↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
67/73

第67話 真の誓い

 声は耳を塞いでも頭の中に響き渡る。


 ――真の誓いを交わしてないから、引き返せるよ。

 ――やめちゃえばいいんだよ。

 ――苦労するよ。

 

 まだ花冠を捧げていないから精霊的には夫婦って認めてないって言いたいの?

 頭の中で声が反響していて、何度も同じ言葉を繰り返しているように聞こえる。

 まだ引き返せるよ、と。

 冗談じゃない。

 

「どうした?」

「……聞こえないの?」

「何が?」


 不審に思ったのか踵を返したマレムに問いかければ怪訝そうに眉を顰めるばかり。

 ってことはこれ、私にだけ聞こえているってこと?


「早く終わらせるぞ」

「……う、ん……」


 しゃがみ込む私の手首を掴んで立ち上がらせると、マレムは強引に引っ張った。

 でも、どうしよう、足――動かない。

 早く終わらせないとそろそろこの人が怒りそうで嫌なんだけど。


「サラ」

「足が動かない」

「はあ? 腰でも抜けたか?」

「待って!」

 

 抱きかかえようと腰をかがめるマレムを慌てて止めた。

 

 だって、まだ間に合うって。

 ここで花冠を捧げちゃったらもう、後戻りできない。

 

 ――だから、違うってば!

 私が決めたんだから。一緒に夫婦やるって。守ってもらうんだって。

 だからもう戻る必要はないんだってば。

 黙って! 迷わないんだから!


「これは、私自身が決めたの! だから!」

「あー、精霊の悪戯か」


 呆れたように息を吐いてマレムがそう言った。

 瞬間、騒がしかった声が一気に消え失せる。

 

「いた、ずら?」

「結婚相手はそいつでいいのかって聞かれただろ? たまにそうやって精霊がここを訪れた夫婦を試すって話は聞く」


 試すって、この声は私を試してるってことなのか。

 マレムの人でなしっぷりに、この人でいいの? という問いかけがずっと頭の中で反響していたけど、この人を不幸にするけど、いいの? って言う問いかけのようにも聞こえていた。

 

「色んな奴らに絡まれやすい奴だとは知ってたが、なんで精霊にまで絡まれる?」

「そ、そんなこと……わかんないわよ……」


 この人が人でなしなのは今更だとして、やっぱり私の存在は近くにいる人にも不幸を与えていくのだろうか。

 足元がぐらぐらと揺れているような心地にとらわれてしまう。

 そうだとしたら、どうしよう?――でもちゃんと決めたのに。

 

「決めたこと、覆そうなんて思わない……」


 だって今更、だから。

 今更、なのに。まだ間に合うって言われたら、迷うに決まってる。

 

「……でも、私が選んだら、選んだ相手は不幸になる……」

「おい!」


 文句をいいかけたマレムの言葉を拒むように、私は口を開いた。

 一度口に出してしまえばもう止まらないことはわかっていたけど、それでも。

 

「だって、私の子が次の女神の器になるって宣言されてるのよ。 私一人の子だったら耐えられる。でも子供って一人で作れるわけじゃないでしょ。私が相手に選んだ人の子どもが女神の器になるって、そんなのってない!」


 昨日感じてうやむやにしていた不安が、急激に膨らんで抑え込めなくなった。

 口にしてしまえば楽になると思いきや、逆に恐怖と悲しさが増していく。

 でも泣きたくない。泣いたら負けだ。嗚咽が漏れそうなのを歯を食いしばって耐えた。


「だいたい何で私なの! 小さい頃から殺されかけたり、やりたくもない殺しなんか覚えさせられて! 挙句の果てに女神に体を渡せ!? 娘を生んで女神に捧げろ!? 冗談じゃないわよ! なんで私なの!」

「サラ!」

「私がやったことで、あんたの人生めちゃくちゃにしたんでしょ! あんただけじゃなくて、私が手にかけてきた人とか家族とか、みんな! ユーシュレイだって私のせいでおかしくなったんでしょ、あの変態!」


 感情的になればなるほど、支離滅裂な言葉ばかりが口から飛び出していく。

 でも口から出るのは本音だ。ずっと押し殺していた本音。


「私は! あんたを不幸になんかしたくないのに!」

「うるせえ」


 低く唸る声で一括されて、息を飲んだ。

 息を飲んだことでようやく言葉が止まる。あふれ出そうだった涙も引っ込んだ。

 自分では止められなかったから、よかった、のか? なんか雰囲気が怖いんだけど。


「荒野の呪いごときで、俺がどうにかなると思ってんのか?」


 ――え?

 この人でなしがどうにかなるかどうか……?


「あの父や母が呪いに負けると思うか?」

「お、思え、ない……」


 閣下や奥様をどうにか……? 無理に決まってんでしょ?

 呆然と返答すれば「だろ?」とマレムはため息交じりに言ってきた。

 

「それに、守るっつったし、倒すっつたろ」

「…………」

「この場で誓ってやる。お前も守るし、家族も守る。お前が大事にしているもの全部守ってやる。で、女神は倒す。敵対するもの全部倒す。俺の全身全霊を持って、誓う」


 昨日の結婚式で口にしていた、形式ばった誓いの言葉とは全然違う、誓いの言葉だ。

 乱暴な言い方だけど、本気なのはわかる。ものすごくよくわかる。


「……馬鹿だわ」


 私に関わっていいことなんて何もないのに。――あ、違うか私といると楽しいことが起こる、とかって言ってたんだった。

 愉しいで人生棒に振ってどうすんの、馬鹿じゃないの。

 心に浮かんだその言葉を素直に呟けば、気に障ったのかこれでもかというほどきつく抱きしめられてしまった。

 力が籠められすぎて苦しい。

 これはなんか愛情行為というよりは報復っぽい。

 でも、ちゃんと求愛行為でもあるのかな。震えているのは力をこめているからだけじゃないんでしょ。


「お前は?」

「……支える。命が尽きるその日まで――」


 頑張って覚えた口上を口にしかけて首を大きく横に振った。


「もうやめてくれって全力で止めにかかってきても絶対にやめない。あんたが好きなように動けるように、好きなことを言えるように、全身全霊をかけて信じて支えるって、誓う!」


 誓いを口にすればマレムが荒々しく唇を重ねてきた。

 こ、これはあれか、誓いのキスか……!

 やられた! こうやって誓いを封じ込めるんだって教わった。

 結婚式では回避したのに、ここでするのか!

 っていうか、ちょっと長い!

 無理やり拘束している両手から抜け出して、その熱から逃れる。


「……」

「……」


 なんとなく気恥ずかしくて沈黙する。

 もう後戻りできない。今ので完全に夫婦になってしまった。

 昨日は実感がないって思ってたのに、今日は思い知らされてしまったというか。

 目を伏せていれば、マレムは何も言わずに祭壇に向かって歩いて行って手にした花冠を無造作に放り投げた。


「……下らない悪戯しやがって」


 やっぱり怒ってらっしゃる。

 最近この人閣下――お義父様に似てきたような気がする。あんまり怒りすぎると前髪後退しちゃうんじゃない?

 極力マレムの怒りは気にしないようにして私も祭壇まで進むと、手に持っていた花冠をそっと石碑の上に置いた。

 置いたからと言って何も起こらない。儀式って普通はそんなものなんだろうな。

 

 ――あとは、気が進まないけど。


「マレム」


 横に並ぶ奴に呼びかけて、ちょっとだけ屈むようにお願いをした。

 よし、後戻りできないんだからね! 気合いだ。

 えいっとマレムの唇に一瞬だけ触れるだけのキスをしてすぐに離れた。


 誓いの言葉を封じるのはお互いにやらなきゃならないんだから、私もやる必要があったのだ。

 なんとか乗り越えた。よかった、と大きく息を吐く。

 帰ろう、と声をかけようとして思わず目をそらした。なんでそんなに真っ赤な顔して固まってんの! 乙女か!

 これは見ちゃいけないやつだ。顔をそらして森の出口へとさっさと歩いていくことにした。

 恥ずかしいのは私もそうなんだけど。


「待て」

「は、早く帰らないと。ほら、なんかやることあるはず!」


 多分何かしらやらなきゃならないことはあったはず。

 頭が回ってない。何であんな反応されなきゃなんないの。


「俺の前で二度と変態の名を口にすんな」

「はあっ!?」


 今それわざわざ言ってくることなの?

 確かにさっき「変態を変態にしたのは私だ」って言ってしまってたけど。それが気に障ったの?


「何で?」

「ムカつくから」


 そんな理由?

 まあ、色々思うことはあるけど別にいいか。

 あの変態とは極力会いたくないし。


「わかった」


 まだ石碑の前にとどまっているマレムの方へ振り返って答えれば、不機嫌そうな表情は変わらないけどちょっとだけ雰囲気が柔らかくなったのがわかった。なんでちょっと嬉しそうなんだか。


「……見苦しくない? そういう嫉妬っぽいのは」

「うるせえ」


 思ったとおりの言葉が帰ってきて苦笑しかできない。


 その後、そんな軽口の報復なのか振り落とされかねない勢いで走る馬に乗せられて振り落とされそうな恐怖を嫌というほど味わったので、もう変な軽口を叩くのはやめようと心に誓ったのだった。



 

 翌日、すっかり日常が戻ってきた。

 ミレイと朝食を食べて、その後は自由時間。

 セレを膝の上に乗せて例の、ルグラン家から持ち出してきた手記を読むことにした。

 国から逃げ出してきたお姫様の旦那さんが書いたと言われる手記は、大半がお姫様に対する賛辞や惚気ばかりで目が滑る。これをマレムはどんな顔して読んでいたんだろう。子孫としては恥ずかしいやら情けないやら何とも言えない心地である。

 本当にこの、ストラスさんって人はフェリシア姫のことが大好きだったんだろうなー……っていうのが色々な感情を切り落とした率直な感想だ。


「入るぞ」


 ノックと同時にドアが開いて、許可をとるでもなく部屋に入り込んでくるのは我が夫である。

 セレがぴょんと私の膝から床に降り立つとマレムに駆け寄っていく。

 セレの後ろを追うように私もマレムへと歩み寄る。

 

『ノックぐらいちゃんとしろ、無礼貴族』

「うるせえ雑魚猫」


 相変わらずの悪口の応酬をしてから、マレムは一枚の紙を私に向かって差し出した。

 受け取って書かれている文字にざっと目を通す。

 新聞社が発行する号外っぽいけど……って、え?


「……宣戦布告?」

「我らが国王陛下が、神聖なるリヴ神教に戦争をふっかけたぞって意味だ」


 それは読めばわかる。さすがに私でも、わかる。

 首を傾げたのは、そこじゃないのだ。


「なにやってんのぉおおおお!?」


 わかんないのは、なんでそれをしたのか。

 思わず絶叫してしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。