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フィオナ・ノースヴェイル伯爵令嬢の好きなもの  作者: 椿


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23/32

23話




私の家は山の斜面から少し外れた高台に建っているため雪崩の影響は受けていない。

朝、いつものように自室の窓から外を見下ろすと、本来なら街が広がっていたはずの場所は雪で白く塗りつぶされたみたいだった。


立ち止まっている暇はない。

でも避難している人達の悲痛な表情を見るたびに胸が締め付けられるみたいに苦しかった。

もしこれで医療現場や亡くなった方々を安置している場所に行った時、私はこの足でちゃんと立っていられるのだろうか。


「フィオナ」

「ユリウス…」


そんなことを考えていたら部屋の扉がノックされて、支度を終えたユリウスが迎えにきたけれど、彼の表情も暗かった。

お互いにかける言葉が見つからなくて、ただ俯くだけの時間が流れていく。


「大丈夫?」とか、「無理してない?」なんてありきたりな言葉は出てくるけれど、聞けなかった。

大丈夫なわけがないし、無理をしてないわけもないんだから。

ユリウスはただ寄り添うように静かに私の隣に立った。


「……ね、あそこ、わかる?」

「ジャスさんの肉屋。」

「そう。その隣がサラさんの八百屋さん。

噴水を挟んで向こう側にあるのがミトさんの薬屋さん。その奥が宿屋で、さらに向かいがリドリーさんの革細工の工房…」

「………フィオナ?」

「…全部、覚えてる。

あそこには建物があって、街の人たちがいた。

なのに、今は全部真っ白なの…なんで?」


北では雪崩なんて珍しいことではない。

そのために雪が少ないうちにわざと小さな雪崩を起こす雪落としをしたり、防波堤を設置したりと様々な対策を毎年行っている。


厳しい環境だからこそ、皆で助け合いながら生きていた。

なにも悪いことなんてしていない。

暖かくて良い人たちだ。

それなのになぜ、こんな理不尽な不幸が降りかからなければならなかったのか。

この問いに答えなんてあるわけない。

相手は自然災害なのだから。

そんなのわかっていても問わずにはいられなかった。


「……っ…なんで…なんだろう…」


そんな言葉しか出てこない私を、息が詰まるほどの力でユリウスは抱きしめた。

この場所を大切に思ってくれていた彼もまた苦しそうで、たまらずそっと唇を重ねる。

まるで心の傷を誤魔化して一瞬だけ現実から目を逸らすように。


「…辛いなら医療現場は俺一人で行ってくるけど」

「大丈夫、行く。」


自分の目で確かめなければ。

向き合わなければ当主になんてなれない。

それがどんなに悲惨なものでも。





__________



街の様子を確認しながら西にある医療現場を目指していく。

雪が大量に流れ込んだ中央の通りから外れると建物の被害は少なくなったが、避難指示が出されているのか建物の多くはもぬけの殻。

人の気配はなかった。


「この辺の水はどうなってるのかな」

「下水と水道管が埋まって断水状態みたいだ。」

「でも住居は無事みたいだし、避難所でゆっくり眠れないよりは家屋が無事な人は早めに避難を解除してもいいかもしれないね」


そんな話をしながら医療現場になっている仮設テントが近づいてくるとちらほらと人影が見え始めてきた。

腕に包帯を巻かれた人や、松葉杖に寄りかかるようにしている人が焚き火を囲むようにして暖を取りながら深刻そうに話をしていた。


「こんな状況じゃ、しばらく仕事はおろか、家を建て直すのも無理そうだよ。」

「一応当主様がしばらくの間は生活の保証をしてくれるとは言ってたけどな。

住むところも仮住まいの提供はしてくれるらしいが、問題は仕事だ。

すぐに軌道に乗るわけじゃない。

生活を立て直すまでにどれだけかかるか。」

「フィオナ様が騎士達を連れてきてくれたらしいけど、空き家に盗賊も出たらしいぞ。

たまたま見たやつがいたって。

流石に警備まで手は回らないよなぁ…。」


そんな声が聞こえてきたけれど、私は唇を噛み締めることしかできなかった。

実際その通りだからだ。

どうしても限られた人員は人命救助や建物の復興が優先になってしまう。

災害の混乱がまだ治っていない中、その混乱に乗じて盗みを働く人がいるということ自体許せたことではない。

でも、復興の目処が立たず、生活に余裕もなければ、盗みに手を染めなければならない人や、領民達の間で諍いが増えていく可能性もある。

そうなる前に巡回を増やすべきだろうか。

でも、どこまでの人員を配置できるのか。

お父様やエルリック副団長と相談した方がいいかもしれない。


「…行くぞ、フィオナ」

「わかった。」


すれ違う人達に会釈を返しながら重症者のテントへと足を踏み入れた。


「うぅ…」

「痛いよママぁ…」

「………。」


そんな声が一番に耳に入ってくる。

声をかけようと口を開いたら消毒液の匂いに混ざって、さまざまな匂いがした。

血の匂いや吐瀉物、排泄物の匂いもあって、口元を覆ってしまいたくなるのをなんとか抑え込んだ。

辺りを見回すと頭に包帯を巻かれている人や腕や足に添え木が当てられている人。

呻いている人、泣いている子供。

ゴミ箱に雑に捨てられた包帯が目に入る。


一角にある簡易ベッドに横たわっている人がやけに静かだった。

そこだけ不思議と音がない。

苦しそうな息遣いも、衣擦れの音も何も。


違和感に気がついた看護師が私の横を通り過ぎて外に出て、数秒後には医師と共に慌ただしく戻ってきた。

医師は聴診器をあて、触診をし、そして首を静かに振った。

それが意味するのは一人の人間の死だった。


「…そんな」


目の前で、まさに今一人の人が亡くなった。

意外なほどにあっさりと。

血を吐くでもなく、叫ぶわけでもなく、ただ、静かに。


「…フィオナ様、来てくださったのですね。

迅速な支援をありがとうございました。

見ての通り人手も医療品も足りてませんので…」

「あの方は…どうして…?」

「…あぁ、彼は雪の下に埋まっていました。

長く圧迫されていたものは容体が急変するものも多いのです。」


医師はそう言って兵士を呼んだ。

名も知らぬその人は白い布を被せられて兵士によって外に運び出されて行く。

すれ違う時にだらんと力のない手が担架から溢れているのが見えて咄嗟に口元を押さえた。

胃の中から酸っぱいものが込み上げてくるみたいで外に駆け出す。


ユリウスに支えられながらテントの外に出て耐えることもできず、そのまま木の陰に嘔吐した。

汚いとか、気持ち悪いとか、嫌悪感じゃない。

遺体を前に吐くなんて失礼だ。

そう思うのに、人が目の前で死んだという現実を私の身体と心が拒否してるみたいだった。

光のない目、赤黒い血液、土色になった皮膚。

それら全てが怖かった。


「…おぇ…っ…」

「フィオナ、落ち着いて。」

「ごめん、ユリウス…汚いから触らないで」

「汚くなんかない。」


朝から何も口にしていないはずなのに、私の胃はなおも痙攣するように何かを吐き出そうとしていた。


「…もう、大丈夫。話、聞きに行かないと。」


よろけそうになるのをユリウスに支えられたけどそれを突っぱねた。

ここで甘えてしまうのは簡単だ。

でも私が情けない姿を見せるわけには行かない。

甘えてばかり、支えられてばかりの次代の当主になんて、何の説得力もないのだから。


「フィオナ様、大丈夫ですか?」

「はい。…今、現場に必要なものは?」

「消毒用のアルコールと、包帯が。」

「わかりました。すぐに手配します。

それと、ここはかなり冷えるけれど…」

「そうですね、免疫が落ちて風邪症状を起こす人も現れるかもしれません。」

「…わかりました。

感染が広がる前に少しでも予防をしましょう。

万が一症状が出たものは隔離を。

隔離用の追加テントを用意します。

毛布や燃料も多めに運ぶようにお願いしておきます。」


疲労の溜まっている医師や看護師達には何か甘いものなどを届けてもいいかもしれない。

手筈が決まったところで重症患者のテントから出ると聞き覚えのある声に呼び止められた。


「…フィオナ様だ」

「……ウェイド…?」


テントからひょこひょこと足を引きずりながら歩いてきたのは見覚えのある顔。

その痛々しい姿に思わず息を呑んだ。

だって夏祭りで見た元気な姿とはまるで違っていたから。


「…痛い、よね」


包帯の巻かれた腕をそっと撫でる。

小さな体の半分を覆ってしまうほど、手や足、顔のあちこちに包帯が巻かれていた。

もしかしたら広場で遊んでいて雪崩に巻き込まれてしまったのかもしれない。

あそこは子供達の遊び場になっているから。

どれだけ痛かっただろう。

痛み止めだって完全に痛みをとってくれるわけじゃない。

きっと今もズキズキと体が痛むはずなのに気丈に振る舞う姿は見ていて辛かった。


「……俺の手、もう動かないんだって」

「え…?」

「フィオナ様が撫でてくれてるのはわかるのに感覚がなくて…」

「っ…」

「本当はフィオナ様を守れる騎士になりたいって思ってたけど…」


できなくなっちゃった。

そんな言葉が出る前に小さな体を抱きしめた。

痛みがないようにできるだけ優しく。

そんな私を見て、後ろでウェイドのお母さんが静かに涙を流していた。

ウェイド本人は涙なんか流していないのに。

どこか現実が見えていない様子で、周りにいる私達だけが涙を流していた。


「…定期的に様子を見にきます。

追加の支援が必要になった場合はまた言ってください。」

「わかりました。」

「…フィオナ様、もう行っちゃうの?」

「また来るよ。」


ウェイドの頭をそっと撫でる。

たったそれだけが私にできる精一杯。


ウェイドは夏祭りで迷子になっていたところを助けただけ。それ以上でも以下でもない。

感情移入をする必要はないと必死に言い聞かせても、私にはむずかしくて。


このままじゃ我慢できなくなって、「素敵な騎士になれるよ。」とか「いつまでも待ってるよ。」と下手な慰めを口走ってしまいそうだったから。


「ウェイド」

「ん?アンタ誰?」

「フィオナの婚約者のユリウスだ。」


ユリウスがしゃがみ込んでウェイドと視線を合わせるようにして優しい声で話し始めた。

先程まで私の隣で見守っていたのに、急にどうしたんだろう。

何か優しい言葉でも思いついたのかと静かに聞いているとユリウスは悪戯に笑った。


「ユリウス様?」

「ん。知ってるか?

フィオナはすぐ迷子になるんだ。

夏祭りの時も大変だった。」

「えー!?俺のこと助けてくれたのに?」

「そう。実は自分も迷子だったんだ。」

「ちょっとユリウス!?」

「あははっ!なにそれ!」

「…だからまたウロウロしてるのを見かけたら俺に教えてくれるか?」

「うん!」


かっこいい当主代理の仮面があっさりと剥がされてしまった。

こんな状況で何を言ってるんだとユリウスを睨んだところでウェイドの声が力強く響いた。

それで少しだけ、でも確かに現場の空気が明るくなった。


ユリウスはできないことをできると言ったわけじゃない。

でも子供相手でも、親身になって他の可能性を提示することで希望を与えたんだ。

あぁ、好きだなぁって、こんな時でも思った。


子供の明るさは空気を変える。

現実は辛く苦しく、痛いことばかりだけど、希望はちゃんとそこにあるのかもしれない






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