第五十九話 信頼
ルーンの懇切丁寧な説明によって、俺は自分がとんでもない間違いを犯した事をようやく理解した。
どうやら俺の持論は、極めて規模の小さい組織にしか通用せず、今回のような国家レベルの規模になるとむしろ逆に作用するようだ。これは、今まで俺がその程度の組織にしか属してこず世界が小さかったせいもあるだろうが、何よりもまず人間というこの世界をほぼ支配している種族に関する知識の無さが招いた失態だ。
人間の知識に関しては、後でスレイの脳から引き出すとして、
「で、あたしたちに残された道は、たったの三つ」
ルーンはまず右手の指を三本立て、次に人差し指を残して他を折り曲げた。
「まず一つ目。どこかに援軍を要請し、徹底抗戦する」
中指も立てる。
「次に二つ目。先手必勝。こちらから敵国に乗り込んで、王城を落とす」
薬指も立てる。
「最後に三つ目。領地を捨てて、どっか他の土地に逃げる」
「ちょっと待て。どこかに逃げるって、どこにだよ?」
「別にどこだっていいんじゃない? せっかく手に入れたお屋敷と収入を手放すのは惜しいけど、元々あたしらは根無し草の冒険者だからねえ。どこでだって生きていけるわよ」
「けど俺たちが逃げたら、ここの領民たちはどうなるんだよ」
「そりゃとーぜん鏖――になればいいけど、大将をあれほどの目に遭わせたからねえ。男は奴隷で死ぬまで重労働、女は慰み者。どちらにしろ死んだほうがマシって感じの責め苦を受け続けるだろうねえ」
怒りや恨みを残せば、いつか倍になって返って来る。そうならないためには、敵を根絶やしにするしかないのだ。だが今回は俺の下策のせいで禍根を残してしまった。その当事者である俺が逃げ出して、のうのうと生きていいわけがない。
領主は群れのボスであり、領民は群れの仲間だ。ボスが群れを護らなくて、一体誰が護るというのか。
「けど、それがどーしたって言うの。所詮は見ず知らずの他人じゃない。付き合いだってまだそんなに長くないし、知らない人がどうなったって知ったこっちゃないでしょ。それよりも自分のほうが大事じゃない?」
俺の反応を試すような目で、ルーンが見る。その目は、いかにも自分の言葉が正しいと信じていて、そして誰もが同意するであろうと確信しているような目だった。
ルーンの言葉は魅力的だった。今すぐこの土地を離れて、何もかも忘れて新しい暮らしができたらどれほどいいか。
だが――俺は拳を握り締める。
「そんな事、できるわけがないだろう!」
俺が怒りを露わにテーブルに拳を叩きつけると、それまで俺を冷ややかな目で見ていたルーンたちが、一転してほっとしたように息を吐いた。
「あ~あ。やっぱりスレイならそう言うか……」
「え……?」
突然の展開にぽかんとしている横で、したり顔のコングが太い腕を組んで何度も頷く。
「最近どーも様子がおかしいから、こいつとうとう頭がイカれちまったかと心配したが、どうやら思い過ごしだったようだな」
「そうね。困ってる人たちを見捨てられない、いつものスレイだわ。
でも、斬り落とした手足をまたつけてくれって頼まれた時は、本当にびっくりした」
そこでホーリーは、普段穏やかな表情を珍しく厳しくし、俺を見据えて言う。
「お願いだから、もう二度とあんな酷い真似しないでね。人として、じゃなくて、あんな事スレイらしくないから」
俺は言葉に詰まる。スレイらしくない、か。そう言われても、俺はお前らの知っているスレイではないのだ。
「お前が自分勝手に突っ走るのはいつもの事だが、今回ばかりはそれが裏目に出ちまったようだ。まあこれに懲りたら、何かやらかす前に俺たちに少しは相談しろよな」
黙っている俺の肩を、コングが軽く叩く。振り向いた先にあったその笑顔は男臭い、だが親友に向けるような疑いの無いものだった。
俺はスレイではない。だが、こいつらが俺をスレイだと信じるなら、もうしばらくはそれに付き合ってやるのも悪くない。そう感じた俺は、まずは自分からこいつらを信じる事を始めると決めた。
「……わかった。これからは一人で先走らない。まずはみんなに相談するよ」
俺がそう言って深々と頭を下げると、コングたちは気持ち悪そうに椅子を引いて身体ごと俺から距離をとった。
「お前が素直だと気持ち悪いな……」
どないせえっちゅうねん。




