61 お祝いパーティー
意外と普通。
披露宴は立食パーティーだ。
楽団が奏でる音楽をBGMに皆さまご自由に歓談をお楽しみください、というスタイル。
中庭の一角に料理や飲み物を並べて、貴族のパーティー定番のダンスも自由にやってくれという感じでスペースだけは作ってある。私は踊れないから足を踏み入れるつもりはない。
お客様が皆食事をしたり、歓談している中、私はマレムと連れ立って挨拶周り。
名前も顔も知らないお貴族様に挨拶をしなければならないんだけど、意外と平気、かもしれない。
リハト様の言ったとおり私はニコニコしているだけで、マレムが全部対応してくれている。
言葉遣いも丁寧で、貴族っぽい綺麗な敬語を使っている。本気を出せばきちんとできるんだ。感心するより呆れる気持ちの方が強い。
この人が始終笑顔なのは傍から見ていても不気味。
少し不自然だけど私はセレを抱いた状態だ。
妻が猫持参ってどうなんだろうって思うけど概ねかわいらしいと評判はいい。表面上は。
マレムからは何があってもセレは手放すな、と念押しされていた。これだけたくさんの人間が出入りしているから何があってもおかしくないと脅された。
かどわかされたり、監禁されたりするのは、そろそろ勘弁願いたい。
だから絶対にセレは持ち歩くし、マレムからは離れない。
絶対に離れないぞ、と、マレムの腕にしがみつきながら周囲を見回せばよくわかる。私に向けられるのは好奇の目が多い。
ランドの言うとおりゴシップ誌の記事のせいなのか。だが、あからさまに落胆を表に出す人はいない。それは感情を表に出さない貴族だからかなのか。
貴族観察やら、歓談している声を拾いながら歩いているうちに挨拶周りは終了したようだった。
かなり歩き回って足が痛くて我慢が限界だった。ギリギリだった。助かった。
並んで閣下と奥様に終了報告へ向かう。
「本当に全員に挨拶した? 漏れはないの?」
「――はい、滞りなく挨拶しましたよ母上。はあー、疲れた」
「この程度で弱音を吐くなど情けない!!」
相変わらず閣下は沸点が低すぎる。ちょっとした弱音もこぼせない。
怒鳴られてもいつものことなのか閣下の怒鳴り声を聞き流しては周囲を窺うと、マレムは「あ」と声をあげてどこかに向かって右手をあげてみせている。
「え、何?」
「友人」
「トモダチいたの?」
「お前本当に俺をなんだと思ってんだよ」
その性格上、トモダチ一人もいない人だと思ってた、と、正直に打ち明けるつもりはないけど。
「行ってきたら? 閣下たちから離れないようにしとくから」
「悪い」
小さく詫びて、ご友人の元へと向かう後姿を見送って小さく息を吐いた。
疲れる。一緒にいるの、疲れる。
ようやく息ができるような心地に何度か深呼吸を繰りかえした。ああ、息ができる。
一人最高。
しがみつくようにくっついていたけど、始終一緒にいるのはきっつい。息が詰まる。
「今日は随分キレイだな、サラ」
「ランド!」
突然声をかけられ、驚いて見やれば横にランドが立っていた。
多分マレムが私のところにいるようにって命じたんでしょうね。
可愛い、とはお世辞で言われていたけど、キレイと言われる方が嬉しい。
「ありがとう、ランドも今日はかっこいいわね」
黒のスーツで身を固めたランドはまるで知らない人みたいに見える。
付き合いは長いけど、めかしこんでるのを見るのは初めてだった。
「うん、意外に似合う」
「意外は余計だろ?」
「ミレイは?」
「あっちで飲み物運んでる」
働いてるの!?
友人枠でミレイも参加してほしいとは伝えていたんだけどな。
「働いてた方がじっくりサラを盗み見れるんだってさ。意味わかんねーけど、幸せそうだからいいかなって」
「言い方が怖い!」
言葉選びがよくない! ランドも止めるべきでしょ。
そうするとミレイは今もどっかで見てるのかな、と会場を見回せば、マレムが友人らしき二人に囲まれて普通に談笑している様子が目に入った。
なんだ、おトモダチの前だと普通に笑うんだ。
そういえば、私あの人のことほとんど何にも知らないんだな、と思い当たる。
知りたいと思わなかったから当然で、今後も知りたいって思うようになるかどうかわからない。
どうでもいいや。
「何か俺さ、ちょっと涙腺がやべえんだよな」
「はい?」
「あのサラが嫁に行くとかさあ、何か胸にくるものがあるよな」
「……ランドは私の何なの?」
うるんだ目で私を見ているランドもなんだかなあ。
私の友人って……。まあ、ありがたいんだけどさ。
「サラ」
ランドといつもの馬鹿話をしていたら、背後から声をかけられて振り返る。
ファーナ様だ。ファーナ様がそこにいた!
パーティー用の装いをしているせいか、いつもよりも神々しい。薄いグリーン色のドレスがその金糸のような御髪に生えている。
私と並んで立ったら、お姫様と侍女にしか見えないだろう。当然私が侍女。
恭しく頭を下げるランドと同じように私も頭を下げる。
「この度はご招待いただきまして、誠にありがとうございます」
「わざわざお越しいただき、誠にありがとうございます。ファ……アーヴェント令嬢様」
あれ? 急に回りが騒がしくなった。ような気がする。
ファーナ様も気づいたのか少しだけ不快そうに眉を寄せたのがわかった。
「……修羅場かよ」
ぼそりとこぼすランドに、この雰囲気がなんなのか私もようやく気が付いた。
これって元婚約者と略奪妻の構図か。
「とても綺麗ね、サラ」
「お褒めいただきありがとうございます」
「おめでとう、で、いいのかしら?」
答えられない。
いや、頷けばいいのはわかってるんだけど、ファーナ様相手に嘘をつくのには躊躇いがある。
ランドは横で早く肯定しろって急かしてくるけど。
「それでは、覚悟ができた、ということ?」
「……はい、一応は」
「わたくしと席巻するつもりはある?」
「お義兄様が戻ってきまして、下級貴族になるので、難しいかな、と」
「そう? でも貴族は貴族よね、近々招待状を送ってもいいかしら? お茶会に来てくれたら嬉しいわ。計画を立てましょう」
お茶会ならば、と浅く頷く。計画ってなんだろうな?
深くは考えまい。これって遊びに誘ってくれてるってことでいいんだよね。
「わたくしのことはファーナと呼んでくれて構わないわ」
「はい、ファーナ様、楽しみにしております」
で、いいんだよね?
内心おっかなびっくり。それでも笑顔で応じるとファーナ様は満足げに頷いて、一礼して立ち去って行った。
粗相していないよね? と、奥様に救いを求めるように視線を送れば、よくやった、と言いたげな顔で頷いてくれた。奥様がいいと言えばそれでよしってことで。
「――なんか疲れた」
周囲はまだ騒がしいままだけど、マレムはこちらに注意を向けることもなく友人たちと歓談中だ。
随分楽しそうで何よりだなー……。
「ちょっと休んできてもいいかな?」
「おう、休憩室まで送ってく」
奥様に休憩室へ行く旨を伝え、セレを抱き上げたままランドと共に屋敷につながる出入口の方へと足を進めた。
マレムと離れてみればわかる。私を見てひそひそと噂話をしている人間が多いこと。
「あんな庶民」とか「子どもみたい」とか「どこが美女?」とか言っている声。そして聞えよがしの嘲笑。
最後の奴は、文句はゴシップ誌に言え! だ。
「あんな恐ろしい人間ばかりの公爵家」とか、「魔法バカ」「番犬のくせに」なんてのも聞こえるからマレムの方もあんまり評判はよくないかな? もしくは、貴族は周囲を悪く言うし、悪く言われるのが常なのかも。
「気にすんなよ」
「ゴシップ誌は訴えてやりたいけどね」
心配そうに声をかけてくるランドに冗談めかして答えておく。
全然気にしていないから大丈夫。言いたい奴には言わせておけばいいんだから!
「貴族って意外にゲスい」
『今も昔も変わらずだ』
休憩室の入口でランドと別れて、休憩室として用意された屋敷の中の一室。
セレと私だけしかいないので、言いたい放題だ。
一応挨拶周りも終わっているし、ちょっとぐらい休ませてもらっても問題ないだろう。
「魔法王国にも貴族階級ってあったの?」
『魔法技術が発達していただけで国の構造はこの国と同じようなものだ』
そうなんだ。魔法王国のこともそこまで興味があるわけじゃなかったから、具体的な話を聞くのははじめてだ。
魔法がつかえない私にとって、魔法王国は遠い世界だ。たとえ私の先祖がそこの王族だとしても。
ふう、と小さく息を漏らす。喉が渇いた。でも休憩室にはなぜか飲み物がない。
会場に戻ればたくさん用意されていたから、面倒臭いけど一回取りに戻ろうかな。
靴に足を入れ立ち上がったところで、ノックと同時にドアが開いた。
見ればマレムだ。ランドあたりが私がここにいるのだと伝えたのだろう。
部屋の中にずかずか入り込んでくると、マレムは私に持っていたグラスの一つをおしつけた。
「ほら」
「なんで飲み物欲しがってるってわかったの?」
「入場してから飲まず食わずだっただろ」
気づいてたのか。
正直ちょっと嬉しい。差し出されたグラスを受け取ってもう一度ソファに座る。グラスを傾け一口だけ喉に流し込んだ。
これ、お酒だ。
甘さが控えめでさっぱりしているそれを舐めるようにしてちびちびと飲む。ぐいっといっても酔いつぶれたりはしないだろうけど。
「酔っぱらっても大丈夫なの?」
「酔わねーだろ。毒のようなもんだし」
あ、そうか。アルコールは毒とか薬と一緒か。
私が大量に飲んでも酔わない理由ってそういうこと!
私のザルが例の体質のせいだとわかってすっきりしていたら、何も言わずにマレムは私の横に腰を下ろしてくる。
「……意外と怖くないなって」
「あ?」
「貴族と関わるの、怖くなかった」
「そうか」
もっと悪口とか嘲笑とか怖いのかもしれないって思ってたけど、意外と平気だった。むしろ少しだけ闘志が芽生えている自分がおかしい。
「笑顔で立っているだけで済んだのはあんたのおかげ。ありがとう」
「自分の責務を果たしただけだ、はあ、これで終わりだったらどんなによかったのか」
マレムはグラスの中身を一気に飲み干して陰鬱そうにため息を漏らした。
こいつこそ一気飲みなんかして大丈夫なんだろうか。
そういえばお酒を飲んでいるところを見たことなかったか。
「色々、面倒くせえ」
ちょっとだけ、目がとろんとなったので酔っぱらってんな、こいつ。
羽目をはずさないといいけど。
「私のせい、よね?」
私が女神の器だから、荒野の呪いをその身に受けていたから、色々面倒なことに巻き込まれてしまっている。面倒なのは私がこいつに関わったからなのは間違いない。
だからと言って何ができるわけじゃない。一生かけて返すしかないのかな、返せたらいいけど。
「あのな、前にも言ったが、この家には敵が多い。実際何度も命を狙われたしな」
そういえばそんな話かなり前に聞いた気がする。
「王族だっていつ敵になるのかわからん。兄がリヴ神の修行場にいるって情報、公爵家がつかめないように妨害してたのは第四王子だった」
「は? なにそれ? 何考えてんの、あの馬鹿っぽい王子」
「馬鹿っぽいじゃなくて、馬鹿なんだよ。生存させとくのもムダ金だ。国王が見限らないならそろそろ消す」
番犬、飼い主に噛みつく、って感じか。
「けどそれって馬鹿王子の独断よね?」
「さあな、国王も見て見ぬ振りでもしてたと思うがな」
「閣下もあんたも割と王様に従順なのに、なんでそんなことする必要があるの?」
「父も兄も俺も、勿論母も、国王のことを見下してるのに気づかれて嫌がらせされてんのか?」
なんで王様を見下してんの? と口を挟もうとしたが、あの王様なら見下されても仕方ないか、と思い直した。
交配ロマン王なんて尊敬する材料が一切ない。
「もしくは、いつも怒り狂ってる父を脅威だと感じてる? それか、俺の膨大な魔力にか?」
「もしかして、世紀の魔物狩りってのも嫌がらせの一種?」
いくら有能な部下だからと言ってそんな危険なことをやらせようとするなんて普通に考えたらおかしい。
「当たり前だろ。国王は俺の力を削ぎたいみたいだな。だから我が家に魔法王国の血をいれることには最後まで反対してた」
「そういう意図かー」
ちょっとだけひっかかってた。
効率の良い交配を考えるんだったら、私の相手はこの凄腕の魔法使いであるマレムで全然問題はなかったはず。
それなのに、わざわざ他の組み合わせを探そうとしていたのは、政治的な思惑があったのか。
「他の貴族連中とも因縁やら、派閥やら、うんざりするぐらい色々ある。女神が敵に回ったぐらいで今更だ、今更」
「今更」
なんかおかしくなって笑ってしまった。この家の人以外だったら絶対そんなこと言えないと思う。
笑っていたら、隙ができていたのか。伸びてきた手に手首が掴まれた。
またこれか、と思っているうちに引き寄せられてあれよあれよと腕が背中に回されてしまう。
今度はちゃんと抱きしめられているって感じ。先日の抱え込みとは違う。
「今日は随分かわいらしいな」
「え!は!?」
不意打ちだ。抱きしめられているこの腕もそうだし、今の言葉! 褒めた? 褒めたの?
「おかげで俺は少女趣味扱いだ」
「あー……そういう……」
今日はそれでもいつもより幼さは隠せているはずなんだけど!
でも並んで立てば確実に成年男性と少女だ。そういう趣味だと疑われても仕方ない。
「誰が変態だ」
「いやー……えぇっと、ごめん?」
謝るのはおかしいとは思うけど一応謝っておく。私が童顔なばかりに少女趣味の変態扱い。かわいそう。
「同情すんな!」
「してない」
してるけど、否定しておく。
抱きしめられたのも唐突だったけど、背中に回された手を離されたのも唐突だ。
立ち上がって、後ずさることで距離をとる。
触られるのはやっぱり嫌悪感までいかないけど、拒否したい。
だが、マレムも立ち上がると一歩踏み出すことでその距離をすぐに縮めてくる。
「ちょっと、待って」
「何を?」
無遠慮に伸びてくる手は私の頬をそっとなでる。優しく何度も。
これは、酔ってるな、こいつ。
「触らないでって言ってるでしょ」
「……どうすりゃいいんだよ……」
肩を落としながらも私の頬に触れる手は離してくれない。
酔っ払いにはあんまり絡みたくないんだけど。
「触られるのは嫌なんだってば!」
「そんなに俺が嫌か!」
はい?
なんでそこに飛躍すんの!? 本人が嫌だなんて一言も言っていないんだけど。
「あんただけじゃなくって、誰にも触られたくないの!」
「なんだよ、それ」
「好き勝手されるの、いやなの!」
「じゃあお前が触れよ」
は?
「自分で何言ってるかわかってる?」
「ああ、触れよ」
どこを? どうやって?
異性に触れたことなんてないからわかんない。
「そろそろ正気に戻らないと、酔いから醒めたあと羞恥心で叫びたくなるわよ?」
「酔ってない!」
しょうがないな、もう。
マレムがそうしているように、私も両手を伸ばしてマレムの両方の頬をそっと撫でた。
「これでいい?」
「わざわざ聞くな」
もう、うるさいな。「どうしろっていうの」は、私のセリフだっつーの。
もういいか、と引っ込めようとした手は、私の頬を触れていたはずの奴の手に握り締められていた。
「離して。もうおわり」
握られた手を引っ張るが離してくれるつもりはないらしい。
本当に、なんなんだろうな、まったく。
どうしたらいいんだろう、と思っていたら握られていた手の指先に、唇を落とされてしまった。
ああ、もう。
嫌ではないけど。嫌ではないから、困る。
気づかないふり、できなくなるから。
こんな風に優しいのも、たまにイライラしてるのも、この人が私のこと好きだからだ。
好きでもなんでもないって言ってほしかった。この人自身の言葉で、態度で否定してほしかったのに。
「どこがいいんだか、こんな女」
「自分で自分を否定すんな」
否定させてるのは誰よ。バーカ。
「そろそろ行くか」
私の指を解放すると、マレムは出入口を指さしてそういった。
そうだ、そろそろ戻らないと。
「子作りに」
「そっちっ!?」
あまりにもストレートな誘いに、思わず力の限り叫んでいた。
なんだそれ! 本当にデリカシーの欠片もないっていうか、気持ちが悪いとかいろいろすっ飛ばして、どういうリアクションを取ったらいいのかもわからなくなる。
「さっさと終わらせよう」
「無・理! 絶対嫌!」
こんなの合意する女がいるのか! いたらその人とやってきてほしい。
訳がわかんなすぎる。
子供を作るのって貴族の義務ってのは聞いたことあるけど。
場を紛らわすジョークなのか本気なのか、どっちにしても最低すぎるのは変わらない。




