
私の反応にサンドラとユリウスは大袈裟に肩を落とした。
「冗談よ。もちろん覚えてる。
確かにカフェでアーノルド殿下達を見かけたけど、それがどうかした?」
「学校中がその噂でもちきりなのよ!」
「へー。」
「…あまり興味なさそうね。
でもいいの?リリアって子は婚約者のいる男性ばかりに色目を使ってるって話よ?
ヴァーガスだって…」
「それはダメ。絶対ダメ。
もしそうなったらユリウス殺して私も死ぬ。」
「重いわ。」
噂話とは不思議なもので、実際のリリア男爵令嬢は、アーノルド殿下を中心に、その周りにいる上位貴族の方々に声をかけているだけだ。
クラスも違うし、殿下達と親密な繋がりもない私達なんて目に留まるはずがない。
けれど、もしかしたらを想像させてしまう。
ユリウスはとっても素敵だし、紳士的だし、面倒見もいいし、頭もいいから取られてしまうんじゃないかって。
私には勿体ないほどの幼馴染で婚約者だけど、直接話す機会でもなければその魅力が伝わるはずもないのに。
「ん?どうした?」
私がジロジロ見ていたのを不思議に思ったのか、ユリウスは小首を傾げて問いかけてきた。
そんな可愛らしい仕草も、気遣いのできる優しさも私だけが知っていればいいと思う。
「…別に、なんでもない」
「安心しろって、俺は手のかかる婚約者さんで手一杯だから他所を見てる暇なんてねぇよ。」
「なっ…ひどい」
「はいはい、ごちそうさま。」
特別アーノルド殿下達に興味もない私たちの話題は自然と移り変わっていく。
昼食の話や次の授業の話をするうちに、それらの噂話はすっかり頭から消えていた。
私達が話さなくても、噂はどんどん広がっていった。
流石に危機感を抱いたのか、昼休みの広場では殿下達がリリア男爵令嬢の悪評を止めるように声を大にして呼びかけていた。
しかし、その様子を見る生徒の大半は首を傾げるばかり。
私自身もそうだった。全く身に覚えがない。
確かにそういう話があることは知っているし、サンドラとも確かに話をしたけれど、あれは悪評ではなく、単なる話題の一つだ。
悪意を持って広げているわけでもなければ、嘘の情報を流しているわけでもない。
むしろ、火のないところに煙は立たないという言葉があるように、その元となった行動を行ったのはアーノルド殿下達だ。
最近の行いは目に余る部分も多い。
将来国を背負うつもりならもう少し自身の行動を省みてほしいと思う。
「何見てんだ?」
「アーノルド殿下」
「……は?」
ユリウスの声のトーンがやけに低くて、おや?と思った時には視界は塞がれていた。
「…ヤキモチ?」
「…別に」
私はユリウスのことしか見ていないし、彼のことしか考えていない。
アーノルド殿下を見ていたのはまた騒いでいたから視界に入っただけなのに。
ヤキモチを妬くユリウスが可愛いから思い切り抱きついて、頭を撫でた。
いつもなら鬱陶しいと言われるそれも、今は甘んじて受け入れてくれるらしい。
珍しくされるがままなので、髪がボサボサになるほど撫で回させてもらった。
「私にはユリウスだけだよ。」
「あっそ」
「もう、可愛いんだから。」
「…男に可愛いはないだろ。」
貴族に生まれた以上、決められた相手と婚約し、結婚をすることは珍しくない。
例えば、ある程度裕福で、自由な家柄。
政治要素の少ない三女のような立場なら身分に関係なく恋愛結婚を許される場合もあるだろう。
けれど、多くは家のため、領地のために、メリットのある相手と婚約を結ぶものだ。
領民の血税で生きているのだから。
もし婚約者のことが気に食わないなら仲良くなる努力をすればいい。
勿論例外もある。
20も30も年の離れた人に売られるような状況だったりだとか。
でも、今は滅多にないはずだ。
昔ならありえた話らしいけれど、今は倫理観を問われて社交界で針の筵にされるだけ。
大抵は年齢の近いもの同士で縁談が組まれるようになっている時代だった。
学園で騒ぎを起こしている、アーノルド殿下とロザリー公爵令嬢だって同じだ。
身分や年齢を考慮された上で国益のためにと結ばれた婚約だったはず。
私達の婚約が結ばれたのと同じ年の話だったから当時の様子はよく覚えている。
当時は婚約発表のニュースのおかげで経済が潤い、世間をかなり活気づかせていた。
幼い私も王都のお祭りに両親と共に参加した記憶がある。
長年の婚約の中どのような事があったのかは知らないけれど、今、お二人の仲はとても冷え切っているように見える。
相手のことを考えて、相手のことを尊重して、しっかりと話を聞くことは基本のきなのに。
それは友人関係においても恋愛関係においても婚約、結婚をしたって変わらないのに。
私とユリウスだって最初からこんなに仲がいいわけじゃなかった。
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「ユリウス、彼女がお前の婚約者になるフィオナ・ノースヴェイル伯爵令嬢だ。
仲良くするように。」
「フィオナ、彼が話していたユリウスだ。
ユリウス・ヴァーガス子爵令息だよ。」
初対面は私の実家の応接室だった。
ノースヴェイル伯爵家の1人娘で将来は伯爵家を継ぐことになっている私が、隣のヴァーガス子爵家から婿を取る形となった縁談。
私はすごく楽しみにしていたけれど、当時のユリウスはそうじゃなかったみたいだ。
格下から格上の女子に婿入りすると言うだけでもプライドが傷つくのに、肝心の私がふわふわとしていたから。
虫取りや騎士ごっこなど、男の子達の遊びに夢中になっていたユリウスからしたらたまったものじゃなかったんだろう。
「お前といてもつまんない。」
ドレスを着た私には木登りも虫取りもできなくて、遊ぶと言ったらおままごとや人形遊びになってしまう。
でも、私のお気に入りの遊びはユリウスにとってとても退屈らしい。
つまらないと言われた時はショックだった。
『つまらないなら来なければいいのに。』そう思うことだってあった。
けれど、私との縁談が破談になったら、三男であるユリウスは苦労するだろう。
それがわかっているからか、彼は口でつまらないと言いながらも約束がある日はちゃんとノースヴェイルの屋敷に来ていた。
何を話すわけでもない。
無言でお茶を飲んで、お菓子を食べて帰る。
そんな日々が続いて私はふと不安になった。
結婚してもずっとこのままだったら?
両親のようにお互いを大切にできる関係になれなかったら?
明日はまたユリウスとのお茶会だと嘆く私の元へお母様が話をしに来てくれたんだ。
「男の子ってしょうもないのよ。」って
聞けば聞くほどくだらないプライドの話だったり、男の中身は案外単純なんだってことも。
「それってお父様のこと?」
「そうよ。」
「嘘!だってお父様はかっこいいよ?」
「娘の前だからカッコつけているだけよ。
裏ではいつもウジウジしてるんだから。」
「そうなの?私もユリウスと仲良くなれる?」
「まずは貴方が先に折れてあげなきゃね。
明日は動きやすい格好で行ってごらんなさい。」
お母様のアドバイスのもと、動きやすい格好でお茶会に参加をして、最近街の男の子が好きだって言う拳銃型の玩具に水を入れて持っていったらユリウスはとても喜んでくれた。
初めて、一緒に楽しく遊ぶことができた。
あの日は本当に嬉しかった。
それから少しずつ、話すようになった。
私の好きなおままごとや、人形遊びはしない。
それでもよかった。
ユリウスの好きな水遊びやボール遊びをしていると自然と仲良くなることができたから。
でも、少し寒い日に水遊びをしたら私が風邪をひいてしまって…
「…ごめん。」
「ごほっ…大丈夫、私も楽しいから。
早く治すから、また水遊びやろうね。」
「…いや、次はお前の、フィオナの好きなことをしよう」
「え?おままごと嫌じゃないの?」
「…まぁ、小っ恥ずかしいけど、いいよ。」
しょんぼりしたユリウスが初めて私の好きなことをしようと誘ってくれた。
別に風邪を引いたのはユリウスのせいじゃないのに。
お互いを尊重することを覚えて、時に喧嘩をすることもあったけれど、ゆっくりゆっくりとお互いを知っていった。
一緒に遊んで、昼寝して、二人で継ぐ予定のノースヴェイルのお勉強もして。
将来への不安は自然となくなっていった。
好きになったのはいつだっけ…
気づいたら好きだったような…
なんか、ある時ふと気づいたんだ。
木登りをしていたらユリウスが口うるさく「次はその枝!違う!」ってすごく心配していたり、水遊びをしても私のドレスの裾部分ばかりを狙っていたことに。
ユリウスなりに私を守ろうとしてくれていて、ぶっきらぼうだけど、実際はとても優しい人なんだって。
私はそうやって恋をして、気づいたら隣にいるのが当たり前になっていた。
ユリウスも同じだったら嬉しいけど。
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「何考えてんの」
「ユリウスのこと」
「……あのさ、フィオナはいつから俺のこと好きになった?」
「すごい!ちょうど今そのことを考えてたよ。
気づいたら好きだったなぁって」
「…俺は、一目惚れだったよ」
「へ!?え!?」
「そんなに驚く?」
「いや、だって…えぇ!?」
「まぁ、あの頃はクソガキだったし…
どうしていいかわからなかったんだよ、俺も」
「ふーん?」
「ニヤニヤすんな。」
遠くでは、殿下達がまだ騒いでる声がしていたけれど、私はそれよりもユリウスの気持ちが気になってそれどころじゃなかった。




