2話
待ちに待った週末。
今日は約束通りユリウスと街のカフェにパフェを食べに行く。
でも、ただパフェを食べに行くだけでは味気がないので、散歩やショッピングなどもしようと考えていた。
「髪型よし。忘れ物もなし。」
前日から用意していた街歩きしやすいシンプルなワンピースと靴。
お気に入りのカバンに、噂になっていた流行りの髪飾りを使って緩く一つに結んだ。
鏡の前で改めて身嗜みをしっかり確認し寮の自室を後にした。
今日はカフェでパフェを食べること以外は特に予定を決めていない。
毎週のように出かけていると、そういう予定のない日も自然と増えてしまう。
かといって出かけるたびにいつも同じ場所に遊びに行くのもつまらない。
当てもなくぶらぶらと街を探索していると案外隠れた名店なんかに出会えたりするものだ。
予定をしっかり決めたデートも嫌いでは無いけれど、これはこれで気軽でいい。
…ユリウスが隣に居てくれるなら正直どこでもいいというのが本音なんだけれど。
「お待たせ」
「ん。」
待ち合わせは寮の門の前。
私の声に気づいたユリウスは暇つぶしに見ていた本をパタンと閉じて、肩掛けの小さめのバッグにそれをしまった。
その動作が、やけに様になっている。
シンプルな装いの中に最近のトレンドを少しだけ取り入れるセンス。
彼は普段からファッションなんてあまり興味がないくせに、私やサンドラの話を聞いているだけで自然とそれができてしまうのだ。
要領がいいというか、なんというか。
私だって少しでも可愛いと思ってもらえるように努力はしているつもりだ。
それを用意する時間もすごく楽しい。
毎回違う服、は流石に無理だけど、何かしらの新しい小物を取り入れてみたりして。
流行っている髪飾りは今日が初めてのお披露目だった。
「似合ってる。」
「へへっありがと、ユリウスも素敵」
ちょんっと髪飾りをつつかれた。
ユリウスはいつも私をよく見てくれていた。
だから今日のポイントにもすぐに気づいてくれたんだろう。
こうして褒めてくれるからまた次も頑張ろうと思えるのだ。
そして、どちらからともなく自然と手を繋いで歩き出す。
ユリウスは当たり前に車道側で、私の歩幅に合わせて歩いてくれる。
毎度のことなので、あえてお礼を伝えることはないけれど、私はそれをちゃんと知っているし、優しくて紳士的なところにいつも惚れ直していた。
「で?どうする?すぐカフェ行く?」
「うーん…
まだお腹空いてないから少し歩こうよ。」
「文房具買いに行っていい?」
「いいよ。」
文具屋は商店街を抜けた先にある。
商店街は今日もとても賑わっていた。
八百屋の横を通れば甘い果物の香りがして、つい毎回足を止めてしまう。
品物の種類が変わっているのを見る度に、季節の移り変わりを感じさせてくれた。
「あ、メロンが出てる。」
「もうそんな時期か?
ついこの前までイチゴじゃなかった?」
「何言ってるの?もう6月だよ?」
「5月かと思ってた。」
肉屋の前はいつもこんがりした美味しそうな匂いがする。
店の前では今日も串焼きが焼かれていた。
以前匂いに釣られて一度食べてからはユリウスの大好物になった串焼き。
店の前を通るたびに買うのが恒例行事になっていた。
「あー」
「ん。」
「辛っ!?あれ?今日なんか違う?」
「タレじゃなくてスパイスにしてみた。」
「辛くない?」
「そ?俺は結構気に入ったけど。」
一口が大きくてあっという間に食べ終わってしまう姿を見ているとやっぱり男の子だなと思う。
雑貨屋を通り過ぎたところで路地裏に歩いていく猫を見つけて下らない喧嘩をしたりもした。
「猫かわいいね、将来飼う?」
「俺犬派」
「絶対猫」
「犬」
「猫」
本当は別にどっちだっていいんだ。
きっと犬も猫も可愛いから。
商店街を抜けると劇場があって、面白そうなポスターを見かけたら今度見にいく約束を自然とする。
いつもとあまり変わらないデートだ。
特別ドキドキするようなことはないけれど、なんてことないこの時間が私は大好きだった。
「ひゃっ」
「あぶなっ」
嘘。訂正。
すれ違いざま、男の人にぶつかりそうになった私をユリウスはサラッと抱き寄せたりするから心臓に悪い。
そういうところがずるい。
私も何かやり返せたらいいのに、ユリウスはいつも余裕そうで。
私ばかりが好きを塗り替えていく気がしていた。
「インク切らしてたんだ。
ちょっと買ってくるから適当に見てて。」
「はーい。」
ユリウスがお会計をしている間、商品棚を適当に眺めていると、変なペンを見つけた。
初めて見るペンだった。新商品かもしれない。
商品を傷つけないようにそっと手に取って観察してみる。
どうやらキャップについたバネで飛ばして遊ぶらしい。ちょっと危ないけど。
男の子は好きそうだな、なんて考えていたら会計を終えたユリウスが紙袋片手に戻ってきた。
「お待たせ。なにそれ?」
「バネペンだって。私も初めて見た。」
「へー買う?」
「ううん、大丈夫。」
「なら次行くか。」
文具屋を出るとそこからまた、なにを買うわけでもない気ままなウインドウショッピング。
お腹が空いてきた頃には、ちょうど混雑する昼時を過ぎていたので目的地のカフェへと向かうことにした。
目的地だったカフェはいつもと違ってピンク色の装飾がされていてやけに目を引いた。
少しの恥ずかしさはあるけれど、カップルのイベントをやっているだけあってあちらもこちらも甘い空気感に包まれているから私達だけが浮いているということもない。
周りからは私達もラブラブな恋人に見えているだろうか。
そうだったらいいな。
ピーク時を過ぎていたおかげで、あまり並ぶこともなく席に通されて、私は紅茶を、ユリウスはコーヒーを飲みながらパフェの到着を待った。
「すごーい!」
「でか…え?これ食うの?」
届いたパフェはキラキラしたフルーツやゼリー、アイスクリームなどで彩られ、何よりすごいのはそのサイズ感だった。
ティーカップを5セットは積み上げただろう高さに、二人分の取り皿もしっかり付けられており、これでお店側の元は取れるのかと思わず心配になってしまったほどだ。
ユリウスには甘さが控えめのフルーツを多めに、私はクリームの部分を多めに取り分けて、いざ実食。
ふわふわのクリームは軽くて、ほんのりレモンの香り。
その爽やかさのおかげでどんどん食べられそうだ。
「おいしい、しあわせぇ…」
「…よかったな」
甘いものがあまり好きじゃないユリウスは私の様子をげっそりと眺めながら一口サイズのフルーツをさらに小さくしてちまちまと食べていた。
串焼きの時とは大違い。
最初は順調だったけれど、五分、十分、と経過するにつれてパフェが重たくなっていく。
一口目はあんなに美味しかったのに。
やがてその甘さもくどくなって一周回って憎らしくなっていった。
「限界?」
「…まだ食べられる。」
「無理するなって」
「…ごめん、ありがと」
パフェは残すところ三分の一程度だろうか。
残った分はユリウスがブラックコーヒーで流し込んでいた。
「もう絶対しない。」
「三ヶ月前も同じこと言ってたぞ」
「うそ?」
「ほんと。」
なんとか食べ終えてユリウスは口直しに追加のコーヒーを頼み、私もアイスで体が冷えたから温かい紅茶を飲んでいた。
「この後どうしようか?」なんて次の方向性を話していると、急に入り口のドアの方が騒がしくなりはじめた。
「…すみません、王太子殿下といえど順番を待ってもらわないと困ります…」
「リリアが入りたがっているんだぞ!?」
周りのお客さん達もその騒ぎにちらちらと視線を向けているが誰も声は上げなかった。
それはそうだ。めんどくさそうな匂いがぷんぷんとしている。
素直に順番を待っていただろうカップルが少し面白くなさそうな表情を浮かべながら店を後にしていくのが見えた。
相手がこの国の第一王子であるアーノルド殿下ならパフェ無料だけでは割に合わない。
きっと私もあの場にいたらそうする。
「ただいま満席ですのでもう少しお待ちを…」
店員さんの困った様子に、私とユリウスはアイコンタクトをすると静かに席を立った。
もう食べ終わっていたし、ここにいてあの集団を眺めていたら限界ギリギリまで詰め込んだパフェが出てきてしまいそうだったから。
別の店員さんを呼んで、お会計を済ませると、その店員さんが気を利かせて裏口の方へと案内してくれた。
流石にあの横を通り抜ける勇気はなかったので、店員さんの気遣いには感謝しかなかった。
「びっくりしたね」
「最近学校でも噂してる奴がいたけど、あれ大丈夫なのか?」
「さぁ?
それよりお店の裏口ってあんな感じなんだね!
なんだかスパイみたいでドキドキしちゃった。」
「呑気な…」
「だって私たちに関係なくない?」
「それもそうだな。」
たとえアーノルド殿下がやらかして廃嫡になったとしても、レオニーズ第二王子がいるし、さらに第三王子もいる。国は勝手に回っていく。
田舎の伯爵家や子爵家程度が何かを言ったところで何も変わりはしないだろう。
「次どこいく?」
「お腹苦しいから公園でのんびりしよう。」
「それならあっちか。」
「そうなの?こっちじゃなくて?」
「裏口から出たんだから逆だろ。」
「そっか、途中でボール買おうよ。」
「いいな。」
週末の公園は家族連れや、私たちと同じようにピクニックに来たカップルで賑わっている。
先ほど食べたパフェを消化するようにゆっくり歩きながら、手頃な場所を見つけて座った。
その時もユリウスはやっぱりスマートで、バッグからハンカチを出すと私の座る芝生の上にそっと敷いた。自分は地べたのくせに。
「…なんだよ?」
「なんでそういうことを簡単にしちゃうかなぁ…」
「はぁ?」
本気でわからなそうな鈍感ユリウスに買ってきたボールを投げつけた。
しかしすぐにやり返された。
また投げ返したらボールがあらぬ方向に転がっていってしまって鼻で笑われた。
「ノーコンめ」
「いー!!むかつく!!」
そこから火がつくとお互いの息が上がるまでボールをぶつけ合って、気がついたらもう日が傾き始めていた。
髪はボサボサ、服はどろんこ、汗でメイクも落ちているだろう。
…楽しかったからまぁいいけど。
乱れた私の髪をそっと撫でて整えながらユリウスが言った。
「…帰るか」
「うん」
差し出されたその手を取って帰路に着く。
疲れている私を気遣ってか、ユリウスの足取りはすごくゆっくりだ。
私ももう少し一緒にいたいからそれでいい。
穏やかな週末はこうして過ぎていった。




