第二十八話 今から俺がボスだ
目を開けた時、見える景色の異常さに俺は驚いた。
狼の目で見る闇と、ゴブリンの目で見る闇はかなり違っていた。例えるなら、狼の見る闇は、暗いが見えなくはない程度の闇だ。これに嗅覚を併せる事によって、狼は闇の中を自由に駆ける事ができる。
だがゴブリンの目で見る闇は、まるで違う。漆黒の闇の中だというのに、妙にはっきり見える。だがその見え方がおかしい。陽の光で見るのとは違う、奇妙に変質された視界。恐らくゴブリンの目には、狼などとは違う闇を見通す能力が備わっているのだろう。
目が慣れてきたので、起き上がって周囲の状況を確認しよう。
現在位置は、ボスの部屋……と思ったら違うな。何故かわからないが、俺は倉庫に寝かされていたようだ。ボスなのに……。
倉庫内にはがらくたの他に食べ残しや飲み残しが散らばっている。それが腐臭を放ち、お世辞にも清潔とは言えないが、ゴブリンの鼻を介すると不思議と不快ではない。
立ち上がろうとすると、足に激痛が走った。忘れてた。この身体に移動するために、思い切り噛み付いたのだった。
見れば、傷口には大きな葉っぱが貼り付けてある。もしかするとこれで治療しているつもりなのだろうか。まあ狼なんてケガしても舐めるだけだったし、何もしないよりマシか。
ケガをした足に負担をかけないように座り、今度は両手を握ったり開いたりする。
熊や狼の時では味わえなかった、前足の指が自在に動く感触に、俺は思わず吹き出す。
なにこれ面白い。五本の指がそれぞれ動き、物を掴んだり握ったり自由自在だ。だからこそ道具や武器を使いこなせるのだな。
俺が嬉しそうに手をにぎにぎやっていると、突然室内に一人のゴブリンが入ってきて俺を驚かせた。
「ギ……」
手に木の皿を持ったゴブリンが、ゆっくりとこちらに近づいてくる。俺は中身が入れ替わった事に気づかれないよう、なるべく平静を装って待つ。
やがてゴブリンは俺の前に立つと、じろりと俺の身体を見る。俺はバレたのではないかと変な汗が出て来たが、やがてそいつは静かにその場にしゃがみ込んで言った。
「足、ケガ、大丈夫カ?」
「……え?」
「足、オオカミ、噛マレタ、ケガ」
「あ、ああ……。少し痛むが、大丈夫だ」
「葉ッパ、変エル。足、見セロ」
「お、おう」
言われるままにケガしたほうの足を出す。ゴブリンは傷口に貼り付けてあった葉っぱを剥がすと、無造作にその場に捨てる。そして持っていた木の皿から草の束を掴み取ると、これまた無造作に自分の口に放り込んだ。
ゴブリンはしばらく草を咀嚼すると、自分の手に吐き出し、
「フン」
唾液まみれの草の塊を、叩きつけるようにして俺の足の傷に貼り付けた。
「いでっ!」
「マタ明日、来ル。ユックリ休メ」
治療と言うにはあまりにも雑な行為が終わると、ゴブリンは部屋から出ていった。俺はその背中を見送り、完全に闇に消えてから安堵の息をついた。
どうやらバレずに済んだようだ。しかし明日また来ると言っていたから、明日までにこのボスゴブリンの脳から目ぼしい記憶や情報を抽出しとかなければならない。
こいつは忙しいぞ、と思っていると、妙な事に気づいた。
ゴブリンのボスになったわりには、あんまり敬われてなかったな……。




