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70 罪悪感とのせめぎ合い

 夕食後、言いつけどおりマレムの部屋に移動――ってやっぱ嫌だ!

 手記を持って部屋を出ようと足を踏み出しかけて止まる。

 ミレイは今日一日お休み。外出をしているようでまだ戻ってきてなかったから夕食は一人だった。

 ミレイがいたら絶対に付き添ってもらったのに、こういう時に限って不在なのって何かの隠謀?

 

 ランドは覚悟を決めろというけれど、覚悟ってどうやって決めるの?

 前に宿屋のオーナーが天井のシミを数えている間に済む、みたいなこと言ってたけど本当にそんな心構えで行けんの? 絶対無理じゃない?

 先送りっていつまでいいのかな。ああ、もう、無理なもんは無理!


「セレ!」


 ソファの上でゆっくりじっくり毛づくろいをしている猫のセレを有無を言わさず捕まえて抱きあげる。


「助けてセレ」

『どうしたサラ?』

「夫婦の契りとか無理!」


 急に抱きかかえられても動揺を見せなかったセレだが、私の返答にはさすがに言葉に詰まったようだ。


『……なんでそう飛躍する』

「だって、そういう空気を出してくるんだもん! せめて女神を倒すまでは絶対に無理って言ってるのに!」

『……』


 セレが黙り込んでしまった。

 わかってる、こんなのセレに相談するような話じゃないってことぐらい。でも、他に聞いてくれる人がいない。

 ミレイもランドも不在。昼間のあの感じから言って侍女さんに相談したらとても不味いことになることぐらい私にだってわかる。


「だから、セレ、一緒に行こう?」

『なぜそうなる?』

「あの人、私の物は何もないから身一つで来いって言ったけど、私にはセレがいる! 移動するならセレも一緒に行くの!」

『あのド腐れ貴族、会うたびに大量の魔力を注いでくる。だからできれば会いたくない」


 あ、だからセレ、あの人が来るときどっかに隠れてるんだ。


『あれはやけにビリビリしていて痛い』


 ……私より、セレの方が虐げられている気がする。


『だが、わかった。たまには私もやらねばなるまい』

「え」

『目にものを見せてくれる』


 なんかちょっとセレが物騒なことを言い出したぞ?

 けど、やる気になっている今がチャンス。


「行こう」


 手記とセレを持って、いざ出陣!だ。

 勿論場所がわからないから案内をお願いしたら、侍女さんが神妙な顔つきで案内してくれた。


 道すがら、侍女さんに身の危険を感じたら大声を出すことを約束させられ、ようやくマレムの部屋にたどり着く。

 ノックをして返事を待つが、一向に返事がない。

 こっそり開けてみれば、部屋の中は暗かった。不在のようだ。


『出直すか』

「出直すの面倒くさいから勝手に入って待ってよう」


 我ながらひどい理由だと思いつつ、暗い部屋の中、一歩踏み込んだ。

 明かりは魔道具だったはずだけどどこにスイッチがあるのかわからない。そのうち誰かお茶でも持ってきてくれるかな、と暗さに慣れてきた目で座れる場所を探す。あ、ソファ発見。

 さっと移動して座る。


「ね、セレ、練習してたあれ、やってみない?」

『わかった』


 セレが発生させた少量の魔力に触れて魔法を発動させる。

 小さな光のボールが出来上がった。

 宙に浮かべて明りにする。


「できた」

『見事だな』


 こっそり二人で練習していた魔法だ。

 一番簡単な魔法だとセレに教えてもらって、魔道具の魔力の形を見ながら見様見真似でやれるようになった。小さい明りを作るぐらいの少量の魔力ならばセレにも負担がかからないようだ。

 ぼんやりとした明かりの下、持っていた手記を開く。まだ読破できてない。

 出会い編という何だかものすごくむず痒い章を頑張って読む。

 どうやったらこんなに恥ずかしい文章を書けるんだろうか。疑問しかない。


 悲鳴を上げそうになりながらも、何とか読んでいたら、突然ドアが開いた。

 ノックは――と思ったけど、普通に考えて自分の部屋に入るのにノックはしないか。


「誰だ! って何してんだ! ビビらすな!」


 怒られてしまった。勝手に入り込んだのは私だから怒られてもしょうがないけど。


「勝手に入っててごめん。出直すの面倒くさかったから」

「そういう話じゃ――なんだこれ、魔法か?」


 私が作りだした明かりをマレムが振り払うように消してしまった。

 私の、魔法……! いやまあ、ものすごく簡単な魔法だし恨みに思ったりはしない。だけどちょっとだけがっかりしてしまう。別にこの人のコメントが欲しかったわけじゃないんだけど、なんだかな、もう。


「明かりぐらいつけろよ」


 そう言いながら、マレムは魔道具を起動させたのだろう。部屋が一瞬で明るくなった。

 やっぱり私のヘッポコ魔法とは違う。


「粗悪猫も一緒か」

『黙れ能無し貴族』


 この二人の罵り合いもいつものことだけど、そろそろ暴言の種類が尽きそうだから、そのうち和解するのかもしれない。


「セレも私の物だから、移動するときは一緒に移動するに決まってんでしょ」

「はあ、そうかよ。好きにしろ」

「聖域にも一緒に行く」


 私がきっぱりと告げると、マレムは私の膝の上のセレを一瞥して、向かいのソファーに座った。


「それで、聖域にはどうやっていくつもり?」

「第三王子の飛空船だ」


 あれか。リハト様曰く「税金の無駄遣いの結晶」。

 技術の集大成みたいな感じだったけど、よく借りることができたもんだ。


「脅した?」

「さあな」

「……まあいいけど。あの筋肉王子のせいで皇妃に拉致されて、女神に手ひどくやられちゃったわけだしね」


 言葉にしたら、なんかムカムカしてきた。

 あの飛空船、返却前に破壊しときたい衝動にかられる。――ってこういう思考が、この家に感化されてるって言われちゃうんだってば。控えよう。


「操縦はあの筋肉王子?」

「ああ。あいつらが一番慣れているからそこは任せようと思ってる」

「ふうん」

「それと、元大神官」


 聞きたくない単語に、自然に顔が引きつったのがわかった。


「ユ……あの変態が何?」


 名前を呼ぶな、と言われていたからそこはちゃんと守る。そのぐらいの分別はある。

 こっそりとマレムの顔色を窺えば、眉間にしわが寄っているけど、これはいつも通りだ。問題なし。


「あいつも巻き込む」

「何でよ? あんただってできれば会いたくないんじゃないの?」

「できれば闇に葬り去りたい、だ」


 そこまで嫌ってるのになんで? って感じなんだけど。


「女神を倒した後、あれをトップに据えて無理やり戦争を終わらせる。教皇も皇妃も人をやめちまったんだからアレしかいねーだろ、信徒をまとめられるのは」

「……もう死んだことになってるんじゃなかった? だいたいやれって言ったらやってくれるの?」

「あいつのことだ。恐らく対価としてお前を要求してくることぐらいは想像してる」


 げ。絶対嫌。

 

「思考能力を奪ってその地位に縛り付けるには、どうすりゃいい?」

「え、私に聞くの? それを?」


 そんな非人道的な手段なんて思いつくわけないでしょ。何言ってんのこの人!


「……いっそ私と離婚して差し出してみたら?」

「はあ?」

「あの変態につかまる前にセレの力を使って隠れちゃえばいいのよ」

『アレに見つからないようにサラを隠蔽することは可能だ』


 ほら、セレも同意してくれてるし、絶対いけるでしょ、これ!


「おまえな、本当に、言わなきゃわかんないのか?」

「ひぃ」


 やばい、本気で怒った。

 情けない悲鳴をあげてしまったけど仕方ないと思う。なんかかなり怖い。寒気がするほど怖い。


「ま、魔力は、やめて。苦しいんだって、ば!」


 感情が高ぶると魔力が漏れ出すのはお義母様と同じだ。空気が重苦しくなって呼吸困難に陥る。やめてほしい。本当に。

 怒る理由は、わかる。言われなくてもわかる。

 けど、私が逃げたいって思っていることもわかってほしい。


「仕方ない。あれにチャンスをくれてやるか」


 空気を重苦しくするその魔力が消え去ったかと思えば、マレムがそんなことを言ってくる。

 チャンス、というと?

 

「サラ、お前に選ばせるチャンスだ」

「選ぶって、何を?」

「俺とあいつのどっちがいいか、あいつの目の前で選べ」

「……性格わっる……」


 それ普通に振られるよりダメージ強い奴だわ。公開処刑っていうんでしょ。

 自分が選ばれないとは思わないんだろうか。――まあ、変態かこの人かのどちらかを選ばなきゃならないならこの人を選ぶんだけどさ。一応夫だし。


「明日にも餌をバラまいとくか。気をつけろよ、奴が突撃してくるかもしれないからな」

「うげ、怖すぎ」

「だから、この部屋にいろっつってんだ。兄に結界を張ってもらう」

「それって私の部屋に結界を張ってもらうようにリハト様にお願いすればいいんじゃないの?」


 この人の部屋である必要はあるの?

 そんな素朴な疑問を口にした途端、マレムが立ち上がって間に置かれたテーブルを乗り越えてきた。


「わかんねーのか?」

「わかってるから言ってるの。ちょっと、まだ接近禁止なんだから」

「いつまで?」

「女神を倒すまで!」


 隣に座られて、逃げ場がない。

 押しのけようと手を上げたらつかまれてしまった。

 やっぱ、こっちも無理!


「助けてセレ!」

『わかった。くらえ! 冷血貴族!』


 私の膝の上で寝ころんでいたセレが立ち上がって、魔力を放出した。ら、なんか世界が全部歪んで、ぐるぐる回って――あ、なんか、まずい。

 そう思った時には闇に落ちていた。




『サラ! サラ! 起きろ、サラ!』


 とんとんと、頬に湿った何かが触れている感触に、少しずつ意識が現実に引きずられていくのがわかった。 触れているのは、白い猫のピンク色の可愛い鼻。セレの鼻。


「ここどこっ!?」


 目をあけて、とりあえず叫ぶ。寝転がったまま辺りを見回せば、見覚えのないソファやベッド、壁一面に並べられた本が目に入る。

 何か体が重くて動けない。ここどこだろう? と思案して思い出した。マレムの部屋だ。

 なんか邪な空気を感じ取ってセレに助けを求めたら、セレが魔法を発動させて……?


『サラの魔力を使うとサラにも眠りの魔法がきくのか。治癒魔法と同じだ』

「……魔法が効いた? 私、セレの魔法で寝てた、の?」

『そうだ』


 私の魔力を使った魔法なら、無効化できないってこと?

 体が重いのは、マレムに押し倒されたような体勢だからか。のしかかるその体から滑るように抜け出してソファーの前に立つ。

 セレもソファーから飛び降り、私の横に並んだ。

 

 一人ソファーに残されたマレムはというと、ゆったりとした寝息を繰り返していることから深く眠っていることが窺えた。

 こうやって見ろして見れば。この人も黙ってればちゃんとした貴公子に見える。

 なのになんでああも残念なのか。ついには使用人の皆さんに下剋上を起こされてるし。

 ……本当に、もう。


 しゃがみこんでもう一度じっくり観察する。

 大丈夫だよね? ちゃんと寝ているよね?


「ごめんね」


 罪悪感は、ある。

 私に対して、どんな感情を抱いているのかわかってるし、私のことをちゃんと気遣ってくれているのもわかる。あくまでもこの人でなしにしては、の話だけど。

 でも、無理なもんは無理だし! 女神の器を作ってやるような行為はしたくないし、ただ単純に怖いとも思う。だから、その一言だ。


「ごめん」


 頭頂部に口づけを落とす。死の口づけじゃなくて友愛の意を込めて。

 嫌いではないのだ。多分好き寄りの普通?

 自分の感情がよくわからない。


「セレ、部屋に戻ろっか」

『いいのか』

「寝ちゃう方が悪い」


 魔法をかけたやつよりかけられたほうが悪いっていうのは横暴だけど、相手は人でなしだからそれでいいや。

 セレを抱き上げて部屋の外へ出た。

 どれぐらい寝ていたのかわかんないけど、早くいつもの場所に戻ってちゃんと寝たい。

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