68 得意分野
戦争が始まる? え? 本当に何で??
意味が分からないまま号外の紙面をもう一度読み返してみる。
動揺しているせいか文章の内容が頭の中に入ってこない。さっきまで読んでいた手記も違う意味で全然頭に入ってこなかったけど、どうやったら文章を理解しながら読むことができるんだっけ?
途中で表面だけなぞっていることに気づいて冒頭から読み直して、の繰り返しだ。ものすごく焦る。
「ど、ど、ど、ど、どういう、こと?」
「一昨日教皇が来ただろ? あの日、教皇は国王と密かに会談をしていたらしい。以前から教皇は聖域を中心とした地域を神教徒たちによる自治区として独立させろと要望を訴えてたらしい」
「自治区? 独立? リヴ神教が?」
「ああ、最終的には神教国として独立した国家をつくるつもりだったんだろ、多分」
それって、女神の国を作るってこと? え? ちょっと本当に意味がわからない。
「教皇が武力行使も辞さないと口にしたため、交渉は決裂。国王側は教皇に発言の撤回を求めたが、期日までに撤回が成されなかったため、本日早朝、宣戦布告を公示した。だ、そーだ」
教皇が強行したせいで……なんて洒落にならない。
「撤回しなかったのって、教皇が人間辞めちゃったからじゃないの?」
「恐らく」
教皇は天使になって、皇妃は女神が成り代わっている。そんな状態で国として成り立つのか激しく疑問。
「本気で戦争するの?」
「本気でなければ宣戦布告なんてしねえ」
やっぱり、そうだよね?
ってことは戦争がはじまってしまったってことか。
「この件、お義父様――閣下はどれぐらい嚙んでるの?」
「どういう意味だ?」
「王様を脅迫したとか」
「はっきり言っておくが、神教徒の動きをもともと国王はあまりよく思っていなかったぞ。私兵とも言える聖騎士どもを動かす権力を持ってるし、その聖騎士は正直脅威だ」
確かに聖騎士ってのはものすごく怖い。
できれば関わり合いになりたくないとは思う。
「奴らは女神の御名の元、人を救うためにしか動かないという前提だったが、フォグリフを攻撃した時点でその前提は崩れている。国王をビビらすには十分だ」
「それって、ミレイがあの変態大神官を唆したからそうなったのよね?」
それじゃ結局は私のせいってことにつながりそうで、心臓がきゅっと締め付けられたような心地になった。
「神教側も力を見せつける機会が欲しかったんだろ。そう思っとけ」
「そう言われても……」
自分のせいでって考えるのはやめようと思っているのに止められない。
「ちなみに、宣戦布告に一枚噛んでいるのは父じゃない兄だ」
「やっぱりなんかしてる――――!」
何かやったのはお義父様じゃなくて、リハト様だったのか! ……でもまあ、予想していたし――って、納得できるか!
「って、撤回! できない?」
「できるわけがない」
「だよね? どうすればいいの?」
「何を焦ってんだ? 戦争するぞっつったのは国王。先にふっかけてきたのは教皇。お前に何の関係がある?」
そういう考えで、いいの?
「やるべきことは一つ。女神を倒す」
「……」
「それだけだ」
それだけ、と言ったとおりマレムは静かに退室していった。
本気で女神を殺るのか、なんてわざわざ質問するつもりはなかったけど。
ただ、ほんのちょっとだけ頭の片隅にこびりついた染みのように、「なんで私がやらなきゃいけないんだろう?」と思う気持ちが消えてくれない。
当事者の私がこんな風なのに、リヴ神教と戦争? なんだか動悸が落ち着かない。
『サラ』
心配しているのか、セレが私の足元で尻尾を揺らしながら呼びかけてくる。
セレを抱き上げて、背中に顔を押し付け吸う。
大人しくしていてくれてるけど、セレは嫌がっているはず。でも、こうやってると落ち着いてくる。
「戦争が始まったら私はどうしたらいいんだろう?」
戦う力はないから従軍はできないように思う。やれて救護とか補給とか? でも訓練されているわけじゃないから足手まといにしかならないだろう。
だから大人しくここにいるだけなのかもしれない。
思えばこの王都に来てからというもの拉致やら監禁やら軟禁やらそんなのばっかりで、挙句の果てには女神に痛めつけられて、あんまりにあんまりじゃないだろうか。
せっかく王都にいるのに、城下町一度も行ってない。
戦争が始まっちゃったから気軽に観光って雰囲気じゃないだろうし。
今なら女神のターゲットが私自身じゃなくなったから出かけるチャンスだったかもしれないのに。
色々考えていたら、モヤモヤがムカムカに変わってきた。
女神は倒さないと、このムカつきは消えないに違いない。
よし、女神は倒そう。
ただ、やっぱり、たくさんの人を巻き込むって考えると躊躇う気持ちは消えない。
でも、でも!
やっぱり腹が立つものは腹が立つ!
「セレ、私は女神を倒したい」
『……そうか』
セレを抱えたまま腕を伸ばしてセレと向かい合い、その決意を口にする。
黄緑色の目を覗き込めば懐かしい感情が蘇ってくる。小さい頃のことは実のところ全部思い出せていないけど、セレは家に居て一緒に住んでいたんだよね? ずっとそばにいたんだよね?
「一緒に倒そう」
『最近、この家の人間に感化されていないか?』
「えっ」
そんなことはないと思う。思いたい。けど、ムカつくから倒したいって思考回路はこの家の人たちに近いの、かな……?
反論したいけど、反論する材料がない。でも認めたくない。
『夫婦は似てくると言うが、いささか似るのが早すぎる』
「そ、そんなことは! そうかもしれないけど! でも、絶対に認めたくない」
だいたいあそこまではいってないし、行けないし。
動揺する私にセレは小さな笑い声をあげた。
『いずれにせよ、女神を倒したいと気持ちは同じだ』
「う、うん。力を貸してくれる?」
『共に女神を倒そう』
「うん!」
セレが一緒にいてくれるなら、怖くない。頑張れる。
夕食はいつもどおりミレイと一緒に食べる。
食べながら、モヤモヤしている感情を世間話のようなトーンで伝えれば、やっぱりミレイは思い切り吹き出した。
笑うかもしれないと思ってたけど、本当に目の前で大笑いされると微妙な気分。
「なんかこう、微妙な気持ちなの。わかんないかな」
「サラ、そんなこと気にしてんの? サラのために女神を倒そうなんて思ってる人なんて数える程よ」
「それは、わかってるけど」
何も「私のために争わないでー!」なんてことは考えてない。
でも、私がいなかったら、戦争まで発展しなかったかもしれない。
「女神とか神教とか大嫌いで、ぶん殴ってやりたいって思っている連中が大半よ。個人的な私怨なわけ」
「そうかな?」
「私もそうだもの。サラを守りたいって気持ちがないわけじゃないけど、あの女神は腹立たしいから目にものをみせてやりたいって気持ちが強い」
ミレイも半分は私怨なのか。
「あのヘタレ貴族もそうでしょ。サラを守りたいっていうより所有物に手を出そうとしている女神をぶち殺したいみたいな」
「物騒すぎ。……って所有物?」
「サラもそうだし、気持ち悪いけど私やランドもあれの所有物扱いされてんのかもね」
……全部自分のものだと思ってる……?
言われてみると、そういう風に思ってそうな気がするけど、何かちょっと嫌かもしれないその発想。
「だから、同じ志を持つ同志だって思っとけばいいのよ。お互いがお互いを利用して女神を倒さんとする同志」
「お互いの利益のためにってこと。なるほどね」
そう考えれば気は楽かもしれない。
みんなで力を合わせて女神を倒すぞみたいな感じかな。
ちょっとだけ高揚感はある?
「ま、私はとりあえず暴れられればどっちもいいかな」
ミレイはいつもよりも物騒な雰囲気を纏っているように思う。 ひょっとして戦争って単語が血湧き肉躍るって感じなのか。
「ミレイは戦争に行くの?」
「もちろんよ。破壊あるところに私ありでしょ」
「私は、できることないかも。留守番なのかな」
「何言ってんのよ。私たちの本分忘れてない? サラだってまだ引退してないでしょ」
本分と、言われても。
ミレイを見やればいつもの不敵な笑みを浮かべている。
引退してないって、引退するようなことって――あー、なるほど。
「そっか、まだ私殺し屋なのか」
「サラは暗殺系得意でしょ」
もうすでに廃業だとばかり思ってたけど。そっか、そうだ。私にできるのは隙を突いて毒を食らわす、それだけなんだけど、でも、それならできる。
「戦争となれば大混乱よ。混乱の中の方が動きやすいわよ」
「そうね」
隠したままの秘密兵器に指先で触れる。
これがまだあるから、私にもやれることはある。
「ミレイのいうとおりだわ」
「でしょ? それじゃあ、いざ戦争! ね!」
ミレイに心情を打ち明けることで、かなり気は楽になったけど、カジュアルに戦争参戦を口にするのはやっぱちょっと違う。ミレイの掛け声には重々しく頷くだけにとどめておいた。




