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71 気まずい朝

 理由も行き先も告げられないまま、朝から馬車に押し込められた。

 重苦しい雰囲気漂う車内は、とても『わーい♪おでかけ楽しみです♡』なんて口が曲がっても言えない。


 馬車の中は、私の向かいにマレム、その隣にランド。そして私の隣にはミレイがいる。

 早朝起こされて、朝食を食べる間もなく馬車に乗せられたけど、とても食欲なんてわくはずもなく。


 なんかご機嫌斜めっぽいのは、昨日セレに眠らされちゃったせいだと思うけど、ずっと黙ってるのはどうかと思う。

 私も寝ちゃったんだからお相子でしょうが。


「何をやらかしたのよ?」


 こっそりと、でも目の前に座っている人に聞こえる声量でミレイが尋ねてきた。

 鋭い視線に貫かれたが気づかないふりをしておく。

 ホント、雰囲気最悪だし、ものすごく怖い。


「に、逃げた……」

「はー、なるほどね」


 全部わかっていると言いたげにミレイは何度か頷いて、もの凄くいい笑顔になった。


「逃げられるほうが悪いわ、それ」


 刺激しないで!

 こっそり囁くような声ではなく、普通の声の大きさできっぱりと言い切るミレイに、マレムが無言で何かをした。


「な! ちょっと何すんのよ! 新品ヘタレ男!」

「ミレイ!」


 立ち上がりかけるミレイをランドが止める。ランドは責めるような視線を私に注ぎながらもミレイを必死に宥めている。

 わかっているからその目はやめて。

 っていうか、それよりマレムはミレイに何をしたの?


「頼むから、ミレイ、ちょっとだけ落ち着け、な? 逆らってもいいこと一切ないぞ~?」

「精神支配系の魔法放ったでしょ! 私、そういうのわかるんだから!」

「うるせーから黙らせようとしただけだ、口閉じろ、狂犬女!」


 精神支配系って何? 黙らせる魔法?


「下手したら精神崩壊するやつでしょ! それぐらい知ってるのよ、侮らないで」

「避けただろ」

「当たり前でしょ!」


 精神崩壊って、ミレイを本気で攻撃するつもりだった?

 いや、 絶対避けるってわかってたからこそやったんだよね? そうだよね?

 さっきから途切れることなく注がれているランドの視線が痛い。だからそんな目で見ないでよ。


「……ごめんなさい!」


 仕方なく立ち上がって頭を下げる。揺れる馬車の中だから倒れそうになるのを何とか耐えて、色々必死だ。この必死な謝罪で機嫌を直してもらいたいところ。


「……いいから座れ」

「はい……」


 ちょっとだけ声音から険がなくなった、かな。

 これでぎすぎすした空気ともさようならできると安堵した途端、何か理不尽だなと思ってしまった。

 何で年長者が一番大人気ないんだろう?


「女神を倒したら、覚えとけよ」

「……え、怖い」


 さすがに空気を読んだのかミレイとランドは何も言わなかった。ここで黙られるのは本当に怖いんだけど。今こそ何か言ってほしい。

 っていうか、ホント何されるの、私?




 ギスギスした空気の後は重たい沈黙がのしかかってきた。

 可能ならば帰りの馬車は別々がいい。普通の乗り合い馬車で帰りたい。

 やっぱり一緒の空間にいると居心地が悪いって、どういうことなんだろうな。夫婦なのに。

 

 馬車が止まり、ふらふらした足取りで降り立てば見たことがある光景だった。

 ここは、あれだ。魔法王国の末裔の秘密組織がある村。

 なるほど、ここに変態元大神官がここにいるから、協力要請に来たってことか。

 それって、あの「どっちを選ぶ?」公開処刑をやる心構えをしておけばいいんだろうか。

 そういや、前にこの村でやったよね「選ばせてやる」って。

 あの時私は二人ともいらないって言っちゃったけど……。

 まさかあの時のリベンジを考えてたりしてんのかな。 ちょっと執念深すぎて、それもそれでとても怖い。

 でも、前の時は両方ともいらないって答えたのに、今はちゃんと選択しようと思ってるんだから、人って変わるものなんだなと自分のことながら感心するやら呆れるやらである。まあ半分以上夫婦の義務による選択なわけだけど。


 

「サラ様!」


 そんなことをつらつらと考えていたら、一人の男性が私の名前を呼びながら駆け寄ってきた。

 この人確か組織のまとめ役っぽい人。カランさんだっけ?


「まさかサラ様が直接いらっしゃるとは! 事前に言っていただければ全員でお出迎えしたのですが」

「いや、それはちょっと、遠慮したいというか、その気持ちだけで十分ですっていうか」


 だから私は魔力もないし、血筋だけの普通の人なんだってば。歓迎されるいわれもないわけで。


「サラ様!」

「サラ様がいらっしゃった?」

「おい、組織の連中全員集めてこい!」


 カランさんの後ろから、どんどん人がわいてきて、あっという間に取り囲まれてしまった。

 だから、こういうのやめてほしいのに。何か人を集めてくるみたいな声が聞こえてきたけど、聞き間違いだよね? そういうことにしておく。


「この人たちに一体何をしたのよ、サラ?」


 後ろに突っ立っていたミレイが呆れたような声音で聞いてくるけど、何かやったのはご先祖様であって、私じゃない。


「そういえば、サラ様、ご結婚をされたそうですね。誠におめでとうございます」


 後で説明しようと思いながらミレイに首を横に振って答えていると、カランがそう言って大きくお辞儀をした。

 カランが頭を下げると、周囲の人たち、小さい子どもから老人までそろって頭を下げる。

 本当に、本当に! もうやめて! どう伝えればこの気持ちが伝わるの?

 そもそもおめでたいのかな、この結婚って。既に破綻しかけてるような気がして仕方ない。


「国王からご領地を賜ったとうかがいました」

「なんで知ってるんですか?」

「サラ様のことなら何でも調べつくしております」


 だから怖いんだってば!


「特に今はサラ様のことを知り尽くす方がおられますからね、組織に」


 それってあの変態でしょ! あの変態、まだ私のストーキングしてんの!?

 マレムに目をやれば何となく遠い目をしているのがわかった。頼むから現実逃避しないでほしい。

 ……この人にこんな顔させるなんて、この組織ってヤバイ。いつか潰されるんじゃないかな、公爵家あたりに。


「しかし、領地とはまた……。新しき魔法王国の礎ですね!」

「……え?」


 復興までは願わないとか言ってたのに?

 そんなことを言い出すカランさんを凝視すればこの上ない喜び、と言わんばかりの笑顔で続けて言ってきた。

 

「我らもサラ様のご領地に移り、国造りの手伝いをさせていただきたい所存です。いかがでしょうか?」

「えー……」


 そんなこと問われたって困る。

 だいたい私が決めていい話じゃないし。


「どうしたらいい、領主様?」


 横にいるわが夫、マレムに問いかけてみる。この人が領地の最高責任者だ。もう全部責任をなすりつけてやる。

 マレムはようやく現実に戻ってきたようで、小さくため息を吐いてから口を開いた。


「よかったな、領民が増えるぞ、領主代行」

「ありがとうございます!」

「さっそく移住の準備だ!」

「領主様最っ高!」


 えええええ!? それでいいの!?

 蜘蛛の子を散らすように集まっていた半分以上の村民がそれぞれの家に駆けこんでいくのを呆然と見ていることしかできなかった。

 どうでもいいけど、みんなフットワーク軽すぎない?


「あああ! 悔しい! 俺にはここに土地がある! 移住なんて、できない!」

「年老いた旦那の両親を置いてくことができない! ああ、悔しい!!」


 残った半数のそのまた半数ぐらいがその場に膝をついて嘆きの声を上げている。

 これはどうすれば、……うん、まあ、もう、どうでもいいか。


「すげー、一気に税収が増えるな」

「原住民ともめ事が起こらないといいわね」


 ランドとミレイが口々に適当なことを言ってくるのを聞き流してて、私は大きくため息を吐いた。

 完全に他人事だと思って軽々しくいってくれるよね、って感じ。

 私と同じように呆然と村民の動きを眺めているマレムにとっては他人事じゃないんだからね。

 

「放っておいていいの? あの感じ、気を付けないと本当に新しい国を作りはじめるわよ!」

「新生魔法王国って、めんどくせー……」


 領主がこのスタンスなら独立国家建立の危険性は低いかもしれないけど。

 なんかここの人たち一旗揚げたいって気持ちが透けて見えるから困る。

 

「……それより、そろそろ奴が来るぞ」


 マレムに言われて、背筋に寒気が走った。

 そうだここにはアレがいるんだった。気持ちを切り替えて迎え打たないと。


 「サラ!」


 来た!

 駆け寄ってくる変態をしっかりと目で捉えて、ぎりぎりまで引き付ける。


「まさか会いに来てくれるなんて……っ!」


 抱きついてこようとするその体を前に腰を落として、こぶしを振りかぶる。

 くらえ! 変態!

 捻りを加えながら力の限りその胸部――心臓目がけてたたきつける。

 改良コークスクリューパンチだ。


「うぐえ!」


 奇妙な叫びをあげてその場にしゃがみこむ変態に、高揚感を覚えたのは一瞬。


「おい、手首は無事なのか?」


 横からマレムが私の右こぶしを手に取りまじまじと見ている。

 叩けば痛いに決まっている。

 自分の身を犠牲にしてもやらなきゃならない時がある。今がその時だ。


「大丈夫よ」

「痛いけど、サラの拳、この身すべてで、受け止めたいっ!」

「蹴とばしとけ」


 変態は変態だった。

 マレムに言われた通り蹴とばしてみる。


「足! サラの足!」

「怖っ!」

「やめろ変態!」


 変態を蹴りつけながら、マレムが私を背後に押しやって変態と距離を保ってくれる。

 あ、ちょっとだけ優しい。


「こういう時はとりあえず股間を蹴り上げろって教えたじゃない」


 横からミレイに言われて、はっとなった。

 そうだ緊急時にはそうしろって前に言われてたんだった。次からはそうしよう。


「それをやったら、むしろこいつ悦びそうだな」

「……悦ぶ?」

「いい、忘れろ」


 ものすごく嫌そうな顔で言うマレムの言っている意味は理解できなかった、というか、脳が理解を拒んでいた。

 考えると気持ち悪くなりそうだったから、言われたとおり忘れることにする。

 とりあえず変態の動きを拳一つで止められることがわかったから今日はそれで概ね満足だ。

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