20話
「わぁ、もう息が白いよ。」
「本当だ。」
「ノースヴェイルは今頃雪が降っているかもしれないね。」
迎えた週末。
王都の空は雪こそ降らないもののどんよりと暗く、芯から冷えるような寒さだった。
寒さのせいか夏には大行列だったオレモードの店の前は閑散としている。
その代わりに温かいドリンクのテイクアウトができるお店に行列ができていた。
「私達も飲みながら行く?」
「そうするか、何飲む?」
「ココア」
「子供」
「うるさい。美味しいからいいの。」
ユリウスはホットコーヒーを、私はココアをそれぞれ頼みそれを片手に服飾雑貨を取り扱っているお店を目指して歩き出す。
普段は賑やかな商店街も寒さのせいか人通りは疎らに感じた。
「…串焼き屋今日は休みだって」
「そうなの?」
「店主が風邪のためって張り紙があった。」
ユリウスが意気揚々といつもの串焼き屋に行ったのにしょんぼりして帰ってきたから何事かと思ったらそんなことか。
食べられないものは仕方がない。
周囲を見渡せば串焼き屋以外にもちらほら閉じている店が目に入る。
どうやら季節の変わり目で王都では風邪が流行り始めているようだ。
学園にも急な気温変化についていけず、体調を崩している生徒が多数いるようで、先生から手洗いうがいの徹底や空気の乾燥に対する注意喚起があったのは記憶に新しい。
「せっかくだし新しい食べ物探してみようよ。
案外新しい出会いがあるかもしれないよ?」
「そうだな」
串焼きを諦めて適当に散策するうちに白い湯気が立ち上るお店を見つけた。
露天を覗き込むと、肉まんや野菜を蒸しているようだった。
売り子さんに聞けば寒さもあって今年は早めに売り始めたらしい。
ユリウスは肉だったらなんでも良いようなので、蒸し立ての肉まんを買っていつも通りに一口もらう。
肉にはたどり着けなかったけれど、ふわふわした生地はほんのり甘くて美味しかった。
「…そういえば、サンドラが言ってたんだけど、今年の冬のトレンドカラーは赤なんだって。」
「ふーん?じゃあマフラーとか赤にするのか?」
「しない。」
「なんで?」
「本当の冬になる頃に皆が真っ赤なマフラー着けてるからお揃いみたいでちょっと嫌。
私はユリウスとだけお揃いがいいの。」
「…あっそ。」
今日の目的の一つだった服飾雑貨を取り扱うお店には私達と同じようにマフラーや手袋を求めるお客さんがたくさん来ていた。
人気のカラーや柄はどんどん売れているようだ。
「うーん、やっぱりネイビー?」
「いいな、使いやすい。」
「でも面白みに欠ける?
このパッションピンクとかは?」
「絶対に嫌だ。」
「ちょっと巻いてみてよー。」
嫌がるユリウスに無理矢理女児が付けるようなピンクのマフラーを巻いてみたけれど、あまりにも似合わなかった。
ひとしきり笑わせてもらってから、お揃いでも違和感のない無難なカラーのものを選ぶ。
手袋や帽子もそれに合わせて揃え、会計を終えるとそのまま装備させてもらって店を出た。
「………。」
「…まだ拗ねてるの?」
「マジカル・オ・ピーンク。」
「…は?」
「さっきのマフラーの商品名」
「…はっ…あははっ…
ちょっと…待って…しんどい…っ…
ユリウスったら真顔で何を言っているの?」
「笑いすぎだろ。」
ユリウスが普段なら絶対言わないような言葉。
きっと逆立ちしたって一生出てこないだろう。
マフラーの商品名自体かなりパンチのあるものだが、それを真顔で言うものだから、そのギャップが可笑しくて、バンバンとユリウスの肩を叩きながら涙が出るほどに笑った。
しばらくはユリウスが何を言ってもその顔を見るだけで笑いが止まらなかった。
「くるし…ふっ…あははは…」
「…落ち着けって」
「今その顔でこっち見ないで。」
「…酷くないか?」
本人は至って真面目に商品の名前を言っただけですが?という顔をしてるのもまた面白い。
笑いすぎて咽せて、それでやっと落ち着いた。
「…オペラの時間まで笑い続けるのかと思った。」
「…流石にそれはないよ」
「本当に?」
「やめて…また笑っちゃいそうだから。」
どうにか表情筋を元に戻そうとしているとユリウスが私の頬をムニっと摘んだ。
「やめぇひぇ」
「…柔らかいな。」
「もうらいひょうぶらから」
「何?」
「もう大丈夫って言ったのよ!」
オペラの時間が近づくにつれて、綺麗な格好をした人達が会場に入っていく。
そんな会場の前で間抜けな顔をしているものだからすれ違う人達からの視線が痛かった。
「…もう、会場入ろう」
「ところで、今日は何を見るんだ?」
「えっとね、『真実の愛』っていう話。
王子様の元に聖女が現れて、王子様を縛る婚約者の令嬢を倒して王太子妃になる話」
「なんだそれ?」
「知らない?一年前に凄い流行ったんだよ?」
このオペラは一年ほど前から公開され始めた。
下町で生まれた聖女が王子様と運命的に出会い、恋に落ちて、嫉妬に狂った王子様の婚約者の令嬢から嫌がらせをされる。
その試練を乗り越えた先に『真実の愛』
聖女を貶めた罰として婚約者が報いを受けると言った話だ。
夢のようなシンデレラストーリーが平民に響いたのか当時はチケットを取るのも困難になる程人気になった。
この内容を聞いた時にどこか既視感を覚えて近いうちに見たいと思っていたんだ。
「ビオエラ!
貴様の悪事は全て白日の下に晒されている!
聖女を貶めた罪を償え!」
舞台では王子役の演者が声高々に言っている。
物語のクライマックスだった。
やっぱりオペラ『真実の愛』の内容は今学園で起きていることと不思議と類似点が多かった。
アーノルド殿下と運命的な出会いをして恋に落ちたリリア男爵令嬢。
正当な婚約者であるはずなのに遠ざけられているロザリー公爵令嬢。
もしこのオペラの物語通りに現実も進んでいくのならロザリー公爵令嬢はビオエラのようにいつか断罪されてしまうのだろうか。
ただ一つ違うのはロザリー公爵令嬢が物語のような稚拙な嫌がらせをリリア男爵令嬢にしているところを見たことがないけれど。
…なんて、所詮は物語だ。
実際はこんなこと起きるわけがない。
「意外と面白かった。」
「流行っただけあったね。
ユリウスはどう思った?」
「んー…あれは王子が悪いと思う。」
「男から見てもなんだ?優柔不断だもんね。」
「俺なら決めた人を一生大切にするから」
「…っ」
そう言ったユリウスが私を真剣に見つめてくるから、いやでもわかってしまった。
私のことを言ってるんだって。
嬉しくて、恥ずかしくて、胸が苦しい。
たまらずエスコートしてくれている腕に抱きついた。
「…ねぇ、もし私が悪女ビオエラみたいな女だったらどうする?」
「そもそもあんな不安にさせるようなことをしたり、嫉妬をさせない。」
「じゃあ聖女だったら?」
「それは…」
「…婚約者のビオエラを大事にするんでしょ?」
「…それは嫌だ。
もしそうなったらフィオナとの仲を認めてもらうためにビオエラに土下座してでも許してもらうしかないな。」
「何それ。」
劇場を出る頃にはすっかり日が落ちて暗くなり始めていた。
木枯らしが頬を撫でていき、その冷たさから守るように自分を抱きしめた。
「夜はもっと冷えるね」
はぁ…と吐き出した白い息が空気に溶け、優しく照らす街灯の光の中に消えていった。
先ほど買ったマフラーで耳元や口元を覆うようにあげると少しだけ暖かくなった気がする。
「買った手袋は?」
「ユリウスと手を繋ぎたいからつけない。」
素直にそう伝えるとユリウスは私の手を取って自分のコートのポケットに突っ込んだ。
「なんだっけ…今の私たちバイチャップル?」
「バカップルだろ」
「幸せだからいいや、なんでも。」
「…帰るか。」
「うん。」
このままどこかレストランとかに入ってゆっくり話したいけど寮には門限もある。
名残惜しく感じながらも帰り道を歩き出した。
「サンドラにオペラの感想教えてあげよう。」
「あれは?」
「何?」
「マジカル・オ・ピーンク。」
「…ちょっと!思い出しちゃったじゃん!」
「ははっ」
ユリウスと過ごす時間が幸せで、こんな時がいつまでも続けばいいと思っていた。
_________
オペラを見にいった日から数日。
その日はなんてことのない日だった。
いつも通りに退屈な授業を受けて、サンドラと最近の流行りの話をして、ユリウスにひっついて。
だけど…
『経営科三年、フィオナ・ノースヴェイル嬢、至急職員室に来るように。』
休み時間にそんな校内放送が二度流れた。
こんなふうに名指しで呼ばれるなんて学園に通っていて初めてのことだった。
「…え?」
「フィオナ貴女何やらかしたのよ」
「何もしてないよ!?」
心当たりはないけれど、何かをしてしまったんじゃないかって、少しだけ怖くなった。
「…一緒に行く。」
「ありがとう、ユリウス。」
困惑と焦りに包まれながら職員室に向かうと見知った顔があった。
ノースヴェイルの屋敷でいつも門番をしている兵士の一人が担任となにやら真剣な話をしていた。
ただならぬ雰囲気に、まさか両親に何かあったのだろうかと不安が頭をよぎった。
「お嬢様!ユリウス様も!!」
「…どうしたの?何かあったの?」
「…ノースヴェイルの都市部で大規模な雪崩が発生しました。こちら当主様から伝令です。」
「……え?」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
それでも震える指先で伝令を受け取って、ゆっくり開くと中にはお父様から現在の状況と指示が事細かに書かれていた。
冗談なんかじゃない。
その手紙は見慣れたお父様の字だったから。
理解が追いつかず固まることしかできない私の代わりにユリウスが口を開いた。
「時期が早すぎる。何があった?被害状況は?」
「今年は例年より早く冬が到来した影響で雪崩対策が間に合わず…
死傷者多数。家屋の倒壊などで避難している方々も多い状況です。」
夏祭りの景色が頭をよぎる。
幼少期から笑顔を向けてくれた人達は無事なのだろうか。
私の大切な街は今どうなっているのだろうか。
ユリウスが肩を支えてくれていなければ膝から崩れ落ちていたかもしれない。
改めて指示書を確認すると、お父様は領地の対応で手が離せないので、私が領代理として陛下に謁見し、大規模自然災害が発生したとして王宮に騎士団の派遣や物資の支援をお願いしてほしいとのことだった。
「フィオナ…大丈夫か?」
わからない。
わからないけど、私が一刻も早く動かなければ。
「先生…」
「長期欠席手続きはこちらで進めておく。
落ち着いたら書類を揃えてくれればいい。」
「ありがとうございます。
ユリウス、いける?」
「勿論。」
「伝令ご苦労様でした。
少し休んだらヴァーガスの方へも支援の話を伝えにいってほしいから短い間にはなりますが少しでも身体を休めてください。」
「はっ」
兵士の敬礼に一つ頷くとすぐさま学園を出てノースヴェイルのタウンハウスへと急いだ。
この時はまだ楽観的に考えていたのかもしれない。
この先にどんな地獄があるかも知らずに。




