60 来てしまった当日
当日が来てしまった。
まだ明け方にもなっていない時間に強制的に起こされ、準備開始。
手短コースとお願いしてあったのに、湯あみからのスタートだ。全身をくまなく洗って保湿のための香りをつけたクリームを全身に塗りたくる。調理前みたいで何かちょっと嫌。
念入りに洗い上げた髪もしっかり乾かした後、侍女さんたち数名の手により丹念にオイルがもみ込まれていく。
気分は出荷前の子羊だ。美味しくなれればそれでいいのかも。
「若奥様の着付けをさせていただけるなんて、腕がなります!」
すっかり顔なじみになった侍女さんが自分の髪を一つに束ね、腕まくりをしながら嬉しそうにそんなことを言ってくる。
彼女は今日がドレス着付けのデビュー戦だということで気合の入り方が他の侍女さんたちとは桁違いだ。
侍女さんの華々しいデビュー戦が成功するように頑張るしかないか、プレッシャーだけど。
体のラインを矯正する下着は苦しい。腰回りと胸が特に。これは何も食べられそうにない。
ドレスは全体的にシンプルなものを選んだ。膝の下あたりで広がっているので地味には見えず、歩きやすい。胸元が大きく開いていたので、首回りから胸元までレースの飾りを付けてもらった。おかげで大人っぽいけど、背伸びしていない感じになると思いたい。
髪もざっくり編み込んで編み目のところどころにガーベラを挿した。オレンジと黄色の二色は色鮮やか。かわいい。
長持ちする魔法をかけてあるので水に生けてなくても数日は枯れずにもつんだそう。便利だな。
前髪は分け目を付けて額を出した。
そして化粧。てきぱきと基礎を作ればさっと白粉を乗せて、口紅と頬紅をつけて完成。この技術だけは盗みたいな、と密かに思った。
姿見の前でくるくると回ってみる。おお! すごい自分じゃないみたい!
髪型と化粧だけでいつもよりも年齢が上に見えるのはすごい! 多分年齢相応には……見える! 頑張れば見える!
先日ミレイとやったお姫さまごっこの時よりも全然ときめく。お姫様みたい!
「動かないでくださいね」
ほほえましいものを見守るような表情をたたえながら侍女さんが胸元と足元に針を刺して補正を加えている。
そうして、準備が整った。もう外は十分明るい。時計がないから正確な時間がわからないけど、開始時間は迫ってきているのかもしれない。
ファーナ様が夜会の準備しているのを見ている時は大変だなって思ったけど、重労働だわ、これは。
見れば侍女さんたちもやり切った! という表情だ。
ありがとうございました、と侍女さんたちに素直にお礼を言えば、逆にお礼を言われてしまった。楽しかったそうな。うん、着せ替えをさせる方は楽しいのは何となくわかる。
「お! 準備終わった?」
やっと休憩時間だーと、ミレイがやってきた。
目の前までやってきて上から下まで眺めるミレイに私もその場で一回転してみせる。
オシャレ番長も絶対に認めてくれる自信はある。
「見て見て! すっごくかわいいの!」
「うん! サラの雰囲気に似合ってる! レースもいい! 素敵!」
やった、ミレイのお墨付きもらった、ものすごくうれしい。
侍女さんたちも誇らしげな表情だ。
「生花いいわね、花嫁さんだもんね」
「え」
ミレイのその言葉に侍女さんたちは「わかってくれたか!」みたいな顔つきになった。
あれ、花嫁、さん……? あ、そう、だった、私花嫁さん、なのか……そっか。
うきうきした気持ちがみるみるうちにしぼんでいくのがわかった。なんでだろう、あれとの結婚式だってことを今まで忘れていた? 思い出したら気が重くなった?
「……あ、うん」
「すっごく綺麗よ! おめでとうっていうのも何か違うから、……サラ大好き!」
ミレイは私の両手を手に取ってそう言ってきた。
おめでとうは違う、か。よくわかってる、さすが親友。
「私も、ミレイのこと大好き」
本当にミレイには感謝ばかりなのだ。『大好き』に全部を込める。好意も感謝も全部伝わるといいのに。
ミレイはまだやることがあるから、とすぐに立ち去ってしまい、私もそろそろ移動だから、とせめて水だけは口にいれておくことにする。
こっそり湯あみの前にサイドボードに隠しておいた切り札、ペンを取り出し胸元に隠す。さすが補正下着だ。隠してあるようには見えない。
「セレ、行こう」
ベッドの上で丸まっているセレに声をかければ、セレは緊張した様子で床へと飛び降りた。
「おい、そろそろ行くぞ」
今回はノック無しでマレムが部屋に入り込んできた。
せめてノックをお願いしたい。顔を向ければなんだかぽかんとしたような顔つきだ。
「……誰?」
「……サラですけど!」
化粧品やらなんやら片づけをしている侍女さんが「うわあ」みたいな顔つきになったのが視界の端っこに見えた。
侍女さんたちの気持ちはわかる。せっかく頑張ったのに、この反応はない。絶対ない。
「侍女さんが頑張ってくれたのにその反応?」
「化粧ってすごいな」
そっちか。
侍女さんの一人が頭を抱えたのがわかった。
この呆れた気持ちに気づいて、とじっと見やれば、こいつもおめかしモードだと気付く。そりゃそうか、めかしこむか。
ダークカラーのフロックコートをに身を纏って、髪も上げている。貴族っぽいな。
「せっかくかっこいいのに」
「は?」
「言動で台無し」
吐き捨てるように口にして目をそらす。もういい、こいつは放っておいて会場に行こう。
「ちょっと待て、忘れ物」
足を止めて振り返れば、マレムが手に持っていた花冠を差し出してきた。
あ、そうか、花冠を交換するんだったっけ。
受け取って頭にのせようとしたら、ちょっと待てと止められてしまった。何で? と視線で問えばマレムは私の手にある花冠を指で小突く。
「これに魔力を入れろ」
「魔力? どうやって?」
「猫の余剰分の魔力が微量だがあるだろ、体ん中に」
魔力が私の体内にある、と?
そんなのわかるか! と胸中で怒鳴りながらも一応集中してみる。
魔力を操る感じは感覚として掴んでいたから、どこかにある魔力を――ある、のかな? 感じないけど?
それでも懸命に探せばものすごく深いところに発見したので、糸のように細いそれを指にひっかけて引き出し、手の中の花冠に注ぎこんだ。
ほんのちょっとだ。ちょっとだけしか魔力を使ってないはずなのにとんでもなく疲れた。
大きく深呼吸を繰り返し、手の中の花冠を強く握りしめる。花冠青や紫、そして赤の鮮やかに発色した葉を中心に小さな白い花が混ぜられているカラフルな花冠である。ちょっと色が緑や青よりだから少し落ち着いた色合いでもある。観察しているうちにどうにか呼吸も整った。
「そんなにか?」
まったく心配する様子もなく、マレムも自分の頭にのせてある花冠を手にすると何の挙動もなく花冠に魔力を注いだ。
私の魔力とは比べものにもならないほどの大量の魔力で満ちた花冠は、同じ形なのにまるで別物になったような感じがした。
「これが完成形だ」
「セレに魔力を足してもらった方がいい?」
「いらん」
中途半端な気がしてセレの力を借りようかと提案したが、マレムは私の手から花冠をとりあげるとそのまま私の頭にのせた。そして自分の手の中のそれも頭にのせる。
冠にすると余計にわかる。魔力を注いだそれは神聖なもの、なんだろう。最後は精霊に捧げるって言っていたから、セレにあげればいいのか。
不機嫌そうな顔には浮くに違いないと嫌がらせで選択をした花冠だったが、悔しいことに全然浮いていない。草花で作られている冠なのに王冠みたいに見えるのは雰囲気が見せる幻想かもしれない。むしろ、似合っている。負けた。完全に負けた……!
何に負けたのか言語化は難しい。でも負けた。嫌がらせにはならなかった。
「どうした、行くぞ」
「……うん」
綺麗に化粧をしてもらったから泣いちゃだめ。何とか涙は堪えて足を踏み出す。
後ろで侍女さんがたちが、「やっぱり、最低野郎だわ」「女の敵」「主だけどありえない」なんてこそこそ会話しているのが聞こえたけど聞かなかったことにしておいた。
ちゃんと褒めるべきところでお世辞でもいいから褒める。そんなお約束を守れない人間は部下からも信頼をなくしていくんだなーと。
さて結婚式本番だ。気持ちを切り替えないと。
中庭に足を踏み入れた瞬間、祭壇近くにぎっしりとひしめき合う参列者に気圧されかけた。
気合いだ、まだ何も始まっていないのに負けてどうする!
「頑張って、今日」
色々紛らわせるように、私は小声でマレムに呼びかけ、同じように中庭に出たところで足を止めてしまっているマレムの左腕に自分の右手を添えた。
「頑張る?」
「頼りにしてるから」
「――逃げてえ」
長い溜息混じりにそうぼやき、マレムは立ち止まってしまった足を再び進めた。
半歩ほど後ろからその後を追いかけるようにして私もその後を追う。
「意外。あんたもそんな風に考えるのね」
「貴族連中は好きじゃない」
「ふうん」
じゃあ何が好きなんだろうな、この人。
魔法は好きなんだよね?
そういえばこの人の好悪について興味持ったことすらなかった。
私のことは、好き、というよりは好奇心って感じか。一緒にいると面白いことがたくさんあるとか。
好き、か。
私はどうなんだろうな。嫌悪感はあんまりなくなってきたとは思う。単に慣れかもしれないけど。
そういえば先日書類が受理されたって言ってたな。だから書類上はもう夫婦なのか。
変なの、全然実感ない。
今日一日だけだから、頑張るぞ。気合を入れて笑顔を作った。
祭壇の前に立って、進行役の精霊の使いの言葉に従って誓いの言葉を宣言して花冠の交換。それだけ、それだけだから大丈夫。
手順を確認しながら、自分に大丈夫だと言い聞かせ、左右に並ぶベンチの間の道をゆっくり歩いて祭壇に向かう。
誓いの宣言は、絶対緊張するからと何度も一人で練習を繰り返したせいもあって完璧に言えた。それでもものすごく緊張した。
場慣れしているのか、マレムも言い淀むことなくすらすら誓いの言葉を口にしていたのは素直にすごいと思えた。この人が堂々と言ってくれたから、続けて私も堂々と宣言ができたと言っても過言ではない。
あとは花冠の交換だ。
自分の頭にのせていた花冠を手に取ってマレムが自分の頭の花冠を私に載せてくれるのを待つ。
ゆっくりとした動作で花冠を私の頭へと移動させるさまをじっと見やる。なるほど、このぐらいのゆっくりやればいいのか。お手本になるなあ。
そういえばマナーの先生も新郎の動きをよく見て真似すれば概ね大丈夫だから、なんて豪快に笑って言ってたな。あの先生のアバウトな所、大好きだ。
「……っ」
頭の上に花冠が載せられた瞬間、思わず声を出しそうになって、急いで飲みこんだ。
先ほど魔力を込めていたのを間近でみていたけど、ものすごい魔力量だった。なんだこれ、魔道具レベルなんだけど。
魔力を感知できる人ではないとわからないけど、これは頭の上にあると魔力量もそうだけど、マレムの魔力ってのもわかるから何となく落ち着かない。
この花冠、魔力を内部にとどめる代物だったりする?
気を取られている場合じゃない。今度は私の番だ。
花冠を両手で持ち、マレムを見上げれば私を愉快そうな目で見下ろしている表情が見えた。
これは、完全に私のどういう反応するのかわかって、最大級に魔力こめたな! 嫌がらせか!
また、負けたのか。
崩れてしまった表情を何とか立て直し、ゆっくりとした動作でマレムの頭に花冠をのせる。
伸ばした手を降ろして、あとは参列者の方に向き返ってお辞儀をすれば――
と、突然、精霊の石像が空に向けている手のひらがまばゆい光を放った。
閃光のように一瞬で眩さは消え、参列者がざわざわと騒ぎ出したことで、我に返ってマレムを見やる。
「今のって――何?」
「知るか」
ざわめきには悲鳴にも似た声が混ざり始める。
凶事の兆候ではないかと言う声があがり、ムードが恐慌状態に陥りかけ――
「落ち着け、今のは古より伝わる祝福の光だ!」
事態の収拾に声をあげたのは、閣下だ。
あ!
「魔法王国の末裔の結婚を精霊が祝福しているに違いない!」
ああ、うん。まあいいか。そういうことにしとこう。
「……急に何だ?」
「昨日閣下が、精霊の像に魔力をこめてたのを見たんだけど」
「はあ?」
「……これって閣下の余興?」
何やってんだ! 父!! と叫び出したかったのだろう、「な」という形に口を開いて、そこでマレムは寸止めした。
偉い。ちゃんと自制できるんだ。
まあ、「何やらかしてくれるんだ、閣下!」なわけだけど。
見かけた時は何してるのか謎だったけど、この仕込みだったんだ。
恐慌状態に傾きかけた聴衆は一転してお祝いモードに染まる。
本当に魔法王国の末裔だったのか、みたいな声もちらほら聞こえるから、ちゃんと効果はあったんだろう。
でも、これって「やらせ」って言わない?




