半蔵、推挙される
いつも大変お世話になっております。本作は、明治の浅草で寄席を営む老人が、激動の幕末(天保~明治)を振り返る、少し粋で、少し泥臭い歴史物語です。
※史実をベースにしたフィクション(独自解釈)を含みます。
「渋沢さんの使いってえのは、お前さんかい」
慶喜の旦那が公爵にお成りになって、今度貴族院に出仕されるってのは読売(かわら版、ここでは新聞)で見たよ。
栄一さんは、いや、公方様の思惑かも知らねえが、昔の仲間ついでにおいらをお華族様に引っ張り上げるおつもりなんだろうが、とんでもねえ。
還暦もとうに過ぎた爺さんが今さらいきなり子爵様ってのも、こそばゆいわな。
なんと言っても、こちとら負けちまったんだから、ご辞退奉るのが筋てえもんだ。
公方様や陛下(明治帝)の隣に座るような真似も出来ねえし。でえいち、うちの家族や親戚がビックリたまげるわな。
「しかし、半蔵って名前も変わったのに、よく追っかけたね。昔の仲間も大体おっ死んじまってるから、友達付き合いも殆どないしな。」
右手を懐から出して、親指がないのを見せる。
「戦でこんなんなってから、筆も持てやしねえ。手紙を書くわけにもいかねえんで、公方様にもとんとご無沙汰だ」
栄一さんは元気かい。今はご洋行で、ルーズベルトって米国大統領にお会いなさったってな。大層なご活躍じゃねえか。
読売読んで、陰ながら応援するくらいが、おいらには似合っているのさ。無駄足させちまったね。
子供の駄賃じゃねえが、昼時だ。うちの小屋の弁当でも持って行きねえ。
浅草寿美吉亭の助六って云やあ、ここらの名物ってことになってるからよ。
「気を悪くしたんじゃねえってのを、栄一さんや慶喜様に、くれぐれも伝えておくんな。ありがとうよ。」
席亭のお忙しい所お邪魔したと、立派な燕尾服が帽子を脱いで、薄汚い老人にお辞儀をするのを、障子の陰から姉の和香が目を丸くして見ています。
お使いが帰ると和香は早速身を乗り出して、
「半蔵、子爵ってどういう事。なぜ断ったの。とんでもなく名誉じゃない」
「知ってるかい、お華族様になっても、お手当てなんて一円も出ないんだぜ。面倒くさいだけだよ。
今更貴族院議員になったって仕方ねえし、背広を新調して天皇陛下にお会いしなけりゃなんねえ」
「そうなの。物入りだわね……。それにしたって、勿体ない気がするわ」
「おきやがれ(バカとかアホの軽い江戸弁)。こちとら負けたんだよ」
明治五年に作られた華族制度は、ヨーロッパを見習って「公爵」「侯爵」「伯爵」「子爵」「男爵」と五段階あり、皇族や、新政府に多大な貢献をした人物や、廃藩置県による旧藩主達の不平不満を抑えるために与えられました。
貴族院議員に無選挙で成れることが特権で、爵位に対する報酬はありません。
華族の子弟は無試験で「学習院」に入学できる特権はあったようです。
孫の清春が、お客人持参の菓子を開いて、お爺様これ貰っていい、と言うと、姉が少しだけよ、今食べるとお昼食べられないでしょ、と取り分けます。
あとは茶箪笥に布巾かけて置いとくからね。はーい。
こんな下町の生活にお華族様は似合わないな、と半蔵は大層納得するのです。
舘半蔵、天保九年(1838年)の生まれです。
父の春蔵は三百石を拝領する御書院番士でした。
麻裃で馬に乗り、若党、口取り、草履取り、挟箱持ち、槍持ちを従えての登城風景は、子供ながらにカッコイイと思ったものです。
ご登城は一日おき、朝食後の朝五つ(午前8時頃)なので、母と姉二人、私、弟、乳母でお見送りです。
御書院番は二十四時間勤務で、一日出仕しては一日休むという繰り返しです。
だからお馬とお供の一行は、父を送り届けたら帰ってきて、翌日迎えに行きます。
私、半蔵の一番古い記憶は、父と夜明けとともに起きて、庭で木刀の素振りをしたこと。
若党の三郎、槍持ちの喜助も一緒に素振りしました。
父は子供の頃から素振りを朝に二千回、夕に三千回は繰り返したものだとおっしゃったけど、きっちり型を極め、声を出しての二千回は、一時(2時間)以上かかります。
四歳くらいの男児が出来るはずもなく、適当に父の辞めるのを待ちます。
父の出仕を見送った後、五歳離れた長姉志乃は山田流お琴の稽古に出かけます。
三歳上の姉和香は、縁側に面した客間で家庭教師の先生(気が合わないと何度先生を変更したか。和香はとても気が強いのです)から論語や算盤を習っています。音楽系の才能は無かったようです。
素読の声を聴きながら、私は近所のガキを集めて、拝領屋敷の広いお庭でチャンバラごっこや虫取り、馬の口取りの伝兵衛さんが面倒を見ている、アオに草を食べさせたりして、一日遊ぶのです。
集まる子供の中で気が合うのが、豆腐屋の子三吉と魚屋の子太助。
髪結いの子鈴はすぐ泣くし、大工の子ちかは同じ年なのに、女のくせに背が高く、チャンバラではいつも負けるので生意気です。
その他に、米屋の乱暴でエラそうだった正二郎、煮売り酒屋のすばしこい忠蔵、小間物屋のお姫様みたいで可愛かったあやめ、
左官の子きく、屋根屋のひょろひょろ圭介、表具屋のぼーとしてる留吉などが幼馴染でした。
貧乏長屋の子供たちは昼時も帰らないので、母のハルは女中のお文に、子供たちの食事も用意するように言っていました。
長屋の子供たちは台所の隅で、いつも握り飯を食べていた気がします。
私も昼はほとんど長屋組と一緒に握り飯と菜漬けを食べていました。
江戸の町の空気が感じられるように、努力していきます。
長い物語になりそうです。よろしくお願いします。




