19話
「かんぱーい!」
文化祭も無事に終わり、カジノは学園一の売り上げと利益を叩き出し、表彰もされた。
少しの物寂しさを感じさせながら、皆で後片付けをして、学園もすっかり元の景色を取り戻していた。
そして今日はその打ち上げ。
学園から比較的近く、集まりやすいサンドラの屋敷の広間を使って簡単な立食パーティーを開いていた。
「そういえば、あのカーテンを見て貴方のところは貴族からの発注が止まらないそうですわね?
確かに質の良い布でしたわ。」
「それを言うなら君のところもミニドレスを作って欲しいってご令嬢達からの注文が殺到してるんだろ?」
今回のカジノではヴァーガスのワイン、つまみに出していたノースヴェイルのチーズ、それ以外にも目新しいものやそれぞれの実家の特産品を大々的に使い広告をしていた。
その効果は大きく、それぞれの実家ではうれしい悲鳴をあげているようだ。
貴族科の生徒からは特に搾り取ったこともあって「金の亡者」なんて陰口も聞こえてきたけれど、むしろ褒め言葉だと喜ぶ人の方が多かった。
文化祭が終わってしまえば、大きな行事らしい行事はなくなってしまう。
あるとしたら学期末のテストくらい。
このクラスで皆と一緒に過ごせるのも残すところ数ヶ月だ。
私は卒業した後にノースヴェイルに戻ってユリウスと結婚する。
皆もそれぞれ実家に戻ったり家業を手伝ったりと忙しくなるのだろう。
こうして集まれるのはあと何回くらいになるのかな。
賑やかで楽しいはずなのに、なんだか急に寂しくなって現実から逃げるようにバルコニーへ出た。
バルコニーのドアを閉めるとクラスメイト達の楽しそうな声が少しだけ遠くなる。
ひんやりした空気が頬を撫で、火照った身体を冷ましてくれた。
「綺麗…」
庭にある噴水がサラサラと音を立て、水面を月の光がキラキラと照らしている。
その光景がとても神秘的で思わずほぅと小さく息が漏れた。
「…フィオナ?中にはいらないのか?」
「ちょっとだけ涼んでいたの。
ついこの前まで夏休みだったと思ったのに、もうすっかり秋だね」
「…涼むのはいいけど、さすがに冷えるだろ。
風邪を引くから、俺の上着羽織っとけ」
「…ありがとう」
そう言うと、ユリウスは自分の着ていたジャケットをそっと私の肩にかけてくれた。
暖かくて、ふわっと私の好きな香りがするそれに包まれると安心する。
「…お揃いで買った香水つけてくれてるの?」
「ん?いつもつけてる。」
「ふふっ…嬉しい。」
私が戻るまで中に戻る気はないらしく、ユリウスもバルコニーの柵にもたれかかりながらドリンクをちびちびと飲み始めた。
「…なんかちょっと寂しいなって…」
「そうだな。」
「文化祭、楽しかったね…」
「…そうだな。」
ユリウスも私と同じように皆と離れることを寂しいと感じているのだろうか。
彼はクラスの中であまり騒ぐ方ではない。
基本的には私の側にいてくれることが多くて、かと言って友人がいないわけでもない。
いつの間にか仲良くなっている。
男の子って不思議だ。
「ユリウスは…」
本当にノースヴェイルの婿入りをすることを今でも望んでくれているのだろうか。
勿論私のことを思ってくれているのはわかっているし、私自身も彼を好いているけれどそれでも王都に比べたら雪国だし、どうしたって不便なことも多い。
彼なら王都で働いた方が、もっと才能を活かせるのではないだろうか。
「フィオナ?」
「…なんでもない」
でも、たとえユリウスが王都を望んだとしても、やっぱり私は彼に隣にいてほしい。
王都が彼の幸せだったとしても、私はユリウスのために身を引くなんてことは無理だ。
そんな綺麗な恋じゃない。
依存……よりずっと重いのかもしれない。
私にとってユリウスは空気みたいなもの。
あるのが当たり前で、もしもなくなったら本当に呼吸が止まってしまう、そんな存在だから。
「…ごめんね、大好き」
「なんで謝ってるんだ?」
「私の愛が重すぎて、ごめんねって」
「なんだそれ。」
私のいきなりの告白にユリウスは笑う。
冗談なんかじゃないんだけどな。
「…言っとくけど」
「ん?」
「絶対、俺の方が重いよ。」
「嘘だ、私の方が重い。」
「俺」
「私」
「フィオナー!ケーキ出すわよー!」
そんな言い争いはサンドラの一声で吹き飛ばされてしまった。
感傷に浸っている暇なんてなくなった。
ケーキが私を待っているのだから。
「……切り替え早くないか?」
「私思ったの。」
「何?」
「確かに卒業が近くて皆と会えなくなるのは寂しいけど、少なくとも今は皆で楽しくケーキを食べたらいいんじゃないかって。」
「食べたいだけだろそれ。」
そんなユリウスの声は聞こえないふりをして、バルコニーから会場に戻る。
皆が私達を迎えて輪の中に入れてくれた。
寂しかった気持ちはいつの間にか消えていた。
「ノースヴェイル嬢とヴァーガスも戻ってきたから最後に写真撮ろう。」
「OK、ほらもっと皆寄らないと入らない。」
「押すなって!」
ケーキを囲んで皆で記念に写真を撮る。
最後の方は押し合いになってしまってとても賑やかな写真が撮れた。
こうして本当に経営科の文化祭は幕を閉じた。
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「寒い…寒すぎるわ。」
「そう?サンドラ、すごいモコモコだね?」
「フィオナは北生まれだから、これくらいへっちゃらなのね。
日頃から王都に住んでいる私からすれば、この時期でこれは異常な寒さよ。
秋だって言うのに雪でも降りそうな寒さだわ。」
「うーん、確かに例年よりは寒くなるのが少し早いかもしれないね。」
秋はまだ半ばだと言うのに外はすっかり寒くて、窓を開けるとツンとした空気が鼻をついた。
サンドラは膝掛けにくるまって、首元にはふわふわ襟巻きを巻き、暖かい紅茶まで飲んで完全防備を固めている。
この寒さ程度でその防備だとノースヴェイルに来たら凍ってしまうんじゃないだろうか。
「これからもっと寒くなるかな?
まだ冬支度何もしてないや…」
「じゃあ週末はマフラーとか見に行くか?」
「そうしよう。
ユリウスも手袋買いたいって言ってたもんね?
あと、今やってるオペラが見たいから、それも一緒に行きたい。」
「いいよ。チケットは?どうする?」
「昔は凄い人気だったけど、公演されてからだいぶ経ってるし、今は案外普通に買えるみたいだよ。
でも流石に当日じゃ無理かな。
平日は寮から出るのも大変だから、タウンハウスに控えてる侍女さんにチケットとっておいてもらおうか。」
休み時間はそんなふうに週末の予定を立てたり、サンドラと最近の流行りの話をして過ごし、それ以外は普通に授業を受ける日常。
少し退屈だけど、相変わらず私は授業よりユリウスを見ている方が好きだった。
「ヴァーガス、この問題の答えは?」
「はい、その問題は…」
黒板には時系列がつらつらと書き連ねられていて、教科書には当時の人たちの姿を描いた絵画が載っていた。
百年前に教会と王家で婚約したとか、しないとかのくだらない小競り合いがあったらしい。
そんなのわざわざ歴史の教科書に載せる必要があるのだろうか?
もしかしたら今この学園で起きているアーノルド殿下達の話も百年後の未来では歴史の教科書に載っていたりするのかな?
それよりも歴史にも詳しいだなんてさすがユリウスだ。かっこいい。
「キリがいいので授業はここまで。
何か質問のある生徒はいるか?」
「はい先生。
教会と王家の結婚が…と言っていたけれど王家の結婚ってそんなに大事なんですか?」
そう質問したクラスメイトに一斉に視線が集中した。
直接表現こそしていないけれどその質問が、現在の学園で起きているアーノルド殿下達に対する遠回しな質問であるとわかったからだ。
眉間に寄ったシワをほぐすようにして先生は重い口を開いた。
「…そうだな、そういう疑問が出るのは仕方ないことだろう…。
まず、これは私の考えであり王家の決定ではないことを念頭に置くように。」
「はーい」
「大前提として、王家とはこの国の象徴でなければならないというのはわかるな?
そのため血筋は勿論だがその伴侶となるものにも素養など様々な要素が考慮されるのだ。」
正しい知識がなければ間違った治世を強いてしまう。
災害が起こった時に即座に判断をすることができず多くの犠牲を出す。
隣国とのやりとりをする中で無礼を行えば最悪の場合、戦争になることだってある。
貴族を正しく掌握できなければ内乱の恐れも。
そのために王家に生まれた人間と婚約者は幼い頃から最高位の教育を受けることが国の方針で決まっている。
「王家の歴史の中では暗殺されてしまった例も少なくはない。
そのため王家に嫁ぐものは上位貴族の中から選ばれる。なぜだかわかるか?」
「…自衛のため?」
「そうだ。上位貴族は身を守るための私兵に護衛、情報網や世渡りのための金銭も持っているからな。」
先生の話が本当ならば、ロザリー公爵令嬢が追い詰められている今の状況はどうして起きているのだろうか。
もし本当にアーノルド殿下に嫁ぐつもりならば公爵家の力でリリア男爵令嬢を本気で潰すことだってできるはずなのに。
「実際は外交を取り仕切るのは外交官。
防衛を司るのは騎士団
国の運営をするのは財務省。
総括しているのは宰相だ。
王家はそれらの最終決定をする立場にある。
故に王家に嫁ぐというのは生半可なことではないのだよ。
王妃になればその最終判断を支える立場になる。
判断一つが政治的にも経済的にも多大なる影響を出すのだ。」
「じゃあ…なんで?」
誰かの疑問の声が小さく漏れた。
続く言葉はおそらくリリア男爵令嬢には荷が重いとわかっているのに、どうしてこの現状を放置しているのか?だと思う。
私自身もそれから皆も疑問に思っていることだろうから。
「私にその答えを直接口にすることはできない。
ただ一つ言えることは、現国王は賢王である。
真実の愛だの恋だのという美談があったとしても要素として判断されることはないだろう。
あくまで現実的に。
この国を運営しうる力を持ち合わせているかで判断されるだろうということだけだ。」
皆がなるほどと頷いた。
私はよくわからなかった。
え?皆今ので答えが分かったの?
私は先生の周りくどい言い方に結局なんなのよ!と思っただけだったけれど。
ユリウスも真剣に先生の言葉をノートに書き込んでいるようだ。
私はそもそも派閥争いにあまり興味がない。
ノースヴェイルが万が一に困った時に王家としてしっかりと対応してくれるならば、アーノルド殿下でも、レオニーズ第二王子でも、その婚約者がリリア男爵令嬢だろうと、ロザリー公爵令嬢であろうと、それ以上を求めることもしない。
ただ、それをできない人に王位に就いて貰いたくはないけれど。
「では本日はここまで。
宿題は本日授業した部分のレポート制作だ。」
「え…」
「そうだ。ノースヴェイル嬢、婚約者を見るのはいいが、宿題では甘えすぎないように。」
「…すみません…」
クラスが笑いに包まれる。
授業を真剣に聞いてなかったことがバレていた恥ずかしさで私は机に顔を伏せるしかなかった。




