26話
あのバカがやりやがった。
多くの生徒はきっとそう思ったはずだ。
「リリアへの悪逆非道の行いを看過することはできない!
よって貴様との婚約を破棄し、国外への追放を命じる!
そして私の新しい婚約者はここにいるリリア男爵令嬢とする!」
会場の中央で声高々に宣言するアーノルド殿下とそれに寄り添うリリア男爵令嬢。
その視線の先には凛としたロザリー公爵令嬢が静かに立っていた。
私は「えぇ…」と声が出そうになるのを堪え、ユリウスの背後に隠れるように体を小さくした。
今日は卒業の日。
午前は卒業式。
人生で最後になる学園の制服を着て、校長や学園でお世話になった先生方からの有難いお言葉を聞き、在校生へ先輩達からの言葉だと言って薄っぺらい言葉の羅列を伝えたりと地味で退屈な式典だった。
そして夕方から始まるのが学生達の本命である卒業パーティーだ。
毎年王家から卒業祝いで王宮の会場を提供され、学生達は最後の夜を思い出に浸りながら飲めや踊れやの大騒ぎで過ごす。
パーティーにはこの国の重鎮の方々もお祝いに顔を出してくれることもあるし、勿論節度は守らないといけないけれど。
それなのに、先日サンドラが言っていたように事件は起きた。
まさか本気で公然と婚約破棄を行うなんて。
仮に婚約破棄をするにしても、こんな大衆の前で辱めるようなことはせず、両家の親族立ち会いの元、裏で話し合いを行うのが常識だ。
「…はぁ、最悪だ。」
誰かの呟きがざわめきの中に消えていった。
そう思ったのは呟いた一人だけじゃない。
この場にいる多くの生徒達は今後のことをぐるぐると考えていることだろう。
なぜなら今後、婚約や進路、取引先など様々なところで影響が出ることになるからだ。
大袈裟ではない。
たった一人の迷惑な行いのせいで、私達は婚約という大切な契約を全うできない世代なんだと誤解されるようになるのだろうから。
でも始まってしまった断罪劇を止める術を誰も知らないからただ棒立ちで見守ることしかできなかった。
「…これどうなるのかな」
「さぁな」
…せっかくお義母様がユリウスとセットでって可愛いドレスを用意してくれたのに、このままでは踊る暇がなくなりそうだ。
せめて何か摘めるものでもあったらこの茶番も見ていられるのかもしれないけど。
食事提供もまだされていない。
「お言葉ですが殿下、私はリリア男爵令嬢にそのような卑劣な行いをした覚えはありません。
証拠はあるのでしょうか。」
「目撃者がいる!」
そう言ってライトに照らし出されたのは一人の女子生徒。
そこから一気に人が離れていく。
輪の中心に残された女子生徒の顔色は見ていて可哀想になるほど真っ青だった。
アーノルド殿下達のいう事件の多くは学園で起きていたのだから誰かしら鉢合わせていても、何もおかしいことはない。
彼女はきっと本当に運悪くその場に居合わせてしまった内の一人なのだろう。
「さぁ!階段からリリアを突き落としたのを目撃したんだろう!?」
「わ、私は…」
皆の視線が一斉に向けられる。
その様子が怖くて、ユリウスの服の裾をぎゅっと握った。
もしあの場にいたのが私だったらと想像しただけで勝手に指先が震えてしまう。
女子生徒には申し訳ないけれど、私でなくて良かったと本気で思ってしまった。
「私が見たのは、階段下に蹲って足を抑えるリリア男爵令嬢だけです。
咄嗟に階段上を見ましたが授業終わりで普通に多くの生徒がいましたし、その中の誰かなんてわかりません!」
そういうとその生徒は顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
ロザリー公爵令嬢を裁くための目撃証言というにはあまりにもお粗末な内容だ。
その女子生徒が嘘をついているというわけではなく、犯人を断言するどころか、逆に容疑者を増やす形になったのだから。
思っていたのと違う証言だったのか殿下やリリア男爵令嬢が目に見えて焦りはじめた。
事前に打ち合わせも何もしていなかったのだろうか。
考えなしにも程がある。
「他には覚えていないのか!?」
「階段上にいた他の方々は!?」
しかし誰も声を上げることはなかった。
当たり前だ、この場で声を上げる勇気のある生徒なんているわけがない。
皆顔を見合わせるばかりで話が進まないでいると、大きな音を立てて突然会場のドアが開かれた。
今度はなんだと一斉にそちらに注目が集まる。
「彼女がそんな卑劣な事をした証拠などどこにも存在しない。
彼女は婚約者のいる方に淫らに近づいてはならないと言う貴族として当然の主張をしただけだ。
むしろ、ここまで事を大きくしたお粗末な誘拐事件も先日の階段からの転落も全てリリア男爵令嬢の自作自演である!」
颯爽と現れたレオニード第二王子が公爵令嬢の肩を抱き、声高々に宣言をした。
まるで舞台のような演技がかった発言にため息しか出なかった。
騒ぎを止めるわけではなく、助長させている。
正しい事をやっている自分に酔っているのか、はたまたはアーノルド殿下と同じように恋情に突き動かされているのか。
それを調べてるなら、わざわざこんな舞台で宣言せず陛下に相談してさっさと裏で婚約破棄をしてしまえばよかったのに。
結局、レオニード第二王子も目立ちたがり屋と言う事なのだろうか。
卒業生のお祝いにと、職務の合間に駆けつけてくれただろう陛下や宰相閣下がこの現状を見てゲスト席で頭を抱えているのが視界に入った。
隣国との関係も悪くなく、国民に寄り添った政治を行ってくださる賢王と名高い現国王。
ノースヴェイル復興へも多大なる協力をしてくださる優しい王でもあるのに、なぜその息子二人はこうも頭が悪いのだろうか。
収拾がつかなくなりそうなところで陛下が重い腰を上げて声を上げた。
「第一王子、第二王子共に王位を受け継ぐのに相応しいとは言えない。
よって二人から王位継承権を剥奪。
次期王太子は第三王子のフェルナンデスにする!」
「な、なぜですか父上!」
リリア男爵令嬢とアーノルド殿下はもう取り返しがつかないと分かったのかその場に座り込み、今度は逆にレオニード第二王子とロザリー公爵令嬢が声を上げ始めた。
「こんな公共の場で王家の恥を晒した主らに権利があるとでも?」
言葉はそれだけで十分だった。
陛下が手を挙げると騎士達が喚く殿下たちを会場から連れ出していった。
どうしてアーノルド殿下達があれだけ恥を晒しているのに処分を言い渡さないのかとずっと疑問だったけれど、レオニード第二王子が動くのを待っていたのかもしれない。
もしそうなら厄介な二人から同時に継承権を取り上げられるのだからやはり賢い王だと思う。
「ふぁぁ…」
「…フィオナ、あくびはまずいって。」
「ユリウスに隠れてるから大丈夫よ。
安心したら眠たくなっちゃったんだもの。」
私だけじゃなく皆も肩の力が抜けていたと思う。
陛下はそんな私達を一瞥すると、再び言葉を告げた。
「皆、騒ぎ立ててすまなかった。」
そう言った陛下は少しだけ寂しそうに見えた。
息子二人に処分を言い渡したのだからそうなるのも仕方のないことなのかもしれない。
でも父としてではなくこの国の王として正しい判断をした陛下に自然と皆が頭を下げた。
「パーティーを仕切り直してくれ。
卒業おめでとう。」
その言葉を最後に陛下が退室されたのを確認すると、だんだんと活気が戻ってくる。
オーケストラの音楽も再開して、料理も新しく運ばれてきた。
本当のパーティーはこれからが始まりだった。
「フィオナ、ヴァーガス卒業おめでとう」
「サンドラと委員長もね」
「三年間楽しかったわ。
最後の年は特に色々大変だったけど、フィオナと友人になれてよかった。」
「私も、三年間ありがとう。
ノースヴェイル戻っても手紙も書くし、王都のタウンハウスにも遊びに来るからこれからも仲良くしてね」
「もちろんよ。」
あぁ、これで終わりなんだと思うと視界が不思議と滲んで喉の奥が詰まったみたいだ。
今みたいに簡単に会えなくなって、もう教室でくだらない話をできなくなる。寂しい。
「…お婆ちゃんになってもきっと友達だからね」
「えぇ、そうね。」
「二人の結婚式には呼んで!絶対よ!
それから…それから…」
言いたいことはたくさんあるのにこれ以上言葉に出したら泣いてしまいそうだった。
せっかく可愛いドレスを着て可愛く化粧をしてるのに。
笑顔でまたねって言いたいのに。
「フィオナ、ありがとう。」
そう言ったサンドラの声も鼻声だった。
抱きついたら慣れ親しんだ甘い香りがした。
泣いたら化粧が崩れるってお互い根性で笑顔を作る。
それがおかしくて本当に笑えてきた。
「パーティーはまだこれからよ!
踊って食べて!語り明かすわよ!」
「おおー!」
経営科の皆や、お世話になった先生方とも写真を撮る。
経営科も、他クラスの人達も皆、少しの寂しさを抱きながらも笑顔を浮かべていた。
「お手をどうぞ?」
「何改まって?らしくないよ。」
「学園で踊るのは最後になるから最後くらいはしっかりエスコートしてやろうと思ったのに。」
「嘘!嘘だからかっこよくエスコートして!」
ユリウスの手を取ってオーケストラの音楽に合わせて体を揺らしたりくるりと回ったり。
ドレスがヒラリと優雅に広がってそれが視界に入るたびに嬉しくなった。
ユリウスと踊るのは昔から大好きだった。
踊りやすいし、優しく手を引かれる度に距離が近くなってドキドキする。
さっき出て行ったような人達じゃなくて、物語に出てくる本物の私だけの王子様。
ドレスを着るのも好き。
ユリウスに特別可愛いって思ってもらえるんじゃないかって期待するから。
「三年間楽しかったね」
「そうだな」
「卒業してもよろしくね、ユリウス」
「こちらこそ」
「結婚式は復興が落ち着いてからになるだろうけど、その時は私をお嫁さんにしてね?」
「もちろん。」
皆それぞれ思い出に浸っている。
楽しそうに踊っている。
誰も私達なんか見てないだろう。
キュッと背伸びをしてユリウスの唇にキスをした。
「ユリウス、大好き。」
「っ!?……俺も…」
「他所でやれよおまえらァァァァ!!!!!!」
どこかで聞き覚えのあるクラスメイトの叫ぶ声が聞こえると、顔を見合わせて笑った。




