22話
「マシな顔になったな」
「え?どこが?」
泣きすぎて瞼は腫れぼったいし、かみすぎた鼻は赤くなっているのに、そんな私を見てユリウスは穏やかに笑った。
サンドラ達に励まされて元気の出た私はユリウスと共に急いで資料をまとめて、翌朝一番に騎士団と合流するべく再び王宮へと向かった。
レイラー家の騎士やクラスメイトの実家が運んでくれる物資は後ほどヴァーガス領に送ってもらう手筈になっている。
物資は足りていないだろうし、人手も多いに越したことはないけれど、まずは現地の安全を確保しないと更なる混乱を生みかねない。
「騎士の皆様の協力に心から感謝致します。」
王宮から支援として派遣された騎士や兵士達は合わせて百人。
数だけ聞けば少なく感じるが、今回は戦ではなく、住民の避難や安全確保が中心。
田舎にある伯爵領へこれだけ兵を出してくれるだけでも本当に破格の対応だった。
さらに言えば食べ物や医療品、毛布などの物資を載せる荷馬車は五台にも及ぶ。
宮廷医師も数名派遣してもらえたし、さらに物資や人手が欲しい場合はまた相談にも応じてくれるらしい。
ここまでの好待遇を望めるのはノースヴェイルがこの国の最北端に位置しているからだ。
山を越えた先にある隣国とは今でこそ友好条約が結ばれているが、昔は小競り合いが絶えなかったと聞く。
万が一にも隣国に助けを求められたり、勝手に結びつきを強められたら困る。ということなのかもしれない。
「ノースヴェイル嬢、自分がこの隊を任されました。
普段は第二騎士団の副隊長を務めております。
エルリックと申します。」
「よろしくお願いします。
呼び方はエルリック副団長でよろしいですか?」
「如何様にも。騎士全員準備できております。
まずはどうしますか?」
「まずは…」
足の速い騎馬隊の数人と共にノースヴェイルへ向かい、被害状況を確認するのが一番だろう。
現状を正しく理解しないことには、限りある支援を適切に配置することなど到底できないのだから。
そのためサンドラ達の援助と同じように騎馬隊以外の兵士たちは物資の護衛を兼ねながら一度ヴァーガス領に向かってもらう。
そこでノースヴェイルやヴァーガスの私兵たちとの連携を行った上で、避難用の仮設住宅の設営や物資の仕分け、避難者達の誘導などをお願いするのがいいだろう。
ヴァーガスへは先に伝令を飛ばしているから避難民を受け入れられる土地の用意はしてくれているはずだ。
そこから先は私も着いてみないとわからないから臨機応変にとしか言えなかった。
「わかりました。いいと思います。
全体に通達を出したら出発しましょう。」
「よろしくお願いします。」
エルリック副団長の納得も得られたところで号令と共に私達は王都を出発した。
ユリウスが先導し、私は一歩後ろに続く。
林間合宿の時もそうだったけど、彼は周りをよく見てくれるし、お父様について領地の周辺の地盤などの調査にも同行していた。
先導をするのにユリウス以上の適任はいない。
本当に頼りになる婚約者様だった。
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道中はかなり雪に足を取られ、想像以上に時間を要してしまったが、なんとかその日のうちにノースヴェイルへ辿り着くことはできた。
「これは…」
「酷いな…」
到着するや否や騎士の誰かが呟いた。
現場は想像よりもずっと悲惨だった。
まず目に入ったのは雪に埋もれ崩れた家屋。
いくつかは火災にもなっているようで、黒煙が立ち上がっていた。
幸い雪のおかげでそれ以上は燃え広がらず、消火は済んでいるようだが、煙のせいで目が沁みて喉の奥に棘が刺さるように痛んだ。
瓦礫に気をつけながらゆっくりと建物の間を抜け、街の中心部に出るとノースヴェイルの兵士達に指示を出しているお父様を見つけた。
お母様も寄り添うように側にいて、服や顔には煤や泥がついている。
酷い隈もできていて、二人とも疲れた表情をしているのは遠くから見ても一目瞭然だった。
「フィオナ!」
「お父様お母様!ご無事で…」
「あぁ、だが街は…
それよりどの程度の支援を得られそうだ?」
「具体的な数はこちらに。」
「…ありがとうユリウス。」
ユリウス、エルリック副団長が話をしている間に視線を街に向けた。
夏祭りで賑わっていた光景が嘘な景色だ。
あの時笑顔で帰宅を祝ってくれた人達の姿はどこにも見えなかった。
「…ジャスさんのお店が」
半分は雪に飲まれ、流されてきた杉の木が突き刺さっている。
いつものように彼がお店にいたら?
きっともう…その先を考えたくもない。
「…皆は?サラさんやミトさん達は無事なの?」
その疑問に答えてくれる人は今はいない。
無意識に雪の中へ一歩を踏み出していた。
瓦礫の撤去や、除雪の作業を進める兵士や領民達の顔にはお父様達と同じように疲労の色が見える。
きっと寝ずに救助活動や除雪作業を行っていたんだろう。
「うそ…」
一軒の崩れた家屋、その隙間に入り込んだ雪の中に見えたのは小さな手。
「フィオナ!?」
ユリウスの呼び声なんか無視して、たまらずかけだした。
膝をついて手を伸ばすと、雪の冷たさが痛いほど指先を突き刺してくるけど、そんなの構わなかった。
落ちていた瓦礫をシャベル代わりに使って必死に掘り進めていくと、あらぬ方向に曲がった腕がだんだん露わになっていく。
その手に力はない。
冷たい手。
「いやよ…なんで…」
どれくらいそうしていただろう。
雪に紛れた木屑が私の指を切りつけて、そこから出た血で雪が赤く染まっていく。
それに構わず掘り進めてやっと顔が見えた。
どこかで見たことのある顔だった。
そうだ。街の噴水の前でよく遊んでいた子だ。
頬を赤くするほど元気に走り回っていたのに、今はただ、冷たい。
急に何かに巻き込まれてびっくりしただろう、苦しかっただろう、痛かったし、冷たかっただろう。
「まだこんなに小さいのに…」
力のなくなったその手を握る。
相手は自然災害、とても大きな力だ。
人間がどんなに対策をしたって起きることは起きてしまう。
私がその場にいたとしても助けられたとは思わない。
どうにもならないと分かっているのに胸が痛かった。
「フィオナ、大丈夫か?」
「…ユリウス、この子を早く外に出してあげたいの。助けて。」
「…もちろん。」
騎士の方々も瓦礫をどかしてくれてやっとその子を外に出すことができた。
きっとまだたくさん雪の下にいる。
冷たく暗い、苦しい場所にいる。
「…早く、助けてあげないと。
それから…」
幸い夏ではないからすぐ腐敗することはないだろう。
雪が彼らを綺麗なまま保ってくれるだろう。
酷い皮肉だった。
雪によって失われた命が、雪によって今生きてる人達を病原菌から守るなんて。
それでも遺体をそのままにしておくことはできない。
「…お願いします。
手間になりますが亡くなった方の遺品だけは分けておくように兵士の方々に伝えてください。」
瓦礫を抑えていてくれた騎士の方々は私の言葉に深く頷いた。
ノースヴェイルだから特別というわけではなく、きっと職業柄こういった経験が少なからずあるのかもしれない。
一人一人の身元を調べて、親族とお別れをさせて、焼いていくほどの余裕はない。
現場を見る限り、人は全然足りていない。
今生きている人達を生かすためにも遺体はまとめて処理することになるだろう。
恨まれるだろうな。と思う。
知った顔をまとめて焼くなんてよくそんな酷いことができるなって自分でも思う。
「…フィオナ」
「…ユリウス、行こう。
お父様達は一度ヴァーガスに行かないといけないから私達が現場の指揮を取らないと。」
お父様が現場で指揮を取っていたところを私が引き継ぐ。
現在、遺体は街の東にある広場に集められ、怪我人は西の方で医療用仮設テントや、住居を空けてもらって対応しているようだ。
家屋は倒壊したが怪我をしていない人達は屋敷に避難しているらしい。
もう日が落ちるから今日はその人達の様子を確認したら終わってしまうだろう。
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「フィオナちゃん!」
「…リドリーさん、よくご無事で…」
「ヴァーガスに用があって出掛けててな。
身体は元気だが店は…」
「…そう」
言葉は飲み込まれてしまったけど、現場を見てきた私がその先を想像するのは容易かった。
夏祭りの時に迷子になった私を受け入れてくれた場所はもうなくなってしまったんだと。
リドリーさんは確か二代目だったか。
革職人として街の人たちの靴を作り、お祝い事の革細工を作ってくれる温かい店だった。
「嫁さんの遺品も流されちまって…」
「それは…」
「…これから、どうしたら良いんだろうな」
途方に暮れたようにポツリと言われた言葉に私は何も返せなかった。
大丈夫、きっとなんとかなる。私が助ける。
なんて、そんな無責任なことは言えない。
潰れてしまった家屋の形を取り戻せたとしても昔と全く同じに戻らないのだから。
避難先の広間全体を見渡した。
雑な仕切りにカーペットの上に敷かれた気持ち程度の毛布。赤ん坊の鳴き声のせいでイライラしている人もいるし、これでも精一杯なのは分かっていたけど、とてもいい環境とは言えない。
悲惨な現場を見たせいか、先の見えない不安のせいか、あるいはその両方か。
皆の目は暗く、覇気がなかった。
下手な慰めは言いたくないし言われたくもないだろう。
なら私には何ができる?
彼らに何を渡すことができる?
考えても出てきたのはありきたりなものだった。
「…皆に温かい食事を。
勿論復興の見通しが立たない以上、節約は必要だけど、こんな状況じゃ力も希望も湧いてこないと思うから」
「かしこまりました。」
「食事が終わったら皆に仕事を振り分けて。」
「え?ですが…」
この状況で?と執事のパドリックは首を傾げた。
確かに、家族や家屋を失った者に働かせるというのは酷なことなのかもしれない。
「人間は、じっとしていると有る事無い事考えるものよ。
嫌でも、やる気が出なくても、体を動かすの。
手を動かしてる間だけは、余計な事を考えなくても済むかもしれない。」
「…そうですね。」
「仕事はなんでもいいわ。
物資の振り分けや、掃除、炊き出し、力があるなら救助に加わってもらってちょうだい。」
「かしこまりました。」
他にもいくつかの指示をパドリックに出してから、泥だらけだった服を着替えるために私は自室へと向かった。
こんな汚い格好で怪我人の元に行けば衛生的にも良くないだろうから。
「っ…」
ボタンを外す指先がふと痛んだ。
霜焼けになってるのかどくどくと指先が熱い。
爪はガタガタ、小さな切り傷もいっぱいだ。
これで助けられたのはまだたったの一人だけ。
「なんて情けない…」
その呟きは誰に聞かれることもなく消えた。




