第八十八話 薪割りチョップ
ゼンを雇った俺たちは、次に彼の待遇を話し合った。
「……というか、まずはそこから話さないと駄目だよなあ」
大事な話をすっ飛ばして雇用してしまった俺も阿呆だが、自分を売り込んでいながら待遇面の話を一切しなかったゼンも相当間が抜けている。
「いやあ、拙僧は僧職の上修行中の身。そういう世俗の込み入った話はちょっと」
「けど自分が命張って戦に出るってのに、その代金すら気にしないってのはどうかと思うぜ」
呆れたようにコングが言うと、ゼンは「ですなあ」と他人事のように笑う。傭兵とは自分の命を代償に戦で金を稼ぐ連中だ。俺たち冒険者も似たようなものだから、仕事といえば当然のようにまずは報酬の交渉から始まる。それをないがしろにするのは、まるで金よりも戦に出る事そのものが目的か、あるいは傭兵という肩書が嘘なのかと勘ぐってしまう。
どちらにせよこのゼンという男は油断ならない。俺はそう思いながらも、どこかゼンに興味を持っていた。
それから報酬や戦までの寝起きの場所などを取り決めると、陽がすっかりと暮れていた。
ゼンを含めた夕食が済むと、屋敷の空いている部屋にゼンを案内した。部屋だけは無駄に多いからなあ、この屋敷。おかげで掃除するホーリーが大変だ。
ゼンに用意した部屋は使用人が寝起きするための部屋で、狭い室内には寝台と粗末な机と椅子しかなかった。一応客室も用意できるのだが、これも修行だとか何とかでゼンが希望したのだ。
「何もなくて悪いが、しばらくこの部屋を使ってくれ」
「いえいえ。雨風が凌げるなら、他に何もいりませんよ」
「バロンと同じ事を言うんだな」
「おや、そうですか」
「バロンを知ってるのか?」
「ええ、まあ」
「必要なものがあったら遠慮なく言ってくれ。勿論、経費として報酬からさっ引く、なんてせこい真似はしないから安心しろ」
「わかりました。それではお休みなさい」
挨拶を済ませると、俺は自分の部屋へと戻った。
翌朝。妙な物音で目が覚めた。音を頼りに歩くと中庭に出た。見れば、ゼンが薪割りをしていた。なるほど、音の正体はこれだったのか。まだ夜も明けたばかりだというのにご苦労なこった。
だが何だろう。何かおかしい。
よく見れば、ゼンは斧もナタも使わずに素手で薪割りをしていた。
「おや、おはようございます」
俺に気づいたゼンが朝の挨拶をしてくる。
「ゆうべは良く眠れたか?」
「おかげさまで、久しぶりに屋根のある寝床でぐっすり眠れましたよ」
「そりゃあ何よりだ。ところで、何をやってるんだ?」
「見ての通り、薪割りですよ。一宿一飯の恩義、というわけではありませんが、宿と食事をいただいているのに何もしないというわけにはいきませんからね」
「ん? いや、そうじゃなくて、」
俺がどう説明すればいいか悩んでいると、ゼンは俺の視線から意図を察してくれた。
「ああ、これですか。これも修行の一環ですよ」
言いながらゼンが丸太に手刀を叩き込むと、朝から聞こえていた音とともに真っ二つに割れた。
「あんたのところの宗派はそうやって修行してるのか?」
「まさか。神様だって薪割りは斧かナタを使えと仰りますよ」
笑いながら、ゼンはまた薪を割った。




