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フィオナ・ノースヴェイル伯爵令嬢の好きなもの  作者: 椿


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1話




私、フィオナ・ノースヴェイルには好きなものがある。

甘いお菓子、可愛い服を着たお人形、

両親、侍女のリュシー、領地の皆…

それから、学園に入ってからできた親友のアレクサンドラ・レイラー

他にもたくさんあるけれど、その中で一番好きなものは、幼馴染のユリウス・ヴァーガス……私の婚約者。




_________



「フィオナ」

「あ、ユリウス、迎えにきてくれたの?」

「…仕方なくだ。

ほら、暗くなる前にさっさと帰るぞ。」


私の大好きな領地の丘の上

風が吹き抜けて、たんぽぽの綿毛がふわりと舞い上がっていく。まるで粉雪のようだ。

乱れた髪を直す私に、夕日に照らされたユリウスが手を差し伸べてくれる。


すごく、綺麗だった。


昔からずっと一緒にいて、私の初恋で、今もまた彼に恋を重ねている。

恋愛結婚自体が難しい貴族社会で私とユリウスの関係はかなり珍しいのではないだろうか。


「ね、ユリウスは私のこと好き?」

「はぁ!?」

「私はユリウスが好きよ。大好き。」

「…少しは恥じらいを持てよ。」

「ユリウスは言ってくれないの?」

「……好きじゃなきゃ、誰がこんなところまで迎えにくるかよ。」

「へへっ嬉しい。

早くユリウスのお嫁さんになりたいなぁ。」

「お前…意味わかってる?」

「…わかってるよ」


子供の頃に遊んだおままごとの延長なんかじゃない。

夕日に照らされた影は私とユリウスの体の形を綺麗に映し出している。


私よりも大きくて力強い身体。

声だっていつの間にか低くなっていた。

私だって女の子として成長していると思う。

昔はお風呂もお昼寝も一緒にできたけれど今は恥ずかしくて絶対にできない。


いつからか男女の差に気づいて、自然と幼い恋心も大人のそれにちゃんと変わっていった。


「大好きよ。」


もう一度私がそう言うとユリウスは屈むようにして私の唇にキスを落とした。

まるでそれが答えだとでも言うように。

もっと欲しくてユリウスの服の裾をキュッと握れば角度を変えながら何度もキスをくれた。

恥ずかしいのに嬉しい。幸せ。

息が苦しくなるまでそれは続いた。


「…はぁ、学園卒業したら覚悟しとけよ。」

「優しくしてね?」

「………努力はする」

「あ、春休みの宿題手伝ってよ」

「嘘だろ!?まだ終わってないのか!?」

「全部じゃないわ。

数学だけ、わからないところがあるの。」

「それくらいなら、まぁ…」

「ただちょっぴり量は多いけど。」

「お前のそれは絶対ちょっぴりなんかじゃない。」


ここでのんびりしていたら宿題が終わらないとユリウスは私を担ぎ上げて帰路を急いだ。

宿題をしなきゃいけない本人より必死な様子が面白くてつい笑ってしまう。

本当に、本当に私は幸せ者だった。




__________



授業は退屈だ。

特に数学は苦手。

基本的な計算はできるけれど、こんなもの何に使うの?という公式は不思議なほど頭に入ってこなかった。

私にはわからないそんな公式を、ユリウスはいつもすらすらと解いてしまう。

出来る男子ってどうしてこんなにかっこよく見えるんだろう。

先生の話を聞くよりも、黒板を見るよりも、ユリウスの真剣な横顔を眺めている方が私はずっと楽しかった。


そういえば、春休みの間にもこの公式の何かを使って領地の道路区画の計算をしたとか話をしていた気がする。

今後もし新規に建物を作る際には、それを参考にするんだって。


騎士とか、強い男性も素敵だとは思うけれど、私は頭脳で領地に貢献できる人の方がタイプだ。

それに、ユリウスは騎士ほどじゃないにせよ運動神経もいいし。


…ちょっと待って。

文武両道で顔立ちも整っているユリウスって婚約者の贔屓目なしに見ても素敵なのでは?

今まで当たり前に隣にいたから気にしていなかったけれど、もしかして裏ではモテたりしているのだろうか?

虫除け的なものを付けておくべき?

そんなことを考えていたらいつの間にか授業終了のチャイムが鳴り響いていた。


「…授業に集中しろよ。」

「ユリウス見てた方が楽しいのに?」

「それとこれとは別だろ。」


コツンと額を突かれた瞬間、げえっと誰かの声がした。

心当たりが無いわけじゃない。

私達はこの学園屈指のバカップルらしいから。


「バカップルってなに?」

「バカみたいにイチャついてるカップルよ」

「それならバカップルじゃなくってバイチャップルじゃない?」

「何言ってんの?」


そう言ったのは友人のアレクサンドラ・レイラー伯爵令嬢、通称サンドラ。

学園に入学してから知り合い、話すうちにサンドラのサッパリした性格が大好きになった私が何度も話しかけた末にできた友人だ。


今では貴族社会の中では珍しく、お互いをフィオナ、サンドラと呼び捨てで呼び合えるほどの親友。

そのサンドラがげっそりした顔をしていた。

私達の周りにいるクラスメイト達も同じような表情をしている。


「春休みで糖分への免疫力が落ちたわ。」

「何言ってんの?」


砂糖を吐きそうな気持ちなんだと。

中には「俺も、彼女が欲しい」と言いながら涙を流す令息もいたけれど。

皆、なにかと大変そうだ。


「フィオナ、移動。」

「理科室だっけ?

あ…ごめん教科書忘れたかも」

「なら俺の使え。」

「ユリウスは?」

「適当に他のクラスのやつから借りてくる。」

「え?それなら私が…」

「………変なやつに借りてきそうだからダメ。」


教科書一つ借りるのにもヤキモチを妬くユリウスが可愛くて思わずその腕に抱きついた。

独占欲や嫉妬や束縛をする男性はめんどくさいと聞くけれどユリウスにぶつけられる気持ちなら私は嬉しいとすら思ってしまう。


「…女の子からは借りちゃダメだよ?」

「…騎士科のやつに借りるから無いよ。」

「ヤキモチ、妬いちゃうからね?」


全部わかってるよ?と口角が自然と上がる。

そんな私の言葉にユリウスはムッとした表情をするとお返しだと鼻をキュッと摘まれた。


「いはい、やめぇひぇ」

「ははっ何言ってるかわかんねぇ」


「他所でやれよ、お前らぁぁぁ!!」


そんなクラスメイトの怒号に追い出されるようにしてクラスを後にした。

先ほどの言葉通り、ユリウスは他クラスに教科書を借りに行くので、理科室へは私一人先に行くことになった。


廊下にはたくさんの生徒達がいる。

だから自然といろいろな話が耳に入ってくるものだ。


女子生徒からは流行りの髪飾りの話。

男子生徒達は隣のクラスのレベッカ様が綺麗だって話で盛り上がっている。


婚約をしている男女は、期間限定のキャンペーンの話をしていた。

どうやら今、街のカフェにカップルで入店するとパフェが無料で食べられるらしい。

美味しそうな話につい聞き耳を立ててしまう。


今週末の予定はそれがいい。

後でユリウスにも声をかけよう。


そう決めていつの間にか到着していた理科室のドアをガラリと開けた。

しかし、理科室には先生も生徒もまだ誰も来ていないようだった。


「ちょっと婚約者のいる殿方へ過度に接触しすぎではございませんこと!?」

「私、そんなつもりじゃ…」


一番乗りの特権として窓際後ろの居心地のいい席に座り、心地よい春の日差しにまどろみながらユリウスやサンドラの到着を待っていたら、外から言い争うような声が聞こえてきた。


幸いにも理科室は二階にあるので当人達と直接目が合うような事はないが、窓越しにもわかる張り詰めた空気が怖くなって、そっと窓を閉じた。


春の穏やかさが台無しだ。


そもそも、周囲に聞こえるような場所で喧嘩なんてしないで欲しい。

正当な主張ならば、本人に当たり散らすのではなく、両親なども含めて話し合えばいいのに。

それ相応の対応だってできるはずだ。


止めに入るのもめんどくさいなぁ…。

止めに入らなきゃダメかなぁ?

そんなことを考えていると、ちょうど理科室のドアが音を立てて開いた。


「あ、いた。

もうフィオナ、先に行くなら言ってよ。」

「ごめんごめん」

「あれ?ヴァーガスは?」

「私の代わりに教科書借りに行ってくれてる。」

「うわぁ…」

「素敵でしょ?」

「まぁフィオナがそれでいいならいいけど…」


私の向かいに座ったサンドラと次の授業範囲の話をしていたら窓の外の会話のことなんてすっかり忘れてしまっていた。

その後も続々とクラスメイトが来て、その中にはユリウスもいた。


全員が席に着いた頃に先生が来て退屈な授業が始まって、またユリウスを見て過ごす。

理科の実験をするユリウスもまた真剣でかっこいいとニヤニヤしていたら『授業に集中しろ』って口パクで怒られてしまった。


仕方なしに黒板に目を向けたけど、これまたわからない化学式が書かれていたから諦めてそっと目を閉じた。


「授業中に寝るなよ淑女が」

「だって目に見えない物体と物体がぶつかって、これまた目に見えないよくわからない物体に変わるのを知っても何も楽しくないわ?」

「……そう言う問題じゃないだろ…」

「テストの時に詰め込むからいいの。」

「一人でやるのか?」

「無理。」

「…はぁぁぁぁ」


大袈裟にため息をついて首に手をやるユリウスはとても絵になっていた。

なんだかんだ言ってこの婚約者様は私に甘く優しいからきっとまた助けてくれるんだろう。


「あ、そういや騒ぎがあったみたいだな」

「んー?」

「校舎裏で喧嘩してたって…」

「あ」

「…まさか、なんか知ってるのか?」

「すっかり忘れていたわ」

「お前なぁ…

アーノルド殿下達が目撃者を探してたぞ?」

「え?嫌よ。怖いもの。」


報告に行って変に目をつけられたくはない。

そもそも理科室に丸聞こえのところで言い争いなんてしていれば騒ぎにもなる。


きっと理科室だけではなく、他のクラスにも丸聞こえだっただろう。


少し考えればわかることなのに、あんなところで喧嘩をするマヌケが悪いんだと思う。


私以外にも見たり聞いたりしている生徒はいるだろうし、わざわざ報告に行かなくてもいいだろう。


昔から一緒にいるユリウスには私のその面倒くさがりの性格がお見通しなようで、仕方ないなとでも言うように頭を撫でられた。


「それより週末は街行きたい。」

「なんで?」

「カップルで行くとパフェが無料なんだって。」

「俺甘いの嫌いなんだけど。」

「私が食べるからいいの」

「どうせ食い切れないだろうが」

「……………だめ?」

「………はぁ、何時にする?」

「ユリウス大好き、本当に好き。愛してる。」

「調子いいやつ…」






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