黒船来航
幕末はここから始まります。黒船来航です。
嘉永六年六月三日(一八五三年七月八日)午後五時頃、神奈川浦賀沖に真っ黒な煙を吐いた2隻の蒸気船と2隻の大型帆船が錨を降ろしました。
(旗艦黒船サスケハナ、黒船ミシシッピ、帆船プリマス、帆船サラトガ)米国の軍艦です。
浦賀奉行所の役人中島三郎助が報告書をしたためて早馬を仕立て、江戸城の老中阿部正弘に報告が届いたのは午後九時ごろ。老中たち大混乱。
大事件は隠せないもの。丁度白書院控えに勤めていた父上が、翌朝舘家に情報をもたらしました。
「半蔵、てえへんだ、神奈川の浦賀って港に、外国の戦艦が4隻も来た。幕府に正式な通商を願い出てるって話だ。
八年前、ビドルってやつが一隻で来たときは長崎に回ってくれと追い返したが今回は米国も腰を据えてるみたいだ。ご老中の阿部様はじっくり時間をかけて交渉に当たられるご様子だ。
ただ困ったことに、停泊している場所が悪い。浦賀は江戸湾の入り口。江戸への廻船、荷船が入れねえ。
食料が入らねえってことだ。江戸庶民が干上がっちまう」
「江戸は何日ぐらい持つのでしょう」
「コメは八月までは昨年の収穫分があるが、九州や四国の早稲米が八月に届かないと、東北の収穫は九月半ばとして、現実にコメ不足が起きるのは八月半ばってとこだろう」
「二か月か。兵糧が無ければ戦は出来ませんね」
「庶民や武家も、それまで倹約しろって強制できるかどうか」
江戸庶民が大騒ぎを起こしたのは、戦が起こることではなく、(庶民は逃げられる)黒船が江戸湾入り口を押えてしまったための食糧不安だったのです。
私は早速定吉師匠にご注進申し上げます。師匠は自主稽古をしていた門人を全て帰し、重太郎先生、お佐那、なぜか龍馬さんと半蔵で首脳会議。
「浦賀に長期停泊されたら、確かに江戸の食料危機じゃ。」
「湾内深く入られても困ります。最新の大砲は一里も射程があるそうです」
「艦砲射撃でお城の本丸までギリギリ届くか。江戸の町は全滅するな」
「こちらも大砲を用意して、迎撃できるぞ、って脅かすのはどうかしら」
「今から大砲集めか、間に合わんじゃろ」
「遠くからそれなりに見えりゃいいのよ。四斗樽を黒く塗って口の空いている方を海に向けるとか、お寺の鐘を集めてそれらしい向きに並べるとか」
「面白いかもしれんのう」
「食糧危機の方なんですけど、情報通の商人がお米を買い占めて、値を吊り上げて儲けようとするんじゃないですか」
「対策はどうする」
「商人が買うより早く庶民が買い貯め出来るように、出来るだけ早く、黒船の危機を多くの庶民に知らせるべきかと思います」
「幕府はお米蔵を開いて備蓄米を放出し、相場の安定を図ることです」
「なかなか皆さん知恵者じゃのお。幕府には師匠が建白出来るとして、庶民にどうやって伝えるんじゃ」
「任せてください。浅草電気姉妹で使った、かわら版屋を動かします」
それがあったか、いい発想ね、どういうつてじゃ、なんて話の後、私は銀次さんの所に走り、師匠は疑似大砲に見せる寺の鐘集めの件、備蓄米を放出させる件を建白書にまとめ、親しい老中に渡すという事で話は決まりました。
「銀次さん、大変なことが起きてます」
「何事でえ。また誰か寝小便でもしたか」
和香ねえの奴め、あちこちで言いふらしてるな。
「それどころではないんです。昨日の夕方、神奈川の浦賀に米国の軍艦が四隻も来て、錨をおろしたのです。
煙をもくもく吐く蒸気船で、とても大きな船だそうです。千石船の四倍くらい。大砲も数えた人によると六十門。
幕府が対応を間違えれば、一里も射程のある大砲で江戸湾沿岸の町は全滅です」
「おっかねえな。戦の事は武士任せで、すぐに逃げろって話しかい」
「違うんです。交渉が長引けば江戸湾の海運が止まります。海からの食料が入らなくて、江戸庶民は干上がってしまう。
米を考えてください。四国九州の早稲米が出回るのが八月中旬として、それが入らなければ、あと二か月で江戸にコメが無くなります。
考えられる危機は、情報通の商人がコメを買い占めて値を吊り上げることです。江戸百万人の庶民は飢えることになります」
「想像するだけで背中が冷っこくなるぜ」
「そこで銀次さん、悪徳商人がコメや昆布など乾物の買い占めに入る前に、出来るだけ多くの庶民に、日持ちする食品の買い溜めをするよう情報を流してほしいんです。
これが出来るのは銀次さんだけです」
「なるほど、納得したぜ。ご書院番の情報とあれば、信じるほかねえな。早速読売の原稿を書くぜ、こんなのはどうだ、
『泰平の眠りを覚ます上喜撰、たった四杯で夜も眠れず』蒸気船とお茶の上喜撰をかけてみた」
「面白いです。さすが銀次さん。コメの買い溜めも忘れないで下さい」
「あたぼうよ」
派手に売りまくるぜ。儲かったらネタ代はずむよ、とノリノリの銀次さんです。
まさか蒸気船の狂歌が現代日本まで残るとは、本人想像出来ないでしょう。
翌日は朝から読売のせいで、町中大騒ぎ。私もコメを買いに正二郎のお店に顔を出したら、店頭がごった返しています。
「半蔵、手伝ってくれ、列を乱す奴が多くて困ってるんだ」
「わかった、うちの分取っておいてくれよ」
はい、そこのお母さん横入りはダメだよ、お米は沢山あるからね。売り切れないように今倉庫へ取りに行ってるから、静かに並んで待っておくれ。
お兄さん、お持ち帰りは一人二升までね。お届けは一人一俵、家族四人なら四俵、この伝票に住所と名前書いてね、
掛売は無し、現金でお願いします。にわか店員が張り切ります。
しばらくして落ち着いてきたので、うちの分の代金を払って配達を頼みました。読売の威力はすごいもんです。仕掛けたおいらも鼻高々。
江戸の庶民は黒船が海運を止めてしまうことを恐れたのですね。




