剣より手裏剣
半蔵は剣より手裏剣に才能を見出すのでしょうか。
道場の掃除、お庭で木刀の素振り、道場で型稽古、乱取り、模擬試合。
これが千葉道場の稽古の流れです。朝6時から始まり、昼には終わります。
そのあと湯屋で汗を流し、家に帰って昼飯。午後は姉の待ち構える寺子屋で四書五経の勉強です。
最近は、幕府の試験、学問吟味への対策で、歴史という科目が増えました。
和香ねえは、弟を鍛えることに異常な情熱を持っているようです。
父上の書斎から本朝通鑑などの歴史書の本を借り出し、独学で読みこなすようになりました。
姉上が学問吟味を受験すれば絶対上位合格でしょう。
道場でいつもの稽古終わりに、定吉先生に呼ばれました。
「佐那に聞いたが、模擬試合で一度も勝っていないのは本当かね」
「はい、でも三本に一本は取れますよ」
「あのな、厳しいことを言うようだが、先に二本を取った者は後の一本を取らせるのが礼儀なのだ。こちらに来てごらん」
ちょっとショックを受けながら、先生の近くに。先生は私の腕を取って引っ張ったり回したり、肩や腰、背にさわります。
「稽古している時、どこか痛いことはないか」
「私より背が高い佐那さんの『お面』を受けると、竹刀が曲がって後頭部を打たれるのが痛いです」
「そういう事ではないんじゃが。外を見てごらん。あの木の枝に雀が二羽止まっているのは見えるかね」
「はい。首のところの白い模様が、右の雀は左のより小さいです。あと、左の雀は枝につかまっている足の曲がりが変なので、足に怪我をしているかも」
「そこまで見えるのか、目が悪いわけではないな。逆にすごくいい」先生はびっくりしたようでした。
「佐那と対戦するとき、どこを見て何を考える」
「相手の目を見て、私のどこを狙っているのかを考えます」
「それは正しい」
「佐那さんは間合いの取り方が上手で、足をしょっちゅう動かしています」
よく見ないとわからない程ですが、つま先でにじり寄るようにしたり、逆に大きく動かして、間合いを変化させます。
それで竹刀の届く距離も変化して、受けるより遠くを打たれることがあります。
「あとは佐那さんは高く飛べるので、逃げるのが大変です」
「ふむ。相手をよく見ているし、考えかたは正しい。それで、半蔵君はどう動こうとする」
「相手の動きは予測できるのですが、いろいろ考えているうちに打たれてしまうのです」
「剣術の技は反射神経だ。猛稽古をすると体が覚える。君は考えすぎだな」
ちょっと考え込んでから定吉先生は、
「しばらく他のことをしてみないか。北辰一刀流には手裏剣術がある」
刀の鞘に小柄が仕込まれているだろう。まだ真剣は持ったことがないか。
小柄という短刀は、長さが5寸(15センチ)程でな、手紙の開封や木を削るのに使うが、打ち刀(手裏剣)としても使うのだ。
鬼の爪と言ってな、秘密の武器だ。君の半蔵という名前は、忍者服部半蔵に由来するかもしれない。
「忍術にも手裏剣術があるので、意外と向いているかも」こじ付けにしろ、なんかカッコイイ。
「はい、手裏剣やります」
後で考えると、君は剣術の才能がないと言われたのかも知れないけれど、先生が与えてくれた5本の手裏剣、鬼の爪1号から5号は、私の宝となります。
次の日から道場の庭の立ち木に的を設けて、猛練習。
最初は投げかたを教わりながら至近距離から、だんだん遠くからでも当たるようになりました。
和香ねえにも、先生の勧めで手裏剣を始めたというと、手裏剣術の本をどこからか探し出してきて、私に与えてくれました。
棒手裏剣には丸棒型、角棒型、短刀型、針型があり、その他には車手裏剣があります。
車型の方は刃の数による種類が多種多様。鬼の爪は短刀型でした。
棒手裏剣の命中率が上がると、実戦向き訓練として、枝にとまる雀を的にしてみます。
この練習はさすがに道場では出来ません。鬼の爪を高い枝に向かって投げることは、紛失につながるし、とんでもない方向に行くと、道場の外の人に当たるかもしれない。
それで、我が拝領屋敷のただ広い庭の林で練習することにします。鬼の爪を紛失したくなかったので、父上にお金を貰い、買いに行きます。
武具屋を訪ねても手裏剣は売っていなかったので、鍛冶屋で打ってもらうことにしました。
鍋や釜を買ったり、修理を頼みに行って顔見知りだった鍛冶屋の源さんに手裏剣の本を見せて、こういうのが欲しいと言うと、忍者ごっこかい、と面白がって打ってくれました。
作るのが簡単な針型(ハリー一号から十号)と、車型の一種、十字型(バツ一号から五号)です。
まず立ち木に向かってハリーを投げてみます。これは鬼の爪と同じ投げ方で、簡単に当たります。
次にバツ。刃が四つ付いていて、自分の手が傷つきそうです。そのまま投げると変な軌道で届きもしない。回転をかけるようにすると、遠くまで投げられます。
思いついて高く投げてみると、弧をえがいて帰ってきます。面白い。
源さんが打った十字型の中に、重心がズレたものが一つあり(バツ五号)、まっすぐ投げようとしてもカーブするのです。
もっと重心をずらしたらどうなるだろう。源さんに相談です。曲がりやすい手裏剣は三刃型でした。
刃の数を多くすると、持ち手がなくなることに気が付きました。
私の場合は、力を入れて遠くに投げるには五つ刃までですね。ミツバもゴボウ(五芒星より)も五号まで作ってくれました。
いよいよ雀に向かって投げてみます。父上が弓矢で鳥を撃つのは見たことがありました。
狙いさえ間違えなければ命中。念のため無くしてもいいハリーを打ちます。
すると、針が届く前に雀は逃げます。何度打っても同じ。そうか、手裏剣は圧倒的に遅いのです。
石を投げるのと同じ。つぶてでは鳥を落とせません。
鳥は何か飛んでくるという気配や、視界に入る何かに気づいて逃げてしまうのです。ここで試行錯誤。
鳥が逃げる方向を予想して、ハリーを2本打ってみます。逃げる鳥の動きとタイミングを合わせて。
ストッ、バタバタ、やっと当たりました。落ちた雀は苦しまないように、鬼の爪でとどめ。
今夜のおかずが一品増えました。これは家族と奉公人の分、十七人分取らなくちゃ。
分かったことは、ハリーを三本、角度を変えてほとんど同時に打てば絶対仕留められる。
バツとハリーの組み合わせは、バツを先に打ってからハリーを打てば、逃げる先の後ろからバツが追いかけて落とすことが出来ます。
ミツバとゴボウ、ハリーとの組み合わせとか、夢中で練習しました。
気づいてみると、この一帯に危険を感じたのか、雀が全く居なくなっていました。
今日の収穫は五羽でした。そのうち一羽は飛んでいたツバメです。飛ぶ鳥を落とすとは、大進歩です。
「あんたバカじゃないの、うちの軒先で巣を作っていたツバメ殺してどうすんのよ。餌を待ってる赤ちゃんたちがいるのよ」
褒められると思ったのに、和香ねえにこっぴどく叱られました。
そして、みなしごになった雛たち四羽を梯子をかけて保護すると、ほかのツバメの巣を探して、親のいない時を見計らって雛をそっと追加。
姉の作戦は良かったのですが、えらく手間と時間が掛かり、大変な思いをしました。
次回は闘気の話です。殺気のようなものです。達人はなぜ背中から襲われても気づくのか。




