五話 脳筋
エマは短剣をボスの足目掛けて振り抜いた。
カンッと乾いた音だけが響いた。
ボスの皮膚は硬く刃は肉まで届いていなかった。
なにかの刺激に気付いたのかボスは腕を振り上げそのまま地面に向かって振り下ろした。
か゛あ゛あ゛あ゛あ゛
その衝撃で地面にはボゴンっと小さなクレーターができた。
エマは紙一重で後ろに下がり回避していた。
「……」
クレーターを見て流石のバトルジャンキーのエマも冷や汗をかいていた。
しかしどこか楽しそうな笑みも浮かべていた。
僕はボスに向かって手のひらを向ける。
「フレイムアロウ!」
炎が矢の形になりボスに向かって放たれた。
しかし体に当たった瞬間全て掻き消されてしまった、やはり硬さが並みのゴブリンとは違う。
どうするべきかと考えていると、もう既にエマは動き出していた初動よりも更に早く。
目は釣り上がり口角は限界まで上がり、狂喜の笑みを浮かべている。
ボスはその動きを気配で感知し拳を振り回す。
だがエマはその攻撃を全て最小限のステップで避ける。
跳び上がり、短剣に炎を纏わせその一撃をボスの腕目掛けて振り抜いた。
「炎下!」
短剣が腕に当たった瞬間刃先から炎が吹き出した。
腕は胴から離れ傷口には焼けた跡が残っている。
お゛お゛お゛お゛お゛っ゛
ボスは悶え苦しみ叫び声を上げた。
ボスは片手で周囲のものを寄せ付けないように腕をぶんまわしている。
血は辺りに飛び散り、辺りにある岩は砕かれ勢いがあるまま周囲を攻撃する。
僕は魔力を込めでかい炎を出現させる。
そして小さく圧縮させ、内部に熱を集中させる。
「フレイムバーン!」
暴れ回るボスに向かって放った。
炎はゴウッと音を出しながら進み、ボスの胴体に当たった。
当たった瞬間炎が炸裂した。
ボスの体には火傷の跡が残り、そのままよろけるように後ろに倒れ込んだ。
そしてエマが短剣に魔力を込め首目掛けてもう一度炎下を放とうとした瞬間
か゛あ゛あ゛あ゛あ゛
ボスがまたあの咆哮を上げた。
今度のは更に大きく鋭い声で。
頭が割れそうになりながらもなんとか耳を塞ぐ、しかしそんなものも意味がないほどに音は鼓膜を貫通してくる。
体が震え力が入らず膝をつきだらりと前のめりになる。
ボスは起き上がり、切断された箇所からボコボコと肉の塊が溢れ腕の形に収まっていく。
痺れが消え体が動くようになったときには既に腕は再生しきっていた。
その瞬間ボス雰囲気ががらっと変わった。
先程よりも更に殺伐とした空気を放っている。
エマも痺れが無くなったのか短剣を持ち直し攻撃体勢にはいりそのままボス目掛けて突っ込んだ。
短剣に炎をまとい先程よりも更に早く踏み込んだ。
しかし攻撃が当たる寸前にボスは再生した腕をなぎ払った。
エマに直撃し勢いよく吹き飛び壁に激突しめり込んでいた。
「っ…げほっ……げほっ…」
かろうじて意識を保っているが、吐血をしている。
まずい、このままでは僕もやられてしまう。
震える足をなんとか前に動かしながら歩く。
壁にめり込んでいるエマに近づき、胴体に腕を回し引っ張る。
相当深くめり込んでいるのかびくともしない。
「くっっそ!」
壁に足を引っかけ後方に倒れ込むように体重をかける。
なんとか少しずつだが取り出せている。
「ぬあぁっ!」
ガコッと体は引っこ抜け体重をかけていた分、後ろに吹っ飛びごろごろと転がる。
起き上がり見上げるとそこにはボスが目の前にいた。
ボスはなにかいることに気付きながらも、どこいるのかまではわかっていないのか気持ち悪そうにしている。
「っ…」
両手で口を塞ぎ声を漏らさないようにし、呼吸も止め息を殺した。
そのままエマを引きずりながらダンジョンの入り口まで足を進める。
ヒヤヒヤしながらもなんとか入り口にたどり着く。
そして入り口に刻まれている魔方陣に魔力を注ぎ脱出した。
外は森に囲まれていてしっかりと出ることができた。
エマも外に出ていることを確認する。
まだ空は暗くあまり時間が経っていないように感じる。
外とダンジョンでは時間の流れが違うのかもしれない。
そんなことを考えていると、どっと身体に疲労感が襲いかかってきた。
恐らく極度の緊張状態が解けたせいだろう。
「はぁ…はぁ…つか…れた…もう動けない…っ」
意識を保つことができず視界が暗転し、その場に倒れ込むように気絶してしまった。
意識が戻り目を開いた。
もう朝になっており太陽の光が眩しく感じる。
辺りを見回すと目の前に美人がいた。
視界が霞んでいてかろうじて見えているだけだがそれでも美人だとわかる。
額からは血が流れているが、そんなのを気にさせないほどの綺麗な顔立ちだ。
目を擦り視界のぼやけを治し、もう一度顔を見る。
青い髪、赤い瞳、尖った耳
「あっエマか」
「反応薄いね」
エマだった。
まあそりゃよく考えればここには僕とエマしかいないのだからそりゃそうなのだが。
不覚にもこんなバトルジャンキー相手に一瞬でもときめいてしまった。
戦闘時とんでもない表情で戦うイカれたエルフに。
それにしても戦闘時とのギャップが激し過ぎないか。
…もしかしたら別人かもしれない、一応確認をとろう。
「…ほんとうにエマ?さっきと全然雰囲気が違うけど」
「うん、私だよどうしたの急に?どっかに頭でもぶつけた?」
やはりエマだった。
人間色んなギャップがあるもんだな。
そんなことを考えているとエマが少し恥ずかしそうにもじもじしており、口をもごもごさせていた。
どうしたのだろうと見つめていると。
「…ありがとねキミ…さっきは…助けてくれて」
「あっうん」
なんだかそっけない返しをしてしまった。
…なんだこの甘酸っぱい雰囲気は、学生でもないくせにこんな青春みたいな雰囲気なってもいいのか。
お互い気まずくなってしまい変な雰囲気になっていた。
すると後方から
「おーい、何してるんだお前こんなことで?」
低く最近よく聞く声が聞こえた。
振り向くとガザンがいた。
「ガザンさん!」
すぐ近くに駆け寄り鼻息をふんふんとならす。
「お前昨日の夜何してたんだ?テントの中にも近くにもいなかったし心配したぞ」
声は低く威圧感がある、しかし同時に優しさも含まれている。
すごく安心する。
ガザンがチラリと僕の後方に視線をやる。
どうやらエマに気がついたらしい。
「…エルフか」
なにやら苦い顔をしている。
どうしたのだろうか、もしかして昔エルフに何かされたりしたのだろうか。
そんなことを考えていると。
目を細めなにかを図るように近づき、エマが口を開いた。
「ふーん、あんたがあのガザンさんかー」
なんだかさっきとはまた別で良くない雰囲気になってきている。
というかなんでガザンとエマはこんな怪訝そうな顔をしてるんだ、お互い初対面なのだから険悪な雰囲気になる要素はひとつもないはずだ。
このままじゃこっちが持たない。
「…え、えっとこちらはエマって言って、昨日一緒にダンジョン探索したエルフです」
エマはふんっと鼻をならしなぜがドヤ顔をしていた。
ガザンは意外そうな顔をしていた。
「ほう、あの聡明なエルフの一族がダンジョンとは珍しいこともあるもんだな」
「まあね、私は他のとは違うからねー」
「他のと違うか、そのわりには頭から流血もしててよく言うな」
はっと気付いたように頭の血を服の裾で拭き取ろうとする。
「こっこれは別に…!頭冷やそうとして、わざと血流しただけだしー、自分でしただけだしー、全然痛くないしー」
動揺しすぎだし。無理な言い分けすぎるし。
「まあ着いてこい、手当てぐらいならしてやる」
ガザンと共にエマを連れテントのある場所まで戻った。
既にテントは片付けられ荷物も纏められていた。
ガザンの手には水と包帯とタオルがあった。
エマはおとなしくちょこんと座っている。
タオルに水をつけ慣れた手付きで頭の血を拭き取っていく。
エマは痛すぎたのかがああっ、とかぐうう、とか声にならない声を上げていた。
やはりさっきのは強がりで本当は痛いんじゃないか。
「ガザンさん慣れてますね、やっぱり旅をしてると怪我とかよくするんですか?」
「ああ、そうだなあちこち怪我するぞ、だがおかげで手当ては上手くなったな」
一度ガザンの身体を見たことがあるが至るところに傷があり、引っ掻き傷、火傷、切られた跡、ほとんど跡が残っており痛々しかった。
旅によってできた古傷は旅人にとっては誇らしいものだと聞くがやはり痛いのは嫌だな。
エマの治療が終わり
「ねえこれきつく締めすぎじゃない?絶対頭に良くないよ、もう少し優しくしたほうが…」
冷静な口調でなんと情けないことを言っているのだろう。
最初のあのクールなエマはどこにいってしまったのやら。
「いやこれで適正だ、俺はいつもこのぐらいの締め付け加減だ」
…ガザンの感覚で適正か、もしかしたら本当に強すぎるのかもしれない。
一応自分もどのくらいか体験してみよう。
「えっとガザンさん僕も包帯してもらってもいいですか?」
「ああ?わかった」
ガザンは慣れた手付きで腕に包帯を巻いていく。
そしてぎゅっと締め付ける。
「ぎゃあああ」
「!どうした!?」
痛すぎる、腕の骨がミシミシいってるのが聞こえる。
こんな音腕からでていい訳がない、死ぬほど痛い。
巻かれた場所から手の先までが赤くなっている、血が集中している。
これを頭になんてとてもじゃないが想像できない。
ガザンはいったいどんな馬鹿力なんだ、それとも力加減が下手くそなだけなのか。
「がっガザンさん!…やっやめ腕…があああ」
エマはそんな僕の様子を見てケラケラと笑っていた。
腹が立つが今は我慢だ。
ガザンに包帯をとってもらった。
腕には包帯の跡が残っていた。
さっき見たガザンの身体にあった傷と似ている。
もしかしたらさっき見たのは包帯の跡だったのかもしれない。
「すまんなキミ」
「いっいえ、大丈夫です」
次怪我をしたら自分で手当てしようと心の中で誓った。
---
その場をあとにし三時間ほど歩いた。
森からだだっ広い平原に出た。
ここがどこら辺なのかガザンに聞くと、地図を見てアイス国から出てそろそろナイス国に入ると教えてもらった。
「へーここってアイス国って言うんですね、今まで住んでたけど知りませんでした」
「お前…」
エマとガザンはこいつマジかみたいな呆れた目でこちらを見ていた。
エマですら知っていたとは。
ガザンによるとアイス国は年がら年中過ごしやすい気温で移住地として人気があるらしい。
ナイス国も温暖で過ごしやすい地域なので村が沢山あるらしい。
そしてここはランジ大陸と言い他の大陸とは違い海に囲まれた唯一の大陸らしい。
その後も色々な大陸や今までの経験を色々と教えてもらった。
ランジ大陸以外にはスペル大陸、ライト大陸、グランチック大陸、サンドルド大陸と五つも大陸があるらしい。
聞いた話全部が初耳ですごく楽しかった。
ガザンはその内のライト大陸とスペル大陸を旅して来たらしい。
そして今回はランジ大陸を訪れ、たまたま僕と出会い、僕がこの辺りを旅していると知りお供してくれるようになったらしい。
ありがたい話だ、ガザンと出会わせてくれた神様に感謝を伝えねば。




