第一話 私たちの青春
零がご飯を買いに出掛けてから結構経つ。
そして、その出掛けた先のデパートは凄惨なことになっているらしい。
モニターの青白い光が、薄暗い部屋を冷たく照らしている。
画面の一つには、先ほどからずっとデパート地下での爆発事故と、それに伴う通信障害のニュースがテロップとともに無音で流れていた。
死傷者多数の大惨事。現場は、零が夕飯の惣菜を買いに行くと言っていた場所の近くだ。
連絡してみるべきか……、いや、避難中ならかえって迷惑になる。
キーボードに置いた手が少し汗ばみ、迷っていたその時だった。
「ねえ楓!すごいことが起きたの!」
乱暴にドアが開け放たれ、息を切らした零が飛び込んできた。
「おかえり零……って、ちょっと待って。君なんだいその姿は、それに……」
私はキャスター付きのチェアを回して振り返り、そして息を呑んだ。
彼女の全身は煤にまみれ、服もボロボロだった。だが、私が言葉を失ったのはそのせいじゃない。
凄惨な事故現場から帰ってきたばかりだというのに、彼女の目は、不気味なほど爛々と輝いていたのだ。
「……なんか、いつもとテンション違わないかい?普段退屈そうで冷めてる目をしていた君とは思えないほど、目が爛々としてるけど」
「そんなの今はいいから!聞いてよ!デパートの地下で爆発があって、それで――」
「わかった、わかったから、まずはシャワーだ。そんな煤だらけの格好で上がられたら、排熱ファンが詰まる。パソコンに悪いからね」
「えっ、ちょっと待って、人が命からがら――」
「問答無用。ほら、早く」
まくしたてる零の背中を押し、半ば強引に洗面所へと押し込む。
パタン、とドアが閉まる音を聞いて、私はようやく一つ、大きなため息をついた。
無事でよかったという安堵。
けれどそれ以上に、あの異常なハイテンションへの薄気味悪さが胸の奥で渦巻いている。
私は洗面所の棚に、自分のオーバーサイズのTシャツとスウェットパンツを用意してやった。
私は二階堂 楓、自称スーパーハッカーで通してる引きこもりだ。
私と零は幼なじみで小さいときは、零に引っ張られていろいろな所に連れ回されたけど、中学や高校ではクラスの違いから、すれ違う程度の疎遠な関係だった。
それが、彼女の無謀な帝都大学志望をきっかけに、私が「情報交換」と称して歩み寄ったことで再び繋がった。
正直ラッキーだと思った、私のこの想いを伝えずに、また関係が急接近したのだから。
今ではこの数百万のスーパーPCが鎮座する『実験室』が、彼女にとって半分家のようなものになっている。
私にとっては、悪くない日々だ。
……だからこそ、さっきの彼女の壊れたような笑顔が、どうしようもなく不安にさせる。
「――まだかい、零?ニュースじゃ死傷者多数の大惨事になってるよ。君の退屈な日常の愚痴なら、いつでも聞いてあげるから早く出なよ」
ドア越しに声をかけると、すぐに返事があった。
『今出るから!それに、今日の話はただの愚痴じゃないわよ!』
濡れた髪をタオルで乱暴に拭きながら飛び出してきた零は、相変わらず不気味なほどウキウキとしていた。
「で?君の言う『すごいこと』の全貌を聞かせてもらおうか。さっきの爆発現場にいたんだろう?」
私がチェアを向けると、零はソファにどさりと腰を下ろし、大げさな身振り手振りで語り始めた。
「話してあげる!今日デパートの地下でお買い物してたらね!ガスの匂いがしたと思ったの、そしたら空間が『ぐにゃり』って歪んで!そして大爆発!煙の中から現れたのは、全身ボロボロで血まみれの白衣の人!」
「……は?」
思わず眉間が顰められる。
「驚くのはここからだよ!……その人は決して助からない傷を負ってしまっていて、死に際にこれを託していったのよ」
そう言って、零はポケットから何かを取り出し、私の目の前に突き出した。
彼女はそれを「熱で溶けて血にまみれたプラスチックの塊」だと言った。
「……USBメモリ?」
私は呆れて半眼になった。
「そう!熱で溶けて、血にまみれた伝説の――」
「零。寝ぼけてるのかい?どこに血がついてるって言うんだ。ピッカピカじゃないか」
「えっ?」
自分の手の中を見て、零が息を呑む。
当たり前だ。そこにあるのは傷一つない、無機質で綺麗なUSBメモリだ。
「それにこれ、私が前に君にあげたやつじゃないか。なんの冗談だい?」
私が過去に彼女へプレゼントしたものを、なぜ「死に際の白衣の人間から渡された」なんて幻覚を見ているんだ?
「え……?嘘、だってさっき、血まみれの人が私に……」
零の表情が不自然に歪む。
直後、彼女は突発的な痛みに耐えるように、ジリッと顔をしかめてこめかみを強く押さえた。
「ねえ、楓」
「……なんだい、零」
頭痛を振り払うように顔を上げた零は、そのまま私にUSBメモリを突きつけ、ひきつった、けれど抑えきれないほどの満面の笑みで言い放った。
「何か、始まる気がしない? 私たちの青春が!」
人が大勢死んだ現場から帰ってきて、幻覚を見て、ひどく嬉しそうに笑う幼なじみ。
そのゾッとするような笑顔に、私の背筋に冷たいものが走った。




