62 予期せぬ客
中庭に戻って再びマレムの左腕に右手を乗せ、笑顔を作った。そうやって仲の良い新婚夫婦を装う。
セレは下に下ろしたままだ。私の足元から離れないように歩調を合わせて付いてきてくれている。
挨拶回りも終わったからちょっと警戒を緩めてもいいだろうというマレムの判断だ。ずっと抱いているのも疲れるし、セレも私の体温で『暑すぎる』とのことだったので。
「よく楽しくもないのに笑えるな」
「あんたも笑ってるじゃない」
「素面じゃ無理に決まってんだろ」
だからわざと酔っぱらってんのか。
「あんたって本当に貴族向いてないと思うわ」
「気が合うな。俺もだ」
「自分を否定すんなって言ってたの誰よ」
「貴族じゃねえ自分を肯定してるんだよ」
屁理屈か。
「つーか、家の後ろ盾がなくても、俺は俺で生きていけるって知ってる。だからこういう貴族世界ってのは煩わしくて仕方ない」
「何不自由なく生きてきた奴に言われると厭味にしか聞こえないわ」
そういえば前にも似たような言葉言っていたような気がする。
自分に絶対の自信があるんだろうな。
でもそれは今日どうやったら生き延びられるかなんて世界を知らないからこそ言えるんじゃないの。
「俺が恵まれてるなんて、さすがにこの年になれば理解できる。父の権力があったからこそ実力を発揮する場所を得られた。これが庶民だったらまずそんなところにはいけない。いくら実力があってもな」
「それ、理解してるんだ」
驚いた。人でなしだと思っていたのに、閣下の息子だから融通されてるってわかってたなんて。わかってて、あの態度?
「当たり前だろ。どんだけ周りから厭味言われてると思ってんだ」
「そっか、言われるわよね」
ここに集まっている貴族の皆さまを見ていれば、厭味は挨拶替わりなんだろうなってわかる。
庶民にだけ厭味をいうのかなって思ってたけど、普通に自分よりも身分が上の立場の人にも言う。貴族って思ってた以上に下品というか、根性ねじ曲がっているというか。
一般市民にはこういうタイプがいないとは言わないけど、いても一握りじゃないの。
「お前はどうなんだよ? 貴族やれそうか?」
「面倒くさいなーって思う」
それが正直な気持ちだった。
嘲りも悪口も覚悟していたからか思ったよりは平気だった。だから怖くはない。でも付き合いは面倒くさい。
「けど私は人を殺してる。それも一人じゃなくて、複数人。血に濡れた汚れた手を持つ人が貴族になっちゃ駄目じゃない?」
「高位貴族ほど、仄暗いもんは抱えてるもんだろ。父だって多分両手では足りないほどの人間を処分してんぞ」
「閣下は――」
閣下はなんていうか怒りに任せて小国一つぐらい一捻りで潰しちゃいそうなイメージだけど、でも違う。
「それが正しいと思ってやっているから。私はそうじゃない」
「あのなー」
「でも、後悔はしない。あんたの妻であることも撤回しない。生きたいって気持ちは否定しない。そうでしょ」
何やら反論をされそうだったのでまくし立てるように付け加えれば、やはり苦笑されてしまった。
罪悪感は一生消えない。でも、今あの場に戻ったとしても積極的に殺しにいくと思う。生き残りたいって気持ちが強い。
「ああ、そうだな」
「生き残るために必要だっていうんなら、貴族にだってなってやるわよ。前に騙せっていったのあんたでしょ。周囲もあんたの家族も、あんたも、騙してやる。できるかできないかは別としてね」
「マレムくん!」
こそこそ会話を交わしているところに、中庭を横切るようにリハト様が駆け寄ってきた。
何事か窺うような視線がいくつも集まっていることに気づきつつ、リハト様に呼びかけようとする前に、リハト様は勢いそのままマレムに抱き着いた。
「ああ! 何度みてもカッコいいね!」
うわぁ……。
周りのざわめきも大きくなった。若干引いているような気配を感じる。
私もマレムの腕から手を放して少しだけ距離をとった。
この兄弟とは、他人のふりをしたい。――もう他人には戻れないけど。
「やめろ、バカ兄!」
「ごめん、思わず。サラちゃんもかわいいね」
「あ、ありがとうございます」
弟に頬を平手で殴られ、リハト様はその弟からぱっと手を離して私の方へと向き変える。
かわいいね、か。いや、いいけど。褒められればやはり嬉しい。本心から言ってくれているだろうから。だけど乙女心的にはちょっと微妙。
「予期せぬ客が来た」
私とマレムだけに聞こえるぐらいの声量でリハト様は告げて満面の笑みを浮かべた。
予期せぬ?
マレムに視線を送るが、一瞬だけ渋い顔を見せてすぐに嘘くさい笑みを浮かべて私に手を差し伸べてくる。
「二人とも母上が呼んでいるから行こう」
「わかった」
手を取るのをためらっているとマレムが私の手を半ば強引につかんで引っ張った。
客って王族の誰かとか? 聞きたいが、今はそれを口にしてはいけないのだろう。
引っ張られるまま足を進めた。
閣下が引き連れる形で中庭の中心まで入り込んできたその姿にざわめきが広がっていくのがわかる。
奥様が深くお辞儀をして彼らを迎え入れた。私たち三人もそれに倣って頭を下げた。
予期せぬ客は、想像とは違ったが見知った顔ではあった。
この人やたらと縁があるなあ。会いたいわけでもなければ積極的に関わりたくもないのに。
お辞儀から顔をあげれば目が合った。
あからさまにぎょっとするのは失礼じゃないのか。
「突然の訪問をお許しいただきたい」
気を取り直し、奥様と閣下に向かって告げているのは、予期せぬ客、教皇だ。その後ろには皇妃がたたずんでいてこっちは不気味だ。
教皇が直接お祝いにやってくることなど前代未聞だとリハト様が言っていたけど。
長男ではない次男の婚姻祝いに夫婦そろってやってくるなんて、普通はありえないらしい。
「……ユーシュレイが死んだら即乗り換えか、小娘」
私に聞こえるように教皇は小さく告げて下品な笑いを浮かべた。ぎゅっと私の手を握るマレムの手に力がこもったのでこいつにも聞こえていたらしい。痛いからやめてほしい。
多分、わざと聞こえるように言ったんだと思う。ホント下衆いな教皇、絶対好きにはなれないタイプだ。
「死んだ?」
あの変態ぶりは健在だったけど、死んだことになってんのか、あの変態。
女神に攻撃してそのまま出奔したんだろう。死んだのではなく行方不明なはず。
大神官が女神を襲うとか気が狂ったとしか思えないから、死亡扱いになってるのかもしれない。
でもって教皇はその事実を知らないとみた。
「知らぬのか?」
「他人の婚約者を誘拐して軟禁するような輩がどうなろうが興味はない」
低く、不機嫌そうな声音でマレムが言えばさすがに教皇も口を閉ざした。
その時は婚約者でもなんでもなかったんだけど、と言ったらややこしくなるから黙っているしかないか。
マレムの言葉は近くにいた人に聞こえていたのだろう。なんだかざわめきが大きくなった。
わざと聞こえるように言ったのかもしれないな。またゴシップ誌が喜びそうなネタ、やめてほしい。
国王の番犬と大神官を弄ぶ悪女とか書かれそうだ。どっちもいらない、が今でも私の本心なんだけど。誰か持ってってください。
「ああ、そうだ、妻の誘拐に関してはまだ納得のいく回答をいただけていませんでしたね、聖下」
「……大聖堂を破壊し、聖域を焼いた罪人に尽くす誠意などないっ」
怒気を込めた低い声で教皇はそう返してくる。
そりゃ怒るよね。建造物壊して教徒たちを恐怖のどん底に突き落としてたもんね、この兄弟。破壊兄弟だ。
ただ、このおっさんが敵うような相手じゃないと思うんだよね。兄弟セットでも単品でも。
「若き夫婦に祝福をとのお話でしたが?」
険悪な空気を感じ取ったのか、閣下がそう言って教皇を促して空気を変えようとしたのだろう。閣下の言葉に怒気が込められているから余計雰囲気が悪化したのは気のせいじゃないはず。、でも閣下は通常運転。
教皇は引きつった顔を閣下に向けて、私たちに笑顔を向けてきた。気色悪いな。声に出さないし表情にも出さないで我慢できた自分を褒めてあげたい。
「ちょうど王都に滞在中に公爵家にて結婚パーティーが開催されていると聞きつけ、ぜひ祝福を授けたいと参上した次第にございます」
「我が公爵家は信徒ではございませんが」
閣下ににべもなく言い放たれ、教皇は再び口を閉ざした。
先日までリハト様が修行場でお世話になっていたんだけど、それはスルーか。教皇も触れてこないのは忘れてる?
リハト様をこっそり見やれば涼しい顔して微笑んでいらっしゃる。……黒歴史になったから触れてくるなってこと?
「――いいえ」
押し黙った教皇を押しのけるように、今度は皇妃が口を開いた。
正直言えば教皇よりもこの人の方が怖い。
お祝いのためという建前のためか、先日感じた冷たさはなりを潜めている。朗らかな笑顔を振りまいているのが余計怖い。
あからさまに向けてきた殺気も今日は消えている。消している、のだろうか。
「信徒であろうが、なかろうが、女神リヴの祝福は平等に授けるもの。若き夫婦の末永き幸せと子孫繁栄を祈らせていただきたく思いますわ」
「……誰?」
この人は誰?
なぜか、そう思った。
皇妃、なんだけど、皇妃じゃないような感じ。
先日のひやりと冷たい感触が今の皇妃にはなくて、この朗らかさの感じは、魔力の感じも、皇妃じゃなくて――。
「お二人の血を引く魔力の強き子を早く授かるよう、心よりお祈り申し上げますわ」
「――それがあんたの、次の体になるから?」
私の発した言葉にマレムが小さく息を飲むのがわかった。
会ったことがなければ気づくことはなかっただろう。雰囲気も魔力も、皇妃のものじゃない。
全く動揺することもなく、皇妃の顔をしたそいつは満面の笑みをたたえて口を開いた。
「ええ、新しき女神の器に」
新しい、女神の器……!
やっぱり、こいつ……。
「わたくしの新しい体になるから」
胸を張って皇妃の体を得たそいつははっきりと言い放った。
「女神!」
「結婚のお祝いに、あなたのことは見逃してあげるわ。だからあなたの子を頂戴。あたらしいわたくしの身体としてね」
私の、子、が、次の女神の、身体になる……?
「ネリエルの身体は、及第点ではあるから、あなたの子が成長するまでは待つことは可能よ。だからあなたはもういらないの。女神の器にはなれない」
「……なにを、言って……! なりたくなんてない!」
「クラウディル家と古の魔法王国の血を引く最強の子よ! これ以上の肉体はない!」
「勝手に決めるな!」
マレムが怒鳴りながら、私の手をひっぱって背中に隠してくれた。これ以上皇妃の――女神の妄執をぶつけられるのは耐えられそうになかったから助かった。
震える両手で何とかマレムのスーツの裾を握り締める。誰かに触れていないと怖くて動けなくなりそうだった。




