21話
「フィオナお嬢様!?
ユリウス様まで…いかがされましたか!?」
庭を整えてくれている庭師、掃除をしている侍女達、書類仕事をこなす執事。
タウンハウスではいつも通りの穏やかな時間が流れていたのだろう。
そこに本来ならば学園にいるはずの私達が血相を変えて飛び込んできたものだから屋敷は一時パニックになった。
「皆、落ち着いて聞いて。
ノースヴェイルで大規模な雪崩が発生したわ。
だから至急王宮に支援と謁見を求める文章を出して欲しいの。
私とユリウスの準備が整い次第、王宮へ向かって陛下へ直接支援を求めます。
事態は一刻を争うから…その…」
ぐるぐると頭が回っているみたいだった。
頭の中にやらなければならないことがどんどん出てきて、勢いだけで指示を出した。
でも同時に本当にこれが正解なのかという不安も押し寄せてくる。
皆が真剣に私の声に耳を傾けてくれているのに、言葉はだんだん尻すぼみになっていき、最後には何も出なくなった。
こういう時お父様なら皆の士気を上げるような言葉が出たのだろうか。
これはいつもの軽いお願いとはわけが違う。
そんな簡単な事じゃない。
上に立つものとして必要な勇気も決断力も私にはなかった。
私が今までいかに周りに甘えてきたかを嫌でも思い知らされた。
指示する立場の人間が揺らいではいけない。
従う人にもその不安は伝染していくから。
頭ではわかっていても、いざ私の判断が人の命を、大切なノースヴェイルの命運を傾けると思うと言葉一つが怖くて怖くてたまらなかった。
「フィオナ様、大丈夫です。
我々も共にありますから。」
皆が力強く頷く。
「…支度します、すぐに準備を。」
「「「はい!」」」
「…皆、ありがとう」
返ってきた笑顔に鼻の奥がツンとする。
泣くのは早い。泣き言を言っている暇もない。
本当に今泣きたいのは私じゃない。
ノースヴェイルの被災者達だ。
王都のタウンハウスの皆もできることをしようとしてくれている。
だから私も私にしかできないことをする。
使命感だけが今の私を突き動かす唯一だった。
まずはお父様に言われたようにノースヴェイルの当主代理として陛下との謁見をする。
そのために、私とユリウスはもどかしさを感じながらも急いで礼服に着替えた。
粗相があって本来得られるかもしれない支援を減らされたらたまったものではない。
私の礼服はスカートだからユリウスが馬の手綱を握って私を抱えて向かう形になる。
それでも馬車よりはずっと早い。
本来なら私も馬に乗った方が早いのだけど、淑女として乗馬服で街を駆け抜け、陛下と謁見するわけにもいかなかった。
「しっかり捕まっとけよ。」
「…うん。」
陛下と直接お会いするのは幼い頃にお父様の紹介で会った時くらいだろうか。
なんでもお父様と陛下は学園で共に過ごした御学友だったらしいから。
「フィオナ、大丈夫か?」
「…大丈夫に見える?」
「あまり」
「…だよね、すごい緊張してる。
もしなにか粗相をしそうだったら、その時はユリウス、お願いね。」
ユリウスの前だけでは弱い自分でいられた。
幼い頃から共にいるから、そんな私の情けないところを彼もわかっているんだろう。
まるで私を勇気づけるように、馬から落ちないように支えてくれていた腕に力がこもった。
「お待ちしておりました。ノースヴェイル嬢とその婚約者ヴァーガス子息ですね。
会議室の方で皆様お揃いです。」
「ありがとうございます。」
王宮に着くと、先に使いを出していたおかげでかなりスムーズに会議室へと通された。
本来の謁見ならば文官を通し、騎士の身体チェックを受けたりとめんどくさい手続きが必要になるのだが、今回は非常事態だから免除になるらしい。
すでに話が伝わっているのだろう騎士団や文官たちも慌ただしく動いている様子だった。
「来たか。」
「現ノースヴェイル伯爵家当主の父に代わり、娘のフィオナ・ノースヴェイル、並びに婚約者であるユリウス・ヴァーガスが参上致しました。
陛下、宰相閣下、騎士団長閣下。急な謁見にもかかわらず、お時間を賜りましたこと、心より感謝申し上げます。」
「うむ、詳しい被害状況などわかっていることを伝えてくれるか?」
「はい。」
隣に控えてくれているユリウスに目配せをすると一つ頷き、ノースヴェイルから伝令にきた兵士から預かった資料を展開した。
「現在わかっている被害は、家屋の倒壊78棟、死傷者213名です。
内訳としては死者27名と負傷者が186名。
しかし雪崩に飲み込まれ、今現在も行方がわかっていない者もいるのでこれからさらに増える見込みです。」
「…多いな」
「なぜそのようなことが?」
「例年に比べ寒気が早く到来したことによって本来行うはずだった雪崩対策が間に合っていなかったようです。」
お父様から届けられた伝令には雪崩の起きた被災地点も詳しく書かれていた。
雪崩が発生したのはノースヴェイルの都市部の北側。
幸いにも近隣の村への被害は今の所確認はされていないから雪崩の区域自体はそこまで広くはないのだろう。
でも今回被災したのは、よりによって夏祭りを行っていた辺りでノースヴェイル中でも特に住宅が密集している地域だった。
被害を直接受けていなくても、避難を余儀なくされる人達も多い。
それに一箇所雪崩が起きたのなら、他もそうでないとは限らない。雪質は同じなのだから。
「そうか、どんな支援が必要になる?」
「除雪作業を行うもの、行方不明者の捜索、犠牲者の収容、医療班、家屋を失った者への食料や防寒品の支給などです。
現在ノースヴェイル家、そしてヴァーガス家も協力して対応をしておりますが、都市部で起きたこともあり、避難者が多く、その数が圧倒的に足りておりません。
どうぞお力をお貸しください。
このままでは低体温症、感染症などで二次災害の恐れもあります。」
「…そうだな。事は一刻を争うだろう。」
陛下はスッと手を挙げると、宰相閣下と騎士団長閣下が動かせる兵や物資をあっという間に算出してくれた。
陛下はその書類に目を通すと一つ頷き、私達に書類を渡した。
想像していたよりもずっと多い、十分すぎる量の支援。
ユリウスとそろって深く頭を下げる。
これで全員が助かるわけじゃないけれど、一筋の希望であることに変わりはなかった。
きっとこれが、王家としての正しい在り方。
先生の言っていた陛下が賢王と言われる所以なのだと思う。
「ノースヴェイルの安寧を願う。」
「ありがとうございます。」
最後にかけられた人としての温かい言葉に再び頭を下げて、王宮を後にした。
騎士たちとは後ほど合流し、共にノースヴェイルに向かうことになる。
そのためにも、もう一度タウンハウスに戻り、この煩わしい礼服から動きやすい服に着替えなければならない。
そしてその次は?
やらなければならないことはたくさんある。
でもなにをどこからやればいい?
焦る私に対してユリウスはずっと冷静だった。
「…ヴァーガスに伝令を出すわ。
王宮からの支援物資は一度ヴァーガス領に全て届ける。
避難者用の仮設テントの設置と、支援物資の割り振りをお願いしないと。」
「資料はまとめておいた。
兵士にすぐさま向かってもらおう。」
「…ありがとうユリウス。」
言葉ではそう言っても当たり前にヴァーガスに助けを求めることに心のどこかで違和感を覚えていた。
本当は迷惑かもしれない。
もしも断られたら?
北の冬は厳しい。自分たちの生活だって苦しいのに支援を求めるのはおこがましいのでは?
幼い頃からユリウスの家族がそんな人達でないことを知っているのにそう思ってしまう。
なんでこういう時に限って、私はいつものように図々しくなれないんだろう。
「ユリウス…ごめ…」
「謝るな。こう言う時の俺だろ?」
「でも…」
続く言葉は部屋をノックする音にかき消された。
「フィオナお嬢様、お客様です。」
「…こんな時に?」
「アレクサンドラ・レイラー伯爵令嬢とその婚約者ルーカス・ヴァレンティ伯爵子息です」
「サンドラ?」
「…行ってこい。追加の資料は俺がまとめておくから。」
机の上には山のような書類。
現状を整理したもの、騎士団に渡す指示書、今後の対応や、住民への説明など多岐にわたるそれを一つ一つ仕分けてくれていた。
「騎士団合流まであまり時間がないのにサンドラと会ってる暇なんて…」
「少しは周りを信用してもっと甘えろ。
フィオナは一人で抱え込みすぎだ。」
「…でも」
「次、でも、だって、を言ったらその口塞ぐからな。」
「うぅ…」
「レイラー嬢達をあまり待たせるな」
ユリウスに急かされるように部屋を追い出されてサンドラたちを待たせている来客室の方へ足を運ぶ。
そしてドアを開けた瞬間にサンドラの甘い香りに包まれた。
「フィオナ!大丈夫なの!?」
「サンドラ…」
「先生から聞いたの。
ノースヴェイルが大変だって。
それで私達も何か支援できないかと思って…
クラスの皆もよ。」
「え…?」
「商会をやってる子達は、食料や毛布、燃料なんかを届けてくれるって。
私とルーカスはお父様に掛け合ったから兵士を派遣するわよ。」
「なんで…そんな…」
「友達だからでしょ!!」
「っ…うぇ…サンドラぁ…ありがと…委員長も…」
「商会の連中はお返し期待してるってさ」
「そんなの、いくらでもするよぉ…ひっく…」
ダムが決壊したみたいに涙が止まらなかった。
ずっと気を張ってて、屋敷の皆も協力をしてくれているけれど、結局は私が当主代理としてやらなきゃって思っていた。
でもそんな私を私以上に友人が、ユリウスがわかってくれている。
それがどんなに心強かったか。
その優しさに甘えちゃダメ、泣いちゃダメと律していた心がゆっくりと溶かされていくみたいだった。
私は一人じゃない、いつも皆に支えてもらっているんだって改めて気付かされた。
「…う…っうぇぇん…」
「子供みたいに泣くんじゃないわよ。
やらなきゃいけない事は沢山あるんでしょ!」
「…うん…」
「フィオナ・ノースヴェイル、私の友人の貴女は底抜けに明るいわ。
柔軟な発想力もある。
いざという時は貴族の仮面だって被れる。
だから、絶対大丈夫!!」
バシッと背中を強く叩かれた。
ジンジンと痛むけど不思議と背筋が伸びるみたいな気持ちになる。
「…もう大丈夫…いや…やっぱりダメかも」
「はぁ、締まらないわね」
わざとらしく肩をすくめたサンドラを見て、私は少しだけ笑うことができた。




