28話(ユリウスside)
先日、フィオナへのお祝いにと昔のクラスメイトから届けられた写真を見て学園時代を思い出した。
俺にとって、かけがえのない時間だったな、と。
あの日の告白から俺とフィオナの関係は少しずつ、ただの幼馴染から恋人らしいものになっていった。
庭を駆け回っていた時間は街を歩くデートの時間になり、プレゼントがおもちゃからアクセサリーや花へと変わっていく。
やがて、学園に通う年齢になり、俺達も貴族の多くが通う王立学園へ入学することになった。
最初のうちは、王都の生活に馴染めず、苦労することも多かった。
でも、フィオナと一緒だったから、なんでも楽しく乗り越えられたんだと思う。
友人ができて、王都の生活にすっかり慣れる頃には二度の季節が巡っていた。
俺達は三年生になって、気づけば学園で過ごすのも残すところ一年だった。
一年生や二年生の時の思い出がないわけじゃないけど、ただ、三年生は特別印象深い年だった。
その大きな要因の一つは、この国の王太子であるアーノルド殿下が、婚約者のいる身でありながら男爵令嬢へ恋をしたことだと思う。
彼らがいつも何かをやらかしていたおかげで、常に噂話で廊下や教室が騒がしかった。
フィオナも俺も派閥争いなどに興味はなかったが、当時は王都貴族であるレイラー嬢や委員長は色々と苦労していたみたいだ。
学園最初の行事の体育祭でも殿下達は…そうだ思い出した。
今思い出すだけでも腹が立つ。
フィオナのすることなら大抵のことは許せる自信はあるが、あれだけは本気で許せなかったな。
発端は俺が告白されるようになったこと。
田舎育ちで、継ぐ爵位もない俺なんかの何がいいのかわからないが、体育祭の後から急に「デートして欲しい」やら「夜会のパートナーになって欲しい」と声をかけられることが増えて、酷い時は「フィオナじゃなくて私の婚約者になって欲しい」だとか、「学生の間だけの恋人関係になりたい」なんて言われたこともあった。
婚約者がいる相手に告白をする。
そんな常識知らずな輩が増えたのもアーノルド殿下達の影響だった。
リリア男爵令嬢に行けるなら私だって、と。
正直、あれはいい迷惑だった。
勿論全て断っていたけれど、ヤキモチを妬いてくれるフィオナが可愛くて、申し訳ないと思いつつも、浮かれていた部分もある。
それに関しては俺が悪い。
でもまさか妾の心配をされるとは思わなかった。
そしてそれを許そうとしていることも。
普段は貴族の集まりになんて興味も示さないフィオナが、突然、タウンハウスでお茶会を開くなんて言うから、わざわざ様子を見に行ったのに、まさか俺に告白してきた女性達を相手に、妾になる条件を伝えてるなんて誰が想像する?
俺は初めて会った時からずっとフィオナのことしか見ていないのに、そんなに信用がないのか。
余計なお世話だと怒りのままにキスをした。
公の場でキスをすることに抵抗はない。
普段だって許されるのならずっと側にいるし、むしろもっと見せつけたいと思ってる。
俺はフィオナのものだし、フィオナも俺のものなんだって。
フィオナには後で散々怒られたけど、結果的に告白も減ったからあの時のキスは絶対間違ってなかったと思う。
それからもアーノルド殿下達は目立っていた。
林間合宿では遭難までする始末で。
険しい山、灯ひとつない夜、雨まで降りはじめたとあれば放置するわけにもいかない。
下手すれば死ぬ。それも相手は王族だ。
遭難者を探して、更なる遭難者が出てもおかしくない状況だったのに、騎士科や、俺みたいに元気のあるやつで捜索隊が組まれるほどの大騒ぎだった。
「危ないじゃない!」
悲痛な顔でフィオナが言った。
出会ってから今までで初めて見る表情だった。
真剣な彼女を前に言えなかったけど、こんなにも心配してくれるなら悪くないな。なんて不謹慎にも考えていた気がする。
祈るように俺の手にキスを落とした姿が息を呑むほどに綺麗で、何があっても絶対にフィオナの元に戻ろうと思えた。
教師からカッパとランタンを支給され、五人ほどのグループになって進んだ夜の山道は昼間と違って一寸先も見えない暗闇だった。
雨に体温は奪われ、ぬかるんだ道や濡れた落ち葉には何度も足を滑らされた。
それでも捜索を止めるわけにはいかない。
休憩を挟みながら、居なかった場所には印を書き込み、少しずつルートを潰して、明け方になる頃にやっとアーノルド殿下達は発見された。
別行動をしていた騎士科の連中が見つけたが、その時二人は裸で抱き合っていたらしい。
確かに濡れた衣類をそのまま身につけているよりは効率的に暖が取れるだろう。
でも王族が婚約者でもない女性と裸で一夜を明かしたなんて世間的に許されることじゃない。
捜索に加わった一部の生徒達には箝口令が敷かれることになった。
別にお礼が言われたくて捜索に参加したわけではないけど、感謝も労りもなく、アーノルド殿下達にはまるで俺たちのことなんて視界に入ってない様子で正直やるせない気持ちだったな。
学園の空気が変わり始めたのはその頃からだっただろうか。
フィオナが気にした様子はあまりなかったが、学園の統率が崩れ始めており、第二王子派にならないかと声をかけるやつもいた。
その時は興味ないからどっちにもつかないとだけ返答したけれど。
そんな空気のまま学園は夏休みになった。
休みに入ってまもなく、フィオナの親友であるレイラー嬢と委員長の婚約発表の夜会が開かれ、俺達も友人として参加させてもらった。
親友の婚約とあって、まるで自分のことのように飛んで喜ぶフィオナが終始可愛かったのを覚えている。
人の幸せを本気で喜ぶことができる素直さは紛れもなくフィオナの長所だろう。
ただ、そんな幸せな空間を土足で踏みつけるようにまたアーノルド殿下達が乱入してきたんだよな。
幸せな空気が一転した様子に、くやしいとフィオナは涙を流した。
レイラー嬢の言えなかった心のうちを表に出したみたいに。
お互い大切な友人なんだろう。
フィオナの話す内容と言ったらレイラー嬢の話か、食べ物の話か流行り物の話ばかりだから。
委員長も言っていたけど少しだけ妬けてしまう。
「ヴァーガス」
「なんだ」
「私の親友のフィオナを不幸せにしたら絶対に許さないから。」
なんて夜会の最後に耳打ちされたのは今も心に残っている。
あれは本気の声だった。
勿論幸せにするつもりだけど、もし何かあったら俺はきっとレイラー嬢に殺されるだろう。
その夜会から数日後に帰省した。
いつも通り実家に寄ってからノースヴェイルへと。
ヴァーガスもそうだけど、ノースヴェイルの人達は北の過酷な環境に住むからこそ、領民同士の距離が近い。
補佐の仕事や勉強は大変だが、幼い頃からお世話になっている領民達のため、大切なフィオナのためならなんだって頑張れた。
その年は卒業後の結婚を見据えていたから例年よりずっと本格的な仕事を任されて、街の様子を調査したり、新しい商品開発に立ち会ったりと忙しかったがその経験は今も生きている。
仕事よりもずっと難しくて困っているのは、自身の父を親父と呼ぶ俺が、フィオナの両親をなんと呼んだら良いのか未だにわからないということくらい。
お義父様、はなんか違う気もする。
当主様、奥様と呼ぶ俺をフィオナはいつも笑うんだ。
「結婚して子供ができてもそう呼ぶつもりなの?」って。
そんなことを考えていたんだ。この頃はまだ。
この幸せが雪崩によって崩れるなんて思いもせずに。
それから秋になって、文化祭では少しフィオナと喧嘩した。
確かに過保護だと言われる自負はある。今も。
でもフィオナは魅力的な女性だし、幼い頃からの婚約者とはいえ子爵家三男の自分では守るにも限界がある。
だからその時はつい、楽しむフィオナに水を差すような小言を言いすぎた。
ミニドレスは似合っていたし可愛かったけれど、その雪のように白い肌を他のやつに見られてることに本人は気がつきもしない。
もし、もっと高位の家に縁談を申し込まれたら?
俺より頭のいいやつも、すごいやつも、いくらでもいるのにそんな奴らの目に留まったら?
そう思うと気が気じゃなくていつも余裕なんてなかった。
ずっと謝る機会を伺っていたら殿下達の諍いに当てつけのように首を突っ込むし。
正直、落ち込んだ。
「ユリウスには関係ない。」って言われて、本気で落ち込んだ。
情けない心のうちをぶつけてなんとか許してもらえたけど、もう絶対にあんな喧嘩はしたくない。
それから冬になって、例年よりずっと早く訪れた寒波によって積雪が増え、雪崩が発生した。
ノースヴェイルの都市部半分を飲み込んでしまうほどの大きな雪崩だった。
たくさんの人が亡くなり、中には昔からフィオナと共に俺にもよくしてくれていた人達もいた。
もちろん悲しい。
でもそれより俺はフィオナが心配だった。
彼女は領民達をとても大切にしていたから。
時期当主として、慣れない指示を飛ばし、王宮では陛下との謁見もこなす。
俺にできるのは資料をまとめたり、指示の行き届いていない所へ声をかけることくらい。
こんなに辛い現実を見せたくなんてない。
守りたいのに守らせてもらえない。
どんなに辛い現実も受け入れてしまう。
そんなに背負わなくてもいい。
そう言えたらいいのに責任感の強いフィオナにはそれもできなくて。
雪のように白い顔を見ていると今にも倒れてしまうんじゃないかと気が気じゃなかった。
でも、フィオナは絶対に倒れなかった。
途方に暮れる領民達に仕事や温かい食事や希望を与え、そんな彼らを守る為に遺族から罵声を浴びせられても冷静な判断を下した。
そんな厳しさが彼女を無理やり大人に変えていってしまうみたいだった。
強くて美しい女性になるフィオナを横で見ていることしかできなかった。
でもそれは彼女の精一杯の虚勢。
館の自室に戻ると途端にフィオナはとても不安定になった。
夜はなかなか眠れず、食べても戻してしまう。
急に思い出したようにパニックを起こして過呼吸になることだって少なくなかった。
でも領民の前では絶対にそんな姿を見せまいと明るく笑って。
たとえ後ろ指を指されてもフィオナは静かにそれを受け入れ続けた。
そんな状況だから俺にできることはなんでもやった。
じゃないと彼女が壊れてしまいそうだったから。
少しずつ、本当に少しずつ瓦礫が取り除かれ、皆今後の生活を見据え始めた。
フィオナもまた少しずつ落ち着きを取り戻して、次期当主として前は興味もなかった歴史書や医学書なんかを読むようになった。
「…フィオナは、強いな。」
「何言ってるの?」
俺はずっとフィオナを支えたいと思っていたけど、現場で自分の無力さを嫌というほど思い知らされていた。
瓦礫を撤去するたびに、救えない命、元に戻せない家屋、壊れてしまった誰かの思い出や生活の痕跡を見つけたから。
それらは決して元には戻らない現実の厳しさを突きつけていた。
そんな中、倒れそうなフィオナを支えることで俺は優越感すら覚えていた気もする。
支えていたつもりが、俺がずっとフィオナに助けられていたんだ。
きっと俺の助けがなくても彼女は前を向いていたと思う。
「いや…」
「ユリウスがそばにいてくれなきゃ、私はここまで強くなんてなれなかったよ。
逃げ出していたと思う。」
「…フィオナが?そんなわけないだろ。」
「私のことなんだと思ってるのよ。
ユリウスが一緒に頑張ってくれるから私の背中を支えてくれるから立ってられてるんだよ。
何度も揺らぎそうになった。
サラさんの娘さんだって、ミトさんだって焼きたくなんかなかった。
私だけならきっと決断できなかったと思う。」
フィオナの手が俺の頭を撫でた。
鼻の奥がツンと刺すような感覚がして、好きな女の子の前で泣くなんて情けないと思うのに、彼女の表情があまりにも優しかったから、止められなかった。
「ユリウス、ありがとう。」
「ん。」
「ノースヴェイルを助けてくれて、私を支えてくれてありがとう。」
「俺は、感謝されるような男じゃない。
お前を支えることで自分を保ってたんだから。」
「え?それの何が悪いの?
私だって領民の人たちにいい顔してたじゃん。
ユリウスは私の前でカッコつけてたんでしょ?」
「なんだよそれ。」
「おかげで何度も惚れ直しましたよ。」
そう笑った彼女にはきっと一生かかっても勝てる気がしない。




