59 果たしたくない仲間入り
明日はもう本番だ。
今日は何も予定を入れていない。だからこそ落ち着かない。
何となく明日の流れのメモを読み返しているが全然頭に入ってこない。目が滑る。
まだ午前中なのに、こんな状態で一日過ごすなんて、大丈夫なのかな。
ミレイがいればおしゃべりをして気がまぎれたんだろうけど、ここのところ結婚式の準備に駆り出されていて忙しそうだ。使用人全員による総力戦なんだそう。
「サラちゃーん!」
ノックと同時にリハト様が部屋に飛び込んできたので驚いて立ち上がってしまった。
兄弟そろってノックのやり方、勉強しなおした方がいいのではないだろうか。
「暇していたら、一緒に会場の下見に行かない?」
「行きます」
セレにも声をかけると、どうやら一緒に行ってくれるらしい。
ミレイとランド、それにマレムの前だと話をするけど、それ以外の人の前だとセレは普通の猫を装っている。「にゃん」と挨拶をするセレをリハト様はその場にしゃがみこんで撫でまわす。
ちゃんと可愛がってくれているのでセレもリハト様には割と懐いていて、触られても怒ったりはしない。
これが弟相手だったら噛みついたり引っかいたりするんだけどなー。
「緊張するよね。ちゃんとご飯は食べた? 明日は多分食べている余裕がないと思うから今日はしっかり食べておいたほうがいいよ。明日も準備しながらつまめるようなお菓子を後で差し入れしておくから、ちゃんと食べてね」
「はい」
なんていうか、リハト様からは弟愛から派生した義妹愛みたいなもんを感じる。この年になって急に甘やかしてくれるお兄ちゃんができたみたいな気分になる。あまり向けられたことのないこの感じはくすぐったくてしょうがない。
でもって、この人みたいな愛情をマレムに抱けないことに罪悪感を抱いてしまう。
きちんと愛して支えることができたら、ちゃんとこの方たちの家族になれたのかな、なんて。
そこまで考えて、駄目だ! と自分の考えを否定する。この家族、ちょっとアレだから仲間入りしちゃ駄目! 仲間になれなくてむしろ正解!
館の裏口から中庭に出る。
かつてファーナ様のところの人に攫われ、その後の大神官からの拉致へと繋がった忌まわしき場所だ。
まさか誘拐2連鎖なんて、二度と体験したくない。というか体験したくてもできないよね、常識的に考えて。
あの時と同じように、花で満たされている庭園は綺麗だと思うけどね。
日の光が降り注ぐ中庭のど真ん中に祭壇が用意されていて、その祭壇を囲うようにベンチが置かれている。
ここが式場、か。
「眩しいですね」
「当日にはゲスト席には日よけの布かける予定だから、眩しいのはサラちゃんたちだけ」
うげ、そうなんだ。
明日の天気は晴れの予想。
「日の光にも精霊様の力が満ちているからね。新郎新婦はちょっと我慢してもらうことになるみたい」
「そーなんですか」
明日あの祭壇の前に立って、夫婦の誓いを交わすって、本当に?
やれる気がしない。
個々の準備はとりあえずこれで終了なのか誰もいない。せっかくだから祭壇も見学していくことにした。
石造りの台が置かれ、その後ろには簡素な服を纏った髪の長い男性の石像がおかれている。石像はその両手のてのひらを上に向けていて、何かを乗せることができるようだった。
しかし、この男性、どこかで見たことがある、かもしれない?
「守護精霊の像なんだって。魔法王国の」
「守護精霊? 魔法王国の?」
てっきりこの国のしきたりにのっとるかと思っていたけど、魔法王国をここに取り入れるとは。私のルーツだから? それとも何か政治的な意味があるのかな。
守護って? と、抱き上げているセレを見下ろす。見たことあるはずだ。小さいころ私を担いで大聖堂を必死で駆け抜けていたあの時のセレの姿にこの石像がよく似ている。
リハト様は何か気になることがあるのか、後方にならべてあるベンチの方へ行ってしまった。
「セレって精霊なの?」
『うむ、恐らくそうなのだろうな』
本人に尋ねてみればそんな曖昧な返事だった。セレ自身知らないのか。
まるでどうでもいいことのような態度のセレに私もどうでもいいかという気持ちになった。セレはセレだ。
「サラちゃん」
何やらベンチを調べていたリハト様が手招きしている。
素直に近寄っていけば、ベンチの上にハンカチを敷いて座るように促された。
なんというか、本当にこのお兄さんは紳士だ。ちょっとアレな部分もあるけど根は紳士。どうして弟はああなんだろうな、とか考えつつ、ハンカチが汚れちゃうなと躊躇う。
「座って」
「は、はい」
言われてしまえば座るしかない。恐れ多くもリハト様のハンカチの上に腰を下ろした。
どこからか水が注がれたコップと何種類かの焼き菓子が乗ったトレーを出してきて、私の座っている横に置いてリハト様もトレーの横に腰を下ろした。
「よかったらどうぞ」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
とりあえず水を飲んでおく。緊張で喉がからからだ。
コップを手に取り中身を少しずつのどに流しこんで潤す。半分ほど飲み干してコップをトレーに戻せば自然にため息が漏れた。
「サラちゃん。マレムくんのこと、よろしく頼むよ」
え、ちょっと嫌なんだけど。
でもこの方に改めて言われてしまうと何も言えない。
「善処します」
「口は悪いけど、根は悪い子じゃないんだ」
「知ってます」
全部が全部良い奴ではないけど、いいところもあるのは知っている。
「末永く慈しんであげて。かわいい弟だから」
「かわいい……?」
あれをかわいいとは思えないんだけど!
「ああ見えて、本当にサラちゃんのことが大好きなんだよ」
「……絶対にないわー……」
大好きだったら、もうちょっと態度とか、色々とあるよね。全然優しくない……優しいかな、前よりはちょっとだけは。
「明日はサラちゃんはにこにこ笑ってマレムくんの隣にいればいいだけだから」
「え、でも、ちゃんと挨拶周りとか」
奥様から牽制を兼ねた先制攻撃をとか言われてたから、積極的に動くようにと言われていたんだけど。
「母がそう言ってた? あの人社交界を紛争地帯かなんかだと勘違いしてるから」
「訂正してあげてください」
「聞く耳もたないんだよ、困ったことに」
やっぱり裏ボス。もう誰にも止められないのか。
「とにかく、明日はマレムくんが頑張る日。男を見せるか器の小ささを見せつけるか、勝負をすべきなのはマレムくん」
そう、いうものなの?
というか、私は、奥様に何を教えられていたの……?
「だからサラちゃんは応援してあげて」
「は、はあ……」
何もしなくてもいいのか、と頭の中は混乱を極めていたからあいまいな返事しかできなかった。
「まあ! リハトさん! あなたも最終確認ですか」
「母上」
噂の裏ボスがやってきた。
あちこちを見回っているようで、目は血走っているし、髪も少し乱れている。
この方、当事者の私とマレムよりも結婚式に力を入れまくっていらっしゃるんだよね。
何が、こうもこの方を急き立てているのだろうか。
「奥さ――お義母様、少し休憩されては?」
「あら、サラも一緒だったの! どう? 庭も花の種類を増やしたの! 根付いてよかったわ。華やかになったでしょう?」
「あ、えーと」
この庭に足を踏み入れたのは二回目だ。しかも一回目は誘拐されたインパクトが強すぎてあんまり覚えていない。華やかになってるのかな? 前回もさすが公爵邸、中庭も見事だわ! と感じたような、どうだったかな?
「母上、サラちゃんはどこかの誰かさんの束縛が酷くて部屋から出ることすら難しい生活をしているから」
「そうだったわね」
どっかの誰かさんってあなた方の家族の人ですよね……。冤罪だわ。外に出てふらふらしていると、またよくわからない謎の勢力から誘拐されるリスクが上がるからだし。自業自得? いや、自業ではない、あってたまるか!
「かわいそうに。本当にあの子ときたら女性の扱いもなっていないのだから!」
「まあまあ母上、一休みされてはいかがですか、せっかくなのでベンチの座り心地も確認されではどうです?」
「リハトさん、あなたもあなたです! 突然出て行って何年も帰ってこないと思ったら突然帰ってきて、何を考えているんですか!」
奥様の怒りがリハト様の方に向いてしまった。
わかるよ、よくわかる。この方たちが実の息子だったらって考えるだけで頭が痛い。
「あ、あの、おく、お義母様、少し落ち着いて、こちらにおかけください」
立ち上がって、リハト様のハンカチが敷いてあるその場所を奥様に譲る。
言葉だけじゃ動かないのはわかっていたので、手を拝借してやや強引に移動を促して座ってもらった。
失礼します、と手を離して何か飲み物でも用意してこようと屋敷のほうへと顔を向ければ、リハト様が先に口を開いた。
「飲み物を用意させてくる。サラちゃんは母上のことお願い」
あ、逃げた。
リハト様は足早に屋敷の方へと早足で去って行ってしまう。
ここのところよく顔を合わせるから、奥様と二人でも気まずいわけではないけど。そう思いながらも奥様の横に腰かけた。
「直射日光が当たっていますが、日傘を用意しましょうか」
「いいわ、たまには日の光も浴びないと」
ですよねー。普段窓ガラス越しにしか日光浴びてないからか、すっかり日光がつらい。
明日はこの日差しの中ずっと立ちっぱなしだから少しでも慣れておかないとキツイ。
「何とか形になってよかったわ」
「そうですね。ほとんどお義母様のお力です」
「息子の結婚式ぐらいは体裁を整えてあげたかったのよ」
そっか。親心なんだな。じゃあ私もやっぱり失敗はできないか。
「それにねえ、女の子にとっては特別なものでしょう。結婚式って。あなたが後悔することがないように、この家の一員となるそのスタートとなるこの式が素晴らしいものとなるように、力を尽くすのは姑としても、母としても当然のことでしょう」
「え、あ、そう、なんですか」
まさか奥様がそういう風に思っていてくださったなんて。ただ家でパーティーを開きたかった人みたいに思っていた。悪いことをしてしまった。
どうリアクションをとったらいいかわからないその言葉に戸惑っていれば、奥様は私の膝の上に置かれた手をそっとその両手で包んでくれた。
「まあ、家で宴会を開きたいという願望もあったので、一挙両得ですけれど。うふふははははは! 公爵家の圧倒的な権力と財力を思い知ればいいのだわ! 社交界の花などと持ち上げられているのも今のうちよ!」
いきなりキャラ変するのやめて欲しいわ。怖いから。
手を振りほどくこともできず、曖昧な笑みを浮かべていることしかできない。
「サラ! あなたは嫁ですが、娘のようにも思っています! ですからこの義母と、手に手を取って社交界という戦場を駆け抜けましょう! 勝機は常にわたくしたちの元にあります」
「……社交界は、紛争地帯じゃないです、お義母様……」
「冗談はともかく、我が家に可愛らしい嫁がきてくれたこと、嬉しく思っているのよ。本当に」
「……ありがとう、ございます……」
そんな風に思っていてくれたなんて知らなかったから、面食らってしまった。むずがゆい感情が心の中を占めていく。これは嬉しい、と感じているでいいのかな。
「ねえ、あなた?」
「閣下!?」
「『義父』だ。嫁よ」
奥様の呼びかけられて、突然祭壇の影やら現れた閣下に、思わず立ち上がって叫び声をあげてしまった。
忙しいはずのこの方が一体こんなところで何を!?
「精霊の像に魔力を込めていたら急にリハトがやってきたから隠れていた」
「隠れる必要などなかったのに」
困ったわねえといわんばかりに奥様ころころ笑っていらっしゃるけど、いきなり閣下が現れるなんて心臓がいくらあっても足りない展開だ。魔力をこめるってなにやってんの。
「サラ=ルグラン。わたしはお前の父親を知っている」
「え? は、ええ?」
一体何の話?
閣下が突然話を振ってきたが、あまりに唐突な話題すぎて返事が遅れた。
「若いながらも誠実な商売する男、だった。ルグラン家の監視のため、数回商店にも訪れたことがある。お前も二度ほどそこで見かけたことがあったか」
「えっ! ええっ!?」
小さい頃の私を見たことがあると? 閣下が?
色んなお客さんが来店してたから全然覚えてないんだけど。何だか不思議な感じだ。
「両親が亡くなったことを知らず、何も手助けできなかったこと、申し訳なかった」
へ? 閣下に、頭を下げられてしまった……!? ありえない光景にすっかり頭の中は真っ白になった。
確かに監視するぐらいなら放置するなよ、と思ってはいたけど、閣下に謝罪されるとは思ってなかった。
この方は私の父も、あの店も知っていたのか。
「ああああ頭を上げてください。かかか閣下じゃない、お義父様! も、もう、す、済んだことですし」
「行方がわからなくなったと聞いて後悔した。早いうちに保護して閉じ込めておくべきだったと」
「閉じ込め……」
「女神リヴに見つからぬよう、日の目を見ないような場所に置いておけばよかったと」
……それを監禁というんだけど。思考が親子だわ。あれと閣下。
「無事に生き延びて、よかったと、心からそう思う」
「はあ」
何かもう、どう返答したらよいかもわからない。迂闊な無駄口叩いたら日の目のみない場所に監禁されそうな、そんな気がする。
「お前はあのやり手だが誠実な商売人であった父親と似ている。きっとその血を継いでいるのだろう。その手腕を思う存分ふるい領地を発展させてみろ」
そうくるか。
私がお父さんに似てるって、外見の話? 多分髪と目の色はお父さんから引き継いだんだろうけど。
ただ働きはしたくないとか、働かないと落ち着かないってところが商売人の血なんだろうか。そうだとしたら、お父さんの血を継いでるって言える?
「期待している、我が娘よ」
「え……」
どうしよう、娘呼ばわりはちょっと嫌かも。
嫌だけど、期待されるのは、嫌ではないかも?
奇妙な気持ちだった。でも決して不快ではない。
私が呆然としていると、閣下は言いたいことは全部言ったと言った様子でその場から軽やかな足取りで立ち去って行く。
なんなの?
「では、わたくしもそろそろいきます。まだ最終確認が残っているの」
「はい、よろしくお願いします」
「あなたは早めに休みなさい。明日、わたくしも期待していますからね」
意味深な言い方をして奥様も立ち去っていく。
こっちの期待は不穏だわ。
頭を下げて奥様を見送っていればようやくリハト様が戻ってきた。
「行ってしまったか」
「どこまで行ってきたんですか、リハト様」
問いかければリハト様はその顔から笑みを消した。
え、何かまずいこと言ったのか。いつも笑顔な方なのに?
「サラちゃん、『お義兄様』だ」
「……っえ?」
「『お義兄様』」
…………あ、はい。
何も言えないままとりあえず頷けば、リハト様も笑って頷いてくれた。
「もう休みたいですお義兄様」
「そうだね、そろそろ戻ろう。あんまり疲れちゃいけないし」
嬉しくてたまらない感情と、絶対に無理という感情が入り混じっている。
この一家の仲間入りを果たすって、なんか、なんか……!
ああ、もういい。今日はまだ昼前だけど、何も考えたくないから、もう寝る! 寝てやる!




