18話
文化祭当日。
経営科は大盛況だった。
店内に流れるジャズとカードを切る音。
コロコロとルーレットが回る音が止むことなく響き続けていた。
「ハイorロー?」
「ハイ。」
「残念、ローです。」
「くっ…もう一回!!」
「掛け金はどうされますか?」
「この分をチップに変えてくれ。」
「かしこまりました。」
裏ではお金が入るたびに委員長達が悪どい表情を浮かべていた。
私やサンドラはその横でドリンクを用意したりつまみを盛り付けたりとなかなかに忙しい。
遠目に見えるユリウスもディーラーとしてしっかり仕事をこなしているようだった。
今は喧嘩をしているから言えないけど、髪をオールバックに寝かしつけてカードを切る姿は様になっていて、とてもかっこよかった。
「…そろそろ交代の時間だな。」
午前の部を担当していた私達と入れ替わるように、午後の部を担当する生徒達が戻ってくる。
サンドラは委員長と回ると言っていたし、他に回れる人もいない。
正直気まずい。でもそれで不貞腐れたまま学園最後の文化祭を一緒に回らなかったら余計に後悔してしまいそうで。
結局ユリウスと共に文化祭を回ることになっていた。
「…いい加減、機嫌直せよ。」
「別に機嫌悪くないし。」
「……フィオナ…」
らしくない情けない声に呼ばれてチラリと視線を向けたら捨て犬みたいな顔をしていた。
喧嘩をした時に見るユリウスの表情だった。
「…何よ。」
「…ごめん。別に俺はフィオナのことを子供みたいに思って言ってるわけじゃない。」
…そんなことわかってる。
私がいつも後先を考えないから心配していることも、守ろうとして声を掛けてくれるのも。
ただあの日は色々と重なったせいで特別イライラしてしまっただけで。
冷静に考えればここまで怒る理由もない。
そもそもユリウスの性格上、全てを赤裸々に言うタイプでもないし、いつも通りだったはずなのに、なんで私はあんなに怒っていたんだろう。
「…私も、ごめんね。」
このままでは私の意地のせいで楽しい文化祭が台無しになってしまうかもしれない。
そう考えたら悲しくなって涙が出そうだった。
私が怒って台無しにしたのに泣くなんてお門違いもいいところなのに。
「フィオナは悪くないだろ。」
「え?」
「…俺が言い過ぎた、というか…
逆に俺の言葉が足りなかったというか…」
「ん?」
「…本当は、あのドレス姿のフィオナが可愛いから他のやつには見せたくなかったんだよ。
露出も多かったし…」
「は!?」
「お使いだって、フィオナができないと思ったわけじゃなくて俺はディーラーでフィオナは裏方仕事だっただろ?
ずっと一緒に作業できてなかったから着いて行こうとしたんだよ。」
「…まさか、寂しかったの?」
「悪いかよ…
あ゛ぁぁ…かっこわりぃ…」
頭を抱えてしゃがみ込んでしまったユリウスの耳は真っ赤だった。
いつもは教えてくれないユリウスの本音。
それを聞かされて嬉しいやら恥ずかしいやら。
好きとほんの少しの罪悪感が込み上げてくる。
色んな感情が混ざって私は堪えきれずにその場に並ぶようにしてしゃがみ込んだ。
普段あまり言葉で言わないくせに、こんな時だけ素直になるのは本当にずるい。
こんな思いでいてくれたとは知らずに怒っていた私が馬鹿みたいじゃないか。
「…文化祭、仕切り直して一緒に楽しく回ってくれる?」
「…こちらこそお願いします。」
「ふふっ…なにそれ」
「あのさ…」
「ん?」
「…これからは、ちゃんと言葉にするようにするから
フィオナと喧嘩になるくらいなら赤っ恥かいたほうがマシ。」
「…じゃあ、聞くけど私のこと好き?」
「………愛してる。」
「っ!?ばか!本当にばか!!
もういい!いつも通りで!!」
顔から火が出そうなほど恥ずかしいけど、喧嘩は終わり。
お互い顔は見られないけどしっかりと手を繋いで、興味のあるお店の方へと足を進めた。
「…お腹すいちゃったから何か食べようよ」
「ガッツリ系?それとも何かつまむ?」
「色んなのを少しずつ食べたいかも。」
「なら一般科の屋台行くか。」
「賛成」
中庭は一般のお客さん達も含めてかなり賑わっていた。
定番の串焼きから始まり、先日飲み損ねたオレモードや、去年も出していた果実水。
不思議な形や色のスイーツなどたくさんの屋台が展開されていた。
「あ、サンドラと委員長だ」
「あら、フィオナ達もきたのね。」
「お腹すいちゃったからね。もう何か食べた?」
「あそこの隣国から来たっていうスープは美味しかったわよ。けっこう辛かったけどね。」
「じゃあ私もそれ食べてみる!」
「フィオナ辛いの嫌いだろ。」
「じゃあユリウスが食べるのを一口もらう。」
「俺が食うのかよ。まぁいいけど。
人が凄いし、迷子になられたら困るからここでレイラー嬢達と一緒にいて。買ってくるから。」
「はーい。」
ユリウスはそう言って屋台の列に並びにいった。
もちろんサンドラと委員長のデートの邪魔をするつもりはなかったけれど、ちょうど食事をしていたらしく二人とも席に座っていたし、ユリウスが戻るまでの少しの間だけ一緒に居させてもらおう。
「ふふっ」
「なぁに?サンドラ?」
「その様子だと仲直りできたみたいね
安心したわ。」
「…喧嘩してるのわかった?」
「貴方達のはバレバレよ。」
「ごめんね、心配かけた?」
「大丈夫。今度愚痴に付き合うわよ。」
「私も聞くよ、委員長の愚痴。」
「頼むわね」
「え?サンドラ僕の愚痴があるのかい?」
二人して委員長を揶揄って遊んでいるとスープだけじゃなく肉だのお菓子だのを両手に抱えたユリウスが戻ってきたのでサンドラ達とはそこで別れた。
「どこにも行かなかったんだな、偉い偉い。」
「ユリウスは私のことなんだと思ってるのよ?」
「可愛い婚約者だけど?」
「本当に?」
「本当に。
ほら冷める前に適当なところ座って食べるぞ。」
「はーい。」
と言っても中庭は人でいっぱいなので場所を移して開放されている食堂の方まで足を運んだ。
「色々買ったね」
「オレモードはもう売り切れてた。」
「えぇ…残念。」
「これがレイラー嬢おすすめのスープだろ。
隣国からスパイスなんかも取り寄せたらしい。」
「……本格派というか…これ食べ物なのよね?」
「らしいな」
「…真っ赤だよ?」
「そうだな」
恐る恐る一口食べてみると案外平気だと思ったのも束の間、一気に辛くなって涙が出た。
私にはそれ以上食べられなかったけど、ユリウスは気に入ったみたいだった。
その様子を見るにサンドラがゲテモノを紹介したわけではなく、サンドラも辛いものが好きなだけなんだろうきっと。
「からい…げほっ…」
「ほら、水。」
「…ありがとう、辛いけどこれあったまるね。
冬のノースヴェイルではかなり喜ばれるかも。」
「そうだな。
大鍋でシチューみたいに煮込んでたぞ。」
「今度作り方聞いてみようか。
私はもう二度と食べないけど。」
「甘いのも買ったから、こっち食べれば」
そう言って渡されたのはクリームが溢れんばかりに盛られたドーナツだった。
一口頬張ればクリームはふわふわ甘くて生地は軽い食感だから、これなら何個でも食べられるかもしれない。
「ユリウス、あーん」
「俺、今串焼き食べてるんだけど…」
「…食べてくれないの?」
「……ちょっと待ってて。」
あっという間に食べかけの串焼きを平らげて、差し出したドーナツにかぶりついた。
その一口が大きくて、まんまるだったはずのドーナツは三日月型へと変身してしまった。
こんなに食べていいとは言ってない。
「…食べ過ぎなんですけど。」
「えー…」
「まぁいいや、おいしい?」
「…まぁまぁ?」
「ほっぺにクリームついてるよ」
「ん。」
「…何?」
「取って。」
「…甘えん坊」
「うるせぇよ。」
モグモグ口いっぱいのわんぱく小僧の頬からクリームを取ってペロリと舐める。
私はドーナツをたくさん食べられた仕返しのつもりだったんだけど、ユリウスが石みたいに固まってしまった。
思いの外効果があったみたいだ。
「もしもーし。ユリウスくーん」
「っ!?」
「あ、起きた。」
「…食べたらさっさと次行くぞ。」
目を合わせようとしても逃げられる。
そんなに恥ずかしがられたらなんだかこっちまでまた恥ずかしくなってしまった。
「…次どこ行く?」
「…お化け屋敷は?」
「却下。」
そんな話をしながら廊下を歩いていると涙を流すロザリー公爵令嬢とすれ違った。
「…大丈夫かな?」
公爵令嬢で未来の王太子妃ともなれば立場上、感情のコントロールはかなり訓練されているはず。
それなのに涙を流すなんて、よっぽどのことがあったのかもしれない。
「フィオナどうかした?」
「ん?なんでもない」
「それよりこれ見ろよ。変な魚の展示だって。」
「え?すごい生きたまま!?」
何やら面白そうな展示をしている教室を見つけたから、一瞬でどうでも良くなってしまった。
魚の展示を満喫した後、次に向かったのは貴族科のオーケストラだった。
「嘘。あれって王都で有名な楽団よね?」
「よく呼べたな?」
「この入場料で聴けるなら破格よ破格。」
二人揃って貴族科のマネーパワーに驚かされながらも音楽を堪能させてもらい、その後も時間いっぱい色々なお店を見て回って…
文化祭終了の放送が流れた時、私達は時間を忘れるほど楽しんでいたことに気がついて顔を見合わせて笑いあった。




