十一話 覚悟
こんなに動揺しているエマは初めてだ。
多少驚くことはあってもこんなに分かりやすく崩れそうなエマを見たことがない。
「……」
「…エマ?」
体を揺するが反応はない。
どんどん顔から生気が失われている。
エマが口を開いた。
「…キミ……行かないと」
「…え」
「…なにが起きたか見ないと」
「…うん」
村に着く頃には火が弱くなっており夜も明けてきていた。
「はぁはぁ…なんで…なんで」
エマは狼狽していた。
ひどい惨状だった。
家は全て燃え尽き切り刻まれた死体だけが残っている。
「…うっ……げほっ……ぅっ…おぇっ」
「…臭い」
エマは目の前の光景に耐えきれず思わず吐いていた。
そりゃそうだ、家族や仲間がみんなこんなことになっている。
僕だって抑えられないだろう。
「エマはあっちで休んでていいよ、僕が調査するから」
「…うん」
エマを日陰で休ませ調査を開始する。
まずは目につくところからだ。
そこらじゅうにエルフの死体が転がっている。
死体には切り傷や火傷の跡が着いている。
原型は残っているが四肢のない死体ばかりだ。
エルフの死体以外には鎧を着た死体もあった。
鎧の中には人が入っていた。
男の死体。
鎧には謎のマークが描かれていた。
見たことがないのでとりあえず日記にメモしておいた。
他にも色々と見て回ると目につくものがあった。
旗が立っていた。
先程と同じ模様が描かれている。
もしかしたら魔物によるものではなく人によるものかもしれない。
だがなぜエルフの村を襲ったのか。
もう少し調査しなければ。
家はほとんど荒らされておらず的確にエルフだけを狙っていることがわかった。
…これならエルフの死体を見た方がなにかわかるかもしれない。
寝ている間に殺されたであろう死体を見てみる。
かなり酷い殺し方をしている。
1ヵ所だけでなく様々な箇所を滅多切りにしている。
吐き気が押し寄せてくる。
それよりも今は調査だ。
服を脱がせ身体を調べる。
死体は四肢が無くなっていてしかも胸の部分がぽっかりと空いている。
しかも心臓だけがない。
他の臓器は残っている。
他の死体も確認したが心臓だけが抜き取られていた。
「…偶然か?……いやでもどうして…心臓だけを…」
僕の今持ち合わせている情報と知識だけじゃなにもわからない。
一旦エマと合流しよう。
日陰で休んでいるエマと合流し。
「あ…キミ…っ…おっ……えっ」
「だ、大丈夫…エマは休んでて」
流石にまだ精神的ショックが大きすぎるようだ。
今のエマには話さない方がいいかもしれない。
「エマ、落ち着いたらでいいから」
「…うん……うん」
エマが落ち着くまではここの情報を全部日記に書いておこう。
もしかしたらいつかわかるかもしれない。
一時間ほど休みエマがゆっくりとこちらに歩いてきた。
「エマ?もう気分は大丈夫?」
「…ううん…まだ…でもちょっとはましになった。それよりもなにかわかった?」
「うん、なんでこんなことが起きたのかだったりはわからないけど…」
「…教えて、なにがわかったか」
「…まずはこれは魔物じゃなくて人の仕業であること」
「…」
「…次に恐らくだけどこれはエルフの心臓が目当てで行われたこと」
「…」
「…あとはこの旗、見たことない模様が書いてる」
「……」
「…エマこれがわかったことだよ」
「…っ……」
エマの足元に大事ななにかが崩れた。
そんな瞬間だと直感でわかった。
だからすぐさまエマを抱き締めた。
エマはすぐに抱き返してきた。
服を力いっぱい掴んでいた。
破けてしまうじゃないかと思うほど。
彼女が辛い時に僕がいられてよかった。
彼女が一人ぼっちにならなくてよかった。
「…エマ…もう行こう、もしかしたらまだこれをやった人たちが近くにいるかもしれない」
「…」
エマは小さく頷き僕の手を握った。
彼女の手は嫌に冷たかった。
こんなときガザンならなんて声を掛けるのだろうか。
僕にはもうなんて声を掛けたらいいのかわからない。
「キミは…私から…離れないでね……絶対…絶対だから」
これを拒否なんか僕にはできない。
そうして夜が訪れた。
テントの中ではエマは常に僕がどこかに行かないかを監視している。
どこかに行くとしても必ず着いてくる。
今彼女は何を考えているのだろうか。
もしかしたら復讐かもしれない。
その場合は止めないといけない。
彼女の考えが聞きたい。
「…ねえキミ」
「どうした?」
エマは鼻声だった。
恐らく僕が見ていないところでまた泣いていたのだろう。
「…離れないでね絶対」
「…うん」
そのまま手を繋いだまま眠った。
エマは時折目が覚めては僕の身体を触っていた。
恐らく幻覚かどうか疑っているのだろう。
相当精神的に弱いのだろう今は。
僕が起きた頃にはまだエマは眠っていた。
だが悪夢にうなされている。
「おーいエマー起きてー」
いつもならこの役割は僕じゃない。
エマかガザンが担当している。
…朝の孤独がこんなにも怖く感じるなんて初めてだ。
エマが起き荷物を纏めて出発する。
本来なら一週間で着くはずだったがエマの体調を考慮してテントの中では休まらないので街で3日ほど休むことに決めた。
エマの足取りは重く時折なにかぶつぶつと呟いている。
すごく怖い。
呪詛とかじゃなければいいんだけど。
そろそろ街が見えてきた。
「…よかったー」
この街は全くの被害0でまあまあ人が賑わっている。
早速宿を借りに行く。
なんとか3日ほど借りられエマを睡眠まほう寝かせておいた。
こんなときに魔法が役立つとは思わなかった。
とりあえず僕は街の本屋や魔道具の店を見て回ることにした。
あの模様のことやエルフの心臓について色々気になることがあったからだ。
一件目の本屋で早速エルフのことが書かれている本を見つけた。
本によるとエルフは聡明で論理的、魔法が得意でもっとも神に近く作られた種族らしい。
聡明、論理的、魔法が得意、全部エマと当てはまらない気がするが。
まあそういう個体もいるんだろう。
こういう本てのは大体適当を言ってることが多い。
もう少し先のページを読んでいると目につくものがあった。
「…なんだこれ」
その本によるとエルフの心臓はいつまでも新鮮らしく、実を食べれば肌が永遠に美しく、心臓からの血を飲めば脳のシワが増え、エルフの身体を丸々食べると寿命が何百年も増えるとか。
こんな馬鹿馬鹿しい話を信じる馬鹿がどこにいるのだろうか。
…いや、いたからあんなことが起こったのだろう。
それにしてもどこのどいつが書いたんだこんな本。
表紙を見てみる。
著者ザン・テハミル
と書かれていた。
ほんとに知らない人だ…
執筆年を見てみる。
今よりうんと昔の種族差別や種族による戦争がまだ流行っていた時代の本だった。
こんな本がまだ生き残ってるとは。
そうだ少し店員さんに聞いてみよう。
あそこの好青年ぽいお兄さんに…
「…す、すいません…あ、あの」
めちゃくちゃにどもってしまった。
くっそ…やっぱりまだコミュ障が治ってない。
「どうしました?」
振り返った青年は言葉で言い表せないほど美しかった。
「…がっ」
「がっ?」
「がはああああ!!」
「え?え?」
しまった。
久しぶりにイケメンを見たせいで少し脳が爆発しそうになっていた。
切り替えなければ。
「すいません、この本って…」
「…あー、すいませんその本は売れないんですよ」
「へ?」
「これお父さんが大事にしてる本なんですよ、なんで売るのはちょっと」
「あ、はい」
「そうなんですね、えっとじゃあ内容を書き写すとかは大丈夫ですか?」
「それなら大丈夫ですよ」
「…ありがとうございます」
本の内容を日記に書き写していく。
流石に全部は書けないので目に写ったところだけを。
迷信ぽい話や嘘みたいな伝説ばかりだったが中にはかなり役に立ちそうな情報もあった。
だがそれよりも気になったのはなぜこんな本を大事にしていたのか。
大衆ではあまり売られていなさそうなレアな本だからだろうか。
いやそれならもっと大事に保管しているはず。
それならなぜだ。
…わからない
頭がパンクしそうだ。
とりあえず店員さんに本を返そう。
「あの…」
「はいどうしました?」
「…本ありがとうございました」
「お役に立ててよかったです」
「…一つだけ聞いてもいいですか?」
「はい?」
「ザン・テハミルの本は他にはありますか?」
「…ザン・テハミルですか…うーんこの本屋にはもうないかもごめんね」
「いえいえ、そんな、すいません私こそ」
その後エルフのことと模様のことを探していたが収穫はなにもなかった。
そうして店を出た。
「ではまたのご来店お待ちしておりまーす」
店内からは先ほどの店員の声が聞こえた。
明るい人だな。
外はもう暗くなっていた。
宿に戻らなくちゃ。
模様のことはなにもわからなかった。
だがエルフの心臓については知ることができた。
そんなことよりも今はエマのもとに早く帰らなければ。
大分前に魔法が切れて起きているはずだ。
あの状態のエマじゃ僕がいないとわかったら暴れたり最悪自殺しているかもしれない。
宿についた。
部屋の前まで来た。
ドアに耳を当てると部屋からはぶんっぶんっと鋭い音が聞こえる。
ドアを開けた。
するとエマが素振りをしていた。
「ふんっ…ふんっ……あ、キミ」
「あ、あれ?」
思っていたよりも元気そうだった。
「えっとあのエルフの村のことは?」
「…やめて…その話だけはやめて」
涙目で懇願されてしまった。
先ほどまでの素振りをしていたエマはどこに行った。
「ご、ごめん、てかもう大丈夫なの?もう少し休んだ方が」
「ううん、こうしてた方が気分が紛らわせる」
「…そっか」
日記を机に置いた。
「それ持っていってたんだ」
「まあね、大分書いてなかったから探索ついでに書こうかなって」
「ふーん」
信じてなさそうな目をしている。
まあ実際にしてないんだけど。
「見して」
「は?」
すっとんきょうな声を上げてしまった。
「や、やだよ、恥ずかしい」
「なんで?減るものじゃないんだしいいじゃん」
この中のエルフのことについての内容を見られたらどんなエマが反応をするか想像ができない。
だから今エマには絶対渡してはいかない。
なんと言われようと絶対にこれは渡さない。
「……あのエマさん、縄解いて」
「見終わった後でね」
結局負けてしまった。
力勝負に持ち込まれ負けてしまった。
エマは鼻歌交じりに日記を読み進めていく。
途中何度か軽蔑した目をしながらページを捲っていた。
そして急に目を見開いた。
口は開いたまま手が震えていた。
そして日記を閉じこちらを向いた。
「キミ…私は大丈夫だから」
慈愛に満ちた目でこちらを見ていた。
いったいどうしたというのだ。
「キミが変態であったとしても僕は友達だから」
「…は?」
あっ…
心当たりがある。
僕は以前……
以前……色々な動物のちんこを模写していた。
しかも十ページに渡りリアルなちんこを模写していた。
恐らくだがそれを見られた。
今エマの中での僕の評価は地に落ちた。
死ぬしかない。
「キミ、誰にだってこういうところはあるよ」
傷心中のエマに慰められ更に情けなく感じてきた。
縄を解いてもらい。
「……えっと今日はもう寝よっか」
「…はい」
そうして僕の至上最悪の1日は終わった。
目を覚ますと隣のベッドからエマがいなくなっていた。
荷物もなくなっていた。
なぜだ、なんでいなくなった。
もしかして実はエルフの内容を見てしまっていたのか。
枕元に手紙が置かれているのを発見した。
「ごめんキミ、学校は一緒に行けない。」
机の上の日記には破かれた後があった。
日記を開き確認する。
破かれていたのはエルフの情報や模様が書かれていたページだった。
やはり見られていたんだ。
今からなら探せば間に合うか?
…ベッドからはもう温もりが無くなっていた。
今かじゃもう間に合わないだろう。
くっそ…
エマが人を殺してしまうかもしれない。
それはだめだ。
それならいっそ…
「…僕が先に殺さないと」




