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二人目の半蔵、お佐那と琴と時々龍馬  作者:  小林功二


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11/12

寒稽古、龍馬登場

剣術の寒稽古と、龍馬登場の話です。

嘉永六年の正月は例年になく寒気が強くて、井戸に氷が張るほどでした。


剣術道場に正月はありません。元旦から月末まで道場最大の行事、『寒稽古』があるのです。


稽古の内容は道場掃除から始まり乱取りで終わる手順は同じなのですが、若い門人は全員参加。これが普段との違い。


全員と一度は乱取りしなければならないのですが、超寒いときに長時間正座で待ち、順番に乱取りという激しい稽古をすることになります。


しかも三十日間ほとんど強制的に皆勤を目指すのが道場のしきたり。毎日の練習終わりに井戸水を被って終了。寒稽古は心と身体を鍛える最高の舞台です。とは言っても中々皆勤は難しい。


十五歳になりました。十五歳と言えば元服です(この頃は正月元旦に、皆一斉に年を取ったのです)大人になって、今年こそは寒稽古、皆勤だ。


とはいえ、いくつもの難関を突破せねばなりません。まず早起き。これは毎日の習慣としてクリア。


次に温かい布団を出ること。かなりの難関ですが何とかクリア。部屋の中にいても吐く息が白いです。


次に温かい寝間着を脱いで稽古着に着替える。実はあまり難関ではありません。袴は布団のし(折り目をピッチリしたいので布団の下敷きに)する為少しは温まっています。


刺し子の稽古着は毎日お文が洗濯しておいてくれるので、それを着て寝てしまえばいいのです。去年はこれになんで気が付かなかったかなあ。


朝食は猛練習で吐いてしまうので、白湯を飲むだけ。いよいよ最後の難関、裸足に雪駄を履いて玄関を開き、寒い寒い外に出ること。いてっ。


「兄さん、何もたもたしてるんだよ、」

十歳になる弟、治郎です。身体が弱く去年やっと千葉道場に入門したので、初めての寒稽古に生き生きしています。


「おまえは乱取りもせずにお佐那と幼い連中とわちゃわちゃやってるだけだからいいよな。こっちはもう大人扱いだから、一切の配慮をされない」

「普通になったって事でしょ。いいからさっさと行くよ」


道場にはもう住み込み組と、半数位の通いの門人が来ていて、掃き掃除を始めています。


今日も箒を取りそこなったか。茶殻を撒く係も取られた。身体に楽な掃除道具から先着順に取られてしまう。一番大変なのが雑巾がけ。


冷たい水に手を突っ込んで、雑巾を絞り、何人か並んで床板の上にしゃがみこんだ格好で走ります。隣の先輩たちのスピードに合わせて。これがきつい。


五間×三間(9メートル×5.4メートル)の広い道場の隅から隅まで、何往復も。増築した道場も併せて六十畳の広さに、百人ほどの若い門弟が大集合です。


各自柔軟体操など準備運動が終わったころ、重太郎塾頭が登場です。


素振り、型稽古。遅れてくると道場にさえ上がれず、庭で裸足素振り。恐怖の全員乱取りは、羽目板を背に正座して、面だけ外して手拭いを頭にして待機。


中で乱取りしてるやつが突っ込んでくることがあるので、気が抜けません。


自分の番が来ると面をつけて前へ。防具が濡れるくらい汗をかき、熱気で視界が曇ります。


目に汗が入ると、面金の間から指を突っ込むのですが、中々届かない。うっとおしい。汗の蒸気で天井から雫が落ちてきます。


へとへとになってから、井戸で水ごり。頭がキーン、唇真っ青、歯がガチガチ。鳥肌どころじゃない。


幼年組とお佐那は湯屋へ。昨年までは私も湯屋組だったので、この差は大きい。これを毎日三十日間繰り返すのです。


家に帰ると昼飯。なぜかモリモリ食べられるのは、身体が、食べなきゃ死んじゃうという信号を出すのでしょう。


昼寝、姉の寺子屋で書見、湯屋、晩飯。宿題で、今日の成果や反省を書いて、毎日提出することになっています。その後、明日の準備をして就寝。繰り返し、繰り返し。


一か月という長丁場、母や姉たちに叱咤激励と暴力を受けながら、何とかやり遂げた最後に待っているのは、打ち上げのお汁粉なのです。


庭にかまどを設けて、デカい鍋でお汁粉づくり。その隣では餅を焼く。年配者は酒肴の用意。お佐那や幼年組も湯屋から帰ってきました。


お疲れ様の発声で、乾杯と割り箸を割く音が重なり、お餅にかぶりつく。みんな笑顔。甘いものって、人を幸せにするんですねえ。やけどには注意。


「お玉が池では練習の仕上げに、神田川に飛び込むらしいぞ」

誰かが話しています。私はこっちの道場でよかった。



13.坂本さん


「今日から千葉道場に入門した、坂本龍馬いいます。土佐の田舎もんですが、よろしゅうたのんます」


四月の晴れて暑い日でした。背が高くて、なにやら賑やかな人が門人に加わりました。いきなりつかつかと私の前に来ると、


「おまんの闘気、変わっとるの」

この人も見えるんだ。龍馬さんの闘気は薄青。そこそこ腕は立つようです。


「よく言われます。自分では分からないのですが、小さいころから手裏剣をやっていたのが原因じゃないかとお師匠様に言われます。舘半蔵といいます」


「ほお、個性的でええの、龍馬じゃ」

いきなり頭をぐしゃぐしゃ撫でられました。


龍馬さんは三歳年上の十八歳、明るく人懐こく、キラキラした人。髪は総髪だから、防具をつけた道場稽古には慣れてる感じ。


早速乱取り。この人も片手突きを狙ってくる。背が低い私のノドは狙いにくいみたいで、面を打たれた、それも思い切り。竹刀がゆがんで後頭部を叩かれる。なんて馬鹿力。


しゃがみこんで頭を押さえている私を見て、面金のなかで笑ってる。

「すまんのお、きれいに極まってしまった」わざとだ、絶対。


「いいです。僕は帰って手裏剣の練習します」

いじけるなや、とか言ってたけど、私はさっさと防具を片付けて、重太郎先生に断って自宅へ。竜馬さんも付いてくる。


「手裏剣の技も見てみたいし、さっき犬飼ってるって。ワシ、犬大好き」

玄関わきの小屋に居る早太郎の顔を、早速両手でわしわししてる。あっという間に手懐けた。龍馬恐るべし。


家屋に入らずに庭に回る。洗濯物を干しているお文に、龍馬です半蔵君の門人仲間の、とか馴れ馴れしい。


「こっちですよ、練習場は」

「この小屋は何ぞね。(中を覗くと子供たちが勉強中)おう、寺子屋か」

「勝手にフラフラしないで下さい、ちょっと待ってて」


自分の部屋に行き、文机の引出しから手裏剣を持ってくると、和香ねえと立ち話してる龍馬さん。ただの女好きか。


「半蔵、龍馬さんが教鞭姿が美しいって」

「僕たち、忙しいんです。これから手裏剣の練習ですから」


「龍馬さん、終わったらお昼ごはん食べていってね」

姉上チョロすぎます。龍馬さん、いやあ、すまんですね、とか頭掻いてる。


棒手裏剣のハリーを一本投げ、二本同時投げ、三本同時投げを見せて、ミツバとゴボウをカーブをかけて投げ、的の立木に当たるタイミングでハリーを当てる。私の編み出した得意技だ。


「こうすれば一つの手裏剣が落とされても、同時に違う方向から襲ってくる第二、第三の手裏剣で仕留められるでしょ」


ほうほう、などと龍馬さん、感心してる。

「ちょっとこっち向いてくれや」


離れたところから龍馬さんが、腰の刀を抜いて正眼に構える。私もスキなく手裏剣を投げる構え。刀を鞘に戻して、


「闘気の強さ、すごいな。剣の間合いも取れんし、剣士は苦労するぞ」


去年の対戦でお佐那に勝ったことを伝えると、大げさに感心した。龍馬さんの闘気は見えたが、本当に強いのか弱いのか、分からなかった。


そして、本当にお昼ごはんをうちの家族と一緒に食べていったのです。

ニコニコしながら、うまいうまいと、遠慮なくバクバク食べてる。


「ワシにも姉がおって、地元じゃお仁王様と呼ばれるほど体が大きく、ワシに厳しいんじゃ。長刀の名人で、剣も姉に教わった位じゃ。半蔵君はこんなに美しい母上様や、やさしい姉上様達に囲まれて、幸せもんじゃ」


などと姉や母まで持ち上げて、すっかり取り入ると、ご飯のおかわりまでして帰りました。土佐藩の藩邸に泊まっているそうですが、すぐ近所です。


夕方、早太郎がいないと思ったら、龍馬さんが散歩に連れ出していました。

龍馬、いろんな意味で恐るべし。


次回は黒船来航

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