25話
「…大丈夫そうだな。」
翌日ヴァーガスから帰ってきたお父様が私達を見て安堵の息を漏らした。
お母様も優しく抱きしめてくれた。
全部ユリウスの支えのおかげだ。
私だけならきっと夜を乗り越えることはできなかっただろうから。
「…思うところはある。男親としては。」
「…すみません」
「でもありがとう、ユリウス。」
昨夜一緒に眠ったことはとっくにパドリックを通して伝わっていたらしい。
状況が状況だったことと、実際に隣で眠っただけだったからお咎めはなかったけれど。
婚前交渉なんて真面目なユリウスがするわけないのに。
お父様に優しい声をかけられるとユリウスは俯きながらも少しだけ嬉しそうな顔をしていた。
その横顔が見えたのはきっと私だけだ。
その後は休む暇もなく、連携をとりながら復興を進めていった。
お父様が全体の指揮を、ユリウスは騎士達に混ざり現場の仕事を、お母様は医療現場の手伝いを、私は炊き出しを。
なんでもできる事をした。
「これフィオナちゃんが作ったのかい?」
「皆と一緒にね。
味付けは私だけどどうかな?」
「辛いけどポカポカして悪くないねぇ」
「よかった。王都で流行ってるスープなんだよ。
学園祭で食べたら美味しかったから、作ってみたの。
スパイスをたくさん使ってるから身体があったまると思うよ。
辛いのが苦手な人はミルクの方のスープね」
大鍋で料理を作るなんて初めてだったし、あまりの重さに腕がプルプルと震えた。
でもこうして美味しい美味しいと皆がスープを飲んでくれると頑張り甲斐がある。
「フィオナ様!おかわり追加しとくよ!」
「はーい!」
一緒に炊き出しをしていた奥様たちは皆パワフルで、快活な声が響くとそれだけで現場の空気が軽くなった。
彼女達にも少なからず雪崩の影響はあるはずなのに「災害なんかに負けていられない」という姿は逞しく、私も元気をもらえていた。
「フィオナ様おかわりありますか?」
「もちろんよ、待っててね」
子供達もしっかり食べてくれるから、夕食はもう少し多めに用意したほうがいいかもしれない。
これだけの大人数となると作れるものも限れてくるが、それでもなるべく美味しく、栄養あるものを作りたい。
美味しい食べ物を食べたら元気が出るし。
「ご馳走様、美味しかったよ。」
「いいえ、お皿はそっちに集めておいてね
あとで回収にくるわ。」
「お貴族様なのに洗い物なんて…」
「この状況で貴族も平民も関係ないよ。
助け合わなきゃ。」
「…ありがとうね」
感謝の言葉を貰うたび心が温かくなった。
一人一人の力は小さいけれど、それぞれができる事を一つずつ重ねながら、少しずつ前に向かって歩き出し始めていた。
まだ瓦礫の撤去作業も全てはできていないし、心の傷は一生消えないかもしれない。
それでも立ち止まってなんていられなかった。
__________
ノースヴェイルに戻ってからあっという間に二ヶ月がすぎて、王国は新しい年を迎えていた。
祝う、なんて心境には到底なれない。
大勢の人達が傷ついたのだから。
それでも少しだけ食事を豪華にしたり、子供達には小さなプレゼントを配ったりもしていた。
そんな私達を見てお父様が言った。
「フィオナ、ユリウス。
冬休みが終わる頃には、学園に戻りなさい。」
「え、でも…」
「お前達は十分にやってくれたよ。
でも学生の本分を忘れるな。
しっかり卒業してきなさい。」
学園に戻れるのは嬉しい。
支援をしてくれたサンドラやクラスメイト達にもお礼を伝えたい。
でもこんな状況で行ってもいいのだろうか。
皆が大変な時に呑気だと思われてしまわないだろうか。
そんな心配はすぐに杞憂に終わる。
遺恨の残ってしまったサラさんや遺族の方達と目を合わせることはできなかったけれど、他の皆は私達を笑顔で送り出してくれたから。
少しの苦い気持ちを抱えながら冬休み明けに私たちは王都へと戻ることになった。
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「フィオナ!久しぶりね!」
「サンドラ!皆も、久しぶり!
たくさんの支援をありがとう。」
久しぶりに足を踏み入れた教室は何も変わってなかった。
経営科らしく商売の話で盛り上がる生徒や、流行りの話をする生徒、恋愛話をする生徒。
ノースヴェイルでは領民達から私へ向けられる視線が少し変わってしまったけれど、ここは一人の同級生として変わらない態度で接してもらえた。
それが何よりすごく嬉しかった。
「次の問題を、ノースヴェイル嬢。」
「はい。答えはーー」
「フィオナがヴァーガスを見ないで真面目に授業を受けてるですって!?」
「…私をなんだと思ってるのよ。」
教室が笑い声に包まれる。
それが恥ずかしくて机に突っ伏した。
私だって現実を見て、このままじゃダメだって、しっかりしなきゃダメだって思ったのに。
真面目な私を見るたびにクラスメイト達は驚きの声を上げる。
あげく先生すらも驚いてプリントを落としたりする始末だった。
「皆とっても失礼だわ。」
「ごめんってば」
「…でも、そうね。
前とは変わっちゃったかも。」
書類仕事や、依頼をするのとは訳が違う。
有事の際、実際に当主代理として立ち回る大変さをこれ以上ないほどに体験したから。
「なんか、フィオナ綺麗になったわね」
「え?そう?嬉しい。大人になれた?」
「いや、やっぱりそうでもないかもしれない。」
「なにそれ」
サンドラと話すのは楽しい。
でも心から笑えているかと言われたらそんなこともない。
私の頭の中はいつだってノースヴェイルへの心配があり続けていたから。
「フィオナ、今週末どこかいくか?」
「それなら王立図書館に行こうよ。」
「いいな。」
「どうしちゃったのよ、本当に!?」
週末の予定をいつも通りにユリウスと立てていたら隣で髪を整えていたサンドラが驚いたような声を上げた。
確かに今までなら流行りのケーキを食べに行くって真っ先に言っていただろう。
勿論ケーキも好きだけど、私はそれより重要なことを知ってしまったから。
「図書館で災害の時にできることとか、保存食とかそういうことを調べたいなって思って。
王都にいられるのもあと少しだから、今のうちに調べられる事は調べておかないと。」
「えぇ…」
「ごめんね、こんな私じゃつまらない?」
「はぁ?そんなことを思うはずがないでしょ。
色々大変だったのはわかるし、けど…」
「けど?」
「…なんだか遠くに行っちゃったみたいで少しだけ寂しいわ。」
肩を落としたサンドラを思い切り抱きしめる。
置いてなんていくわけがない。
サンドラは私にとってかけがえのない、唯一無二の親友なんだから。
卒業しても、遠くに住むことになってもずっとお友達でいたいと思う。
「サンドラ大好き!」
「…私もフィオナのことが大好きよ」
「妬ける。」
「委員長、ちょっと空気読んでくれる?」
「そうよルーカス!」
「ヴァーガスは俺の気持ちがわかるだろう?」
「俺を巻き込むな委員長。」
「味方がいない!」
くだらないことで笑って、前よりは真面目に授業を受ける。
休み時間はサンドラと話して、時折ノースヴェイルに役立てそうな情報を図書室で探したり、専門知識を持つ先生に話を聞きに行く。
前とは少し違う。
でもこれもまた穏やかな日常だった。
「ユリウス、さっき図書室から借りてきた本なんだけど、どう思う?」
「ダムの秘密?」
「そう、大規模工事になるかもしれないけれど雪崩を受け止められるような堀を作れないかと思って。」
「ちょっと待って地形図持ってくるから。」
「川の流れもそうだし、生態系への影響も考えないとだから…」
「フィオナー?次は移動よー。」
「あ、そうだ、理科室。
ユリウス、この話は後でもう少し詰めようか。
資料ももう少し揃えたいし。」
「そうだな。」
ユリウスとの話をひとまず切り上げると慌てて次の授業の準備に取り掛かる。
そして急かすサンドラと共に教室を出た。
この授業の時間だって、貴重なものだとわかってからは以前のように退屈だなんてとても思えなくなった。
むしろ今の私は、残り少ない時間でどれだけ遅れを取り戻すか毎日必死だ。
なぜもっと真面目に取り組んでこなかったんだと嘆く私に呆れながらもユリウスはいつも復習に付き合ってくれていた。
これでも少しは成長したんだから、褒めて欲しい。
「ちょっと聞いた!?」
「えぇ、階段から突き落としたって聞いたわよ」
移動教室に向かう途中の廊下では、すれ違う生徒達の話がよく耳に入る。
ノースヴェイルのことに夢中で派閥どころではなかったけれど、私達が居ない間も王都では何かがあったのかもしれない。
「サンドラあれって…」
「…あぁ、フィオナはそれどころじゃないと思って話さなかったのだけれど。」
「もしかして、また?」
「…まだ次の授業までは時間があるし、少し話しましょうか。」
サンドラは移動教室手前のベンチに腰をかけ、私もそれに続いて並んで座った。
サンドラの話によると私達が王都を離れている間に様々なことがあったのだという。
リリア男爵令嬢の誘拐未遂事件や、殿下が食堂で堂々と公爵令嬢を罵り、それを第二王子が救い出したとか。
そして先ほど生徒達が話していたのは何者かがリリア男爵令嬢を階段から突き落として怪我をさせたという話らしい。
「うわぁ…殺伐としてる…」
「私とルーカスの婚約発表の時に殿下達が乗り込んできたでしょ?」
「あぁ、それならまだ許してないわよ。」
「ありがとう。
それで、その事で第二王子殿下が私達に接触してきたのよ。
『このまま兄上を王位に就かせていいのか』って
」
「は!?それってまさか謀反…」
「しー!!」
王位継承権を正当に継ぐアーノルド殿下から王位を奪うつもりなのか、それとも王位に就いた後に反乱を起こすつもりなのか…。
そのために味方になりそうな貴族に声をかけているのかもしれない。
思考は止まらないけれど、サンドラが咄嗟に私の口元を押さえてくれたおかげで言葉にはならずに済んだ。
「…ごめん。」
「他にもリリア男爵令嬢や殿下に苦い思いをさせられた生徒達に声をかけてるみたいね。
第二王子殿下によると、卒業パーティーに何かをする動きがあるみたいなの。
フィオナも気をつけるのよ。」
サンドラは真剣だったけれど、私は話半分で聞いていた部分もあった。
だってまさか本当に陛下や国の重鎮の方々が集う、国の一大行事でもある卒業パーティーで問題を起こすなんて思わなかったから。




