69 陰湿な嫌がらせ
普通に軍隊として参戦したら無駄死にする可能性が高い。
だから女神を殺るんだったら別ルートを行く必要がある。
女神を倒すと決めたけど、具体的にどうやって倒すのか一人で考えていたって答えなんて出ない。
せめて戦況はどんな感じなのか教えて欲しいけど、侍女さんに聞いても何となく濁されてしまう。もしかしたら本当に知らないかもしれないけど口止めされているのかもしれない。
ミレイも同じ。多分ミレイは本当に知らないんだと思う。戦況とか興味なさそうだし。
頼みの綱のランドは全然姿を見せない。忙しいのか。
仕方ない、こうなれば屋敷の外に出て街の中で情報を収集するしかない! と思い立ったその時だった。
すっかりお馴染みになった侍女さんが部屋にやってきた。
「若奥様、奥様からご伝言です」
「お、義母様、から?」
反射的に構えてしまう。お義母様、というだけでなんとなく嫌な予感がする。
「結婚式のお礼状の宛名書きを若奥様にお任せする、と」
「あ、はい」
結構普通の伝言だった。
そうか、お礼状は出さなければいけないのか。ちゃんと覚えておかなくちゃ。
今後こういう機会増えるかもしれない。領地に行った後の話だけど。
強行突破で外に出てやる! ぐらいの気持ちだったけど、これはちゃんとやらないとまずい。
「リストと封筒があればすぐに取り掛かれるんでしょうか?」
「はい、ご用意いたします……」
さっさと終わらせようと、侍女さんに尋ねれば、少し遠い目をしてうなずいてくれた。どうしたんだろう、疲れているのかな。
「あの、若奥様!」
「え! あ、な、何ですか!」
この家で働くのって大変なんだろうなと侍女さんに同情していたら、突然がしっと両手を包み込まれるようにつかまれた。
「もし! もしもお坊ちゃまに脅されたり、酷い目に合わされたら、躊躇わずに教えてくださいね!」
「え? 何で急に」
なんで突然そんなことを言い出すのかと侍女さんの様子を窺った。
なぜか涙目で私を見てるけど、泣くようなことあったかな?
「結婚式での、若奥様に対して全く敬意なき振る舞い。女の敵だと痛感いたしました!」
「ああ! あれはない……です、よね?」
普通はお世辞でも褒めるべき場面なのにスルーしたんだもんね、あの男。
完全に人でなし。
だけど、あの人だから、まあ、通常運転?。
「若奥様は普段からお坊ちゃまにちゃんと言い返していらっしゃるのであえて口出しはいたしませんでしたが、人生の晴れ舞台であのような発言は、さすがに許すことができません!」
いつもは控えめにニコニコして接してくれている侍女さんの変貌が何より怖いんだけど。そんな人格を変えるほどの酷いふるまいだったということなのか、お坊ちゃまのふるまいが。
「私たちは若奥様の味方です! 酷い仕打ちを受けた時には必ずご相談くださいませ。どうにか若奥様が過ごしやすくなるようにさせていただきます」
どうにかしてくれちゃうんだ。
『どう』ってなにを『どう』するんだろうなー……。
――じゃない! 完全に誤解! 誤解はちゃんと解いておかないと。
「いや、あの、確かに口は悪いですけど、ちゃんとフォローしてくださってますし」
「足りません!」
「優しい時もあるんですけど」
「足りません!」
どうしよう、信用なさすぎ、お坊ちゃま。
「あの、そのお坊ちゃまとちゃんと話し合いたいんですけど、どこかで時間を作ってもらうよう伝言をお願いすることできますか?」
「……お一人で大丈夫ですか?」
……私、お坊ちゃまにDVでもされていることになってんのかな?
一対一非推奨って、お坊ちゃまの信頼度低すぎ!
「セレかミレイに同席してもらうので大丈夫です」
「かしこまりました。伝えます。来ないと若奥様に逃げられますよ、と言葉を添えて伝えます」
「やめて!」
必死で止めたが間に合わなかった。侍女さんは鉄砲玉のように部屋を飛び出して行ってしまった。
……宛名書きをやらなきゃならないのに。どうしようか。
「誰がどこに出ていくって?」
数分後、マレムがいつものようにノックもせず部屋に入ってきた。
早すぎ!
ミレイは仕事中でいないし、セレもちょうどどこかに出ていってしまって部屋にはいない。一対一になってしまった。
――ってまあ、別に問題はないか。DVされているわけじゃないし。
「誰かさんが使用人の皆様に信頼されてないのが悪いのよ」
「はあ?」
当たり前だがわかっていない様子。
この人も、私が本当に出ていくことはないとわかっているのだと思うけど。
それにしてはやけに登場が早かった。暇人なのか。
「私があんたに、虐げられているんじゃないかって誤解されてるの」
「はあ? なんでそうなる?」
「日頃の行いでしょ」
口や態度の悪さが裏目に出るのだこういう場合。
私も人のことは言えないけど、それでも少なくとも侍女さんたちにはちゃんと心配されるぐらいの関係性は保てていたらしい。よかった。
「もうちょっと妻を尊重してもいいんじゃないの」
「お前こそ夫を尊重しろよ」
してるつもりだけど!?
って、今は夫婦喧嘩をしている場合じゃない。
「それより」
「だいたい、なんで部屋を移動しねえんだよ?」
「は?」
部屋を移動? そんな話聞いてないんだけど。
ぽかんとしているのがわかったのか何なのかマレムは大きくため息を吐いてから、私の向かいのソファに座った。
「移動って、何で?」
「離れすぎだろ、部屋」
確かに遠く離れているよね。この人の部屋まで一人じゃたどりつけないだろうな。一回しか行ったことないし。
でも、近くの部屋に引っ越すの? もうすぐ見たこともない幻の領地に引っ越すのに?
「それって何か問題ある?」
「……仮にも、公爵家の嫁が客室にいつまでもいるのはおかしいだろ」
「おかしくなどありません」
さらっとそういいながらも、侍女さんが私とマレムの前にお茶を出して去っていく。
「ほら、変な風に誤解されてるから。部屋を変えるって言ったら反対されるわよ、この感じ」
「荷物なんかないんだから、身一つで移動しろ」
「どこによ?」
「俺の部屋」
「絶対に無理」
隣とか同じフロアの部屋かと想像してたがダイレクトにそこか! 無理に決まってる。
「どうせ俺もほとんど使ってない」
「それでも! お互いのプライバシーは確保したほうがいいでしょ!」
他人が常に同じ部屋にいるって不快じゃないのか。――まあ夫婦って他人じゃないって言われればそれまでかもしれないけど。
「せっかく部屋がたくさんあるんだから、せいせい暮らしたいじゃない」
「お前がそういう態度だから誤解されてるんだろ」
「う! それは、そう、かも」
マレムの指摘は一理ある。でも、やっぱりこれは受け入れたくない提案だ。
よし、そういう時は返答を先送りにするに限る。
「そ、そんなことよりも、お願いがあったんだけど」
「話を逸らすな。――お願い?」
よかった。やっぱり言い方か。お願いならちゃんと聞いてくれるみたい。
「例の銃、また借りてもいい?」
「は? なんで?」
リハト様に回収されて、この人の手元に戻っているはずだ。あれがあればある程度自分の身は自分で守れる。
「女神を倒しにいくんでしょ。女神を攻撃する手段がほしい」
「倒すのは俺だって言ったはずだ」
「私も一撃ぐらいは与えてやりたい。ムカついてるのは私も同じ」
マレムは私の返答を聞いて、愉快そうに口の端をあげる。
なんでかちょっと好戦的な発言するとこういう表情するんだよね、こういう女が好きなのか。趣味悪い。
「使え」
「あ、ありがとう」
テーブルの上を滑らせるように銃を私に手渡し、マレムは立ち上がった。
「聖騎士軍は大聖堂跡地を陣営としている」
「跡地……」
「そこはいいだろ、どうでも」
やっぱり再建してないのか。破壊したのこの人なんだよね。でもってその原因になったのは認めたくないけど私。リヴ神教側からしてみれば悪魔夫妻でしょ、まぎれもなく。
「国王軍は跡地を包囲するような形に持っていきたいが、今は境界線を隔ててにらみ合い状態だな」
「すぐにドンパチするわけじゃないのね」
「誰だって無駄に消耗したくはねーよ。しばらくこのにらみ合いは続くからその隙に聖域に乗り込んで女神の首を取る」
「つまり、国王軍に囮になってもらうってこと?」
「本人たちも国王もそうとは知らせないが、そういうことだ」
なるほど、そういう作戦か。
「少数精鋭っていうのは? あんたと私と、ミレイ?」
「狂犬女は魔力に弱い。聖域に入れば弱体化する。だから大聖堂攻略部隊にでも突っ込んでおいた方が効率がいい」
ミレイの扱いが粗雑すぎない? でもそのとおりだから文句は言えない。
「じゃあ聖域には二人でいくの? そもそもどうやって行くつもり?」
ゲートを使うんだったらまた女神に閉じ込められるかもしれないんでしょ。そうなると聖域ってどうやって行くんだろう?
「検討中」
「検討って」
「そういう相談をしにここまで来るのが面倒くせえんだよ、俺の部屋で待ってろ」
そこに帰結する!?
「絶対嫌!」
「夕食食ったら、例の手記もって俺の部屋に来い」
「だから嫌だってば!」
私の拒否など聞く耳持たないという様子で、マレムは茶を一気飲みして、その場で大きくむせ返った。
「え、ちょっと、……どうしたの?」
慌てて駆け寄れば、マレムは咳き込みながら手に持ったティーカップを勢いよくテーブルにたたきつけた。
何を怒ってるんだろう? カップは割れなかったけれど、テーブルとカップのぶつかる大きな音に足がすくんだ。
「ご丁寧にカップに保護魔法までかけやがって! 誰だ! カップに山椒混ぜた奴!!」
……この人、もしかして、いやがらせをされてる?
竦んだ足を何とか動かし、私もテーブルの上のティーカップを手に取る。
「おいやめろ! サラ!」
静止されても構わず一口飲んでみたが普通のお茶だ。いつものおいしい奴。
「すごく言いにくいんだけど、あんた使用人の皆さんに嫌われすぎよ。私のは普通のお茶だもん」
「……」
「こんな陰湿な嫌がらせされるなんて、一体何したのよ?」
仮にもお坊ちゃまなのに、なんでこんな狼藉を働かれてるんだろうな?
って、さっき侍女さんが言っていた人としてどうかと思う態度のせいなんだろうけど。
「……減給だ。全員減給」
「それは横暴でしょ!? ……別に毒を入れられたわけじゃないんだし、そういうハーブティーだと思えば」
「思えるか!」
ひい、怒った!
思わず身を竦ませると、マレムはちょっとだけバツが悪そうな表情になって部屋を出て行った。
ちょっとだけ可哀そうかなと思ったけど、変に同情はしない方がいいのかもしれない。
夜になったら話を聞きに行かなきゃならないみたいだしそれまで放っておこう。
私は私でお礼状を送る準備をしよう。
いつでも女神を倒しにいけるように、やらなきゃいけないことはさっさと済ませようと、完全に気持ちを切り替えた。




