もうチビとは言わせない
道場の乱取り稽古は、毎回お佐那とやります。
十歳になっても大人たちとやるには、まだ幼いからです。大人に思い切り叩かれたら、防具してても壊れちゃう。
千葉道場の乱取り稽古は、蹴りや投げもありです。倒れた相手にのしかかって首を絞め、参ったと言わせるまでやめないとか、普通にみんなやってます。
練兵館では、もっと激しい稽古をし、毎日のようにけが人が出るとか。
うちは門人にやさしい稽古をする、と新しく師範代になった重太郎さんは言います。重太郎さんが先生になったので、定吉さんは師匠と呼ぶようになりました。重太郎さんも二十四歳になり、貫禄が出てきました。
お佐那はやはり強くて、練習試合があると三本に二本は取られます。
剣先が早いのです。小手を打とうとする前に竹刀が伸びて面を打たれる感じ。私がたまに抜き胴で先制したりすると、お佐那の目の奥に炎が灯ります。どこをどう打たれたか、あっという間に二本返されます。
練習後、一緒に湯屋に行くのですが(当時は混浴)、自分がどうやって勝ったかという話ばかり。
「やっぱり、半蔵はチビだから弱いのよ」
話の締めはいつもの通り。
「半蔵、浮かない顔してどうしたの」
浮かない顔というのは、沈んでる顔ってことでしょうか。
「お佐那にまたチビって言われた」
「そんなこと気にすんな、子供なんだからそのうち伸びる。ぱあっと飲んで景気つけろ」
和香ねえは言葉は乱暴ですが、麦茶をくれたりします。
その頃から、半蔵の背は私が伸ばす、と言い出しました。ちょっと考えがある、と言うのですが、嫌な予感しかしません。
ある日、道場から帰ると和香ねえが待っていて、これが背伸ばし機だ、と庭の大木の枝から太い紐が下がっているのを指しました。
「重力で背を伸ばす。首を吊ると死んでしまうから、足を吊るす」
「それじゃあ頭に血が上っておかしくなるんじゃない」
「そこが工夫だ。お前を二つに折って縛る。そうすれば頭に血は上らない」
実験台ですね。うまくいったら大々的に売り出す、とか言ってる。
考えるのと実際は大違いです。腹側で二つに折られて縛られるだけで苦しい。息ができない。やめてくれ。
「人間は二つ折りにもならないのか、面倒だな」
またある日、今度は納戸部屋に斜めに布団を敷いて、対角の柱から紐を結んだものを見せられた。
「今夜から半蔵はここで寝るんだ。足と首をしばって。首は顎で固定するから息は出来るはず。毎日少しづつ紐を短くすれば、その分背が伸びる」
姉の実験台にされて、自分がかなり間抜けなことに気が付きました。
夜中、小便がしたくなったのです。紐を解こうとしても、足には手が届かないし、頭はどこで結んでいるか見えない。助けを呼ぼうにも、顎が抑えられていて、ウーンと唸ることしかできない。
手で畳を叩いてバタバタして、誰かが起きてくれるのを待つのですが、納戸部屋は皆の部屋から一番離れてる。
小便が漏れてしまった頃、念のために見回りに来たという母を見て、私は泣いていました。十歳にもなっておねしょ事件の顛末です。
お佐那に負けるからバカにされるんだ、と気づいた私は、手裏剣で立ち合うことにしました。
まず用意したのは、けがをさせないための刃引きした手裏剣です。勿体なかったけどハリー1号と2号の先端を丸めます。これで丸胴に刺さらない。ミツバ1号とゴボウ1号も刃引きして、用意万端。
「お佐那、俺がいつも負けるのは剣術だからだ。お佐那の剣術と俺の手裏剣で勝負しないか。お前がけがをしないように刃引きしたから」
「手裏剣なんてはじき返してやるわよ」
よし、乗ってきた。二人で庭へ出ます。
こちらの作戦は、まずミツバを投げておいて、次にハリーを分かりやすく相手の正面に向かって投げます。お佐那が竹刀でハリーを叩き落としたその時、背中からミツバが当たるのです。それを避けることも予想して、逃げる方向にもう一本ハリーを投げます。
「いつでもいいわよ」
「行くぞ」
ミツバ、ハリー、ハリー。時間差で投げられた手裏剣がお佐那の元へ。
竹刀で叩き落とされるハリー、ミツバはどうした。竹刀を横に振って最初のハリーを落としたお佐那は、その勢いでくるりと回転し、ミツバも落としたのです。見当違いの方に飛んだハリーはそのまま立ち木に当たっただけ。
「もう終わりなの」
「どうして後ろから飛んでくる手裏剣に気づいたの」
「そりゃ、最初にあらぬ方向に投げた手裏剣が、曲がってほかの方向から来ることぐらい予想するわよ。目の端でずっと追っていたし」
完敗です。最初の一投は不自然だよな。でも待てよ、何とかなるかも。
「勝負は一本じゃ終わらないよね、ちょっと待ってて」
走って家に戻り、台所にいるはずの女中、お富を探して、きな粉を手拭いに少し貰います。
「おまたせ、2本目の勝負をしよう」
「帰ってくるの遅いから、半蔵と立ち合いするの兄貴にばれちゃった」
お佐那のそばに重太郎先生。
「なんか、面白いことしてるね、剣術と手裏剣の勝負だって」
「半蔵がどうしてもやろうっていうから」
「はい、私が立ち合いをお願いしました。一本目は負けました」
「これから2本目か、見物させてもらうよ」
私の作戦は、手裏剣を投げる瞬間を、きな粉の煙幕で見せない事です。
「始めて」
「お願いします。いざ」
重太郎先生が開始の合図に手を叩いた瞬間、懐から手拭いを引き出し、きな粉の粉をまといます。
今度はミツバとゴボウを左右に同時に投げ、ハリーはやはり時間差で二本投げます。ただし、相手の右に走りながら。
正眼の構えは右足が前なので、体を右側に回すのは遅くなるのです。苦手な右回りの足さばきをしながら飛んでくる手裏剣を落とすのは、集中が必要です。時間差で二本落とそうとすれば、同時に後ろ左右から曲がった軌道の手裏剣二本、どちらかが当たるでしょう。
「痛あー、何本投げてんのよ」
「勝ったね」
「ほお、佐那の右に回ったのは考えたね。それに黄色い煙」
投げた四本のうち佐那に落とされたのは最初のハリーと右から曲がってきたゴボウで、左からのミツバは佐那の背中に当たり、痛さに止まった右腕にも二本目のハリーが当たったのです。
「同時に投げられるのは何本」
「四本です。右手と左手で二本づつなら投げられます。
ここには練習用に刃引きした手裏剣は四本しかないですけど、懐と腕、足に装着すると二十五本は持ち歩けます。時間差なら何本でも投げられますから」
曲がる軌道は変えられるか、とか、同時に二か所の目標を狙えるか、とか重太郎先生はお佐那そっちのけで聞いてくるので、お佐那はどこかに行ってしまいました。
重太郎先生が定吉師匠に報告しているのを見ていて、嬉しさがこみ上げます。帰りにお佐那が来たので、先ほどはどうも。ケガしなかった、と言うと、お佐那が耳元で、
「おねしょ、したんだって」
笑いながら駆けて行ってしまいました。




