72 協力要請
「会えたのは純粋に嬉しいけど、何をしにここに?」
何事もなかったかのように立ち上がると、ユーシュレイは涼しい顔でそんなことを言う。
一瞬で治癒魔法をかけたっぽい。何ともタフというか、その魔法の使い方に感心するといえばいいのか。
元大神官を引っ張り出すのはマレムが言い出したことだけど、この段階で何となく雰囲気が悪い。
「女神を倒す」
マレムが何も言わないから、私が話をするしかない。
きっぱりと告げれば、ユーシュレイは一度大きく頷いた。
「わかった。リヴ様――リヴを倒すのに力を貸せばいい?」
「違う。女神を倒した後、あんたにリヴ神教のトップになってもらいたいの」
「……私に?」
「それで、あんたが戦争を終わらせて」
「神教のトップとして降伏宣言をしろ。女神が死した後も神教だけは残してやる」
私の言葉を補足するようなマレムの発言を聞き、ユーシュレイは沈黙した。
この変態にとって、リヴ神教というのがどういう存在なんだろう。
女神の器だった人がこの変態の祖母だったということと、その祖母がユーシュレイを大神官の座につかせたということは知ってるけど、それ以外はよく知らない。深入りしたくないから知りたいとも思わない。
「神教の存続など、どうでもいい」
「ユ……変態……元大神官」
名前を呼ぶなって言われると、変態は変態としか呼べないわけで。呼びかければ、責めるような目を向けられてしまった。
ランドといい、変態といい、視線で非難してくるのってどうなのよ。
「神教には今更何の感情もない。消えてしまおうが、どうでもいい」
「……そうなんだ」
「もう名前は呼んではくれないの? サラ」
「呼びたくないし」
「交渉をするのなら、少しぐらいは譲歩するべきじゃないのか、マレム・クラウディル」
譲歩? って何?
変態の言う意味がわからず首を傾げていると、変態が私の様子にかすかに笑みを浮かべ口を開いた。
「サラが私の名前を呼ぶぐらい許してくれてもいいだろう? 束縛しすぎだ」
「――俺はもうその家名を名乗れない。厭味か」
「もちろん。厭味に決まってる。イーガー男爵」
やっぱりこうなるのか。
にらみ合っている二人から視線をそらしてこっそりため息をつく。
もう面倒くさいから向こうの開けた場所で魔法の応戦でもなんでも好きに雌雄を決してくれればいいと思う。
「精霊に認められたのならば妙な嫉妬心など抱かず夫として鷹揚に振る舞え。そもそもサラが貴様のような鬼畜の妻になるなんて――妻……」
ぞくっと寒気が全身を駆け巡った。
なんか変態の声の響きが気持ち悪い。
「人妻というのは、それはそれで」
なんか言ってることキモっ! 一歩踏み出してくるのやめて! 近づかないで! ものすごく怖いから!
「寄るんじゃないわよ、変態野郎。サラが汚れるわ」
「……ミレイ・ディバン……!」
私を背中に庇いながらミレイは変態の前に立ちはだかった。
「お前に、誰かを慈しむ資格なんてないわよ。どれだけの人間をその手で葬ってきたか自分が一番わかってんじゃないの?」
そうだった。変態はミレイの家族の仇なんだった。
変態もわかっているのだろう。先ほどの気持ちの悪い何かを消して、気まずそうにミレイから目を背けた。
「そうだな、謝って済む話ではないとわかっている。君の気のすむようにしてくれ」
「……」
やけに殊勝な言動をしてくる変態にミレイは口を閉ざした。
なんかこの変態、こんなことを言い出すなんてちょっと変わったような気がする。
ちょっと前まで、大聖堂にいたときには浮世離れした雰囲気があったように思う。人の苦しみや悲しみなんて知る必要もない、みたいな。
少し考えるようにミレイは瞑目し、すぐ目を開けると突然私へと向きを変える。私が声を上げる間も与えずミレイは勢いよく私に抱き着いた。
ぎゅーぎゅーと締め付けられれば苦しくて仕方ない。
「ミ、ミレイ……?」
「――羨ましい?」
「……ものすごく!」
私に抱き着きながら、ミレイは挑発するような口調で変態に問いかける。
変態、率直に答えないで! 黙ってろ!
「サラってば、柔らかくてすっごくいい匂いがする」
「いや、ちょっと、ミレイ……」
変態の羨望の視線も気色悪いけど、ミレイの言葉もちょっとあれだな。
見せつけているだけだとはわかっていても、嗅がれるのはちょっとなんかものすごく嫌なんだけど。
「嗅ぎたい!」
変態はもう少し欲望を包み隠してよぉ!
「ずるい! 触りた――」
なおも気色悪い欲望を口にしかけた変態の真横ぎりぎりをすり抜けた魔法が背後の地面にぶちあたり、小さな爆発音があがった。ちょうど人がいないところを狙ったんだろうけど。
残っていた組織の人たちの顔色が一斉に青ざめたのがわかった。その恐れの感情をたたえた皆の視線は一人の男にそそがれる。
見なくてもわかる。大聖堂を破壊した悪魔だ。
マレムが変態にぎりぎり当たらないところを狙って魔法をぶちかましたのだ。
巻き込まれる人がいなくて良かった。多分そこまでちゃんと見越してやってるんだと思う。思いたい。
「茶番はそこまでにしとけ。次はしとめんぞ」
「うわぁ。……そこまでするぅ?」
ミレイが私に抱き着いたまま、耳元で心底いやそうに呟いた。
確かにあれは本気だ。隙を見せたらあの人変態を本気で刈り取るつもりなんだろうな。怖っ!
こういう時は逆らわないに限る。
ミレイの手から抜け出そうとした途端に、マレムに手首をつかまれ引っ張られた。またこれか……。
「こいつは俺のだ」
「……」
「……」
「……」
「……」
うああああ! 突然爆弾発言をかまさないで!
慌ててその指を力任せに振りほどく。こんな破壊魔と一緒にされたくない!
「触るな。変態、それから狂犬女も」
「うっわ! むっかつく! サラはあんたの物じゃない――ってあんたの物だったわねー……」
「ちょっとミレイ! 物扱いはやめて!」
誰かの物とか、虫唾が走る。
だいたい、この男が突然変なことを言い出すから公開処刑みたいになっちゃったんじゃない! とマレムを睨みつけた。
変態とこいつを引き合わせると面倒くさいのはわかってたけど、これほどとは思わなかった!
「どうでもいいけど、早く話すすめろよ」
ずっと沈黙を保っていたランドの言葉はご尤も。だけど当事者たちの耳には届いてなさそうだった。
とりあえず、冷静になろう。
カランさんに自宅の一室を借りることにして移動。
椅子はそこら中からかき集めてきて、全員腰を下ろした。
「サラ様、お茶です!」
カランさんの娘だと言う私よりちょっと年上ぐらいの女性が小さいテーブルに全員分のお茶を並べて、私の分だけは手渡してくれる。
「サラ様のご領地、林檎の特産地だと聞いています!」
「あ、へぇ、そうなんですか。でも私の領地じゃないんですけど」
「林檎の苗を見て、人は魔法王国を連想するようになるのでしょうね! 壮大なロマンです!」
この人も、こういうタイプか……。
悪いけどちょっとすっこんでろ――ください。
カランさんとその娘さんを部屋から出して改めて交渉再開だ。
「わかった、提案を飲もう」
あっさりと変態が頷いたことで交渉は成立した。
スピード解決だった。
「随分物分かりがいいな」
「神教がどうなろうと興味はない。だが、女神の延命を許すつもりはない」
強い口調で言い切って、変態はマレムをにらみつけた。
「ただ、条件がある」
「条件?」
……言い出すだろうと思ったけれど、実際この変態は何を望むんだろうな。
変態の視線はマレムにむけられたままだ。何を考えているのか全然わからない。
「リヴを倒しに行く時に、同行させてもらえないか」
「……ほう?」
意外な申し出だと思ったけど、マレムにとってはそうではなかったようだ。
言い出すのを待っていた、と言わんばかりの笑みを浮かべた。
「リヴとはいつか向き合わなければならないと思っていた。私が先に進むためにも」
「そうか」
くるっと体ごと私へと向きかえった変態が何となく頬を緩めたのがわかってしまった。慌てて目をそらす。できれば構われたくはないわけで。
「じゃあ適当に頑張って」
「サラ、君は私が命に代えても守る!」
重いんだよ! 重すぎる!
マレムとかミレイみたいに「ムカつくからいっちょ倒しとくか!」ぐらいでいて。
「そろそろ、色恋沙汰もうまく躱せるようになれよ。人妻なんだから」
傍観者と化していたランドがこっそりと私にだけ聞こえるように言ってくるけど。
躱すって、わかんない! どうやればいいわけ?
恋愛強者といえばミレイか。 片っ端から破壊してるから真似はできないけど、一応聞いておくか。
「ミレイこれってどうするのが正解?」
「多夫一妻?」
――ミレイに聞いたのが間違いだった。
一人でも持て余してんのに、もう一人とか絶対無理だし。
変態が日常的に視界の中にいる生活ってのは想像もしたくない。
「何をこそこそ話してんだ、さっきから?」
「なんのこと?」
この場合、シラを切るのが正解。
ちょっとずつこの人の対応の仕方がわかってきた。
こうやって少しずつ気まずさを解消していければいいんだろうけど。
「ランド、移住の手続き関係、やっとけ」
「う。そうくるか。はい、わかりました!」
突然振られても、とりあえず立ち上がり動き出すランドは社畜の鑑だわ。あそこまではなりなくないな。
「じゃあ、私もたまには書類仕事手伝おうかなーっと」
「え、ミレイ?」
「適当に帰るから帰りはは心配しないで。気を付けて帰ってね、サラ」
ミレイは立ち上がると、そう言ってもう一回ぎゅうっと抱き着いてきた。
なんか今日のミレイ、スキンシップ多くない?
「うらやましいでしょう?」
私から一歩離れ、ミレイは人でなしと変態のどちらにでもなく不敵な笑みとともにそう挑発するとランドの後ろを追って行った。これがやりたかったのか。
「羨ましいに決まってるだろう、魔人め……」
「狂犬女の挑発にまんまとひっかかるんじゃねーよ、変態」
こそこそとやり取りする様を見る分、どうやらわが夫の方がかなり冷静なようで、それは助かるといっていいのか、悪いのか。
微妙に決まってんでしょ。
で、まあ、帰り道。
何でミレイがあんまり得意じゃない書類仕事を引き受けたかを理解した。
馬車に乗り込もうとしてようやく気づいたってあたりが迂闊すぎる、自分。
「なんで、あんたがいるの?」
向かい合わせに座るマレムとユーシュレイ。
もちろん問いかけは変態に対する問いかけだ。
だって、こいつは転移魔法が使えるはず。
「サラと同じ空間に少しでもいたくて。同じ空気を吸えるだけで幸せだから」
この変態! って口に出して罵るのって却って変態を喜ばせるんだっけ?
マレムを見やる。なんでこれと同行するのを許してるのか本気で謎。
「サラ」
私の視線に込められた感情に気付いているのかいないのか、マレムは自分の隣の空いているスペースを指して私に座るように促す。
まさか、これ――。
「……性格悪……」
「何がだよ。早くしろ」
このまま扉を閉めて二人っきりで帰れ! ってやっちゃ駄目かな。いや、駄目か。
ありえないとは思うけど、万が一女神がやってきたら私一人じゃ対抗できない。
それをわかっていてやってるんだから、本当に性格が悪いんじゃないの。
中央の床に座り込みたい衝動に駆られながら、マレムの横に座る。
これは、あれだ、さっきミレイがやっていた見せびらかしと同じ、だよね。
この人、完膚なきまでに変態を叩き潰すつもりなの?
変態が私への執着を捨ててくれるならそれに越したことはないから、いい、の、か?
戸惑いながらも視線を下に向けていれば、マレムが私の腰に手をまわして引き寄せた。
「遠い」
「近すぎる!」
膝がつくほどの距離まで引き寄せられて、文句を言ったがどうも離してくれるつもりはないらしい。嫉妬見苦しいって言ったのに、なあ。
勿論変態の顔は怖く見ることができない。
でも、気づいてほしい。これ、私にとっても地獄の時間だってこと。
「さて、それじゃあ、ユーシュレイ元大神官殿。どうやって女神を倒すのか、その手段について王都までの道すがらじっくり話し合おうじゃねえか?」
――そうして、馬車は王都に向かって走りはじめた。




