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二人目の半蔵、お佐那と琴と時々龍馬  作者:  小林功二


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2/12

小さな教師

幕末の江戸庶民の空気を味わっていただければ幸いです。

六歳になると、子供は普通寺子屋(初等教育の学校)に行くのですが、我が家では姉が優秀で、私に論語と算盤(そろばん)を教えると言い出しました。


家庭教師の先生も、もう教えることはない、と逃げる様に姿を消していました。


そこで、父が長屋の大工八五郎さんに依頼して、庭に小さな小屋を建てて小さい机を並べて、そこが「和香の寺子屋」になりました。


生徒は長屋や近所の子供たち、みんな私の幼馴染。


教科書が無いので、最初は論語と大学の模写から入り、墨で手を真っ黒にしながら自分の教科書を自分の手で作りました。


字が読めない子供も、模写は出来る、と恐い姉様はおっしゃったのです。


そして朝から、素読(そどく)の大合唱と厳しい姉の指導が始まります。


手には細く竹を削った鞭(むち)を持っていて、居眠りすると容赦なく叩かれました。


これを教鞭(きょうべん)をとると言うのでしょう。


紺袴と桃色の小袖、髪を赤リボンで一つに束ねて、一人立ち上がって教えている姿は、とてもカッコいいものでした。


教え方が上手いと評判になり、一時は二十人位の教え子が居ました。


無料で教えて食事も出すので、(今でいう子ども食堂)子供が集まって当然と言う気もしますが。



居眠りすると姉が鞭で叩くので、頭と腕にミミズ腫れ。朝の木刀素振りの時に父にぼやきました。


「そんな時はな、背筋をしゃんと伸ばしたまま半目になるのだ」


しっかり閉じるとばれるし、見開いたままでは寝られないだろ。半目であればすぐ起きられる。


「父もお城で、待ち時間の長い時にはそうしている。決してよだれは垂らしちゃいかん」


父のあだ名は「昼行灯(ひるあんどん)」と言う、と同僚の佐竹様が言った言葉が頭の中をくるくる。


たしかに、御書院番と言う仕事は、白書院の次の間に、ずーっと正座で控えているだけだと、これも佐竹様の弁。


公方様が白書院におられる間中、いざという時のために、五十人もの人間が、無言で控えている。


なにやら退屈な仕事だな、と子供心に思いました。足がしびれないのでしょうか。


その頃、煮売酒家の息子、忠蔵の話がやけに面白いことに気付きました。


耳年増(みみどしま)とでも言うのか、お店に来ているヨッパライの話を聞き覚えて、教室で話すのです。


昨日の客は偉そうに、立ち食い蕎麦屋のお釣りを多く貰った話をしていたとか、千住の火事は凄くて、橋が燃えそうになったので皆で水を掛けたとか、見てきたように話すのです。


姉も忠蔵の話に聞き入ってしまって、読売よりも面白いと言います。


忠蔵に負けまいと長屋の留吉は、井戸端で女将さんたちがしいてる話を聞きかじって来て、披露するようになりました。


どこの魚が美味しいとか、今年は野菜が高いとか、お寺の軒下で猫が十匹も子供を産んで住職が困っているとか。


「こういう話、売れないかな」私は姉に耳打ちします。


「かわら版屋に? ネタとして情報が早くて、他の読売が聞きつけていなくて、面白ければ買ってくれるって話は聞いたことあるけど」


「いつも姉さんが買ってるのは銀次さんだよね。俺、話に行ってみるよ」


「いくら位になるのかしらね、あまり安いようだったら他を当たるっていうのよ」

さすが算盤高い姉様です。


忠蔵や留吉、他のやつらの話も面白そうなのは全部メモして、翌日、かわら版屋の銀次さんの所へ。


「銀次さん、読売のネタ見てくれない?」


「版屋にネタを売ろうって魂胆だね。どれどれ」箇条書きにした十コほどのメモを渡します。


「かわら版に載せちゃいけないものがあるって知ってるかい」

「そうなのですか」


「ああ。まず公方様の悪口はいけねえ。これは分かるな。誰が聞いてもウソと分かるもんもダメ」


それと最近キビシイのが下ネタだ。


「寛政3年には山東京伝兄いが下ネタ系の洒落本で手鎖五十日(両手を鎖でつないだ状態で五十日間生活する刑罰)になったし、版元の蔦屋も身上半減(財産半分没収)っていう、重い罰を受けたんだ」


「怖いんだね、下ネタって」

「このメモの八番目にあるやつ、下ネタじゃねえか」


「圭介が井戸端で聞いてきて、留吉ん家の話かってみんなが笑ったやつ」


これを読売風に語るとな、と銀次さん。


「長屋の六歳になる留吉坊が、ある夜中に、三歳になる妹の、鳴きじゃくる声で目を覚ました。


『お父ちゃん、お母ちゃんをいじめないで』


泣きながら母のもとに行く。見ると、布団をはだけて一糸まとわぬハダカのお母ちゃん。


顔をまっかにしています。なぜかその上にのしかかっているお父ちゃん。


狭い長屋のひと部屋で寝ているから、暗くても見えてしまいます。


『大丈夫、いじめられてないよ。大丈夫だからこっちへおいで』


お母ちゃんはハダカの胸に妹を抱こうとします。ばつが悪そうにお母ちゃんから離れたお父ちゃんもハダカです。


着物を肩に引っ掛けて手拭いを取ると、『井戸で水でも浴びてくら』と表戸を開きます。


すると隣の万吉さん夫婦が立ってて、お母ちゃんの声がデカいから、何事かと見に来たよ、と言うのですが、こちらは何故かニヤニヤ。


翌日長屋の井戸端では、その話で持ちきりです。


壁が薄いから3軒先まで丸聞こえさ、とか、反対側まで聞こえてた、とか。あのお母ちゃん、大人しい顔してるのに声は大きいね、アハハ。


『手ぬぐいでも咥えさせればいいんだ』『あんたんとこだってうちまで聞こえてるよ』

て言って、おかみさん達は大爆笑


どこから見ても下ネタだろ。

「そういうもんですか」


「子供にはわからねえだろうな。要するにハダカはダメだってことだ」


「表で裸になった訳じゃないのにね。その後留吉のお母ちゃんは人と顔を合わせる度に真っ赤になったって。」


「まあ、大人の事情ってやつだ。こういうのはボツ。読売の紙、見た事あるだろ。


紙面の真ん中に挿絵が載ってる。挿絵師が困るようなヤツはダメ。」


「なるほど。」分かっちゃいません。


結局その日のネタはウソとか、つまらないとか、下ネタとかに評価されて全部ボツでした。


その後も何度かネタを持ち込み小使い稼ぎ。


銀次さんから読売に載らなかったけど面白い話を聞いたりして、仲良くなれたのが収穫。


次回は少し悲しいお話になります。

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