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74 不満……ないかも。

「もうすぐ到着するぞ」


 体を揺さぶられるような感覚にゆっくりと目を開ける。

 ここどこ? 何か体が痛い――って。


「うわあああ!」


 頭に当たっている感触が何であるか理解して、驚いて飛び起きた。なんで私マレムに膝枕されてんの!?

 どういう状況!?

 ―― って、ああ、なんか魔法暴発させたとか? 眠気に耐え切れず目を閉じてしまったんだった。すっかり眠ってしまっていたってことか。

 苦笑しているユーシュレイと目が合ったので慌ててそらす。変態は嫌だ。


「ごめん、ありがとう」

 

 もごもごと謝罪と謝礼を一緒にマレムに向かって言えば、こっちも苦笑いをしているのがわかった。

 一体何なの、二人して同じような表情をしてるって。私が寝ている間に分かち合う何かがあったと? 絶対ないでしょそんなの。

 

 何をしても居心地が悪いような感じで、その空気から逃れるように窓をのぞき込む。

 馬車は王都の街の路地を走っている。見慣れた――とは絶対に言えない。だってあの家からほとんど出たことないし。大きな建物がそびえたつ街の形や、道を行き交う馬車や人々の様子から言ってここは王都なのだろう。私の中の王都のイメージそのままだ。

 家に戻ったらすぐにセレに隠してもらおうと心に決める。変態に覗かれるとわかっていて普通の生活を送れるほど私の神経は太くなかった。


「明後日だ」

「明後日?」


 横からかけられた単語の意味がわからずそちらに顔を向けて聞き返す。

 

「明後日聖域に行く」


 は? 早すぎない?

 発言者のマレムを見れば普通の表情だ。冗談ではないことはわかっていたけど、本当に明後日決行なの?


「……わかった」


 早すぎるとは思うけど、この人がそう決めたのならそれに従うだけだ。

 明日一日で仕度を整えろってことなんだろうけど、用意する物なんかないような気がする。

 

「変態には話したが、例の荒野の呪いから身を隠す魔法、これを反転させて女神に施す」

「反転?」

「目印をつけるということだ」


 反転の意味がわからず聞き返せば、変態が答えてくれた。

 けど、目印? 余計わかんないんだけど。


「女神に目印を――まあターゲッティングだな。呪いの」

「リヴが荒野の呪いを一身にあびることになる」


 そんなこと、できるの?

 二人を交互に見やって、心の中に浮かんだのはその疑問。

 確かにそれは、私の先祖も、カランさんたち秘密組織も願っていたことなんだろうけど。


「……呪いが一気に女神に降りかかるってこと? 女神は自分の罪を自分で背負うの?」

「背負うぐらいで済めばいいけどな」


 マレムの言い方には少しだけ含みを感じた。背負うぐらい? それ以上に何かが起こるかもしれないっていうことなのか。


「荒野の呪いって、……確かに私は両親が親戚に殺されちゃったり、大聖堂の虐殺に巻き込まれたり不幸が続いてはいたけれど、それだけよ。荒野の呪いって不幸を呼ぶだけなんでしょう? 女神が不幸が降りかかるだけじゃないの?」


 確かに私にとっては最悪の出来事だった。でも、私は今も生きている。

 食べるものに困ったりはしたけど、それでも食いつないで来れたし、大事な友人だってできた。

 だから、あの女神が呪われたとしても受け止めきれないほどのものではないと思うんだけど。


「お前にはあの間抜け猫がいるだろうが」

「セレが? セレって呪いも何とかしてくれてたってこと?」

「守護者なんだから当たり前だろ。その守護者がずっと付いていたのも関わらずお前に呪いの効果があったんだ。それ直で受けたらどうなる?」

「とはいっても、セレの魔力ってほとんど枯渇しているんでしょ? 呪いをなんとかなんてできないんじゃないの」


 今は私の魔力を吸い取ることで存在しているって話だった。治癒魔法を発動させるだけでも休まないと意識を保つこともできないような状況じゃ何もできないに違いない。


「多分アレの存在がそういう邪なものを寄せ付けないんじゃねーの。おい変態、お前こいつの存在をずっと探していて見つからなかったって言ってたよな?」

「ああ」


 そのずっと『探してた』ってのも聞くだけでぞわっときてるからやめて欲しいんだけど。

 そういえば前にも聞いたな、それ。私は隠れてなかったのに、魔法で探しても見つからなかったって。


「それは、アレが近くにいたからだろ? アレとしばらく離れた途端、この変態に嗅ぎつかれたんだから、多分そういうことだ」

「そういう、こと……」


 私が殺しに失敗して、この人に引きずられるように王都に連れてこられたその間、セレと離れることになった。それって変態に見つかったのってこの人のせいってことになるんだけど!


「なんてことを……!」

「その前に自分のしたことを思い出せ」


 私の考えていることが通じたのか、マレムが釘をさすように言ってくる。

 わかってる! あそこで私が迂闊なことをしでかさなければ、この人の初めてを奪わなければ、こんなことにならなかったのに!


「事故で終わらせてくれれば済んだ話なのに」

「今更だろ」

「それは! そうだけど……」


 そうだ、もう今更悔んだりしても変えられない過去だ。

 でも、これだけは言える。何があっても死の口づけなんて捧げちゃ駄目だった。


「んで、今現在、何の不満があるんだよ?」

「不満なら」


 たくさんある、と言いかけて、言葉に詰まった。

 本当に、捧げちゃ駄目だったんだろうか。とそんな疑問が浮かんだ。

 今、結局セレは私の近くにいてくれている。ミレイとランドも無事だ。

 何より、私に、家族がいる。絶対不幸にしたくないって思える家族が。


「――ない、かも」


 怒鳴り散らかしている閣下とか、何をするかわからない奥様とか、弟愛が重すぎるリハト様とかちょっとアレかなって思わなくもないけど……。

 そうだ。家族か。一生一人で生きていくしかないって思ってたのに。


「……腹立たしい」


 変態が吐き捨てた言葉に、はっと我に返った。

 まだちょと眠気が醒めきってないのか思考の海に沈みこんでいた。

 できれば変態はちょっとその苛立ちを隠して欲しいって思うのは求めすぎなんだろうか。


「反転魔法はこの変態と共有した。どっちかがこれを女神に施せばこのくだらない茶番はお終いだ」

「それだけ? 私は?」

「囮」


 またそのパターンか!

 でもまあ、それが一番効率良さそう。

 

 馬車が止まった。

 御者さんが扉を開いてくれるのを待って、立ち上がって外へと飛び出した。


「若奥様?」

「ありがとうございます!」


 御者さんの差し伸べられた手を借りて地面に降り立ち、行儀を頭から追い出しなりふり構わず屋敷の入り口から中に駆け込む。


「おかえりなさいませ、若奥様」

「お待ちしておりました」


 侍女さんたちが出迎えてくれる中、ようやく道順を覚えた私の部屋に向かって減速することなく走り続けた。

 ……なんか仰々しい出迎えだったな……? と気づいたのは部屋に飛び込んでからだった。


「セレ!」

『どうした、サラ?』


 呼びかければフラフラとした足取りでセレが足元に寄ってきた。昼寝をしていた様子だ。


「しばらく私から片時も離れないで!」

『一体何があった?』


 掬い上げるようにセレの体を持ち上げてぎゅーっと抱きしめる。

 変態が身近にいる今、私は守護者だというセレから離れてはならない。絶対に!


「絶対に離すもんか!」

『サラ』

「……そんなに警戒すんな。変態は離れに隔離だ」


 後を追ってきたのだろう、マレムが遠慮なく部屋に入り込んできた。

 できればこの人も排除してほしいところだが、一応この家の血縁者だ。変態を隔離してくれたから感謝すべきなのだろう。


『へんたい……?』


 セレはまだ完全に目が醒めてないせいかどこかぼんやりとその単語を口にしている。できればそんな汚らわしい言葉を言わないでもらいたい。セレが穢れる。


「おい虚弱猫、屋敷の敷地内に元大神官がいる。こいつをうまく隠しとけ」

『変態? 大神官が? なぜ?』

「女神ぶっ倒すのに奴も巻き込んだ」

『……囮か?』

「さあな」


 囮は私の方だから、あの変態は一応主力の方なはず?

 なんか妙な雰囲気なのはどうしてなんだろう。


「ねえ、なんでそんな顔してんのよ」


 表情がぎこちない、と思ったけれど、やっぱりそんなことないのかも? じっとその表情を観察みているが見れば見るほどわからなくなってくる。だけどいつもとちょっとどこか違う気がする?


『いつもどおりふてぶてしい顔だ』

「……このゲス猫」

『うぎゃあああああ!』


 私の腕の中にいるセレの頭を乱暴につかみ、マレムが魔力を流す。びりびりするとか言ってたけどひどい悲鳴だ。


「ちょっとやめて!」

『うぅ……ビリビリ……』


 慌ててひったくるようにセレの体をマレムから引きはがしたが、セレの目の焦点が合ってない……。


「なんて無体な真似を」

「普通のコミュニケーションだ」


 絶対嘘。

 セレの頭にそっと触れて呼びかけてみるが反応という反応が返ってこない。大丈夫なの、これ。


「いつものことだ」

「絶対嘘」

「あのな、俺は強い」


 はあ? セレをおかしくして宣言するようなこと? それ?

 ため息交じりに呟くマレムを睨む。

 言っておくが、私にとってこの夫よりセレの方が何万倍も大事だ。


「女神程度じゃ肩慣らしにもならない」

「……だから?」

「あの天使も俺の敵じゃない」

「……だから、どうしたのよ? なんでそんな不安そうな顔してんの?」


 女神も天使も敵にならないんだったら、さっきからこの人の目にちらついている不安の色は一体なんなの?


「――もし俺が」


 言葉を切って、マレムは私との距離を一歩詰めた。

 手を伸ばせば触れられる距離。あんまり好ましくはない。


「俺が天使にされたら?」

「……そんなことありえるの?」

「禁呪だ。防ぐ手立てはない。もしそうなったら、お前はあの変態と逃げろ」


 そんなことを、今まで見たこともないような真剣な顔で告げるの?

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